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第14話 殿下の初恋

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  わたくしがじっと見つめすぎてしまったせいなのか、殿下は照れたように苦笑する。
  そして、殿下もわたくしの目を見つめ返してきた。
  その目は、語ろうとしている内容の割にからかっている様子もなく真剣だったので胸がドクンッと跳ねた。

「今回の公務のように、私は昔から国の外に出ることが多いんだ」
「はい」
「そうなると、国外にも知った顔やら伝手が出来るわけで……だから、非公式でこっそり他国を訪問する……なんてこともよくしていた」
「つまり、プリヴィアの王子という身分を隠して……?」
「そう」

  殿下は頷く。
 そして、何故か少し寂しそうに笑う。
  サマンサ嬢が恋人ではないと説明するために語る、自分が “初めての恋に落ちた日”の話……のはずなのに、なぜそんな顔をするの?  と不思議に思った。

「───その日は、やはり伝手を使ってとある国を非公式で訪問していてね、その知り合いの手引きでその国で開かれていた“王女の誕生日パーティー”にこっそり参加していたんだ」
「──っ!」

  “誕生日パーティー”
  その言葉にわたくしははビクッと身体を震わせる。

  (待って、落ち着くのよ……殿下ははっきり“そう”だとは言っていない……)

  どの国であっても王女がいれば誕生日パーティーの一つや二つ行われる。
  決して珍しい話ではない。なのに……
  でも、まさか……という思いが消えてくれない。
 
  身体を震わせた事に気づかれていたのか、殿下はわたくしの肩に手を回すとそっと自分の方に抱き寄せた。

「……!」

  その行動に驚いて顔を上げたら目が合った。
  
「その国の王女様は可愛いらしい見た目なのにちょっと気が強そうでね」
「……」
「時に、我儘を言っては周囲を困らせている事も……なんて話もあったかな」
「!」

  胸がドキッとした。
  先程からいちいち心臓に悪すぎる。
  
「そんな彼女は多くの人に囲まれてキラキラの眩しい顔で笑っていた」
「そ、それは……とても幸せそうな様子ですね」
「そうだね、幸せだったんだと思う」

  その訳ありな言い方が妙に気になった。
  まさか、まさか……そんな思いが私の頭の中に生まれる。

「我儘だとか身勝手だとか一部の人たちの間ではそう言われていたらしいその王女様だけど、見ず知らずの私を助けてくれたんだよ」
「え……?」

  わたくしが聞き返すと殿下は、肩にグッと力を入れた。

「……詳細は省くけど、私はそのパーティーでその国のとある貴族に絡まれちゃってね」
「……」
「まぁ、言いがかりではあったんだけど、その相手がかなりの有力者だったから、皆見て見ぬふり。私を招待してくれた貴族も助けたくてもその人には逆らえなかった」
「!」

  (……待ってこの話……)

  わたくしの誕生日パーティーの最中に、当時の宰相が酔っ払ったのか一人の令嬢にしつこく絡んでいた。女癖が悪いことで有名な男だったけれど、王家に次ぐ権力を持つ公爵家の当主でもあったので皆、見て見ぬふりをしていたわ。
  けれど、そこに勇敢にも助けに入った男性がいて……その令嬢はどうにか逃げることが出来たけど今度はその人が酷く絡まれてしまって……

  (そう、それで腹が立ったわたくしは───……)

「ああ……その顔、思い出した?」
「……その王女、わ、わたくし……なの?  あなたはお忍びで……ランツォーネに……?」

  殿下は静かに頷く。

「凄かったな。罵詈雑言浴びせられている時に、後ろからコツコツと靴音を鳴らしてと近付いてくる足音がしたと思ったら……」
「あ、あれは……」
「その貴族の、うわぁぁぁ!?  という悲鳴を聞いて下げていた頭を上げたら見事に頭からワインまみれに……」
「……っ」

  そう。腹が立ったわたくしは宰相の頭にワインをかけて───

『このわたくしの誕生日を祝うパーティーでいったいあなたは何をしているの?』

  そんな言葉から始まり────

「ワインまみれになって我に返ったその男が何をする!  王女殿下といえどこんなことは許されん!  って激怒したら、君は……全く怯える様子もなく……」
「……女性とお酒がお好きなようだったから、このわたくしが、たっぷりとお酒をプレゼントしてあげたのにどこに不満と文句があるんですの?  みみっちい男だこと……と、切り捨てました……」
「そうそう」
「ついでにそのツルツルの頭も更に冷えて丁度よろしいですわね、とも言いました」
「そうそう、ツルツルだった」
「……」

  (そうそう……では、なくってよ!)

  その他にもあの宰相だった男をこれでもかと罵った気がするけれど、もうそれは置いておくことにする。

「あの時の方……コンラッド様でしたの?」
「そうだよ」

  あの時、絡まれていた男性の顔なんて覚えていなかったわ。

「強烈な王女様だなぁって、とにかくすごく印象に残った」
「わ、忘れてください……」
「キラキラした笑顔の君も見ていたから、きっと自分の気持ちに素直で真っ直ぐな人なんだろうと思った」
「…………それは、前向きな解釈のしすぎですわ」

  だって、あの時の私の行動はあなたを助けたかったから……なんて善意な気持ちからではないもの。
  わたくしは、自分の誕生日パーティーが騒ぎで汚されるのが許せなかっただけ。

「……」

  殿下は、黙り込んだわたくしの頭を優しく撫でた。

「その時のクラリッサが何を思っていたのだとしても、私が君に助けられたことは事実なんだ」
「コンラッド様……」

  お忍び中の彼は他国で下手な行動をとるわけにはいかない。
  だから、あの時の男性は一切の反論もせずに元宰相の罵詈雑言を黙って聞いていたのかと今になって理解した。

「そんな強烈な印象を残した君のことを帰国してからもずっと忘れられなかった」
「っっ!」
「これまで私に寄ってくる令嬢はそれなりにいたけれど、こんな風に自分が誰かを忘れられなかったのは、クラリッサ……君が初めてだった」
「コ、コンラッド……さま……」

  コンラッド様の顔が近い!
  この距離でそんな事を言われたら心臓が破裂しそう。

「だ、だとしてもサマンサ……サマンサ嬢は……噂、噂になっているんですよ!?」
「……サマンサは身内という感覚の方が近い。だから恋愛感情も抱いた覚えはない。ただ───」
「ただ?」

  わたくしが聞き返すと、コンラッド様はふぅ、とため息を吐く。

「彼女が私の婚約者の最有力候補であったことは間違いない」
「最有力候補……」
「噂はその話が先歩きして変化していったのだろうと思う」
「……」

  確かに噂なんてそんなものだ。勝手にどんどん捻じ曲がっていく。 
  明らかに本人の耳に入れて陥れようとする噂や、本人には知られないようにこっそり広まっていく噂……様々だ。

「……クラリッサ」
「!」

  わたくしの頭を撫でていた手が今度は頬に触れる。

「私があの日、クラリッサに一目惚れしなければおそらく私はサマンサと婚約していたと思う」
「……」
「だけど、私はクラリッサ……君のことがずっと忘れられなかった」
「……っ」

  わたくしの目を見つめながらそう口にする殿下の目は本気だった。

  (一目惚れ……殿下は……わたくしの事を……前から好きだった?)

「────これが、私が初めての恋に落ちた日の話。どう?  信じてくれる?」
「し、信じるも何も……そ、それより、このわたくしたちの婚約の話は……」

  そう訊ねるわたくしの声が震える。

「うん……君は何かを勘違いしていたようだけれど、政略結婚じゃないよ?  私がクラリッサ、君を望んだんだ」
「!!」
「ずっと私は君に求婚していて…………けれど、ランツォーネの王はなかなか色よい返事をくれなかった。でも、しつこく求婚し続けていたら今年になって急に許諾の返事を貰えたんだ」

  (それは────)

  あぁ、お父様が態度を改めたのは、わたくしを見限ったからだわ───
  だって、コンラッド殿下とわたくしが会ったその誕生日パーティーはだ。
  まだ、皆に愛されていると信じていた頃、の。
  
  そして、今年。
  今年の誕生日パーティー……その日にわたくしは……

  それなのに殿下は婚約の打診を取り下げなかった、ということは。

  (殿下は今年、わたくしに何があったか知らない……?)

  知らないまま婚約が成立してしまっている──!?
  それは、もっと駄目だ。
  そう思ってわたくしが口を開きかけた時、殿下が先に口を開く。

「それから──クラリッサ。きっと君は知らなかっただろうけど」

  そう語る表情はどこか陰っていて辛そうに見えた。

「……な、何ですか?」
「すまない…………私は君の誕生日パーティーにもお忍びで参加しているんだ」

  (……あ)

  わたくしは固まったまま動けなくなった。
  
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