上 下
10 / 27

8. 今さら知った事実

しおりを挟む



 俺が食べ終わって冷めた食事を持て余していると、控えめなノックの音がした。

「はいっ!」

 俺は学生時代に授業で先生に当てられた時みたいな声を上げてしまった。

「急にすまなかった」

 扉を開けて入ってきたのはバル殿下で、さっきとは服を変えている。何かの用事があって着替えたのだろうか。
 バル殿下は後ろ手に扉を閉めると、鍵をかけた。
 俺が「ん?」と不思議に思っていると、近づいてきたバル殿下にハグされた。
 ふわっと肉屋のにおいがして、俺は顔をまじまじと見た。

「もしかして、バルさん……?」

 俺は恐る恐る聞く。

「すまなかった!」

 バルさんは俺に謝る。

「俺がモリトの荷物を隠していたせいで、モリトに不信感を抱かせてしまった……結果がこの有様で、本当に俺はどう侘びていいのか……」

 俺がバルさんの真摯な言葉に呆気にとられていると、バルさんは俺の手に何かを握らせた。
 飴玉だった。あの日、ポケットいっぱいにもらっていたやつ。

「これが木箱のそばに落ちていて、俺は全てを悟った。明日ちゃんと話をしようと、そう思っていた夜、モリトが出て行ってしまって、俺は焦った」

 バルさんは「手短に、だが全て隠さず話す」と言い出した。俺は、すべてを聞くのは怖かった。俺がかぶりを振るとバルさんはまた俺にハグして背中を撫でた。

「俺は殿下の影武者だった」

 バルさんの第一声に、俺は顔をギュッとした。隠し子とか実は双子とか想像してたけど、何かそれよりもヤバそうな感じだった。

「当時、バル殿下は第二王子の母上から執拗に命を狙われていた」

 俺は、ゴクリとつばを飲み込んだ。恐ろしい話が始まってしまった。
 この部屋の窓から落ちたとかドルが言ってた人のことだろう。
 バル殿下とドルはお母さんが違うのかな。
 どろどろした話になりそうだ。

「それで、危なそうな時は俺が身代わりをするという生活が始まった。その生活は続き、第二王子の母上が亡くなって、その生活は終わった。俺は死ななかったが、葬られるところだった。しかし、俺を哀れに思った殿下の乳母が、出入りの肉屋に俺を託して、代わりの屠殺体で俺の死を偽装した。それで俺は肉屋をやっている」

 何か一瞬にして色々なものが端折られた。屠殺体って何? ……えっ、怖い。
 それで俺は肉屋をやっているって、端折られてる。
 手短に話すと言っていたが、手短過ぎだ。しかも、めちゃめちゃ怖い。

「俺は、影武者をする都合上、色々なことを知ってしまった。その一つが、モリト、君を呼び寄せる話だった。俺は影武者をすることで自由を奪われたから、そんな思いを他にする人があってはならないと、君を呼ぶ儀式が失敗するようにした……だが、君はそのままこちらに落ちてしまった。俺の失敗のせいで、中途半端に落ちてしまった君の面倒を見ようと、俺は……」

 そこで、バルさんは言いよどんだ。突然首を振る。

「すぐに話せなかったのは、全て話して君が殿下と結婚する方がいいと思うのではないかと心配になったんだ。……俺は、君を拾って、君に恋をしてしまった……!!」

 は?
 唐突に鯉が出てきた。

「俺は、鯉は唐揚げが好き……」

 思わず俺はつぶやいた。

「バルさんが、俺に恋? 冗談でしょ、ずっとバルさんは俺のこと子ども扱いして……俺の方が歳上なのにってずっと思ってて……」

 俺は信じられなくて困っておろおろとバルさんの顔を見ていた。真剣な熱いまなざしに、ぐっとなって、俺はうつむいた。

「俺、バルさんは俺のこと子どもだと思ってると思っていた……」

「実際子どもだと思っていた。俺よりだいぶ小さくて、こちらの世界のことを全くわからないで、あれもこれも不思議そうにして、まるで無垢な子どもで。それなのに惹かれてしまう自分が怖かった」

 バルさんが、俺の頬を手で挟んで、ぐいと上向かせる。

「ちょっ……バルさん乱暴過ぎ……」

 俺が見た先には、熱を持った目で俺を見るバルさんがいる。
 これはキスされるやつ。
 俺は、目を閉じた。

「目をつぶっちゃダメだ。キスしたくなるから」

 バルさんはそう言いながら俺にキスした。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄された私が惨めだと笑われている?馬鹿にされているのは本当に私ですか?

なか
恋愛
「俺は愛する人を見つけた、だからお前とは婚約破棄する!」 ソフィア・クラリスの婚約者である デイモンドが大勢の貴族達の前で宣言すると 周囲の雰囲気は大笑いに包まれた 彼を賞賛する声と共に 「みろ、お前の惨めな姿を馬鹿にされているぞ!!」 周囲の反応に喜んだデイモンドだったが 対するソフィアは彼に1つだけ忠告をした 「あなたはもう少し考えて人の話を聞くべきだと思います」 彼女の言葉の意味を 彼はその時は分からないままであった お気に入りして頂けると嬉しいです 何より読んでくださる事に感謝を!

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

アリエール
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

愛せないですか。それなら別れましょう

黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」  婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。  バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。  そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。  王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。 「愛せないですか。それなら別れましょう」  この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?

海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。 「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。 「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。 「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。

婚約者は迷いの森に私を捨てました

天宮有
恋愛
侯爵令息のダウロスは、婚約者の私ルカを迷いの森に同行させる。 ダウロスは「ミテラを好きになったから、お前が邪魔だ」と言い森から去っていた。 迷いの森から出られない私の元に、公爵令息のリオンが現れ助けてくれる。 力になると言ってくれたから――ダウロスを、必ず後悔させてみせます。

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。 レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。 アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。 ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。 そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。 上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。 「売女め、婚約は破棄させてもらう!」

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...