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16. ヒロインの選んだルート?

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  レグラス様と会話していた部屋の隅にはちゃんと侍女も控えていたのに、その存在すらもすっかり忘れていた私は、完全にレグラス様と二人の世界に入り込んでしまっていた…………

  ───と、気付いたのは帰って行くレグラス様をお見送りした後だった。

  見送りを終えて部屋に戻ろうとしたら……何となく使用人の視線が生温かい。

「……?」

  皆、何でそんな微笑ましいものでも見るかのような目をしているの……??
  私が首を傾げていたら、さっき部屋の隅に控えてた侍女が近付いて来て満面の笑みで言った。

「お嬢様、誤解が解けて良かったですね!」
「へ?」
「他の皆も帰られる際のレグラス様の様子とお顔を見て察したみたいです」
「は?」
「皆、ずーっと、どうしたものかと思っていたんですよ……でも私達が口を出す事は出来ませんからヤキモキしていたんですよ」
「……」

  えっと?  それはつまり?
  私とレグラス様がお互いの事を誤解し合ってるのを周りの人達は気付いてたという事?
  分かっていなかったのは私達だけ……

「~~~!」

  何よそれ!  恥ずかし過ぎる!
  だから皆そんな目を……!

「うぁぁ……」

  穴があったら入りたかった。








  そして、その後は相変わらずの日々で。
  昼間のレグラス様は、やっぱり王太子殿下の回収ついでにお店に来てはご飯を食べて行く。
  レグラス様の態度も相変わらずで、私の心臓は毎日大変だ。

  (そう言えば、あの時耳元で囁かれた言葉……どういう意味なのか聞き損ねたままだったわ)

  そう思っても、なかなかその話をするチャンスが無いまま、どんどん結婚式の日が近づいて来ていて、私はソワソワと落ち着かない気分になり始めていた。





  ──そんな、ある日。
  その騒ぎは起こった。
  始まりはいつもの聖女様……エルミナ様に関する噂からだった。


 


「ーー聞いたか?  聖女の噂」
「あぁ、聞いた!」
「色んな噂があったけどなぁ~!  ついに1人に絞ったみたいだな」
「はは、絞れたんだな。俺はすぐにでもその相手と婚約するとか聞いたぞ!」
「聖女は、国の象徴なだけあって婚約とか結婚の話も優遇されるんだろ?」
「すげーな、聖女って」

  いつものように食堂で働いていると、毎度毎度の常連さん達の話が聞こえてきた。
  相変わらず、噂話が好きな人達ね。

  そして今日も聖女……エルミナ様に関する話題だったからか自然と耳に入ってきてしまう。
  今日の話は、まるでエルミナ様が誰かと恋人関係に、さらには婚約の運びとなったような内容の噂だった。 


  (1人に絞った?  ルートが確定したという事……?)
  

  そう言えば、あのマルク様にした発言の理由が分からないままなのよね……
  マルク様、話をしてみるって言ってたけど、あれからちゃんと話は出来たのかしら?

  あ!  無事に話をしてマルク様と晴れて正式に恋人になったとか?
  それならそれで良い事なんだけど。


  いや……何か違う気がする。


「しかし、お相手は意外だったな!  誰だっけと思ったよ」
「俺、王子だと思ってた」
「まーな、だが王子には公爵家のご令嬢がいるからなぁ。難しかったんだろ」

  ──うん?  意外?
  この様子だと殿下も違うし、マルク様も違う?  新顔っぽい様子だ。
  おかしいわね。他に攻略対象者はいないはずなんだけど。

  私は続きが気になって、聞き耳をたてようとしたけれど、

「セラ!  はい、これあちらのテーブルに持って行って!」
「は、はい!」

  女将さんの声に遮られてしまった。
  うぅぅ、気になる。でも仕事中だもの。仕方ない。


  だけど、肝心なお相手の部分を聞き逃してしまった。本当に誰なんだろ。
  とにかく気になってしょうがなかった。




  カランコロン


「いらっしゃいませーーって……!?」
「……」

  私は驚いてその場で固まってしまう。


  (何で……!?)


  驚かないわけがない。
  何故なら、お店の入口に立っていたのは──……



「……マルク様」


  私が小さくそう呟いたのが聞こえたのだろう。
  マルク様はこちらにチラリと視線を向け、そのまま私の方へと歩いてくる。
  そして、私の元に辿り着くと少し屈んで私の耳元で小さく囁いた。

「なるほど。変装してるけどよく見ればセラフィーネだね」
「……!」
「急にごめんね、伯爵に聞いてここに来た」
「お、父様……に?」
「そう。どうしても急ぎで話があったから」
「え……?」
「本当にごめん。セラフィーネには先日の謝罪とか話すべき事がたくさんあるんだけど、今は……とにかく今すぐ一緒に来てもらいたいんだ!」

  そう口にするマルク様の顔はとても真剣で、どこか余裕の無さが伝わってくる。
  あの日激昂しながら乗り込んできた時とは違う危うさがあった。
  そんな、マルク様の様子を見ているだけで何だか胸騒ぎがする。

  ちなみに、マルク様の顔が少し腫れてる気がするのは……アレかな?
  レグラス様にボコられた跡……?
  ちょっと残念なイケメンになってるわね、マルク様。

  …………何て呑気に考えてる場合では無いわね。
  明らかにマルク様の様子はおかしいもの。何かあったに違いない。

「お、女将さん……」
「何だい?」
「申し訳ございません。早退させてもらってもよろしいでしょうか?」
「……何かあるのかい?」
「はい。おそらく……ですが」

  私の顔つきと、マルク様の様子を見て女将さんも、只事ではないと感じたのかもしれない。
  これから、かきいれ時だけど行ってきな!  と送り出してくれた。
  もう、感謝しかない。



  私は急いで着替えてマルク様が近くに停めていたという馬車に乗り込んだ。


「……それで、マルク様?  いったい何があったのです?  父に聞いて、わざわざここまで来たという事は余程の事があったのですよね?」

  私が街で働いてる事を知っているのは、お父様とレグラス様だけ。
  なのに、マルク様はお父様に聞いてわざわざ私を呼びにやって来た。

  ……レグラス様ではなく、マルク様が。

「……まさか、レグラス様に何かあったのですか?」
「っ!」

  分かりやすくマルク様の顔色が変わった。
  これは何かあったんだわ!

「マルク様?  レグラス様に何があったのですか?  そして馬車は何処に向かっているのですか?」
「……王城だ」
「王城?」

  って事は……レグラス様は仕事中に何かあったという事?  


「兄上が、怪我をしたとか病気になったとか……そういう事では無いんだ……だから、そこは安心して欲しい」
「そう、ですか」

  なら、なんなのだ。
  それを聞いて少しは安心したけど、はっきり説明して欲しい。






「…………エルミナが」
「はい?」
「今朝、突然エルミナが皆を集めて言い出したんだ」

  しばらく無言を貫いていたマルク様が、ようやく口を開いた。
  なのに、突然エルミナ様の話題が出てきた。
  私の頭の中は ? マークでいっぱいになる。


  だけど私は、次にマルク様の口から語られた内容に衝撃を受けた。


「…………兄上の事が好きだから、兄上と結婚したいって」


  一瞬、何を言われているのか全く理解出来なかった。
  兄上?
  マルク様の兄上ってレグラス様よね……?

  結婚?  え?  エルミナ様は誰と結婚したいと言った??



「ど……ういう事です?」
「ごめん、僕にも分からない。本当に突然の話で」

  マルク様の表情や声からも、かなり動揺している事が分かる。
  当たり前だ。マルク様はエルミナ様の事が好きなんだから。

  マルク様は明らかに動揺はしていたけれど、この間みたいに当たり散らしては来ない。

「……」
  


  ──そうよ!  さっきの常連客さん達の噂話!
  聖女の婚約が決まった様な事を言っていた。
  それは、つまり……この事だったんだ。
  相手はレグラス様の事を指していたの?
  そして、もうその噂が市井にまで広がっている?  早すぎない?


「……マルク様、その話はすでに多方面に広がっているのではありませんか?」
「どうしてそれを?  あ、もしかしてさっきの店で何か聞いた?」
「聖女様が婚約するらしい、そして、それが意外な人物だった、と」
「……」

  相手がレグラス様なら意外な人物だと言われるのも納得だ。
  レグラス様は、王太子殿下の側近で聖女様とは関連がない人だから。
  あの日、暴漢から守ったという王城関係者の名前は、はっきり広がっていなかったみたいだし。

  つまり、レグラス様は今までエルミナ様と噂になった事もないのに、急に聖女様のお相手として浮上して来た事になる。

  (どういう事なの……?)

  レグラス様のルートには入ってなかったはずなのに!




「マルク様、あれからエルミナ様とお話はされたのですか?」
「……したよ。だけど、もう僕には興味の無い様子だった……多分、エルミナは兄上と会った時から兄上を好きになってたんだと思う。だからあの時もセラフィーネとヨリを戻せばいいなんて言ったんだろうね……」
「っ!!」

  そんな事はー……

  無いとは言い切れない。
  
  エルミナ様は本当にこの乙女ゲーム世界のヒロインそのままに、4人の攻略対象者達と親密になっていった。
  けど、誰の事も選んでいなかった。
  それが、今回のレグラス様の場合だけはっきり口にした。
  しかも、何故か攻略出来ていたとは言えないはずのレグラス様を。

  (どうしてよ……!)

  どうしてよりにもよってレグラス様なの!
  そう思うだけで涙が出そうだった。


「エルミナは、僕の事が好きだって言ってくれてたんだ……」

  マルク様がポツリとそう呟いた。
  
「ディーク殿下や他の二人とも確かに親密にはしてたけど、いつも僕の事が1番好きだよって言ってくれてたんだ……なのに突然兄上がいいなんてさ……ねぇ、セラフィーネ。僕はエルミナの何だったんだろう……」

  そう口にするマルク様の顔は仄暗い。
  明らかに傷付いてる顔だった。

「……」

  どうしよう。言葉が見つからない。
  あなたの事が1番好き……って、それ浮気してる人の常套句にしか聞こえないんだもの。

  何も言えず、私は俯く。
  だけどマルク様は私に呼びかけたものの、答えを求めてるわけではなさそう。
  ただ、やり場の無い気持ちを聞いて欲しかっただけなのかもしれない。

  そして私は黙々と考える。
  
  やっぱりエルミナ様は無意識に4人と親密になってたのではなく……わざと落としてた?
  薄々は感じてたけど、そうなると彼女も私と同じ前世の記憶を持つ転生者という事に間違いない気がする。
  もちろん、この世界の事も知っているのだろう。そう、自分の立場も。
  そして、隠しキャラ以外の全員をわざと狙って落としていたのなら、彼女の狙いは……

「逆ハー……?」

  いや、待って。それだとおかしいわ。
  なら何でレグラス様と結婚したいなんて言い出したの?

  逆ハーエンドは誰とも結婚しないはず。
  誰か一人を選んだら逆ハーではないから。 


  そうなると。
  

「……初めからレグラス様狙いだった……?」



   (どうしてなの、やめてよ……レグラス様は!  レグラス様は……)



  ただただ、エルミナ様が何を考えてるのか分からず、
  得体の知れない聖女ヒロインの事が気味が悪くて仕方なかった。 


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