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第15話 愛され王女からの転落 ①
しおりを挟む「──もう一度、クラリッサ……君に会いたくて。婚約に関していい返事は貰えていなかったけれど、それでもひっそり君の誕生日を祝いたかったんだ」
(───う、そでしょう?)
わたくしは呆然と殿下を見つめる。
今年のわたくしの誕生日パーティーにコンラッド殿下が……お忍びで来ていた?
その事実に目の前がクラっとした。
「───クラリッサ! 危ない!」
「……」
殿下が倒れかけたわたくしを抱きとめてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「……ごめん」
「…………どうしてコンラッド様が謝るのですか?」
殿下の胸に抱きとめられながらわたくしが顔を上げて訊ねると、殿下の美しい顔が苦痛で歪んだ。
「──クラリッサはあの日、あの場で──」
「……」
そこで言い淀む殿下の姿を見てわたくしは確信する。
コンラッド殿下は全部知っている。
わたくしがこれまで何をして来て、最終的にどんな目にあったのか。
「……どうして婚約の打診を取り下げなかったのですか?」
「え? 取り下げ?」
「……パーティーのすぐ後ならきっと間に合いましたわ」
「クラリッサ? 何を言っている?」
殿下が怪訝そうな表情になった。
そんな顔をされてもわたくしは言わずにいられない。
「……あの場にいたのなら全て聞いていたのでしょう? わたくしが……あの伯爵令嬢に何をしたのか───」
「クラリッサ」
「あの日からわたくしは皆に白い目で見られるようになって、皆、影でわたくしのことを蔑んで……それが自業自得だと分かっていても……」
「クラリッサ!」
「そんな女と、どうしてあなたはまだ、結婚したいなどと言うのです───」
「クラリッサ!!」
ギュッ
殿下がわたくしを抱きしめた。
その身体はなぜか震えている。
「クラリッサ、私はずっと一つ後悔していることがある」
「後悔? ……それは、わたくしへの婚約の打診を早く止めなか……」
「違う!」
殿下が更にギュッと苦しいくらいにわたくしのことを抱きしめる。
「───あの日、あの場で糾弾されている君を助けられなかったことだ!」
(……は?)
「な、何を言っているのです? あの時のわたくしの味方をして助けようとなんてしていたら、コンラッド様のお立場が大変なことになっていましたわ!」
巻き込まれて袋叩きにされるだけではすまなかったはずよ。
それに、当時、身分を隠してパーティーに参加していたのだから、プリヴィア王国の王子だとバレてしまって国同士の問題にだって発展していたかもしれない。
そんなことに彼を巻き込む訳にはいかなかった。
だから……助けない。それが正解だ。
「それでも……!」
「……コンラッド様」
殿下の表情からは後悔が伝わって来る。
その顔を見ているとわたくしの胸も痛む。
「何も出来なかった私がクラリッサへの求婚を続ける資格はあるのだろうかと悩んだこともある。でも……」
「でも、何です?」
「一旦帰国した後、すぐにクラリッサ……君のその後の状況を調べた」
「それ、は……」
そこも知られているのね、とわたくしは目を伏せる。
「───だから一日でも早くクラリッサをあの国から連れ出したかった。それが堂々と出来るのは“婚約者”だけだ。だから、私の中で君との結婚を諦めるなんて選択肢は無かった」
「な……」
(本当にどうして……)
「なん……で……わたくしは」
「───だって、クラリッサははっきり口にしていたじゃないか」
「え?」
「────違うって」
「っ!」
わたくしは言葉に詰まる。
それは何度訴えても誰も聞き入れてくれなかった言葉。
「クラリッサは、嫉妬に駆られてあの令嬢に頻繁に嫌がらせを行っていたという話にはあの場で事実だときちんと認めていたじゃないか。でも──」
「……」
「───あの事件……“伯爵令嬢の転落事故”の件を追求された時だけは、違います! って必死に訴えていた」
「───っ」
その言葉に身体が大きく震える。
そんなわたくしを殿下はがっちり抱きしめて離そうとしない。
「コンラッド様は……わたくし、が、手にかけたのではない、と言うのですか?」
「ああ。今だってそう思っている」
「状況証拠だって……それに、なにより“彼女の証言”も犯人はわたくし、でしたのに?」
「私は一度だってクラリッサを疑ったことは無い!!」
殿下はハッキリキッパリ言い切った。
「……」
「クラリッサ?」
殿下が黙り込んでしまったわたくしの顔をそっと覗き込む。ばっちりと目が合った。
(……あ)
わたくしを見つめる殿下のその目は……これまでと何も変わらない。
今も優しくわたくしを見つめるその瞳は少し心配そう……
そこには両親や兄が見せていたような嫌悪感などどこにも感じない。
ただ、ひたすらわたくしの事を案じている。
(本当に……殿下……コンラッド様はわたくしを信じてくれているんだ……)
その時、わたくしは初めて心の奥底からそう思えた。
────────
───……
全ての始まりは、誕生日パーティーの日より数ヶ月ほど前。
わたくしの護衛騎士だったジャンの「恋人が出来ました」その一言から始まった。
バキッ
わたくしは突然もたらされたその衝撃の発言に、思わず手に持っていた扇を真っ二つに折ってしまった。
「───は? 恋人が出来た、ですって?」
「はい。先日のパーティーで声をかけられまして……」
「バカなこと言わないで頂戴!」
バンッとテーブルを叩くと、わたくしは音を立てて椅子から立ち上がる。
扇を真っ二つにしても眉一つ動かさなかったジャンがピクリと反応した。
「バカなことですか? 本当の話です」
「うるさいわよ! そんなことよりどこの誰なのよ、その泥棒女は!」
(どうして、どうして、どうして!)
ジャンはわたくしに忠誠を誓った専属の護衛騎士。
沢山の騎士たちの中から、わたくしが見初めて専属に召し上げた。
わたくしだけのジャンなのに……!
「泥棒女? いくら殿下といえど私の大切な彼女をそのような言い方をしないで頂きたいのですが」
「───わたくしに口答えする気なの!?」
ジャンがわたくしに口答えするなんて。
こんなことは今まで一度も無かったと言うのに!
わたくしは大きなショックを受けた。
(こんなの嘘よ……)
何かあればわたくしはいつだって、ジャンを頼った。
夜中に呼び出した事だってある。それでもジャンはいつだってわたくしに尽くしてくれた。
わたくしは彼の特別。
そう思っていて、だから今年の誕生日のプレゼントでは、長年秘めていた願いでもあるジャンと婚約させて欲しい───お父様にそう頼むつもりでいたのに。
(ドウシテ、コイビトガデキタナンテイウノ?)
「……彼女が言っていました。殿下は私のことを人間扱いせずに物のように扱っているのでは? と」
「何ですって!?」
───わたくしは許せなかった。
わたくしの護衛、わたくしの大好きな人……ジャン。
そこに割り込んできた“その女”が……どうしても許せなかった。
その日、怒り狂ったわたくしが彼女に“何か”する事を恐れたのか、ジャンは頑なに恋人の名を口にしなかった。
だけど、わたくしの手にかかればそんなの簡単に分かる。
───ジャンの恋人の名は、アルマ・リムディラ。
リムディラ伯爵家の令嬢だった。
特に秀でた所があるわけでもなく、容姿も平凡としか言いようがない女。
(わたくしの方が断然可愛いわ!)
何もかもがわたくしより劣っているくせに……!
ジャンはアルマと交際を始めてからわたくしの時間外の呼び出しには殆ど応じてくれなくなった。
なんなら、専属を降りたいとまで口にする。
(このわたくしより、その女の方が大事だというの!?)
わたくしのプライドはポッキリ折れてしまった。
───やっぱり、許せない……
そんな歪んだ憎しみはどんどん大きくなり、わたくしはジャンに知られないようにこっそり影で彼女に嫌がらせをするようになっていった────
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