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1. ここは乙女ゲームの世界だった!

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─────

──……


  私、セラフィーネは、ラグズベルク伯爵家の長女で、年齢は18歳。
  下に10歳下の妹がいる。
  ラグズベルク伯爵家は、伯爵家の中でも下位にあたり、しかも貧乏ときている。
  なので屋敷の使用人も最低限のみ。
  だから、私は貴族の令嬢だけど身の回りの事も自分でやれるので、そこら辺の貴族令嬢達とはだいぶ違っている自覚が昔からあった。

  そんな私には、10年前から婚約者がいる。
  クレシャス侯爵家の次男、マルク様。

  ラグズベルク伯爵家の前当主である私の祖父と、クレシャス侯爵家の前当主が生前から決めていた婚約。
  それは遺言という形で両家に伝わり、様々な事情を考えた結果、クレシャス侯爵家の次男であるマルク様がラグズベルク伯爵家に婿入りするという形で落ち着き私達の婚約は結ばれた。



  そして、最近そんな婚約者であるマルク様の様子がおかしい。



  以前から頻繁に連絡を取っていたわけではないけれど、それなりにご機嫌伺いの手紙や贈り物が届いていたのに、ある日を境にそれがパッタリと無くなった。

  (何かあったのかしら?)

  そして今日、私と彼は久しぶりに顔を合わせてお茶を飲む事になったのだけど、我が家にやって来たマルク様はどこか様子がおかしかった。

「……やぁ、セラフィーネ」
「お久しぶりですね、マルク様。お元気でしたか?」
「あ、そうだね……久しぶり……うん、元気だよ」

  マルク様はどこか挙動不審な様子。……何で私の目を見ないんだろう?

  (まるで、何かやましい事でもあるみたい)

「そういえば最近はお忙しかったのですか?」
「……ぅえっ!?」

   (何でそんなに驚いた声を出すんだろう。ますますおかしい)

「ん、まぁ、そうだね……ごめん。そういえば、最近はあまり連絡してなかったね」
「それは構わないのですが……」
  
  (それよりもその挙動不審の理由が知りたいわ。絶対に何か隠し事をしてる気がする)

「あの、マルク様……」
「……」

  (うわ!  人の話聞いてない!  心ここに在らずだわ!)

「……」
「……」

  結局、それからの私達は会話が弾むはずもなく、終始無言でお茶を飲みこの日の婚約者同士の触れ合いの時間は終わった。

  (全く目が合わなかったんだけど!?)

  10年も婚約者として過ごして来てこんな事は初めてだった。




  そして、それから数日後。
  私はマルク様の挙動不審だった理由を知る事になった。


「……聖女様?」
「そうよ~、今代の聖女様はフレアーズ男爵家のエルミナ様に決まったじゃない?  それで彼女、先日お城にあがられたらしいんだけどー……」

  友人の一人である、同じ伯爵家の令嬢であるレイラの屋敷を訪ねた際に、話題が“聖女様”の事になった。噂好きの彼女は色んな話を知ってる。

「そうなの?  私、聖女様が決まった事すら知らなかったわ」
「え!?」

  私がそう答えたらレイラは驚きの表情を浮かべる。
  その反応は何だ?

「セラフィーネ。何で聖女様の事を知らないの?」
「何でって、別に私と関わりがあるわけじゃないから興味が無かった、それだけよ?」
「は?  何言ってるの?」
「?」

  レイラが何を言いたいのか分からず首を傾げる。そして、レイラは呆れたように言った。

「あなたの婚約者がその聖女様の護衛騎士に抜擢されてるのに、関わりが無いなんて事はないでしょう?」
「…………は?」
「だから、マルク様よ!  彼は聖女様の護衛騎士になったんでしょ?」
「!?!?」

  初耳だ!  マルク様が聖女様の護衛騎士?  だから、最近忙しそうだったの?


  ──って、あれ……??


  聖女様?  フレアーズ男爵家のエルミナ様……
  その護衛騎士がマルク・クレシャス……


  ──んんん?  どっかで聞いたことあるような。
  ……って!


「────っ!!」


  私は、突然思い出した。一気に色んな記憶がなだれ込んで来た。
   ──そう。ここではない世界で生きた記憶、すなわち前世の記憶というものを。

「セラフィーネ?  どうかしたの?」

  レイラが心配そうに声をかけてくれたけど、これは説明のしようが無い。

「ありがとう。その、大丈夫よ。何でもないわ……」

  どうにか笑みを作ってそう返すも自分でも声が上擦ってるのが分かる。


  どうしよう……気付いてしまった……ここは、この世界は……
  私が前世でプレイした事のある乙女ゲームの世界だ!!


  Destiny lover~貴方と私の運命の恋~

  そんな名前のゲームだったと思う。
  えぇ、そうよ!  乙女ゲームと呼ばれるアレよ!
  説明はきっといらないと思うけど、ヒロインが様々な男性と出会い恋に落ちるゲーム。

  私の婚約者……マルク様は、そのゲームの攻略対象者の1人だった。

  ちなみに、もちろんヒロインは私では無い。
  ヒロインはその先日、聖女認定を受けたフレアーズ男爵家の令嬢エルミナ様だ。

  そもそも、この聖女とか言ってるのがもうすでにゲームっぽい。
  だって、この世界は魔法があるわけでは無いのよ?  なのに聖女って何なのさ。
  
  まぁ、聖女の役目は、定期的に聖堂に籠り祈りを捧げる事で国に平和をもたらすと言われている。いわば国の象徴的な存在だ。
 
  ──エルミナ・フレアーズ男爵令嬢。
  彼女こそがこの度、聖女認定された令嬢であり、かつゲームのヒロイン。

  ゲームは、ヒロインであるエルミナが、聖女認定を受けた所から物語はスタート。
  エルミナは私生児だった為、わりと最近まで市井で育っていて王城に招かれ混乱するも、持ち前の性格と天真爛漫の明るさで、慣れない王城生活を乗り切っていく。
  その中で出会った男性達と恋に落ちていく。

  うん。実に有り触れたどこにでもあるストーリー。
  ストーリーよりも美麗なグラフィックとキャラデザが人気だったのよ。

  なので、マルク様……見た目はカッコイイ。さすが攻略対象者だわ~……


  (って、ちょっと待って?  ……つまり、私はこれから婚約破棄されるんじゃ……?)


  私の記憶が確かなら、各々の攻略対象キャラにはもれなく婚約者がいたはずだ。
  このゲームは婚約者がいるのに、ヒロインと会って運命の恋に落ちてしまう……
  そんな背徳的な部分を売りにしていたから。

  ……だけど、現実になるとあれね、背徳的も何も単なる浮気男にしか思えないんだけど。
  今思うとはた迷惑なゲームだわ。
  
  そして、ヒロインに嫌がらせを行う鉄板の悪役令嬢役は、メインヒーローである第2王子の婚約者。
  つまり、私は悪役令嬢では無い!
  メインヒーロー以外の婚約者は、特に名前も出ないままポイ捨てされるだけの役割。
  だからセラフィーネ・ラグズベルクという令嬢の名前はゲームに全く出て来ない。
  

  (名前が出て来ないという事は、私はモブ!  ううん、モブ以下よ!  婚約破棄される以外にこの世界での私の役割なんて無いんだわ!)

「……」

  婚約破棄されるというのなら、その後の私は自由に生きてもいいのでは?
  10年も婚約していた人に破棄されるのだ。当然、次の婚約が難しい事は私にでも分かる。
  なら、無理に結婚なんてしなくてもいいじゃない!
  そもそも、貧乏伯爵家と縁を結びたい貴族なんて居ない。
  クレシャス侯爵家は遺言があったから婚約してくれていただけだ。

  祖父の遺言を遂行出来なくなる事だけが心苦しいけれど、こればっかりはどうにも出来ない。
  だって“運命の恋”だもの。勝てないわよ。

  正直、今から押し付けるのは申し訳ないけど……妹がいるから、我が家を継ぐのは私でなくても大丈夫だろうし。
  それなら、私は私で自分の生きていく道を見つけたい。

  マルク様もヒロインもその他の攻略対象者も、王城でどうぞ好きに乙女ゲームの展開を繰り広げてくれて構わないわ。

  最終的にヒロインが誰とエンディングを迎えるかは知らないけど、マルク様のあの様子から言って、もうすでにヒロインに心惹かれているのは間違いない。
  だからおかしかったのね……
  だって、今思えば浮気男そのものの挙動不審さだったわ……

  これなら、他の攻略対象者も遅かれ早かれ同じ事になるだろう。
  ゲーム補正ってやつもあるのかもしれない。

  (まさか、ゲームの世界に転生する事が本当にあるなんて、びっくりよ。しかも、それが“デスラバ”の世界だなんてね)

  すでにゲームの物語が動き出しているのなら、婚約破棄の申し出はこれからそう遠くない日に起こると思われる。
  なら、私は私の準備をしなくては!

  今世は、一応貴族令嬢としての生を受けて18年生きてきたけど、前世の私は結婚もせずにバリバリのキャリアウーマンとして働いていた。
  今の私にやれる事は限られるかもしれないけど、働く事に抵抗も無いし、きっと1人でも生きていける。

「よーし、やるわよー!!」

  私は自分自身に気合いを入れた。  

「へ?  何が!?」

  ずっと何かを考え込んでた私がいきなりそんな声を上げたものだからレイラは目を丸くして驚いていた。

 
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