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市川湊

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 食事を与えられたから、また三日が経ったと分かる。十二日も経つと、さすがに飽きられて、受け入れる頻度もぐんと減った。
 誰もいない時は、ベッドに拘束されている。自由に部屋を行き来することはできない。
 この日、朝イチで俺の元に来たのは、目だけが異様にギラついた、痩せ細った小男だった。来るなり俺の拘束を取り、うつ伏せに返す。
 謎の間があり、振り向けば、男は小瓶に注射針を刺していた。
「やだ……お願い。薬は嫌だ……薬は、使わないで……」
 自分で使うらしい。男は自分の一物に注射針を突き刺した。
「いっ……てええ……」
 男の貧相な一物は、みるみると膨れ上がり、子供の拳くらいの大きさになった。
 あんなので貫かれたら、死んでしまう……
 逃げないと。俺はベッドを這った。頭の隅では逃げられないとわかっていても、本能的な恐怖が、そこに留まることを許さなかった。
 腰を、ガッチリと掴まれる。
「あ、や……やめて……いっ、嫌だっ」
 窄まりを、凶悪な一物でこじ開けられる。
「あぐ、ひっ……い、あ、あッ、うぁああっ」
「おほほっ、なんじゃこりゃッ! 絡みついて、たまんねえッ!」
「やあっ、ひぎッ……うあああっ、ア、やあっ……」
 みちみちと、不穏な音がここまで聞こえてくる。皮膚が引き裂かれているのだ。
 痛い。痛い痛い痛いッ!
「やあっ、じっ……じぬッ……はっ、ああっ」
「おう、死ね死ね」
 首を圧迫され、意識が朦朧とする。死にたくない。ヒロさんに会いたい。謝りたい。仲直りしたい。
 ……でも、無理だろうな。
 意識が途切れようとした時、ふいに男の手が緩んだ。
「げほっ……うっ、かはっ……」
 前に這うと、みっちりと中に埋まっていたものが、あっさりと抜けた。
 男の下から抜け、振り返る。男は気を失っていた。肩をトントンと叩いても、無反応。
 ベッドの下、男の服が目に留まった。ズボンのポケットから、スマホが顔を出している。
 ドッと胸が高鳴った。急いでベッドを下り、スマホに飛びつく。
 これでヒロさんに謝れる。仲直りできる。
 ヒロさんを呼び出そうとして、ハッと我に返った。自分の行動に呆れ、頬が引き攣る。
 この期に及んで、それを優先するなんて。ゆるく首を振り、途中まで打ち込んだ数字を消した。
 それよりも、ヒロさんを詐欺から助けないと。
 あの人の番号を打ち込んだ。俺の中で、あの人は一番信頼できる警察官だ。あの人が出るかはわからないけど、出なかったら110番に掛ければいい。
 あっさりと番号を打ち終わる。あの人に片想いしていた時は、一つも押せなかったのに。
 コール音が焦ったい。早く、早く出てくれ……ヒロさんが傷つかない程度に、あの女詐欺師からヒロさんを引き剥がして。俺が言っても信じてもらえないだろうから。俺だと傷つけてしまうから。
『もしもし』
 一瞬、ヒロさんの声かと思ってドキリとしたが、俺の耳がイカれているのだと思った。
「あっ……お、俺……市川……市川湊……です」
 電話口から、息を呑む声が聞こえてきた。
『湊ッ、今どこにいるんだッ』
 前触れなく涙が溢れ、自分がその言葉を欲していたのだと気付かされた。
 ヒロさんを助けて欲しい。……でも、本当は俺も助けて欲しい。大きく息を吸おうとしたら、嗚咽になった。
『湊ッ! どこにいるんだッ! 何があった!』
「うっ……黒崎、さん……」
 甘えるような自分の声にうんざりした。
「黒崎さんッ……助けて……」 
『ああッ、どこにいるか教えてくれ。何が見える? 誰がいる? 今は安全な場所にいるか?』
 俺はヒロさんのマンションを言った。
「そこに住んでる……デブが、騙されそうだから……助けて。女の結婚詐欺師……裏にヤクザが絡んでる……お金、取られる前に教えてあげて……」
 ベッドに伸びていた男が、ふうっと息を吹き返した。
「お願いします」
 これでヒロさんが騙されずにすんで、黒崎さんが、俺から連絡を受けたことをヒロさんに伝えてくれたら、ヒロさんは、俺を見直してくれるかもしれない。
 そこまで期待している自分に苦笑し、通話を切った。そっとスマホを男のズボンの中に差し戻す。
 逃げようとしていたフリで、俺は床を這って進んだ。
 足音が近づいてくる。後ろ髪を掴まれ、ベッドに戻された。
「何逃げようとしてんだよ」
 チク、と前立腺の辺りに鋭い痛みが走った。
「や、だッ……やだっ」
「もう一本いくか」
「ひっ……やああっ」
 薬液で膨らんだ場所を、男は指の腹でぐちぐちと捏ね回した。
「ああっ、や、……んあっ、はあっ、あ、ぁっ」
 何度も意識を失いながら、男の情欲を受け止めた。
 やっと終わったと思ったら、また別の男が挑んでくる。抵抗する気力もなく、来る者全てを受け入れていく。
 今が何時かもわからない。二人の男に乳首をチロチロと舐められ、中を犯されていると、突如バンッ、と大きな音がした。複数の足音が入ってくる。
 俺に群がっていた男らは、強い力に引かれて飛んでいく。
 なんだろうと虚な目を彷徨わせれば、一番好きな人がいた。
 ヒロさんはいつものジャージじゃない。俺があげた服でもない。どこへ行っても浮くことはないであろうダークカラーのセーターとジーンズ。あの女からのプレゼントだと思ったら、胸がキュッと締め付けられた。
「湊……」
 ヒロさんが沈痛な声で俺を呼ぶ。そっと抱きしめられ、自分は助かったのだと実感した。セーターに顔を埋めると、いつもの、ちょっと臭い汗の臭いがした。大きく息を吸い込む。ヒロさんの臭い。一番安全な俺の場所。
「ヒロさん……ごめん。酷いことばっかり言って、ごめん……もう言わないから、許して。俺、ヒロさんが好きだ。あの人より……ヒロさんがいい」
 言いながら、疑問が浮かぶ。どうしてヒロさんがここにいるんだろう。
 ヒロさんは俺の背中をさすりながら、洟をすすった。「ああ」と絞り出すような声。
 周りは騒がしい。制服警官がバタバタと走り回っている。その中には宮本の姿もあって、余計に頭がこんがらがる。
「湊、うちに帰ろう。悪かった。全部俺のせいだ。お前は何も悪くない」
 俺はつい笑ってしまった。首を横に振る。
「いいよ、ヒロさん。ござる口調やめなくて」
 俺がキモいとか言ったから。
「ヒロさんはそのままでいいよ。太ってても、語尾にござるがついても、俺、もう変われなんか言わないから……」
「湊」
 今ならいけるよな。俺、結構弱ってるし、ヒロさんも「湊」って呼んでくれてるし。
「ヒロさん……名前、教えてよ」
 困った顔を見るのが嫌で、セーターに顔を埋めたまま言った。
「本当の……」
 ぐらりと脳が焼け爛れたような感覚に陥った。あ、これやばい。直後に意識を手放した。


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