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第19話 何でもお見通し
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「クラリッサ、今、いいかな?」
「コンラッド様!」
朝食を終えて部屋に戻ってすぐ、わたくしの元をコンラッド様が訪ねて来た。
「どうされたのですか?」
「うん……朝に顔を合わせた時に少し、クラリッサの顔が寝不足のようだな、と思ってね」
「そ、それで、わざわざ立ち寄ってくれたのですか?」
その指摘に驚いたわたくしが聞き返すと、コンラッド様は優しい笑顔を見せた。
「クラリッサのことだからね、当然だ」
そう口にしたコンラッド様の指が、そっとわたくしの目元に触れた。
おかげでわたくしの頬にはジワジワと熱がたまっていく。
(あぁ、コンラッド様には何でもお見通しな気がする……)
「そ、その──昨夜、なかなか寝付けなかったから、ですわ……」
「え? クラリッサ。もしかしてそれは、私とのキ───」
「!?」
コンラッド様がとんでもないことを口にしようとする。
「違います! ほ! 報告書の方でしてよ!!!!」
わたくしは慌ててコンラッド様の口を塞いでキスの話を止めさせる。
コンラッド様はちぇっ……て言いながら残念そうに笑った。
(もう!)
わたくしは軽く咳払いをしてコンラッド様をチラッと見る。
「…………どうしても内容が気になってしまって、なかなか読むのを止められませんでしたの」
「そっか」
「そうして読み終えたら……」
ますます興奮してしまって全然眠れなくなってしまった。
(だって……)
「その……特に、アルマのことが」
わたくしがその名前を口にしたら、コンラッド様の表情もキュッと締まった。
「ああ、私も調べていて驚いた。ここが繋がるのか、と」
「……偶然、ではないのですよね?」
「うん。これをさすがに偶然とするのはね……」
「……」
(わたくしったら、どうして気付かなかったのかしら……)
ジャンの恋人……伯爵令嬢……そんな情報ばかりが頭の中で先行して……わたくしは彼女が何者なのか完全に見えていなかった。
そしてコンラッド様が調べた通り、アルマのしてきた行動の全てが、最初からわたくしを陥れることが目的だった……となると、ジャンとの出会いそのものが仕組まれていたことになってしまう───
(……ジャン、あなたはそれで本当に今、幸せなの?)
「クラリッサ」
コンラッド様の手が目元からそっと離れると、今度はわたくしの頬に触れた。
「その憂い顔……もしかして、君の護衛騎士だったあの男の心配をしているのかな?」
「あ……」
やっぱり見抜かれている。
だって、ジャンのことはなんとなくコンラッド様には話しにくい。
コンラッド様も敢えてなのか、ほとんどジャンのことには触れないでいる。
わたくしはそっと目を伏せた。
「…………面白くないけど、でもクラリッサが心配する気持ちは分かる。面白くないけど!」
「……」
(二回も言った!)
「でも、あの護衛騎士が伯爵令嬢に騙されていた可能性は高くなったとはいえ、クラリッサは自分を嵌めたうちの一人かもしれないあの男を憎いとは思わないの?」
「憎い、ですか?」
わたくしは首を傾げる。
「……コンラッド様。アルマを突き落としたことは間違いなく無実ですけど、わたくしがあの場でそれ以外に追求された話は本当に行っていたことなのです」
あの日、わたくしを追い詰め責めていたのは、アルマへの嫌がらせの話だけではない。
ジャンを始めとした護衛騎士達からも、たくさんこれまでの行いを責められた。
「わたくしに罪を被せたことはもちろん許せないです。けれど、もともとアルマの言っていたことは正論でもあるのです」
だから、わたくしはあの時カッとなった。怒りに任せて手も振り上げた。
アルマが落下していなかったら、突き落とすことはしないまでも頬を叩くことくらいはしていたと思うわ。
そして、わたくしはもっともっと彼女に酷い嫌がらせをするようになっていたかもしれない──
「クラリッサ……」
「───なんて、今は偉そうに言っていますがあの時のわたくしは全く分かっていなかったのですけどね」
「……」
「わたくしを愛してくれていると信じていた家族にあっさり手のひらを返され見放されて、牢屋に入ったあと色々考えたのです」
罪人としてこれまで受けたことのない扱われ方をして初めて気付いた。
これまで傍若無人だったわたくしは、人の気持ちなんてまともに考えたこともなかった、と。
「わたくしは……自身の我儘でジャンを始めとした多くの人を振り回して来ました。だからこそ、わたくしはたくさん皆を苦しめた分……幸せになってもらいたいと思っています」
そこまで言ったら、コンラッド様が優しくわたくしを抱きしめた。
「本当に君は……」
「わたくしは?」
「……いや、改めて私の生涯をかけて君を幸せにしたい……そう強く思っただけだ」
「え、ええ!?」
「本気だよ、クラリッサ」
その言葉に合わせてコンラッド様の抱きしめる力が強くなる。
「幸せ……」
(それなら……わたくし、あなたに出会えて幸せだわ、コンラッド様)
そう思ったわたくしは自分からも腕を回してギュッと抱きしめ返した。
───でもね、コンラッド様。
わたくし、皆には何度謝っても足りないと思っているけれど……
あの時のツルツル男にワインをかけたことだけは謝りたいとは思えないの───……
「……クラリッサ。私と一緒にランツォーネに行かないか?」
「え?」
しばらくは無言で互いの温もりを感じていた。
すると、突然のコンラッド様によるまさかの提案……
わたくしも一緒にランツォーネに……行くですって?
パッと身体を離して、コンラッド様の顔の目をじっと見つめる。
「コンラッド様……わたくしはお父様に何があっても帰国は許さない……そう言われていますわ」
「そうだろうね。でもこれは帰国じゃないよ。だってクラリッサの国はもうプリヴィアだからね」
「!」
コンラッド様はわたくしをランツォーネの王女ではなく、プリヴィア王国の王子妃だと言っている。
「それに、このままここにいても解決はしない」
「……はい」
分かっている。わたくしの冤罪を晴らすにはプリヴィアにいるだけでは出来ない。
どんな形であれ、あの国に行かないと証拠は揃わない。
そして、お父様やお母様にお兄様たち……そしてわたくしを嵌めた者たちの前で身の潔白を証明する必要がある。
「心配?」
「あ、いえ……そういうわけでは……」
コンラッド様がわたくしの手をそっと取ると手の甲にキスを落とす。
(ひぇっ!?)
「言っただろう? 私がクラリッサを守ると」
「……!」
コンラッド様はそう言ってわたくしの手をギュッと握る。
「君を嵌めた奴らや、無実を信じなかった愚かな人たちにはギャフンとでも言わせてさ、クラリッサは私と幸せになろう?」
「ぎゃふん……」
その言い方が何だか可笑しくて思わずわたくしの口元が緩んだ。
(コンラッド様がいれば何でも大丈夫……そう思えるわ)
わたくしは、微笑みながら握られていたその手を強く握り返した。
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