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2. 婚約破棄をされた後のために

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  カランコロンと店のドアが開く音がした。

「いらっしゃいませー」

  私が笑顔で明るく答えると常連さんの姿が見えた。

「セラちゃん、こんにちは!」
「いらっしゃいませ、セヴィさん!  今日も来店ありがとうございます」
「いやー、この店の料理は美味いからね~。看板娘のセラちゃんは可愛いし」
「ふふ、相変わらずですね!  ありがとうございます。女将さんも喜びます!」


  マルク様に婚約破棄されてしまった後も、自分1人で生きていけるようにしなくては。
  と、決めたあの日から数日後。
  今、私はこうして『セラ』と名乗って街の食堂で働いている。

  身の回りの事は大概自分で出来ても、1人で生きて行くにはまず仕事がないとね。
  そう思った私は仕事を得るべきだと最初に考えた。
  
  

  当たり前だけど、働きに出る前に、まず私はお父様を説得しなければならなかった。
  しかし現時点で私はまだ、マルク様から婚約破棄をされていない。
  だから、当然働きたいと言っても首を縦には振ってくれないし、婚約破棄されるからなどと言っても信じて貰えない事は明らかだった。

「働きたい?  しかも、街で?  何を言っているんだ。お前はもうすぐ結婚するんだぞ!?」
「ですが……結婚は、まだ具体的な日付も決まっていませんし、それまでに私も世間の事をもう少し知るべきだと思うのです」
「何を今更。別に構わんだろう?  そんな事よりも社交界に顔を出しておく方が大事だろう?  しかも最近は、あんまり顔を出していないのではないか?」

  さすがお父様。よくご存知で!  痛い所を突いてくるわね。
  まず、そもそも私は社交界が苦手だ。
  理由も色々ある。
  社交界に出ようとすれば、我が家は貧乏伯爵家なのに出費がかかる。これは死活問題。
  そして、何よりあの煌びやかでかつ腹の探り合いをする世界は私には根本的に合わない。


  ──それに、出来ればもいる。



『君が、ラグズベルク伯爵家のセラフィーネ嬢?』
『はい。はじめまして。セラフィーネ・ラグズベルクです』

  あの日……マルク様との婚約が決まり、初めてクレシャス侯爵家の皆様と顔を合わせた日……

『…………だ』
『?』

  私が挨拶するとは、何故か酷く表情を歪ませた。
  そして、こう言った。

『何でだ!  どうしてマルクの婚約者が君なんだ!!』
『え?』
『………………最悪だ』

  意味が分からなかった。
  何故、初対面の人に“最悪だ”なんて言われなくちゃいけないの?

  私は混乱して泣き出し、慌てたマルク様が『兄上!  なんて事を言うんですか!!』と怒りながら私を慰めてくれた。
  両親を始め、大人達も彼を叱ったけどその日、彼から謝罪の言葉を聞く事は無かった。

  ──お互い子供だった。子供だったとはいえ……あれは無いだろう。

  (そもそも私が何したのよ!  挨拶しただけじゃない。挨拶しただけで嫌われるって何事なのよ)


  ……今、思い出してもムカムカする思い出だ。


  今まではマルク様のパートナーとして、頼まれたパーティーには一緒に出席しなくてはいけなかったから、渋々顔を出していたけれど、ヒロインと出会って恋に落ちたはずのマルク様からは、ここ最近はパッタリと誘いが無くなっていた。

  よって、これ幸いと社交界からは遠ざかっていたのだけど……

「マルク様は、聖女様の護衛に忙しそうなんですもの。仕方ないではありませんか」
「それはそうだが……」
「ですから、私には時間もありますし、市井の事を知っておくのも良いかと思うのです!」
「いやいや、だからと言ってわざわざ働かなくても……」
「結婚するまででいいですから!  結婚したら、ちゃんと社交界にも顔を出しますから。今だけ!  今だけお願いしますわ、お父様!!」


  ──まぁ、しないけどね、結婚。


  そんな心の声はもちろん明かさず私はお父様を説得した。

  そして、お父様は渋々折れてくれた。
  何だかんだで娘には甘いお父様なのだ。

  この世界は、私が伯爵令嬢である事から分かるようにバッチリ貴族階級がある世界だけど、貴族令嬢も働きに出るのが珍しい事ではない。もちろん、高位貴族の令嬢はしないけど。
  さすが乙女ゲームの世界だなと思う。
  まぁ、貴族令嬢が働くと言っても家庭教師とか王城での仕事が普通で、私みたいに街に出るのは例外中の例外。

  貧乏伯爵家だからこその話!

  ちなみに働く場所は街にある食堂で、そこは叔母様の友人が夫婦で経営している食堂。
  さすがに全く見ず知らずの人の所では働かせられない、という事で叔母様の紹介を受けて決まった。


  こうして私は、婚約破棄後も1人で生きていく為の準備を着々と進めていった。


  食堂では、他の従業員には貴族令嬢の身分を隠し、一応平民の『セラ』として振舞っている。
  私の白銀の髪は平民にしては目立ち過ぎるので、黒髪のカツラも必須だ。
  さすがに瞳の色までは変えられないけど、髪色が暗くなるだけでだいぶ印象も変わるから大丈夫だろう。

  (そもそも貴族はこの店に来ないしね!  だから知り合いが来ることも無い)



「まさか伯爵家のお嬢様が働きに出るなんて!  って最初は思ったけど、セラは働き者だね、辛くないのかい?」
「いいえ、全く!  働くの楽しいですよ」
「変わった娘だねぇ……」
「いえいえ、こちらこそ雇ってくださりありがとうございます!!」

  女将さんは、呆れながらも私の事を認めてくれているようで嬉しい。

「いやいや、最初はお嬢様の単なる暇つぶしかと思ってたんだけどねぇ……まさかメニューの考案までするとはね」
「えへへ」

  そう。
  私は前世の知識を元に、いくつかのメニューの考案をさせて貰った。
  さすが、乙女ゲームのこの世界。食材事情は殆ど変わらないので、『あれ食べたいなぁ。どうにかならないかなぁ』と思ったものを提案してみたのが始まりだ。
  だって、私の前世は一般市民だもの!  
  記憶を取り戻してからはこっちの味が恋しくなる時が無性にある。


  そんな風に、食堂で働くようになりお客さんにも顔を覚えられ、私は今の生活を満喫していた。
  このまま貴族のしがらみを捨てて平民として生きていけたらいいのに。


  仕事にも慣れ、そう思い始めた矢先のある日、は突然店に現れた。


  そして、ここから私の思い描いていた未来の計画は大幅に狂っていく事になる。


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