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後日談
勇者の書 ※オスカー視点
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「オスカー、頑張ってね」
ふわりと笑うニナは、心臓が痛くなるぐらい可愛かった。
花冠を頭に乗せ、緩く両側で編み込んだ髪型は初々しく、レースをふんだんに重ねた白いワンピースは汚れを知らない乙女のようだった。
「かわいいな。妖精かと思った」
俺が素直に褒めると、ニナは途端に嫌そうな顔をした。
「いい大人がする格好じゃない」
「でも似合ってる」
「そう、かなあ」
ニナは自分の姿を確認しながら首を傾げている。
花冠が落ちそうだ。
「俺が貰うまで、落とすなよ」
ずれた花冠を直しながら俺が笑いかけると、ニナは嬉しそうに笑った。
「怪我しないでね」
「ああ、任せておけ」
しばらく微笑み合ってから、ニナは観覧場所へ戻っていった。
軽やかに階段を登り、花で飾られた椅子に座る姿を見つめていると、嫌な声が聞こえてきた。
「そんなに周りを煽って、決勝戦まで来られるかな?」
「何の事ですか?魔術師団長」
すっかり笑顔も消えて、忌々しげに尋ねる。
「二人の仲を見せつけちゃって。見てごらん、他の出場者の顔を。刺し違えてでも魔王を倒すって書いてあるよ」
周囲を見回すと、殺気だった視線が向けられていた。
「半分以上はあなたに向けられているようですが」
「どうだろうねえ……くれぐれも、決勝戦に進む前に敗退しないでくれたまえよ。どうせ打ち負かすなら、君がいいからね」
「ニナは渡さないし、勝って約束の物も頂きます」
「本当に、いやらしい男だね」
魔術師団長は愉快そうに笑うと立ち去っていった。
遡る事一月程前、たまたまなのか会いに来たのか、鍛錬場で鍛錬をしていると魔術師団長が声をかけてきた。
「オスカー君は剣術大会の優勝候補なんだって?」
「一応、そうですね」
「素っ気ない返事だね。まあいい、もし決勝戦で私と戦う事になったら、ニナ君を掛けて戦わないか?」
俺は無言で礼をすると、そのまま立ち去ろうとした。
「もちろん、掛けるのはニナ君だけじゃない。私はこれを掛けよう」
魔術師団長の声に後ろを振り返ると、綴じられた紙の束をひらひらさせていた。
「代々の勇者が受け継いできた『勇者の書』だよ。君が勝ったらこれを譲ろう」
「何ですか、それは」
「大きな声では言えないからね。もうちょっと寄ってくれないかな?」
そのまま立ち去ろうかとも思ったが、代々の勇者と言われれば聞いた方がいいような気もした。
俺が近くまで戻ると、魔術師団長は声を潜めて話しだした。
「これはね。各代の勇者が、心血を注いで組み立てた術式をまとめた物だよ。世に出ては危険な物も多々ある」
「それはつまり……」
俺も勇者だからか、それだけの説明で全てを察した。
「例えば、指先に微細な振動を起こす魔法。初めて使う時の女性の狂い様は見ていて楽しいよね。紐を自在に操る魔法は拘束するだけじゃなく、第三の手として使うのもお勧めだ。そう言う意味では淫性スライムの生成魔法も使い勝手はいいよね。服を着ていても裸に見える魔法は、人様に迷惑をかけずに露出プレイが楽しめて、嵌まると止められなくなる。私のお気に入りは、感じると母乳が出るようにする魔法かな。普段より胸がパンパンに張るのもいいし、イかせると母乳を噴出させて、自分にビシャビシャかかると達成感が得られるよね。言葉攻めとも絡めやすいし……何かな?その手は」
気がつけば、無意識の内に手を差し出していた。
「代々受け継がれてきた物なら、俺にも受け取る権利があるはずです」
「私と前々代は仲が悪くてね。私がこれを受け取ったのは前々代が亡くなった後なんだよ」
暗に、俺にもすぐは渡さないと言っているんだろう。
「欲しければ、君はニナ君を掛けなよ」
「自分の欲望の為にニナを差し出せと?そんな真似、する訳無いでしょう。失礼します」
これ以上魔術師団長の顔を見たくなくて、俺はその場を立ち去った。
その翌日、俺は魔法運営室に呼び出された。
魔兵科と運営室は行き来があるので、魔兵が呼び出される事に問題はない。
しかし、昨日の今日での呼び出しに嫌な予感がした。
ノックをして入室すると、そこには女性に囲まれた魔術師団長がいた。
「花嫁を巡る勇者と魔王の戦い……」
「団長もたまにはいい事を言いますね」
「大舞台に負けない様に、ニナを着飾らせないと。腕がなるわ」
「勇者が勝っても魔王が勝っても、どう転んでもおいしいわね」
「残念ながら、まだオスカー君の了承が得られてなくてね。交渉は君達に任せるよ」
嫌な予感は当たった。
運営室の人達は、はっきり言って話が通じない。
交渉も何も、押し切られるのが目に見えている。
断っても断っても次々に話しかけられ、終いにはなんの話か分からなくなってきた。
「私が勝ったら、一晩ニナ君を貸してくれないかな」
魔術師団長の言葉に殺気を放った時だけ、部屋に静寂が戻った。
結局、魔術師団長には不埒な真似はさせない事を条件に、ニナを掛けて戦う事を受けてしまった。
一緒に部屋を出た魔術師団長を睨みつけると、楽しげに笑っていて腹がたった。
「当然『勇者の書』も掛けてくださるんですよね」
「まあ、いいだろう。負ける気は無いしね」
「それはこちらのセリフです」
「今年の剣術大会は、楽しくなりそうだ」
魔術師団長は機嫌良さそうに立ち去り、それを見た俺は聞こえるように大きく舌打ちをした。
そして、剣術大会決勝戦。
順当に勝ち進んだ俺は、魔術師団長と対峙していた。
「他の男とニナ君を取り合うような事にならなくて良かったよ」
緩く剣を構えた魔術師団長は、隙だらけの様に見えて、一切隙が無かった。
長年大会優勝者の地位についていただけの事はある。
始まりの号令と共に俺は魔術師団長に斬りかかった。
隙が無いなら作るしかない。
打ち合いが続き、剣戟の音が響き渡る。
「ニナ君はいいよね。真っ白な紙に、インクをぶちまけた様な、歪さがある」
「余裕、ですね」
同時に振りかざした剣がぶつかり合い、一瞬の鍔迫り合いになる。
「白い部分を探して黒く塗り込めたくなる」
魔術師団長の軽口は無視して、身体の向きを変えながら足払いをかけると、軽やかに飛び跳ねて避けられた。
「ニナ君にはどの魔法がいいかな」
魔術師団長は無防備に近づいてくると、剣先を合わせてきた。
意図が分からず軽くいなしながら出方をうかがう。
「母乳を出させる魔法と、裸に見える魔法を重ねがけると最高なんだよね。歩いているだけでダラダラと母乳を垂らすニナ君を考えると……」
「やめろ」
剣を弾きながら切り込むと、あっさりと受け止められ、打ち合いになる。
「私は、使えるんだよね」
「何の、話ですか」
「歴代勇者の、魔法だよ」
「それが、何か?」
「団長室で、ニナ君と、二人切りだと」
「殺す」
打ち込まれた剣を受け止めると、そのまま剣を滑らせて鍔に引っ掛け、絡め取るように横に弾いた。
魔術師団長が構え直す前に、大きく踏み込み、柄頭で胸を打ち付ける。
よろめく魔術師団長に向かって、そのまま柄を軸にして回転させる様に剣を戻せば、剣先は首筋へと向かった。
「そこまで!」
勝者を告げる号令に剣先を外すと、魔術師団長が呆れた顔で俺を見つめてきた。
「君ねえ、あんなに強く打ち込んで、私じゃなかったら死んでるよ」
「殺すと言ったじゃないですか」
「いたた、ほら、これ」
魔術師団長は胸を押さえながら、防具の下から紙の束を取り出すと、俺に投げつけた。
「持って来てたんですね」
受け取ったのは『勇者の書』だった。
それなりに厚みがある。邪魔じゃなかったんだろうか。
「これを渡すために、もう一度君に会うのはご免だからね」
最初から負けるつもりだったかの様な口ぶりだった。
「どう言う、つもりですか」
「さてね。優勝者のオスカー君は明日は休みでも、ニナ君は仕事だからね。差し障りが無い程度で頼むよ。ほら、花嫁が待ってる」
魔術師団長の言葉に観客席を見ると、ニナが近くまで来ていた。
俺は『勇者の書』をしまうと、ニナに駆け寄った。
「凄いね!オスカー」
ニナは興奮で頬を赤く染めながら、花冠を差し出してきた。
「かっこよかった!」
花冠を受け取りながら、俺の頭は汚れを知らない乙女の様な格好をしているニナを、ドロドロに汚す事でいっぱいだった。
「ニナ」
俺が笑いかけると、ニナも嬉しそうに笑った。
ニナを持ち上げて観客席から迎え入れると、そのまま抱きしめてキスをした。
ねっとりとしたキスに、観客からは黄色い悲鳴や怒号が聞こえる。
ニナがじゃれるように叩いてくるので、俺のキスは激しさを増した。
もうこのまま押し倒してしまいたい。
「だから、人前であんなキスしないでって言ったでしょ」
二人でニナの部屋に戻っても、ニナはまだ怒っていた。
「ニナが興奮していた様に、俺だって興奮していた。仕方ない」
「興奮の意味が違う気がする」
むくれるニナは『村娘ニナ』の衣装のままだ。
報酬としてニナが受け取り、俺が強く望んだので着替えずにいてくれた。
清純な衣装を、早く精子まみれにしたい。
「ニナ……」
俺が抱きしめると、ニナは少し躊躇った後、力を抜いた。
これからの事を考えると、俺の身体は否が応でも反応してしまう。
ニナを抱きしめたまま『勇者の書』の中でも一番簡単そうな、指先を振動させる魔法を発動させる。
時間が無くてこれしか覚えられなかった。
「ニナ……」
もう一度名を呼びながら顔を近づけると、ニナは目を閉じ、口を緩く開けて俺を待ってくれた。
口を塞ぎ、舌を滑り込ませると、ニナから熱い吐息が漏れる。
……気のせいか、何だか野太い。
違和感を感じながらも、キスをしながら胸を揉むと、ニナの身体はびくりと揺れた。
「んっ……んんっ……」
「ニナ?」
「え?何かおかしかった?」
不安そうな顔で発せられた声は、どう聞いても魔術師団長の声だった。
「ちょっと、いや……ニナは変だと思わないのか?」
混乱してニナの身体を突き放すように飛び退いてしまった。
「だから、何が?キス?胸?全部?」
泣きそうな顔で聞かれて、大丈夫だと優しく抱いてやりたくなるけど、声は魔術師団長だ。勃つ気がしない。
「そうじゃ、ないんだ……」
取り敢えず安心させようと抱きしめてキスをした。
なぜこんな事になっているのか考えながら、いつもの癖で、スカートの中に手を滑らせて柔らかな太ももを撫で擦る。
どう考えても、さっき発動させた魔法のせいだ。
試しに指先に意識を向けると、微細な振動が起こった。
「あっ……えっ?な、にっ?やああっ」
振動する指を割れ目に押し当てると、ニナは身体を大きくくねらせた。
「ひあっ……やっ、ああんっ……だ、めぇっ……」
反応は素晴らしい。嬌声が魔術師団長の声と言う事以外は。
「ああっ、ああんっ……やあっ、あっ……あああっ!」
何とか魔法の解除を試みるものの、俺の指は震え続け、ニナの口からは魔術師団長の喘ぎ声が紡がれ続けた。
「ニナ、すまない……」
俺はニナから離れると、荷物の中から『勇者の書』を取り出してニナに差し出した。
「この魔法の解除を頼む」
中途半端で止めるのは申し訳ないので、クリトリスをグリグリと押してイかせてはいた。
今までに無いぐらい下着を濡らすニナは可愛かったものの、魔術師団長がイく声は聞きたくなかった。
ニナは緩慢な動作で紙の束を受け取り、それが魔法の術式だと分かると飛び起きた。
「オスカーの指がブルブル震えていたのは、このせい?」
「……そうだ」
ニナはパラパラと束を捲ると目を見張り、最後まで見終えると、じっとりとした眼差しで俺を見てきた。
「何これ」
「歴代の勇者が心血を注いで組み立てた術式を、まとめたものだ」
「……勇者の業の深さを感じる」
ニナは汚い物を触るような顔で紙の束を見つめた。
「この魔法を使ったら、ニナの声が……魔術師団長の声になったんだ……」
「何それ」
ニナは俺が指し示した術式を見ると首を捻った。
「私は特に変わったとは思わないし、術式も指を振動させる物だと思うけど……」
術者だけに作用する魔法なんだろう。
解除出来なかったらずっとこのままなのか?
「あ、凄い。巧妙に違う術式も組み込まれてる。魔法文字に二重の意味を持たせて、気づかれ無い様に二つの魔法を発動させるんだね。そう言う手法もあるにはあるけど、ここまで上手く隠してあるのは初めて見た」
「解除出来るのか?」
「解除するには、隠された術式を正確に読み解かないといけないから、ちょっと時間がかかるかも」
ニナはそう言いながらも既に解読を始めているんだろう。
さっきから一度も俺を見ない。
「オスカーは疲れてるでしょ。先に寝てて」
「いや……」
解除出来たなら続きがしたい。
「先に、寝てて」
有無を言わせぬニナの声、と言うべきか魔術師団長の声と言うべきか、とにかく俺は仕方なく布団をかぶった。
「あと、この本は私が預からせて貰うね」
ため息を飲み込んで目を瞑ると、愉快そうに笑う魔術師団長の顔が脳裏に浮かんだ。
何となく、魔術師団長はこうなる事が分かっていたような気がした。
「お休み、オスカー」
ニナが俺に、優しく声をかける。魔術師団長の声で。
俺は、布団の中でそっと泣いた。
ふわりと笑うニナは、心臓が痛くなるぐらい可愛かった。
花冠を頭に乗せ、緩く両側で編み込んだ髪型は初々しく、レースをふんだんに重ねた白いワンピースは汚れを知らない乙女のようだった。
「かわいいな。妖精かと思った」
俺が素直に褒めると、ニナは途端に嫌そうな顔をした。
「いい大人がする格好じゃない」
「でも似合ってる」
「そう、かなあ」
ニナは自分の姿を確認しながら首を傾げている。
花冠が落ちそうだ。
「俺が貰うまで、落とすなよ」
ずれた花冠を直しながら俺が笑いかけると、ニナは嬉しそうに笑った。
「怪我しないでね」
「ああ、任せておけ」
しばらく微笑み合ってから、ニナは観覧場所へ戻っていった。
軽やかに階段を登り、花で飾られた椅子に座る姿を見つめていると、嫌な声が聞こえてきた。
「そんなに周りを煽って、決勝戦まで来られるかな?」
「何の事ですか?魔術師団長」
すっかり笑顔も消えて、忌々しげに尋ねる。
「二人の仲を見せつけちゃって。見てごらん、他の出場者の顔を。刺し違えてでも魔王を倒すって書いてあるよ」
周囲を見回すと、殺気だった視線が向けられていた。
「半分以上はあなたに向けられているようですが」
「どうだろうねえ……くれぐれも、決勝戦に進む前に敗退しないでくれたまえよ。どうせ打ち負かすなら、君がいいからね」
「ニナは渡さないし、勝って約束の物も頂きます」
「本当に、いやらしい男だね」
魔術師団長は愉快そうに笑うと立ち去っていった。
遡る事一月程前、たまたまなのか会いに来たのか、鍛錬場で鍛錬をしていると魔術師団長が声をかけてきた。
「オスカー君は剣術大会の優勝候補なんだって?」
「一応、そうですね」
「素っ気ない返事だね。まあいい、もし決勝戦で私と戦う事になったら、ニナ君を掛けて戦わないか?」
俺は無言で礼をすると、そのまま立ち去ろうとした。
「もちろん、掛けるのはニナ君だけじゃない。私はこれを掛けよう」
魔術師団長の声に後ろを振り返ると、綴じられた紙の束をひらひらさせていた。
「代々の勇者が受け継いできた『勇者の書』だよ。君が勝ったらこれを譲ろう」
「何ですか、それは」
「大きな声では言えないからね。もうちょっと寄ってくれないかな?」
そのまま立ち去ろうかとも思ったが、代々の勇者と言われれば聞いた方がいいような気もした。
俺が近くまで戻ると、魔術師団長は声を潜めて話しだした。
「これはね。各代の勇者が、心血を注いで組み立てた術式をまとめた物だよ。世に出ては危険な物も多々ある」
「それはつまり……」
俺も勇者だからか、それだけの説明で全てを察した。
「例えば、指先に微細な振動を起こす魔法。初めて使う時の女性の狂い様は見ていて楽しいよね。紐を自在に操る魔法は拘束するだけじゃなく、第三の手として使うのもお勧めだ。そう言う意味では淫性スライムの生成魔法も使い勝手はいいよね。服を着ていても裸に見える魔法は、人様に迷惑をかけずに露出プレイが楽しめて、嵌まると止められなくなる。私のお気に入りは、感じると母乳が出るようにする魔法かな。普段より胸がパンパンに張るのもいいし、イかせると母乳を噴出させて、自分にビシャビシャかかると達成感が得られるよね。言葉攻めとも絡めやすいし……何かな?その手は」
気がつけば、無意識の内に手を差し出していた。
「代々受け継がれてきた物なら、俺にも受け取る権利があるはずです」
「私と前々代は仲が悪くてね。私がこれを受け取ったのは前々代が亡くなった後なんだよ」
暗に、俺にもすぐは渡さないと言っているんだろう。
「欲しければ、君はニナ君を掛けなよ」
「自分の欲望の為にニナを差し出せと?そんな真似、する訳無いでしょう。失礼します」
これ以上魔術師団長の顔を見たくなくて、俺はその場を立ち去った。
その翌日、俺は魔法運営室に呼び出された。
魔兵科と運営室は行き来があるので、魔兵が呼び出される事に問題はない。
しかし、昨日の今日での呼び出しに嫌な予感がした。
ノックをして入室すると、そこには女性に囲まれた魔術師団長がいた。
「花嫁を巡る勇者と魔王の戦い……」
「団長もたまにはいい事を言いますね」
「大舞台に負けない様に、ニナを着飾らせないと。腕がなるわ」
「勇者が勝っても魔王が勝っても、どう転んでもおいしいわね」
「残念ながら、まだオスカー君の了承が得られてなくてね。交渉は君達に任せるよ」
嫌な予感は当たった。
運営室の人達は、はっきり言って話が通じない。
交渉も何も、押し切られるのが目に見えている。
断っても断っても次々に話しかけられ、終いにはなんの話か分からなくなってきた。
「私が勝ったら、一晩ニナ君を貸してくれないかな」
魔術師団長の言葉に殺気を放った時だけ、部屋に静寂が戻った。
結局、魔術師団長には不埒な真似はさせない事を条件に、ニナを掛けて戦う事を受けてしまった。
一緒に部屋を出た魔術師団長を睨みつけると、楽しげに笑っていて腹がたった。
「当然『勇者の書』も掛けてくださるんですよね」
「まあ、いいだろう。負ける気は無いしね」
「それはこちらのセリフです」
「今年の剣術大会は、楽しくなりそうだ」
魔術師団長は機嫌良さそうに立ち去り、それを見た俺は聞こえるように大きく舌打ちをした。
そして、剣術大会決勝戦。
順当に勝ち進んだ俺は、魔術師団長と対峙していた。
「他の男とニナ君を取り合うような事にならなくて良かったよ」
緩く剣を構えた魔術師団長は、隙だらけの様に見えて、一切隙が無かった。
長年大会優勝者の地位についていただけの事はある。
始まりの号令と共に俺は魔術師団長に斬りかかった。
隙が無いなら作るしかない。
打ち合いが続き、剣戟の音が響き渡る。
「ニナ君はいいよね。真っ白な紙に、インクをぶちまけた様な、歪さがある」
「余裕、ですね」
同時に振りかざした剣がぶつかり合い、一瞬の鍔迫り合いになる。
「白い部分を探して黒く塗り込めたくなる」
魔術師団長の軽口は無視して、身体の向きを変えながら足払いをかけると、軽やかに飛び跳ねて避けられた。
「ニナ君にはどの魔法がいいかな」
魔術師団長は無防備に近づいてくると、剣先を合わせてきた。
意図が分からず軽くいなしながら出方をうかがう。
「母乳を出させる魔法と、裸に見える魔法を重ねがけると最高なんだよね。歩いているだけでダラダラと母乳を垂らすニナ君を考えると……」
「やめろ」
剣を弾きながら切り込むと、あっさりと受け止められ、打ち合いになる。
「私は、使えるんだよね」
「何の、話ですか」
「歴代勇者の、魔法だよ」
「それが、何か?」
「団長室で、ニナ君と、二人切りだと」
「殺す」
打ち込まれた剣を受け止めると、そのまま剣を滑らせて鍔に引っ掛け、絡め取るように横に弾いた。
魔術師団長が構え直す前に、大きく踏み込み、柄頭で胸を打ち付ける。
よろめく魔術師団長に向かって、そのまま柄を軸にして回転させる様に剣を戻せば、剣先は首筋へと向かった。
「そこまで!」
勝者を告げる号令に剣先を外すと、魔術師団長が呆れた顔で俺を見つめてきた。
「君ねえ、あんなに強く打ち込んで、私じゃなかったら死んでるよ」
「殺すと言ったじゃないですか」
「いたた、ほら、これ」
魔術師団長は胸を押さえながら、防具の下から紙の束を取り出すと、俺に投げつけた。
「持って来てたんですね」
受け取ったのは『勇者の書』だった。
それなりに厚みがある。邪魔じゃなかったんだろうか。
「これを渡すために、もう一度君に会うのはご免だからね」
最初から負けるつもりだったかの様な口ぶりだった。
「どう言う、つもりですか」
「さてね。優勝者のオスカー君は明日は休みでも、ニナ君は仕事だからね。差し障りが無い程度で頼むよ。ほら、花嫁が待ってる」
魔術師団長の言葉に観客席を見ると、ニナが近くまで来ていた。
俺は『勇者の書』をしまうと、ニナに駆け寄った。
「凄いね!オスカー」
ニナは興奮で頬を赤く染めながら、花冠を差し出してきた。
「かっこよかった!」
花冠を受け取りながら、俺の頭は汚れを知らない乙女の様な格好をしているニナを、ドロドロに汚す事でいっぱいだった。
「ニナ」
俺が笑いかけると、ニナも嬉しそうに笑った。
ニナを持ち上げて観客席から迎え入れると、そのまま抱きしめてキスをした。
ねっとりとしたキスに、観客からは黄色い悲鳴や怒号が聞こえる。
ニナがじゃれるように叩いてくるので、俺のキスは激しさを増した。
もうこのまま押し倒してしまいたい。
「だから、人前であんなキスしないでって言ったでしょ」
二人でニナの部屋に戻っても、ニナはまだ怒っていた。
「ニナが興奮していた様に、俺だって興奮していた。仕方ない」
「興奮の意味が違う気がする」
むくれるニナは『村娘ニナ』の衣装のままだ。
報酬としてニナが受け取り、俺が強く望んだので着替えずにいてくれた。
清純な衣装を、早く精子まみれにしたい。
「ニナ……」
俺が抱きしめると、ニナは少し躊躇った後、力を抜いた。
これからの事を考えると、俺の身体は否が応でも反応してしまう。
ニナを抱きしめたまま『勇者の書』の中でも一番簡単そうな、指先を振動させる魔法を発動させる。
時間が無くてこれしか覚えられなかった。
「ニナ……」
もう一度名を呼びながら顔を近づけると、ニナは目を閉じ、口を緩く開けて俺を待ってくれた。
口を塞ぎ、舌を滑り込ませると、ニナから熱い吐息が漏れる。
……気のせいか、何だか野太い。
違和感を感じながらも、キスをしながら胸を揉むと、ニナの身体はびくりと揺れた。
「んっ……んんっ……」
「ニナ?」
「え?何かおかしかった?」
不安そうな顔で発せられた声は、どう聞いても魔術師団長の声だった。
「ちょっと、いや……ニナは変だと思わないのか?」
混乱してニナの身体を突き放すように飛び退いてしまった。
「だから、何が?キス?胸?全部?」
泣きそうな顔で聞かれて、大丈夫だと優しく抱いてやりたくなるけど、声は魔術師団長だ。勃つ気がしない。
「そうじゃ、ないんだ……」
取り敢えず安心させようと抱きしめてキスをした。
なぜこんな事になっているのか考えながら、いつもの癖で、スカートの中に手を滑らせて柔らかな太ももを撫で擦る。
どう考えても、さっき発動させた魔法のせいだ。
試しに指先に意識を向けると、微細な振動が起こった。
「あっ……えっ?な、にっ?やああっ」
振動する指を割れ目に押し当てると、ニナは身体を大きくくねらせた。
「ひあっ……やっ、ああんっ……だ、めぇっ……」
反応は素晴らしい。嬌声が魔術師団長の声と言う事以外は。
「ああっ、ああんっ……やあっ、あっ……あああっ!」
何とか魔法の解除を試みるものの、俺の指は震え続け、ニナの口からは魔術師団長の喘ぎ声が紡がれ続けた。
「ニナ、すまない……」
俺はニナから離れると、荷物の中から『勇者の書』を取り出してニナに差し出した。
「この魔法の解除を頼む」
中途半端で止めるのは申し訳ないので、クリトリスをグリグリと押してイかせてはいた。
今までに無いぐらい下着を濡らすニナは可愛かったものの、魔術師団長がイく声は聞きたくなかった。
ニナは緩慢な動作で紙の束を受け取り、それが魔法の術式だと分かると飛び起きた。
「オスカーの指がブルブル震えていたのは、このせい?」
「……そうだ」
ニナはパラパラと束を捲ると目を見張り、最後まで見終えると、じっとりとした眼差しで俺を見てきた。
「何これ」
「歴代の勇者が心血を注いで組み立てた術式を、まとめたものだ」
「……勇者の業の深さを感じる」
ニナは汚い物を触るような顔で紙の束を見つめた。
「この魔法を使ったら、ニナの声が……魔術師団長の声になったんだ……」
「何それ」
ニナは俺が指し示した術式を見ると首を捻った。
「私は特に変わったとは思わないし、術式も指を振動させる物だと思うけど……」
術者だけに作用する魔法なんだろう。
解除出来なかったらずっとこのままなのか?
「あ、凄い。巧妙に違う術式も組み込まれてる。魔法文字に二重の意味を持たせて、気づかれ無い様に二つの魔法を発動させるんだね。そう言う手法もあるにはあるけど、ここまで上手く隠してあるのは初めて見た」
「解除出来るのか?」
「解除するには、隠された術式を正確に読み解かないといけないから、ちょっと時間がかかるかも」
ニナはそう言いながらも既に解読を始めているんだろう。
さっきから一度も俺を見ない。
「オスカーは疲れてるでしょ。先に寝てて」
「いや……」
解除出来たなら続きがしたい。
「先に、寝てて」
有無を言わせぬニナの声、と言うべきか魔術師団長の声と言うべきか、とにかく俺は仕方なく布団をかぶった。
「あと、この本は私が預からせて貰うね」
ため息を飲み込んで目を瞑ると、愉快そうに笑う魔術師団長の顔が脳裏に浮かんだ。
何となく、魔術師団長はこうなる事が分かっていたような気がした。
「お休み、オスカー」
ニナが俺に、優しく声をかける。魔術師団長の声で。
俺は、布団の中でそっと泣いた。
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しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。
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文章を付け足しています。すいません
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