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20. 惚気

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  ───ブライアン・アウズラウド。

  それがこの国、アウズラウド国、王太子殿下の名前。

  震える声で呼んだそんな初めての殿下の名前。
  呼んでくれ、とは言われたけれど、殿下自身が私に呼ばれて本当にどう思ったのかが怖くて目を逸らしたくなったけど───

「アンジェリカ……嬉しい。ありがとう」 
「……!」

  殿下……ブライアン様がとても嬉しそうに微笑んでくれたので胸がいっぱいになってしまった。
  こんなに……こんなに嬉しそうに笑ってくれるなんて!

「アンジェリカ……」
「……ブ、ブライアン様」

  あ、ダメだわ。何だかとても照れくさくて、くすぐったいわ!
  そして、ブライアン様の私を見る目に熱が……熱がこもってる。
  知らなかった。
  いつから、あなたは私をそんな目で見ていたの?

「愛してるよ、アンジェリカ。私の───」
「ブラ……」

  そうして、またブライアン様の顔がそっと私に近付いて、今度こそ私達の唇が触れ───

「ファ……ハックシュン!!」

  ───!?

  突然のくしゃみに驚いてパチッと目を開けた。
  目を開けたそこには、同じように目を開けて驚いた顔をしているブライアン様の顔。

「……」
「……」

  私達はそっと顔を見合せる。
  今のくしゃみは……

  私はこの時になってようやくこの部屋にもう一人いた……という事を思い出した。
  何で忘れていたのよ、私!

「……す、すみません。えっと……が、我慢出来ませんでした……」

  ひょこっと顔を出したユリウス様が申し訳なさそうに頭を下げた。

「ユリウス……お前……」
「……ひっ!」
「わざとか?」
「ま、まさか!  俺も出来る事なら空気に……空気になりたいと思っていた……のです、が」

  ブライアン様の地を這うような低い声にユリウス様が完全に圧倒されている。
  それでも、ユリウス様は強かった。
  ユリウス様は何とか頑張って笑顔を作ってこう言った。

「ええと、ですが、殿下。色々!  色々ありましたが……天使の花嫁は決まりですね?  おめでとうございます」



────


 
「……お前というやつは、何でいちいち良い所で邪魔をするのだ!」
「そう言われましても……」
「あと少しだった……あと少しだったんだぞ!」

  ノルリティ侯爵家を後にして王宮へと戻る馬車の中、俺はずっとずっとずっとネチネチと殿下の愚痴を聞かされている。
  殿下がこうなったのは俺が殿下とアンジェリカ嬢のいい雰囲気の所を邪魔してしまったからだ。
  それも二度も。

  (うーん、なぜ俺は……こうもタイミングが悪いのだろう?)

  殿下がアンジェリカ嬢をベッドに押し倒しているところに遭遇したと思ったら、今度は俺の存在を無視して盛大な愛の告白を開始し、二人っきりの世界にどんどん入ってしまった。
  殿下の押しのパワーが凄い。

  だが、これで殿下が望んでいた互いを想い合える相手が見つかった。
  俺はそれが本当に嬉しい。
  (超絶鈍いけど)アンジェリカ嬢がいい子だって事は俺もよく知っている。

  (ルチアもきっと喜ぶだろうな)

  ルチアはずっと殿下の天使が現れるのを待っていたからな。
  あぁ、早く家に帰って報告したい。
 

「……ユリウス」
「はい」
「────アンジェリカが可愛いくて可愛くて仕方がない」
「……ゴホッ!」

  突然、何なんだ!?
  なんの脈絡もなく話が始まったぞ!?
  思わず吹き出してしまい、おそるおそる顔を上げると、俺の向かい側に座っている殿下が、顔を赤くしたままモジモジしていた。 

「!?」
 
  ───王太子の威厳はどこに行った!?
 と、叫びそうになった。

  そんな殿下は頬を赤く染め、嬉しそうな顔で言う。

「見たか?  アンジェリカのあの私の名前を口にする時の照れて照れて照れたあの可愛い顔!」
「……は、はあ……」

  (よく見えなかったです)

「聞いたか?  アンジェリカのあの私の名前を口にした時の緊張したちょっと震えた様子の可愛い声!」
「……そ、そうです……ね?」

  (いつも通りの声だと思ったが?)

「その後の、はにかんだ笑顔がまた───」

  え?  何かが始まったぞ?
  これは……これが噂に聞く惚気という奴なのか?
  え?  待ってくれ?  これはもしかして、王宮に着くまで俺はこの二人きりの空間の中でずっとこの、殿下からのアンジェリカがー……、アンジェリカはー……と言う話を聞く事になるのか!?

「……」 
「いいか?  ユリウス。お前は全く気付かなくて構わない。と、言うか知らなくていいのだが、アンジェリカの可愛さというのはだな──」
「……殿下」
「む、何だ?」 

  殿下は俺が話を遮った事が不満なようでムッとした顔をしている。

「可愛いと言うのなら、俺のルチアも負けていません」
「何?」

  毎晩毎晩、無邪気にフリフリかスケスケで攻めて来る可愛い妻なんだぞ!

「ルチアは───」

  ───こうして俺達は王宮に着くまで、どっちの最愛の女性が可愛いかを競うように話し続けた。
  激しい消耗戦の後はなぜだか無性にコーヒーが飲みたいと思ってしまった。


  ───こうして、無事に王太子殿下の天使探しは、実は近くにいたアンジェリカ嬢だった……めでたしめでたし……で幕を閉じるかと思われたのだが。


  俺と殿下はすっかり忘れていた。
  アンジェリカ嬢も誤解していたあの迷惑なディティール国の王女は……自国でも厄介者扱いされるくらいの迷惑王女だった事を────……
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