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第3話 顔合わせ
しおりを挟む「クラリッサ。今度、プリヴィア王国からコンラッド王子が我が国にやって来るそうだ」
「……は、い?」
久しぶりにわたくしを呼び出したお父様は、また氷のような目で睨みつけながらそう告げた。
「正式に婚約を結ぶ前に……お前と会っておきたいらしい」
そう告げるお父様はとにかく嫌そうな顔をしていた。
これは、多分その殿下が滞在する期間だけわたくしを“王女”として扱わないといけないから。
「そう……ですか」
「クラリッサ。王子とは手紙のやり取りをしていると報告は受けている。まさかとは思うが余計な話はしていないだろうな?」
「し……していません」
何度手紙のやり取りを重ねてもあの話をすることは出来なかった。
コンラッド殿下も本当に何も知らないのか、探る様子も感じられず、終始わたくし達の手紙のやり取りの内容は和やかなものだった。
「……していない、か」
お父様は冷たい目で私を一瞥する。
「……どうだかな。お前は嘘つきだからな。信用ならん」
「そ、それはっ……!」
「言い訳はいらん。もう聞き飽きた。そんな事よりも問題は王子の方だ。ここでお前が気に入られなかったら縁談の話は確実に流れるだろう」
「……」
「お前に次は無いのだ、しっかりもてなせ。以上だ」
お父様は自分が言いたいことだけを言ってさっさと話を打ち切ってしまった。
──────
とぼとぼと部屋に戻りながらわたくしは考える。
(本当に結婚する場合はこのまま黙ったままでもいいのかしら?)
わたくしが盛大にやらかした事……しっかり話すべきなのでは?
それとも、どうせ政略結婚なのだからとお互い過去は干渉はしないと割り切っておくべき?
殿下はどちらをお望みなのかしら?
「……あ」
部屋の前に着くとお父様が手配したのか扉の前に護衛が立っていた。
専任では無かったけれど、かつて何度かわたくしの護衛を担当したことのある彼はわたくしの姿を認めると明らかに軽蔑した眼差しを向けながら言った。
「お戻りでしたか。プリヴィア王国の王子殿下が滞在する間のみ、仕方なく私が王女殿下の護衛を担当することになりました」
「そう……」
「私は必要以上に殿下と関わるつもりはありませんので。あいつにしていたように時間外の呼び出しなどは絶対に止めてくださいね」
「……」
「───それでは、失礼します」
期間限定のわたくしの護衛はそれだけ言って扉の前から去って行った。
(なんて棘のある言い方……)
それに、わざわざ言い残した時間外の呼び出しを止めてくれ……あれは……確実に嫌味でわたくしへの攻撃だ。
────殿下、私は本日をもってあなたの護衛騎士を辞めさせていただきます
かつて言われた言葉が頭の中に甦る。
わたくしはそんなの嘘よ! 許さない! と必死に手を伸ばした。
でも……
「……」
わたくしは両手で自分の頬をパンッと思いっ切り叩く。
「痛っ……」
思ったよりも強く叩きすぎたせいなのか、少し頬がじんじんする。
でも、これくらい痛い方が目が覚めてちょうどいい。
「しっかりしなさい、クラリッサ! もうくよくよなんてしない……そう決めたでしょう!」
自分自身に喝を入れてわたくしは前を向いて顔を上げた。
❋❋❋
(す、姿絵以上だわ……!)
「初めまして、クラリッサ王女。プリヴィア王国第三王子のコンラッドです」
「……ランツォーネ国の王女クラリッサと申します」
私は慌ててドレスの裾を掴んで挨拶をした。
今日はプリヴィア王国からコンラッド殿下の訪問日。
約束の時間通りに現れ、颯爽と馬車から降りてきた彼は姿絵なんかよりも何倍も美青年だった。
「……」
コンラッド殿下は私に向かって微笑む。
「クラリッサ王女、どれだけ美しい女性なのかと楽しみにしていたけれど、想像していたよりも美しくて可愛らしい方ですね」
「う、うつ? あ、ありがとう、ご、ございます……」
思わずコンラッド殿下の姿に見惚れてしまっていたわたくしは慌ててお礼を言った。
(やはり、この方……タラシの才能があると思われるわ……)
初対面で“美しい”“可愛らしい”なんて言葉がスラスラ出てくるのだもの。
きっと油断出来ないタイプだと思うわ。
「あー……──クラリッサ。こんな所で立ち話というのもあれだ。どうだ? 二人で庭を散歩してみるのは。交流を深めるといい」
一緒に殿下を出迎えていたお父様が早速、わたくしを側から追い払おうとしている。
「そうですわね……分かりました。コンラッド殿下もそれでよろしいでしょうか? もしお疲れなら部屋でお休みすることも……」
「いいえ、大丈夫です。せっかくなので案内してもらってもいいですか?」
殿下が笑顔で承諾したので、わたくし達は共に庭を散歩することになった。
───
「───とても綺麗ですね」
並んで庭を歩いていたら、コンラッド殿下がわたくしの方を見ながらポツリとそう口にした。
(綺麗?)
「え? あ、ああ! ……あちらの薔薇園ですか? あそこはお母様がこだわって植えさせた自慢の場所なのですわ」
わたくしは自分より向こうに見えるお母様自慢の薔薇園の説明をした。
(びっくり、した)
一瞬、わたくしに言っているのかと錯覚してしまったではないの。
ほんのり赤くなってしまった頬の熱をどうにか抑える。
こんな所で再び勘違い女になるわけにはいかない。
「……」
「あの? ……コンラッド殿下?」
「…………あ、いや。そうなんですね、王妃殿下のお気に入りでしたか」
一瞬だけ呆けた様子を見せていたコンラッド殿下が微笑みながら頷いた。
その後もあの花はどうしたこの花は誰が好きでなどと説明しながら歩く。
すると、殿下が柔らかく微笑みながら言った。
「……クラリッサ王女は手紙通りの方ですね」
「はい?」
手紙通り? とは。
「手紙の中でも色々と語ってくれていたではありませんか」
「え? はい……」
「クラリッサ王女のおかげで苦い食べ物が少し食べれるようになりました。ありがとうございます」
コンラッド殿下はクスクス笑いながらそう言った。
改めてお礼を言われると少し恥ずかしい。
「そして、今も私を飽きさせないようにと一生懸命話をしてくれています」
「……!」
見抜かれていたということに、顔が赤くなる。
恥ずかしくなって目線を逸らすとコンラッド殿下はわたくしに向かって言った。
「誰かのために一生懸命になれる──私はあなたのような方を妃として迎えたい」
「……殿下」
「長年、生まれ育った国を出ることにはもちろん不安もあるでしょうが、ぜひ考えていただきたいのです」
「!」
(こ、これ、もしかしてわたくしは、ほ、本当に望まれているの?)
わたくしの胸はこれまでにないくらいドキドキしていた。
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