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14. まさかの話だった

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「セラフィーネ、本当にごめん!  申し訳ない……」

    翌日、昨日言った通りレグラス様が屋敷にやって来て、腰を落ち着けるやいなや開口一番、頭を下げながらこう言った。

「え……レグラス様……?」

  今、謝られた?
  ごめんって言った……?
  やっぱり、やっぱりレグラス様も……

  (やだ……言わないで……!!)

  これ以上聞きたくない!
  自分の耳を塞いでしまいたかった。

 
「……この間、マルクが伯爵家を訪ねて来て、セラフィーネに当たり散らしたと聞いた」
「…………ふぇ?」

  レグラス様のその言葉に私は驚き、ついつい間抜けな言葉が口から飛び出した。

「本当に申し訳ない。どうもマルクの様子がおかしいから、何があったのかと問い詰めたら白状した。僕は何も知らなくて……ごめん。一方的に責められて怖かっただろ?」
「うえぇぇ?」


 “運命の恋”に落ちた。
  そう言われるのだろうと怯えていたせいで、語られている話の内容にちょっと拍子抜けしてしまい、またしても間抜けな返答になってしまった。

「ごめん、セラフィーネ。とりあえず、マルクは殴っておいたから」
「……は?」

  今、なんて?  殴ったって聞こえたわ……
  え、本当に?
  マルク様って騎士よね?  騎士を殴ったの??
  
「許せるはずないだろう?  何をそこまで思い詰めたのかは知らないけど、わざわざ屋敷を訪ねてセラフィーネを責めるなんておかしいし間違ってる!」
「レグラス様……」

  私の為に怒ってくれたの?

「えっと、その、今日は謝罪の為に?  は、話したい事ってこの事、ですか?」
「うん。本当は昨日謝りたかったんだけど食堂あそこではさすがにね。セラフィーネも仕事中だったし。だから申し訳ないけど今日時間をもらったんだ」
「!」

   ── “運命の恋”に落ちたんだ!

  そんな話じゃなかった。全然違った……
  その事実に思わず安心してしまってつい涙が出そうになってしまった。

「セラフィーネ?  どうした?  殴るだけじゃ足りなかった?  そうだ!  セラフィーネもマルクを殴っとく?  気が済むまでボコボコにして構わないよ?」

  私が泣きそうな顔になった事に気付いたのか、レグラス様が慌てだし、何をどう思ったのかそんな事を口走っていた。
  何で拳で解決するみたいな話になってるのよ……冗談よね?
  私はこれでも令嬢よ?  

「い、いえ、さすがにそこまでは」
「本当に構わないよ。殴りたかったらいつでも言って。引きずってでも連れて来る」

  やだ。レグラス様、コレ絶対本気で言ってるわ。なんていい笑顔!
  なのにどこからどう見ても目が本気だ。
  この人、本気だわ。本気でる気だ……

「だ、大丈夫です!  その、一方的に責められはしましたけど危害を加えられるような事はありませんでしたし」
「……万が一、指一本でも触れてたら生かしておかなかったけどね……」
「!?」

  …………今、とんでもなく物騒な言葉が聞こえた気がしたわ!
  私は何も聞いてない。聞いてないわ!

「まぁ、改めてマルクには謝罪させるとして。それでアイツは何の話をしにここに来て、結果、セラフィーネを責めるようなバカな真似をしたんだ?」
「そこは聞いていないのですか?」
「マルクも“悪いのは自分だから”と繰り返すだけで詳しい話は何も。ただ様子はおかしかったな」

  レグラス様、どうやら詳しい話も聞かずにマルク様をボコったみたいだ。
 
「聖女様が……」
「聖女?」
「聖女様が私とマルク様はヨリを戻した方が良い……というような事をマルク様に話したようで……」
「はぁ?」

  レグラス様が意味が分からないって顔をした。
  そうよね。そうなるわよね。
  だって私も分からないもん。

「何でそんな話になるんだ?」
「それは私にも」
「妙だな……」

  レグラス様が神妙な顔をしてそう呟いた。

  さらに聖女様がレグラス様に興味を抱いてる、事までは言わなくてもいい……よね?
  と、いうより言いたくない。
  
  そういえば、孤児院での邂逅イベントはどうだったんだろう?
  視察先に彼女がいたのは間違いない気がするんだけど……
  あの噂の相手はやっぱりレグラス様なのかな?


「この間ー……」

  ドキンッ
  心臓が大きく跳ねた。

「視察先の孤児院で聖女に会ったんだ」

  あぁぁぁ、起きてた──!!  やっぱりイベントは起きてた!

「そ、それは……すごい偶然ですね?」

  私は何とか笑ってそう返す。

「……偶然、ね」
「レグラス様?」

  レグラス様はどことなく渋い顔をして意味深な言葉を吐いた。

「いや、リシャールとも話してたんだけどね、数ある孤児院の中で、僕らの視察先と聖女の訪問先が偶然被るなんて出来すぎてるな、と思ってね」
「……」

  ──それは、ここがゲームの世界だからよ。

「何か策略めいたものを感じる」

  ──策略と言うより、攻略かしら。

  レグラス様は裏に何か陰謀が……って悩み出していたけど、いや、多分それ単純にヒロインによるあなたを落とす為の攻略だから。
  ある意味陰謀ではあるけど、多分あなたの思ってるのとは違うわ。

  
  と、言いたいけど、もちろん言えない。



「それで!  あの、その時、聖女様が暴漢に襲われそうになったらしい、と食堂の皆さんからの情報で耳にしました」
「……!」

  レグラス様がびっくりした顔を向ける。

「街は噂が広がるのが早いな」
「そ、れで、護衛の方と、その、王城関係者の方が彼女を守った……とも」

  嫌だな。何で私、こんなモゴモゴした喋り方になってるんだろう。
  ズバッと聞けばいい事なのに。

  最近の私は何でかレグラス様の事になると、挙動がおかしくなってる。

「あぁ、それは僕とマルクの代わりに付いてた護衛の事だよ」
「っ!!」

  ──やっぱりレグラス様だった!

「“聖女”という存在に何の意味があるんだ、世の中にはそう思う人も少なくは無いんだよ。だから聖女には護衛騎士が必要なんだ」
「あぁ……」

  これは間違いなく、乙女ゲーム世界故のおかしな設定のせいね。
  正直、聖女なんて存在はこの世界の中で明らかに浮いているもの。

「あと、純粋に今代の聖女は評判が良くないのも関係してると思う」
「……」
「歴代の聖女を振り返ってもぶっちぎりの評判の悪さらしいからね」
「そう、ですか」

  そりゃ街でも流れてる噂が、どこぞの男と~ばかりならそう思われても当然かな……

  って、今はそれよりも!  

「怪我!  レグラス様、怪我はありませんか!?」
「大丈夫だよ?  昨日も会ってるけどピンピンしてるだろ?」

  そう言ってレグラス様は何でもないといった風に動いてみせてくれた。
  確かにどこか悪そうには見えない。

「良かった……」
「僕も護衛も、その他にも怪我人はいないよ。だから安心してくれていい」

  レグラス様はニッコリ笑って言った。

  良かった……良かったけど、なら、もう一つの噂は?

「……聖女様とレグラス様は……その、仲良くなりました、か?」
「は?」

  つい私の口からポロリと出てしまった言葉にレグラス様が驚いた顔を見せる。

「そ、そんな噂、も広まって……まして……」
「……」

  沈黙が痛い。お願い、何か言って!!

「……セラフィーネ」
「……」
「まさか、とは思うけど……嫉妬?」
「っっっ!」

  そんな直球で聞き返してこないでよ!

「ち、違います!  私は婚約者として、その……」
「……浮気を心配した?」
「~~~!!」

  何で、何でそんなちょっと嬉しそうなのよーー!!
  腹立つわ!!

「そんな事あるわけないだろう?  彼女と親密になった覚えは全く無いよ」
「そう、ですか……」

  レグラス様はキッパリとそう言い切ってくれた。嘘を吐いてる様子も感じない。
  私はその事に心からホッとする。

  今回の視察は間違いなく邂逅イベントだったはずだし、さらに暴漢から聖女様を守るなんて本来のイベントに無い事も起きたのに……

  レグラス様は、聖女様と“運命の恋”には落ちていない。
  そう思っていいの?

「そもそも、彼女はマルクだけでなくディーク殿下や他の人とも親密にしてるだろ。あれ、僕にはわざとにしか見えない。孤児院の時もそうだ。リシャールにかなり擦り寄ってた。正直、彼女が何を考えてるのか分からなくて逆に不気味だと思ってる」
「……!」
「それにステミア嬢も言ってただろ?  自分以外の令嬢にも突っかかってる事があるって」
「はい。言ってましたね」

  そう。ターゲットになってるであろう二人は残りの攻略対象者の婚約者の令嬢達。

「あれから気になって注意深く見てみたりもしたんだけど、婚約者に会いに来ていた彼女達にわざわざ自分から近付いて行くんだ。あれはわざと彼女達を怒らせてるようにしか見えなかった」

  何だかその光景が目に浮かんだ。
  それで、あれかな?  この間のディーク殿下とステミア様みたいに、それぞれの攻略対象者もその場にしゃしゃり出てきて現場がややこしくなったりしたのかな……

「ちなみに、彼女達の婚約者の男達は最初こそ、あのディーク殿下の時みたいに「聖女に何してんだ!」って剣幕でやって来るんだけど、あれはー……うん」
「レグラス様?」

  レグラス様が何かを思い出したかのようにクスリと笑った。
  何がおかしいの?

「どちらも令嬢達の方が強いね。完全に言い負かされてたよ」
「え!」

  ステミア様もそうだったけど、どうやら残りの攻略対象者の婚約者達の令嬢は強そうだ。
  もしも婚約破棄する事になった場合も、言い出すのは案外、令嬢達の方からかもしれない。

「と、まぁ、そんな様子を見ていて自分が聖女と親密になりたいとは欠片も思わないかな……それにそもそも……」
「?」 

  私が首を傾げると、レグラス様が私の手を取りその甲にキスを落とす。

「レグ、ラス様!?」
「僕にはセラフィーネがいる」
「!!」
「君以外はいらない」
「~~~!!」

  な、何なの!?
  その言葉を聞いて私は自分の頬に熱が集まっていくのを感じる。
  これは絶対に今、私の顔は真っ赤だ。

  
  だって!  そんな言葉をそんな顔で……そんな、甘く蕩けそうな顔で言われたら、まるで……まるで……


  ──レグラス様が、私の事を好きみたいじゃないの。


   私の心臓はもう口から飛び出すんじゃないかってくらい、バクバク鳴っていた。

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