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9. 乙女ゲームの舞台へ
しおりを挟む一方、社交界ではあっという間にマルク様と私の婚約破棄の話が流れ、レグラス様との新たな婚約の話が駆け巡った。
今のレグラス様には婚約者がいなかったから、クレシャス侯爵家の嫁を虎視眈々と狙っていた令嬢達が泣き崩れたという。
まぁ、家柄も申し分ないし、何よりレグラス様は顔が良いからね。人気があるのも納得。
……ちょっと複雑な気持ちになるけど。
「このままいけば、侯爵夫人……かぁ」
今までは社交も最低限で良かったけど、さすがに侯爵夫人になるからにはそうも言っていられない。貧乏伯爵家とは違うのだ。
それに、夫(となる予定の人)は王太子殿下の側近。
「……私、本当にやっていけるのかなぁ……」
自分で決めた事とはいえ、この先の不安や心配事は消えてくれそうに無い。
そして──
レグラス様の婚約者として過ごすのにも自然と慣れて、また、相変わらず食堂ではレグラス様に振り回される日々を送りながら、だんだん結婚式の日程も近づいて来ていた。
そんなある日、困った顔をしたレグラス様からその話があった。
「え? 王太子殿下に謁見、ですか?」
「そう堅苦しい場ではないよ。ただ、リシャールがどうしてもセラフィーネに会っておきたいって言うんだ」
リシャール・エンドラット様。 この国の王太子殿下。
レグラス様が仕えている主人でもある。
そんな王太子殿下が、私に会いたいと言っているらしい。
その話をしてるレグラス様があまり乗り気ではなさそうに見えるのは気のせいかな。
「そういう訳だから、一度一緒に王城に来て欲しい」
「……分かりました」
本音を言えば“行きたくない”これに尽きるけど、まさか逆らう訳にもいかないので、私はそう返事をするしか無かった。
────リシャール王太子殿下。
レグラス様と同じく、デスラバの隠し攻略キャラ。
ゲームでの殿下は知っているけれど、現実の私は直接お話した事はない。
しかもレグラス様が毎度毎度、脱走とか捕獲とか言ってるからヤンチャなイメージしかわかなくて正直困ってる。
「……王城」
「うん? 王城がどうかした?」
私が小さくそう呟いたのを、レグラス様はどうやらしっかり拾っていたらしい。
不思議そうに聞き返された。
「あ、いえ……私にはあまり縁のない場所でしたので」
咄嗟にそう誤魔化したけど、本当は違う。
王城に行くのは少し怖い。
それは、今まで縁があったとか無かったからではなく……
──王城には、ゲームの登場人物がほぼ集まっているから。
聖女様であるヒロインのエルミナ様やマルク様はもちろん、メインヒーローの第2王子ディーク殿下の他にも、神官の息子、聖女の座学の教師である攻略キャラ達は、全員、王城に住んでたり、仕事の為に通っている。
これで、ゲーム内で“悪役令嬢”の役割を与えられている、ディーク殿下の婚約者であるステミア様が王城を訪れていたりしたら、もはや笑うしかないわね。
「あぁ、そういう事か。でも結婚してクレシャス侯爵家に来たら、セラフィーネも頻繁に顔を出す事になると思う。負担をかけてしまうのは心苦しいけど、今からでも慣れておいた方がいい」
「……そうですね」
レグラス様が申し訳なさそうに言う。
婚約してから分かったけど、彼はあんなに強引に話を進めたくせに、いざ婚約を了承した後はすごく気を使ってくれる。
しおらしくなったのもそこから来ているみたいだ。
(なら、あの強引さは何だったのよ……! 全く!)
「もしかして不安?」
「えっ?」
「侯爵夫人になる事が。本来の君はマルクと結婚して伯爵家に残るはずだったんだから」
「レグラス様……」
そう口にするレグラス様の顔は本当に心配そうで、本当にあの嫌われていた? 年月は何だったのだろうかと思わずにはいられない。
「セラフィーネには申し訳ないと思ってるけど、君は僕と結婚する、それはもう決して揺るがない。ゆっくりでもいいから覚悟を決めていってくれると嬉しい」
「レグラス様は……」
「うん?」
「レグラス様は、本当に私でいいのですか?」
「え?」
私の言葉に、レグラス様は目を丸くして驚いている。
そんな驚くような質問だったかしら?
「セラ」
「は……い?」
何故か愛称呼びされた。
「前にも言った。僕は、セラフィーネがいい」
「え?」
「分かってる? 君でいいんじゃない。君が……セラフィーネがいいんだ」
「は、はぁ……ありがとうございます……?」
何故、2度も言ったのか。
よく、分からなかったので、私も変なお礼しか返せなかった。
そのせいかは分からないけど、レグラス様は最後まで微妙な顔をしていた。
「そなたが、セラフィーネ嬢か」
「は、はい! セラフィーネ・ラグズベルクと申します」
レグラス様に一緒に王宮に行くように言われてから数日後、私は今、その言葉通り王太子殿下に謁見している。
事前に仰々しいものでは無いと聞いていた通り、場所も殿下の執務室。
部屋にいるのも、殿下とレグラス様と私。
(部屋の外に護衛はもちろんいるけれど)
これは、謁見と言うより……単なる顔見せね。
「あー、そんな畏まらないでいいから。ただ、会ってみたかっただけなんだよね」
「……?」
殿下が朗らかに笑って言う。
さすが、王子! さすが攻略キャラ! その笑みすらカッコイイわ。
金髪碧眼の王道王子様!
「レグラスが、ようやく手に入れたという婚約者殿を、ね」
「リシャール!!」
レグラス様が、殿下の言葉を遮るように声を荒らげた。
えっと、その態度大丈夫なの? 不敬にならないの!?
「それ以上、余計な事は言わないでいてもらおうか。望み通り顔も合わせたし、これで満足だろう? もういいな? なので、これで失礼する!」
「!?」
レグラス様はそう言って、クルリと私の体の向きを変えさせ、ドアの方へ向かわせようとする。その行動にはさすがの私もビックリだ。
──ちょっとちょっと? 挨拶しかしてませんけどぉ!?
「待て待て待て! まだ、挨拶しかしてないぞ!?」
ほら、やっぱり殿下も同じ事を思ってるじゃないの!
「殿下が、どうしても顔が見たいと言ったから連れて来たまで。彼女は慣れない王城に緊張しているので、もうさっさと早く屋敷に帰してあげたいんだよ」
「なっ!? ……あぁ、そういう事か……お前、必死だな。心狭いぞ……?」
「何とでもどうぞ。それに僕はー……」
言い合いは続いている。
それにしても、仲良しな二人だわ……だけど、そんな口を聞いて問題とならないのか、こっちはヒヤヒヤするんですけど。
「セラフィーネ嬢」
「は、はい!」
しまった! ボケっと二人の言い合いを見ながら考え事をしていたから、何の話していたのかさっぱりだわ。とりあえず笑っておく。
「そなたも、嫉妬深く心の狭い男と結婚する事になり、さぞ不安だろう。何かあれば遠慮なく言うとよい」
「……リシャール!!」
レグラス様が、また殿下の言葉を遮るように声をあげたけど、私は殿下の言葉に首を傾げてしまう。
「嫉妬深く心の狭い男……ですか?」
それは誰の話なのかしら?
私の困惑が伝わったのか、殿下がギョッと驚いた顔をして、勢いよくレグラス様に振り返った。
「お前っ!! 何してたんだ!? 全然伝わってないんじゃないか!? お前の10年は? この数ヶ月は!? 何やってたんだ!! このヘタレッ!!」
「ヘタ……くっ! ……何とでもどうぞ」
会話の意味は相変わらず分からないけど、レグラス様がちょっとバツの悪そうな顔をしているのが面白い。
普段、見られない顔だから新鮮だわ。
などと、呑気な事を考えて、ふふふ、と笑っていたら「……こいつらの行く末が心配だ」と殿下に本気の心配をされてしまった。
……何で?
そうして、殿下との謁見というより単なる顔見せは、挨拶と一言二言の会話のみで終わってしまった。
大丈夫だったのかな?
そんな疑問が頭に過ぎり、隣を歩くレグラス様へと問いかけた。
「あの、レグラス様……殿下と殆どお話出来ませんでしたけど、良かったのでしょうか?」
「問題ないよ。むしろ馴れ馴れしすぎたくらいだ」
「え?」
そう答えるレグラス様の顔はどことなく不機嫌で、かつレグラス様のその言葉に私は血の気が引いた。
私、そんなに馴れ馴れしい態度とっていたの?
「えっと、それは……申し訳ございません……」
「え? 何でセラフィーネが謝るの?」
「だって、私が殿下に対して馴れ馴れしい態度をとってしまっていたのでしょう?」
「へ?」
私のその言葉に、レグラス様は先程までの不機嫌はどこへ行ったのか、今度はポカンとした顔を見せた。そして、何かに気付いたように顔が青くなった。
「いやいやいや? ちょっと待って!? 何でそうなった??」
「ですから、馴れ馴れしいと」
「違う違う違う!! 馴れ馴れしいのはセラフィーネじゃない! リシャールの方だから!」
「……え?」
レグラス様は何を言っているの?
殿下、馴れ馴れしい態度なんてとっていたかしら??
私の頭の中には疑問しか浮かんで来ない。
「挨拶しただけですよね……?」
挨拶しただけなのに、馴れ馴れしいなどと言われたら、この先何をしても馴れ馴れしくなってしまうではないか。
「リシャールは挨拶以外の会話も君としようとした」
「……はい?」
全く意味が分からなくて首を傾げていたら、レグラス様がすごくバツの悪そうな顔をして口を開いた。
あら? また、この顔。
「……だろ?」
「?」
「リシャールは格好良いだろ? あの容姿に加えて更に王子という身分。しかも性格も気さくで人当たりもいい」
「は?」
「僕が女性なら、僕なんかより絶対リシャールを選ぶ……だから……あんまり親しくされると……その……」
「レグラス様……?」
困ったわ。
私の本能がその先を聞くなって言っている。
(これ、まさか……)
私の自惚れ……えぇ、自惚れでなければですね、私がリシャール殿下に惹かれてしまわないか心配をしているように聞こえるのよ。
嫉妬……? ねぇ、これって嫉妬してる、の?
その事に思い至ってしまったせいか、私の心臓がバクバクと激しい鼓動を刻み始めた。
だって、まさか、まさかよね?
そんな脳内パニックを繰り返している私の手をレグラス様がそっと取った。
そして、手の甲にキスを落とす。
「!?」
「セラフィーネ。きちんと話さないと……と、ずっと思ってた。何を今更と君は言うかもしれない。でも僕は……僕はずっと……」
そう口にしながら何かを話そうとするレグラス様の声も顔も真剣だったので、私の心臓はバクバクと、さらに凄い音を立てていて、そんな私はレグラス様のその真剣な瞳から目を逸らせずにいた。
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