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第6話 思わぬ優しさ
しおりを挟む(えっと……?)
なぜ、わたくしは頭を撫でられているの?
驚きで涙も引っ込んだ。
びっくりして固まるわたくしのことは気にする様子は見せず、殿下は無言のまま撫でていた。
(誰かにこんな風にされるの……久しぶり)
まるで子供の頃に戻ったかのような行為に胸の奥がムズムズしてくる。
とても、懐かしくてそして温かい。
「───す、すまない」
「……え?」
温かい手の心地良さに目を閉じてうっとりとしていたら、頭上から慌てたような声が聞こえてきた。
顔を上げるとコンラッド殿下が頬をほんのり赤く染めて動揺していた。
「つ、つい……その、王女がまるで泣きそう? に見えてしまって、そ、それで……」
「……」
「こ、これでは子供扱いしているのと変わらない……す、すまない」
「……」
「突然、触れられて、い、嫌ではなかっただろうか?」
殿下は深く考えずに感じたままに手を伸ばしていたようで、むしろ自分自身の行動に驚いているように見えた。
「……」
(手紙や顔合わせの時は、女性の扱いにはすっかり慣れている方なのだとばかり思っていたけれど)
今はこれだけで頬を赤く染めている。
そして、不快になっていないだろうかとわたくしの心を心配し不安にまでなっている。
これが演技でなければ慣れているどころか、ただの不器用な人にしか思えないわ。
(……勝手に思い込みだけで決めつけてしまうところだったわ。わたくしの悪い癖ね……)
やはり、そういう所はまだまだ簡単には変われない。しっかりしないと。
ふぅ、と息を吐いてから殿下の目を見つめる。
「……コンラッド殿下」
「っ!」
わたくしが口を開いたので殿下がおそるおそる見つめ返して来た。
───そんな不安そうな顔をしないで下さい。
そんな気持ちを込めてわたくしは微笑んだ。
「嫌ではありませんでしたわ」
「ほ、本当か? そ、それなら…………よかった」
殿下も安心したように微笑んだ。
「ですが……その、少し、泣きたい気持ちになっていたのは本当です。間違っておりません」
「……」
「ですから、むしろ嬉しかったですわ。ありがとうございます」
わたくしはペコッと頭を下げる。
「クラリッサ王女?」
「とてもとても懐かしい気持ちになれましたので。そのお礼を」
わたくしはもう一度微笑む。
「……」
「? …………コンラッド殿下? 大丈夫ですか?」
殿下は何故かしばらくそのまま固まっていた。
───そうして、その後も食べ物のお店……主に甘いお菓子のお店を中心に、コンラッド殿下から街の解説を受けながら、馬車は王宮へと到着した。
(───いよいよ、新しい生活が始まる……!)
「クラリッサ王女」
「あ……」
先に馬車から降りていたコンラッド殿下がわたくしに手を差し出してくれている。
……こんな風に丁寧にエスコートなんてされるのはいつ以来かしら?
内心でそう苦笑しながら、その手をしっかり取ってわたくしは外に出た。
❋
「王宮内もじっくり案内したい所だけど、とりあえず今は疲れもあるだろうから身体を休めて欲しい」
「は、はい。ありがとうございます……」
(……うーん、落ち着かないわ)
チラチラチラチラ……
コンラッド殿下の横を歩く見慣れないわたくしの姿がそんなに珍しいのか、視線をたくさん感じる。
───あの方が殿下の婚約者となられたランツォーネ国の王女殿下……
そんな声も聞こえて来るから、本日わたくしが到着することはしっかり伝わっているらしい。
「……」
(敵意……というよりは今は好奇の目といった感じかしら?)
……気を引き締めなくては。
わたくしはグッと背筋を伸ばす。
なぜなら、ここはプリヴィア王国。ランツォーネ国とはもう違う場所。
そして、わたくしは第三王子の婚約者!
それは、良くも悪くもわたくしの振る無いの一つ一つが殿下にも影響してしまう、ということ。
(理由も聞かずに、優しい手で慰めようとしてくれたこの方をわたくしのせいで貶めるわけにはいかないもの!)
そう思ったわたくしは、しっかり顔を上げて堂々と殿下の隣を歩いた。
「───ここが、クラリッサ王女の部屋だ」
「……まあ!」
コンラッド殿下に案内され、わたくしの部屋だという扉を開けた瞬間、思わず感嘆の声が溢れた。
「わたくしの好きな色……たくさん」
「手紙で聞いていたクラリッサ王女の好みを元に用意させてみたのだけど、どうかな?」
「……すごいですわ」
ああ! もう! すごい以外の言葉が見つからないわ!
こんな時、自分の語彙力の無さが悔やまれる。
「王女は菫色が好きだと言っていたからね、だからその色を基調として───」
コンラッド殿下が配色のこだわりから何から何まで説明をしてくれる。
それがまた妙に細かいところまで詳しい。
「あの? もしかしてコンラッド殿下がかなり細かく指定をされた、のでしょうか?」
「え?」
「えっと、指示を出しただけにしては……随分とお詳しいな、と」
「……」
また、殿下の頬がほんのり赤くなる。
そして、ふいっと目を逸らすととても小さな声でぶっきらぼうに言った。
「……だ」
「はい?」
「…………クラリッサ王女の喜ぶ顔が見たい、と思った……んだ」
「……」
その言葉につられてわたくしの顔も赤くなった。
「……」
「……」
しばらくお互いに言葉を発せず無言の時間が流れた。
(な、なんて話しかければ……?)
わたくしが内心でアタフタしていたら、先に殿下の方が口を開いた。
「……手紙で聞いた時はどうしてその色なんだろう? と不思議に思ったけれど、王女の好きなこの色は自分の瞳の色だから?」
「あ……」
殿下がわたくしの顔をのぞき込む。
(ち、近っ……近くってよ!!)
距離の近さに動揺しすぎたせいなのか、心の声は威勢がいいのに、肝心の口から上手く声が出てくれない。
「綺麗な色だ」
(───っ!)
───クラリッサの瞳の色はとても綺麗だな!
───本当ね、しかもキラキラしていてさらに綺麗なのよね!
───僕もその色が良かったなぁ……
(お父様、お母様、お兄様……)
───私も王女殿下のその瞳の色、綺麗でとても好きですよ?
(……ジャン)
かつてわたくしの瞳を綺麗だと言ってくれた優しかった人たちはもう居ない。
だから、二度とそんなことを言ってくれる人なんて現れないと思っていたのに。
「あ、ありがとうございます…………その、自慢の瞳の色なのです」
「そうなんだ?」
「はい、ですからこの部屋とても……とても嬉しいですわ」
「それは良かった」
コンラッド殿下が笑顔を見せてくれたのでわたくしもつられて笑顔になる。
───綺麗だ。
その言葉を再びくれたのが、わたくしの夫となる人だということがたまらなく嬉しかった。
❋
その夜、わたくしはすっかり存在を忘れていたお父様からの手紙を手に持って、読むべきか否か考えていた。
(読まなくても内容はだいたい分かる……)
たとえこの先、何があってもわたくしが国に戻ることは有り得ない。
だから、読まずに破り捨ててしまいたい。
それでも、わざわざ手紙なんて回りくどい方法をとったのは何故?
それに……
「……わたくしが国に戻ることはなくても、ランツォーネの王女として嫁ぐのだから今後も国交は続くものね……」
完全に縁を切ることが出来ないのを悲しく思いつつ、わたくしは覚悟を決めて手紙を開封した。
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