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第1話 嫌われ王女

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  ───わたくしは、勘違いも甚だしいとんでもなく愚かな王女だった。

  末っ子で、この国の唯一の王女。
  そのせいか、国王のお父様、お母様もお兄様たちも皆、わたくしを可愛いと言っていつだって溺愛してくれた。
  お城の者たちも、チヤホヤしてくれた。
  だから欲しい物は何でも手に入れた。わたくしが望んだことならなんでも叶う。

  ───そうして、出来上がったのは傲慢で我儘で勘違いの激しい性格の王女クラリッサ。

  誰よりも可愛いわたくしは、誰からも愛される特別な存在なのだと信じ思い込んでいた───……




✼✼✼




「クラリッサ。お前に縁談の話が来ている」
「……わたくし、に?」

  その日、珍しくお父様から滅多にない呼び出しを受けたので、何の話かとおそるおそる部屋を訪ねると、まさかの縁談の話だった。

「何を驚いている?  一応、お前はこの国の王女なのだからおかしな話では無いだろう?」
「それはそう、ですが……」
「クラリッサ。まさか文句がある、と?  ……私に逆らうつもりなのか?」
「っ!」

  ジロリと睨まれてわたくしは萎縮してしまう。
  お父様が私を見る目はまるで氷のように冷たかった。

  もちろんそんな目で見られる理由は分かっている。
  けれど、それがわたくしの自業自得だったとしてもやっぱり悲しいものは悲しい。

  わたくしはギュッとドレスを両手で掴む。

「違います……本当に、わたくしに?  と疑問に思っただけです」

  (だっておかしな話ですもの───こんな嫌われ王女であるわたくしに縁談だなんて)

  お相手はいったいどこのどなた……

「ふんっ!  縁談の相手はプリヴィア王国の第三王子コンラッド殿下だ」
「プリヴィア王国……の第三王子……?」

  お父様がお相手の名を告げた。
  まさか、他国の王子とは。しかも、記憶にある限りわたくしと面識はない。

「なんだその顔は。ああ、相手が第三王子なのが不満なのか?」
「え?  違っ……」
「お前のような者を他国の王妃にするなど絶対に有り得んからな!  縁談の話が持ち上がっただけでも良かったと思え!」

  ただ、驚いていただけなのにお父様はわたくしが不満に思っていると勝手に解釈していた。

「……」

  わたくしは顔を下に向けて考える。

  詳しく話してくれる様子はないけれど、これは政略結婚。
  わたくしの知る限り、国力的に大きな差は無いはず。
  だからこそ、プリヴィア王国……と聞いてなるほどと思った。
  我が国とは距離のある国だから、きっとわたくしの事もよく知らずに縁談の話を……
  お父様もこれくらい距離があればどうにかなる……そう思ったのかもしれない。

  (これまでさほど交流のなかった国の王族同士。縁談によって友好な関係を……って所かしら?)

  けれど、この国で悪評高いわたくしにそれが出来る?
  でも、新たな場所でなら……本当にわたくしの事が知られていないのなら、もしかして。
  そんな淡い期待がわたくしの中に生まれる。

「そして、お前宛にコンラッド王子から手紙が届いている」
「え?」
  
  わたくしはそっと顔を上げる。

「この縁談話は我が国の汚点、お荷物王女でしかないお前をようやく整理出来るまたとない機会だ。いいか!  返事には余計なことは絶対に書くなよ」
「あ……ですが……」
「それから。この縁談、もしも先方から断られるようなことがあった場合、お前はに逆戻りだ!」

  ピクッ
  その言葉にわたくしの身体が反応する。

「用件はそれだけだ。お前の顔を見ているだけでイライラが募ってしょうがない。さっさと目の前から失せろ」
「……失礼しました」

  お父様はそれだけ言ってゴミを見るような目でわたくしをさっさと部屋から追い出した。


───


  (縁談……)

  縁談相手のプリヴィア王国の第三王子からだという手紙を手に持ったわたくしは、そのまま自室へと戻るため廊下を歩いていた。
  わたくしには護衛がついていない。だから───……

  ───見て、クラリッサ王女よ。
  ───久しぶりに姿を見たわ。
  ───へぇ、部屋から出ているなんて珍しいね。

  わたくしの姿を見かけた王宮の使用人たちのそんな囁き声が聞こえて来る。
  本来なら仕えるべき王族の王女にこんな言葉を向けるなんて懲罰ものだけど、“王女クラリッサ”に対してだけは全て黙認されている。

  (昔なら向けられる言葉は全て“可愛い”だったわね……)

  でも、あんな嘘で塗り固められた笑顔でお世辞を聞かされていた頃よりは、今の方が全然、マシ。

  ───クラリッサ王女、どうせまともな公務は出来ないのだから、お荷物はお荷物らしく部屋にこもったままでいればいいのに。
  ───国民からも嫌われているから、外での公務なんて無理よねぇ。
  ───前に試しに外に出したら石を投げられたって聞いたわよ。

「……」

  お城の使用人たちはびっくりするくらいお喋りで情報通なのね。
  あの時、わたくしに石を投げてきた民も、本来なら重罪となるような行為だったはずなのに厳重注意処分で終わったと聞いた。

  そんな事を考えていたら、一番上……王太子でもあるお兄様が反対側から歩いて来た。
  あ……と思った瞬間、目が合った。

「お……お兄……」

  久しぶりに目にしたその姿に思わず声を出してしまった。
  だけど、お兄様はわたくしをお父様同様、氷のような目で強く睨むだけで無言のまますれ違った。

「……分かってる」

  それでも胸がキュッとなる。

  ───クラリッサ!  俺の可愛い妹!  今日も可愛いな!

  そんな風にわたくしを抱きしめて頭を撫でてくれたお兄様はもういない。
  
  ───見損なったぞ、クラリッサ!  お前のような女はもう妹とは思わん!  消えろ!

  確か、それが最後の会話だった。
  そしてそれは、他のお兄様も同様。
  わたくしを可愛がってくれていたお兄様たちももういない───

「……」

  (ダメ……泣いてはダメよ。しっかりしなさい、クラリッサ!)

  溢れそうになる涙を拭って顔を上げて自分に喝を入れる。
  涙ならもうたくさんたくさん流した。
  泣いたからって救いの手が差し伸べられるわけではない事をわたくしは身をもって知った。

  (過去の思い出に縋ったところでなんの意味も無いのだから!)

  



  部屋に戻ったわたくしは手の中にあるプリヴィア王国の王子からの手紙を見る。

  ───この手紙には何が書かれているのかしら?  

  考えられるのは単なる義務的な挨拶でしょうけれど……
  それでも、誰かから手紙を貰うという行為そのものがあまりにも久しぶり過ぎて、なんだかドキドキする。

「どんな方なのかしら?  コンラッド殿下……」

  わたくしはそっと手紙を開封した。
  
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