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7. 私の出した答え

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「それで?  レグラス殿との話はどうするつもりなんだ」
「……」

  レグラス様からの申し出を受けるのか否かの答えを出さなきゃいけない日が迫っていた。
  私はここ数日、ぐるぐる考え過ぎてハッキリした答えが出せずにいた。

「断るのか?」
「……」

  どうして私は、「そのつもりです!」って即答出来ないんだろう。
  私は何に迷ってるの?

「迷ってるんだな……それはレグラス殿と上手くやれる気がしないからか?」
「……どうでしょうか。私とレグラス様はあまり交流して来ませんでしたから」

  ──交流どころか、むしろ、避けまくってましたけどね!! 

  と、心の中で叫んでおく。

「そうか」
「……」
「すまないな、セラフィーネ。だが、レグラス殿は10年前の初対面の時にはあんな事をしでかした……が、その後の彼はずっとお前の事を気にかけていたから、悪いようにはならんだろう。そう思ったから私は彼の申し出に反対をしなかったんだが」
「え?」

  お父様の言葉に私は首を傾げる。 

「私を気にかけていた?  レグラス様が?」
「あぁ、むしろ、婚約者だったマルク殿よりも気にかけていたんじゃないか?  今だってー……」
「そ、それって私を嫌ってたから、ではないんですか?」
「はぁ?  何でお前を嫌うんだ?  むしろ、あれは……」
「……」

  どういう事?  
  私はずっと嫌われていると思っていたのに、他の人から見たら違っていたというの?
  本当にレグラス様という人が分からない。

  いや。きっと遺言があるから、クレシャス侯爵家の次期当主として気にしてただけよね。 
  そうよ、そうに違いない!
  きっと深い意味なんて無いのよ。

  私は、無理矢理自分にそう言い聞かせた。


「あれは……レグラス殿のあの様子は……」
「お父様?」

  お父様が困った顔をしたのでどういう事かと聞き返したけれど、何でもない、と首を横に振られてしまった。

「いや。これ以上は私が言う事ではないからな」
「……?」
「セラフィーネ。お前の人生だ。後悔しない道を選びなさい」
「お父様……」

  後悔しない道。
  私はレグラス様からの申し出を断ったら、いつか後悔するのかな?


  

「ふぅ……レグラス殿もあの迫り方は正直どうかと思うが、彼以上にセラフィーネを想ってる人はいないだろうになぁ……」



  またしてもぐるぐると色んな事を考え始めた私は部屋を出る時にお父様が小さく呟いた声はもちろん聞こえていなかった。





  ──どうしよう。

  部屋に戻った私はベッドに突っ伏しながら、考えをまとめようとしていた。

「……って、どうしようも何もお父様にレグラス様と婚約はしませんってハッキリ言えなかった時点で、答えは出ているようなものなのよね……」


  ずっと嫌われてると思ってた。
  それが何故だか私はずっと悲しくて。だから、私も彼を嫌いになろうとした。
  そして近付かないようにした。
  だってそうすれば、それ以上傷付く事は無かったから。

  なのに今、セラがセラフィーネだと知ってた上であんな笑顔を見せてくれていた事に嬉しいなんて思ってる自分がいる。

  (そっか……私、ずっとレグラス様とあんな風に話したり、笑いかけて貰いたかったんだ)



「決めた!  …………私は」



  
  










「──お受けします」
「へ?」
「ですから、お受けしますと言っているんです!」

  約束の日。
  宣言通り、我が家にやって来たレグラス様に私は開口一番そう伝えた。
  なのに、レグラス様はとんでもなく間抜けな顔をした。
  ちょっとなんなの?  その顔。

「ほ…………本気……で、言って、る?」
「レグラス様、私をからかっていたのですか?」

  何で承諾の返事をしているのに、そんなびっくりした顔されなくちゃならないのよ。

「まさか!  いや、だって……」
「散々、脅すような事を言っておいて今更、何を言っているんです?」
「それはー……ごめん」

  何故か目の前で項垂れるレグラス様。
  ますます、どうしちゃったの……?
  何でそんなにしおらしくなってるのよ!?

  私はレグラス様の反応が思っていたのと違い過ぎて再び混乱した。
  もっと当然だな!  って顔をすると思ったのに。

「……セラフィーネ」
「何でしょう?」
「僕が言うのも変だけど……本当にいいの?」

  そう私に尋ねるレグラス様の瞳はどこか不安気に揺れている。
  この人、もしかしてあんな態度だったくせに、受け入れられると思ってなかったのかも……そんな気持ちにさせられた。

「ちゃんと考えて決めましたよ」
「っ!」

  私のその言葉にレグラス様は動揺をみせた。

「セラフィーネ……ごめん、そして、ありがとう……」
「レグラス様?」

  そう口にしたレグラス様は微笑んでいたけど、どこか戸惑っているようにも見えた。そんな様子を見ていたら堪らなくなって思わず私は口を開いていた。

「……レグラス様、何でそんなにしおらしくなってるんですか?」
「え?」
「この間までの強引に物事を進めようとしてたレグラス様はどこに行ってしまったのです?」
「……!  あれ、は」

  何に狼狽えてるのよ?

「私達は婚約者となるんですよ?  今更、よそよそしくされるのは御免です!」
「……セラフィーネ?」
「いつもみたいにしてください……その、との時みたいに……!」

  私はあなたのそんな顔が見たかったわけじゃないのよ!
  セラに見せていたように笑って欲しいの!

  私のその言葉を受けてレグラス様は、一瞬驚いた顔を見せたけど、私の手を取ってその甲にそっとキスを落とした。

「ははは…………うん、分かった。ありがとう」
「!!」

  その後、見せてくれた笑顔は本当に嬉しそうな笑顔で。
  それは食堂でセラに見せていた笑顔と同じだった。

  (セラフィーネにも、その顔で笑ってくれた)

  その事が純粋に嬉しかった。



  まずは二人でちゃんと話をしてから結論を聞かせてくれと言われていたので、お父様達にレグラス様の求婚を受ける事を伝えると、二人共どこかホッとしている様子だった。
  それはそうよね。
  お父様は好きにすればいいという素振りではあったけれど、この申し出を受ける事で、マルク様との婚約破棄で受けるはずだった問題が綺麗さっぱり解決したのだから。
  まぁ、我が家の跡取り問題だけ妹に押し付ける形になってしまうのが申し訳ないけれど。


  ──それに……もしかしたらレグラス様だってマルク様と同じ道を辿るかもしれない。

  その思いは私の心の中に燻っている。
  話を受ける前に、その事も当然だけど考えた。

  だから、私は決めていた。

  もしもレグラス様がこの先、マルク様のようにヒロインと出会い惹かれていく様子を少しでも見せた時は……


  私の方から婚約破棄してやるわ!


  破棄を申し出るのが私からでもマルク様の分も上乗せしてガッポリ慰謝料請求してやる!

  そして、お祖父様達のお墓の前で土下座させてやるんだから!
  (もちろん、マルク様も)






  そして、お父様達はお父様達の話し合いがあるという事で、私達は再び二人で話す事になった。


「ところで、レグラス様は本当に食堂でのお仕事を続けて良いと思ってくれてますか?」
「もちろん。セラフィーネのしたい事は叶えたいと言ったよね?  それに可愛い奥さんが働いてる所に毎日通うのが今から楽しみだとも思ってる」
「は!?」

  念の為、もう一度確認しておこうと思って聞いた仕事の件を掘り返したら、とんでもない返事が返ってきて、素で驚いてしまった。

「……コホンッ!  えっと、毎日……通うおつもりですか?」
「え?  当たり前の事じゃないの?」
「!?」

  何なの!?
  その、きょとんとした顔は。
  ちょっとその顔、可愛……いえ、気の所為!

「で、ですが、レグラス様のお仕事って王太子殿下の側近ですよね?」
「そうだね。それがどうかした?」
「今もですが、お昼にそんな時間よくありますよね……?」

  私はついでなので、兼ねてから疑問に思っていた事を聞いてみることにした。
  するとレグラス様は、ははっと笑いながら少し遠い目をした。

「………………うちの殿下には逃亡癖があってね?」
「はい?」
「執務室に缶ずめにするとさ、隙を見て逃げ出しちゃうんだよね」
「……」

  私は話の雲行きが怪しくなって来たのを感じる。
  まさかとは思うけど。
  いや、そのまさか何だろうな~とか思ってるけど。

「それで、その逃亡先が街なんだよね」
「!!」

  やっぱりだぁ────!!

「だから、セラフィーネのいる食堂でご飯食べた後はいつも殿下を回収してるんだ」

  王太子殿下ぁぁぁ、何やってんの──!?

  いや、まぁ……ゲームでも割と自由人っぽかったっけ。
  まさか、お忙しいであろうレグラス様が街に来ていた理由が、王太子殿下の回収とは。えっと、この国大丈夫かな?

「な、ならば、何故レグラス様は私があそこで働いている事をご存知だったのです?  街に来て偶然気付いたのですか?」
「あー……それは、伯爵に聞いた」
「お父様に!?」

  情報漏洩の犯人はお父様だった!
  いや、まぁ働く事は身内にしか話してないのだから、そう考えるのが自然ではあったのだけど。

  でも、何で……?

「伯爵は心配してたって事だよ。まぁ、セラフィーネがいるから行く事にしたお店だけど、料理の味を気に入ったのも本当だよ」
「あ……」
「“セラさん”のおすすめも、ハズレが無いしね」

  レグラス様は、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべながら言った。

「っ!」

  何だかとっても悔しい。
  これは是非とも嫌いなもの食べさせてやりたい!

  そう私が憤っていると、ふと視線を感じ、そちらに目を向けるとレグラス様が私の事を優しい目で見ている事に気が付いた。

  ──えっ!?  何、その目?  無駄に心臓が跳ねた。

「残念だね。僕には食べ物の好き嫌いがないんだ。何でも美味しく頂ける」
「なっ!」

  今まさに考えていた事をズバリ言われて私は驚く。

「あれ、違う?  顔にそう書いてあると思ったんだけど」
「っ!!」
「……図星だったみたいだね」
「~~!」

  そう言ってレグラス様はおかしそうに笑った。

  こんな風に、レグラス様と笑い合えている事が不思議でもあり、嬉しくもあり……
  何だか私の心の中は終始落ち着かないままだった。



「はは……10年か。長かったな……でも、まだこれからなんだよな……」
「レグラス様?」

  レグラス様が突然、何やら小さく呟いた。
  その声はとても小さかったので私にはよく聞こえなかった。
  だけど「何でもない」と首を横に振るレグラス様の顔は少しだけ寂しそうに見えた。

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