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10. ヒロインvs悪役令嬢!?
しおりを挟む私のドキドキが最高潮に達した時、私とレグラス様の背後から人の言い争うような声が聞こえて来た。
「いい加減になさい!」
「そんな、私は……」
「あなたが多くの人に色目を使ってる事は分かっているのですよ!」
「私はそのような事はしていません……」
「どこがです? あっちにフラフラ、こっちにフラフラしているではありませんか!」
「ですから、それは誤解です!」
「ご自分の立場というものを理解されてますか?」
「私はー……」
言い争いをしているのは、どちらも女性のようだった。
私がそちらに気を取られていたら、目の前のレグラス様から舌打ちのような音が聞こえて来た。
「……チッ」
「レグラス様?」
目の前のレグラス様の顔は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
その顔を見て、私はレグラス様が何かを言いかけていた事を思い出す。
「あ! 申し訳ございません。お話の途中でした……!」
「…………うん、今はもういいよ。また今度にするよ……」
レグラス様は少し項垂れた様子で「何で邪魔が入るんだ……いや、場所も悪かったんだけどさ……」と何やらブツブツ嘆いている。
当の私は先程までの、心臓のバクバクは何処へやら、言い争いをしている2人の事が気になってしまってそれどころじゃない。
「女性2人で言い争いをしているみたいですね」
「あぁ。だけど、何でこんな所で騒ぎを起こすかな」
「まぁまぁ……って、あら? レグラス様、あの2人って!!」
「ん?」
こんな人目のある王城内で、いったい何処の令嬢達が言い争いをしているのかと覗き見たら、その顔ぶれを見て思わず驚きの声をあげてしまった。
──なぜなら、そこに居たのは……
「聖女、エルミナ様と、ステミア様!?」
聖女ことエルミナ・フレアーズ男爵令嬢と、もう1人……
ステミア・クヤーク公爵令嬢……
……どうしてこの2人が!?
この2人はゲームで、それぞれヒロインと悪役令嬢の役を担ってる。
ステミア様は公爵家のご令嬢で、第2王子ディーク殿下の婚約者。
ゲームのメインヒーローはディーク殿下。なので、その婚約者であるステミア様が悪役令嬢として出てくるわけなのだけど……
その2人がこうして何やら言い争いをしている。これは……まさにイベントのよう。
「……あぁ、またか」
レグラス様がそう小さく呟いた。
「また、ですか?」
「あの2人は顔を合わせるといつもあんな感じなんだ」
「まぁ!」
どうやら、以前からこんな状態だったらしい。
──もしかして、ゲームのストーリーが進行している?
ここがゲームの世界だと改めて突きつけられた気がした。
エルミナ様は攻略キャラ達、それぞれとの噂が広がっていた。
やっぱり、ゲームのストーリーのように攻略キャラ達が皆、エルミナ様に惹かれるのだとしたら……
レグラス様も……?
レグラス様だって隠しキャラとは言え、攻略対象者の1人。
ヒロインに惹かれてもおかしくは無い立場の人。
改めてそれを実感する。
もし、レグラス様がそんな素振りを見せたら、私から婚約破棄するんだって決めていても、
(……嫌だなぁ……)
何だかモヤッとした気持ちが生まれた。
何でこんな気持ちになるのだろう?
マルク様が、エルミナ様を選んだ時はこんな風には思わなかったのに。
「セラフィーネ?」
私が無言で黙り込んでしまったせいで、レグラス様が怪訝そうな顔で私に呼びかける。
「え? あ、すみません……」
「何に謝ってるのか分からないけど、大丈夫? 何だか心ここに在らずな顔してるよ」
「だ、大丈夫……です」
やだな、私、どうしたんだろ?
「あの、レグラス様はエルミナ様……聖女様とはお会いした事があるのですか?」
「僕が? 一度挨拶くらいはしたかな? 基本聖女に関する事は、第2王子のディーク殿下が指揮してるからね。リシャールとの関わりも殆ど無いから交流は無いよ」
「そう……ですか。その、レグラス様は聖女様と会った時に何か……その感じるものとかありませんでしたか?」
「何か感じるもの?」
レグラス様は不思議そうに首を傾げる。
「いや? 特に何も思う事は無かったけど?」
「……!」
その言葉に安堵の気持ちを覚えた。
マルク様のように一目惚れの線は無いらしい。
「マルクの事を抜きにして言うなら、こうしてステミア嬢と揉めてる姿はよく見かけるってくらいの印象だなぁ」
それは、まさにヒロインと悪役令嬢の戦い。
しかし、そうなるとエルミナ様は、マルク様のルートに入っていたわけでは無かったの?
マルク様ルートなら、ステミア様とあそこまでバトルにはならないはずなんだけど……
「ディーク殿下が聖女様にご執心みたいだからね。ステミア嬢も面白くないんだと思う」
「……ディーク殿下が?」
「そう。だからマルクの恋は前途多難だよね」
「…………」
「セラフィーネ? どうかした?」
レグラス様の今の言葉が本当ならば、現時点でルートは確定していない。
つまり、レグラス様ルートの可能性も秘めている……?
「いえ……私はてっきりエルミナ様とマルク様は恋仲なのだとばかり思ってました」
「あぁ、そういう事か。マルクはエルミナ嬢にベタ惚れみたいだけど、恋仲なのかはどうなんだろう? 彼女の噂は色々あるみたいだし」
どうやらマルク様は、恋仲となったわけではなくてもエルミナ様に恋心を抱いたから、私との婚約を破棄したかったという事らしい。
まぁ、私との結婚までのカウントダウンは始まっていたようだからマルク様は必死だったのだろうな。
などと、私がボンヤリとそんな事を考えていたら、レグラス様がちょっと怖い顔をしながら口を開いた。
「ーーマルクが、エルミナ嬢に振られても君とヨリを戻させるつもりは無いよ?」
「へ?」
「セラフィーネはもう僕の大事な婚約者なんだから」
「レグラス様?」
婚約してから、レグラス様は婚約破棄の意思が無いことを何度も念押ししてくる。
そんなに何度も言われなくても分かってるのに。
これは、一度婚約破棄されてる私を気遣ってくれているのかな?
大事な婚約者……
レグラス様は、私の事をそんな風に思ってくれてたんだ。
何だか胸の奥がじんわりとした。
けど、私とレグラス様は遺言を遂行する為の婚約なのだから、大事ってそっちの意味なんだろう。
勘違いしてはダメだと自分に言い聞かす。
……分かってたのに、胸がモヤモヤする。
「……セラ」
モヤモヤする気持ちに気を取られて俯いていたら愛称で呼ばれた。
驚き、慌てて顔を上げるとバッチリと目が合った。
「?」
「僕にとって“大事”なのは君だ。遺言じゃない」
「え……?」
今まさに考えてた事を言われて、私は目を丸くする。
大事なのは私であって、遺言では無い?
それって?
どういう意味──と聞こうと思ってたけど上手く言葉に出来なくて私はそれ以上追求する事が出来なかった。
レグラス様もそれ以上は何も言わなかった。
ただ、どこか寂しそうな顔だけが印象に残った。
──そう言えば、エルミナ様とステミア様はどうしたんだろう?
ヒロインVS悪役令嬢の戦いは幕がおりたのだろうか。
そう思ってキョロキョロと周りを見渡すと、2人はまだいがみ合っているところだった。
しかし不躾に見過ぎたせいか、エルミナ様とバチッと目が合ってしまった。
「……あら? あぁ! あなたは!」
「!?」
エルミナ様が、ステミア様を置き去りにして一目散に私の元へ駆けてきた。
えっ、何!? 何でこっちに来るのよ!
「あなた! セラフィーネ・ラグズベルクさんでしょう!?」
「え、えぇ……そうですが」
駆け寄って来たエルミナ様はフワリと花のような笑顔でそう言った。
……うっわ、笑顔がめちゃめちゃ可愛い! さすがヒロイン!
それよりもエルミナ様、どうして私の顔と名前を知ってるの?
私は驚きでそれ以上の言葉が出ない。
「やっぱり! 絶対そうだと思ったの!」
「えっと……」
「今日はどうして王城にいらしたの?」
「えっとですね……」
「あ……もしかして、マルク様に会いに来られたのですか?」
「へ?」
質問に答えようとしたら、何故かマルク様の名前が出て来た。
私が意味が分からず首を傾げていると、エルミナは更に続けて言った。
「婚約者ですものね。ですが、彼は忙しいので、なかなかお会い出来ていないんですよね? ……いつも私のせいで申し訳ございません」
「????」
ちょ──っと待ってぇぇぇ!?
今、婚約者って言った? エルミナ様の情報どうなってるの?
私とマルク様はとっくに婚約破棄してるんですけど、もしかして知らないの!?
「あの、エルミナ様、私はーー」
「私はお二人の関係の邪魔をするつもりなんて本当になくて…… ただ、マルク様はお仕事だから私を守ってくださっているだけなんですよ! 誤解しないであげて下さい!」
何故か必死にそんな事を口にするエルミナ様。
──んんん?
どうしよう、本当にエルミナ様の言ってる事が分からない。
いや、ゲームのヒロインがよく口にしてたようなセリフそのまんまではあるのだけど……
現実だと嘘くさく感じるのは何でなの?
そして、これはやっぱり私とマルク様がまだ婚約関係だと思ってる?
「何でだろうな? マルクは何も話していないんだろうか?」
レグラス様も私の隣で不思議そうに呟く。
「……ですから、私は! ……って、あら?」
そう言って顔を上げたエルミナ様は、私の横にレグラス様が居るのに気付いたようだ。
「え? もしかしてレグラス・クレシャス様、ですか?」
きょとんとした顔を見せるエルミナ様は大変可愛いらしい。
「こんにちは、エルミナ嬢。突然ですが、1つ訂正させて貰ってもいいでしょうか?」
レグラス様が笑顔で話し始める。
……最近、私にみせていた笑顔とは違う、どこかよそよそしさを感じる笑顔に思えた。
そんな事が分かるくらい最近はレグラス様と過ごす時間が増えたのだと実感する。
「あ、は、はい! 何でしょうか?」
「うちの弟のマルクと、こちらのセラフィーネ嬢の婚約はすでに解消しているのですが、知っていましたか?」
「え?」
「で、セラフィーネ嬢は今はマルクではなく僕の婚約者なんです」
「……え? 婚約者?」
「そう。彼女は僕の婚約者です」
そう言ってレグラス様が私の腰に手を回し、自分の方に引き寄せた。
「そんな……」
私の目には、エルミナ様がレグラス様の発言に大きく動揺したように見えた。
何だかその様子が私の不安を一気に煽った。
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