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12. ヒロインの行動とゲームの強制力

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  ゲームのレグラス様ルートは、マルク様を攻略すれば開放される。
  そして、マルク様の好感度も上げつつ、レグラス様とのイベントをこなす事で隠しルートに入る事が出来る。
  そんなレグラス様ルートに入る為に必須な絶対条件はー……




「聞いたかい?  最近、聖女様が頻繁に教会や孤児院を巡ってるそうだよ」
「へー、いつも神殿の奥でお祈りしてるだけかと思ってたのにね」

  その日、たまたま食堂の常連さん達の会話が聞こえてきて耳にした私は、話の内容に思わずビクッと肩を震わせてしまった。

  エルミナ様が教会や孤児院への訪問をしている?
  決しておかしな事ではないので、本来なら気にする話ではない。

  なのに、それが気になってしまうのは。

  そこにレグラス様ルートに入る為の必須条件となる邂逅イベントがあるから。

  聖女という存在に以前から興味を持っていたレグラス様は、精力的に慈善活動を来なす聖女様の噂を聞いて、人知れず彼女に好感を抱いていた。
  そしてある日、王太子殿下の視察と偶然同じ日程で訪問していた先の孤児院で、子供たちと触れ合う聖女様の様子を見かける。
  それまでまともな接点の無かった2人の邂逅──この日の出会いをきっかけにどんどん2人は親しくなっていく……

「セラ?  顔が真っ青だよ?  どうかした?」
「え、あ、女将さん……すみません。何でもないです」
「そんな顔色じゃないけどねぇ……」

  私はそんなに顔色が悪いのかな?
  確かに、エルミナ様の話を聞いて動揺はしてしまったけれども。

「もうすぐ、愛しの婚約者殿が来る時間じゃないのかい?  そんな顔色で仕事してたらあの過保護そうな兄ちゃんが驚いちゃうよ?」
「愛しのって……」

  婚約者なのは間違いないけど、別に愛しいわけでは……ない。
  と、心の中で反論した時、カランカランと店のドアが開いた。
  私と女将さんが反射的に入口を振り返って見ると、入ってきたのはー……

「あ……」

  レグラス様だった。
  噂をすれば何とやら……だ。

「セラ!」

  レグラス様は私の顔を見て嬉しそうに微笑んだ。

「……っ!!」

  だから、もう!  何でそんな顔で微笑むの!
  その顔面の破壊力と言ったら……ずるい!!
  本当にこの人は自分の顔面偏差値が高い事を分かってない!

  だけど、そのすぐ後、レグラス様は笑顔を消して眉間に皺を寄せながら私の元へとツカツカとやって来た。
  そして、そっと私の頬に触れる。その手つきはとても優しい。

「……セラ、顔色が悪い。何かあった?  疲れてるんじゃないか?」
「えっ」

  今まさに女将さんに指摘されていた事をズバリ言われてしまって私は動揺する。
  そんな女将さんは、ニヤニヤしながら「ほらね」って顔をしていた。

「働く事に反対はしないけど、無理していいとは言ってないよ?」
「いや、その……」

  女将さんの過保護発言も、聞いた時は、んん?  って思ったけど、確かにそうかもしれない。レグラス様は心配性な所があると思う。

「本当に違うんです……」
「……」

  いや、その無言で見つめてくるのやめて欲しいです。

「お客様が……その、聖女様の話をしていて……」

  レグラス様の事を狙ってるのかと思ったのです!

  ──とは口が裂けても言えない。

「……?  それで顔色が悪くなるの?」
「ちょっとあの日は大変だったな……って思い出してしまっただけです」
「……あぁ、まぁね。分からなくは無いけどね」

  レグラス様が遠い目をする。

  我ながら言い訳にもならないような言い訳だわ。
  もっと他に無かったの……私!

「とにかく!  本当に大丈夫ですから。ただ……あの、もしかしてなんですけど、レグ様、近々、どこかの孤児院の視察の予定があったりしますか?」
「え、どうしたの急に?  日程や場所は言えないけど……まぁ、あるにはあるよ。どこでその話を聞いたの?」
「いえ、聞いたわけではなくて、聖女様の話を聞いてレグ様にもそういうお仕事もあるのかなって思っただけで!」
「セラ?」

  ダメだわ。ますます怪しすぎる。
  レグラス様、追求して来ないけれど明らかに変だなって顔してるもの。


  だけど、それがレグラス様とエルミナ様の邂逅イベントに間違いないはずだ。

  この間はレグラス様がエルミナ様に惹かれる様子は無かったけど、この邂逅イベントが切っ掛けに……は十分有り得る。
  いや、むしろここからが本当にレグラス様ルートの開始となる。

  (エルミナ様のこの行動は偶然なの?  それとも……)

  不安な気持ちが頭をよぎる。

  どうしよう。その日をきっかけにレグラス様とエルミナ様の仲が深まったら。
  私達の結婚式の日はもう来月に迫っているのに?

  結果としてレグラス様が聖女と運命の恋に落ちてしまって、私が婚約破棄したいと言い出してもレグラス様は受け入れてくれるのかな?
  お祖父様達の遺言を遂行する為や、迫ってる式の事も考えて仕方なく私と結婚はすると言い出すかもしれない。

  ──そうしたら、愛のない結婚をする事になるんだわ。

  もともと、愛のない結婚だと覚悟はしていたけど、何故かレグラス様が優しくしてくれたり、思わせぶりな事をしたりするから勘違いする所だった。


  …………もしかしたら、私の事を少しは好きなのかもって。


  そこまで考えて私は首を横に振った。

  きっと勘違いだ。
  少なくとも、今は前みたいに嫌われてはいないのかもしれないけど、だからと言って愛されてるわけでもない。

  そんな事を考えていた私は、静かにため息をついた。


「…………」

「セラ? どうかした?  本当に様子が変だよ?」

   難しい顔をして黙り込んでしまった私をレグラス様は心配そうに覗き込む。

「い、え。何でもないです……」
「本当に?」
「本当です!  ほら、レグ様!  お席にご案内しますよっ!  今日も私のオススメで宜しいですか!?」
「あ、うん……」

  私は強引に話を打ち切って、笑顔を無理やり作ってレグラス様を席に案内する。
  レグラス様も怪訝そうな表情を浮かべたままだったけど、大人しく従ってくれた。

  だけど、その間も私の胸のモヤモヤは消えてくれなかった。








  レグラス様が、王太子殿下と孤児院の視察に行かれる日──つまり邂逅イベントが起こるであろう日──に、何故かマルク様が我が家にやって来た。


  ちなみに何で今日がその日だと分かったのかと言うと、レグラス様が昨日「明日は店に行けないんだよなぁ……」と寂しそうな顔で呟いていたからだ。
  情報漏らしちゃってるわよ……レグラス様。とりあえず聞こえないフリをしておいたけれど。








「マルク様?  どうなさったのです?」
「突然、ごめん。ちょっと話を聞きたくて」
「話、ですか?」

  私が首をコテンと傾けると、マルク様がフッと笑った。
  ちょっとその笑みは暗い。

「エルミナの事で聞きたい事があるんだ」
「え?」


  マルク様を応接室に案内して、侍女にお茶を運んでもらい私達は一息ついた。
  侍女はそのまま部屋の隅で待機している。
  婚約者のいる身で、その弟とは言え、2人きりにはなれない。
  ……それにマルク様は元婚約者という立場だし。


「それで?  聖女様の事でお話とは何ですか?」

  私は率直にマルク様に訊ねる。

「うん。あのさ、この前セラフィーネが兄上と王城に行った時に、エルミナに会ったと聞いたんだけど」
「その事ですか?  はい。お会いしましたよ」

  エルミナ様に聞いたのかな?
  婚約の事、後で話してみるって言っていたものね。

「……何を話した?」
「はい?」

  何故かマルク様の声がどこか怒ってるように聞こえる。
  何を、とは?

「エルミナと何を話したのかって聞いてるんだ」
「はい?」

  マルク様の言葉の意味が分からなくて首を傾げる。

「……エルミナは泣きながら僕に言ったんだ!  セラフィーネとヨリを戻すべきだって!  どういう事なんだよ!?」
「!?」

  私は驚き過ぎて声も出なかった。
  はぁぁ!?  何それ、どういう事なの!?  私の方が聞きたいわよ!

「僕達の婚約はとっくに破談になってて、セラフィーネはもうすぐ兄上と結婚するのに、何でそんな話になるんだよ!  セラフィーネ、あの日彼女に何を言ったの!?」
「待って、ください、マルク様……」
「エルミナは身を引くと言い出したんだよ。あんなに僕の事を好きだと言ってくれてたのに!!」
「!?」
「セラフィーネが僕とヨリを戻したいなんて口にしたとは思えないけど、でも、エルミナが身を引きたいと言い出すような何かを言ったんじゃないのか!?」

  どうしよう……本当に本当に意味が分からない。
  激昂するマルク様に部屋で待機してる侍女も困惑してる。
  分かるわ……マルク様のこんな姿初めて見るわよねー……
  だけど、何がどうしてそんな話になってるの?

「マルク様、違います!  私とエルミナ様はあの時はご挨拶しただけです。ただマルク様と私の婚約が破談になってる事を知らなかったようなので説明はしましたが……そして、私はレグラス様の婚約者としてご挨拶しています!」
「なら、何でエルミナは身を引くなんて言い出したんだよ!」

  そんな事、私に言われても分かるわけないじゃない……!

「その話を聞いた直後は僕だってセラフィーネが何か言ったなんて思わなかったさ!  でも、時間がたてばたつほどやっぱりセラフィーネが何かしたのかもって思わずにはいられなくなった!」
「え?」

  それは、つまり最初は私の事を疑っていなかったのに、時間が経ってから私への疑惑がどんどん生まれ始めたという事?
  何だろう、何か……

  (怖い……)

  怒ってるマルク様が……ではなくて。
  時間と共に、だんだんそんな考えに至ってしまったマルク様が……怖い。

  だって、何かが働いてるみたい───

   (……これも、強制力なの?)

  もし、本当に強制力なんてものが働く世界なら……レグラス様も今頃……?

  マルク様にいわれの無い事で責められてるのにも関わらず、私の頭の中はレグラス様の事ばかりだった。


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