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最終章 人とあやかし
彼(女)の話・前編
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咬神さんからお母様が生きていたころの話を聞きながら歩くうちに、生垣に囲まれた文車さんの家が見えてきた。
門は開いてるけれど、勝手に入っても大丈夫かな?
「……ふむ、この感じは」
咬神さんが足を止めて、辺りを見渡した。
「どうやら、害意を持つものが足を踏み入れるのを防ぐ術が、かけられていますね」
「そうなんですか?」
パッと見たところ、何も無いように思えるけれど。
「はい。少しでも危害を加える気があれば、門を通った瞬間に切り刻まれてしまうでしょうね」
「切り刻まれる……」
なんだか、すごく怖い術だなぁ……。
「しかし、私たちが入る分には、問題ないでしょう。彼女が、見舞いに来た者にまで危害を加えるような術を使うとは、思えませんし」
「そうですよね」
「ええ。では、参りましょうか」
「はい」
二人で門をくぐると風が微かに頬を撫で、玄関の戸が音を立てて開いた。
これなら、お邪魔してもいいって、ことだよね。なら、早くお薬を届けにいかないと。
「それでは、私はここで見張りをしていますので」
「え? 咬神さんは来ないんですか?」
「ええ。女性の看病を医者でもない男が覗くのは、あまりよろしくないですから」
「あ……」
たしかに。
寝汗を拭いたり、着替えを手伝ったりするかもしれないから、私だけの方がいいのかもしれない。
あれ? でも、何か忘れてるような……。
「……奥方様? どうされましたか?」
「あ、いえ。なんでもない、です。見張り、ありがとうございます。いまから、いってきますね」
「はい。行ってらっしゃいませ」
咬神さんに玄関を任せて家の中に上がると、玉葉様のお屋敷とは違ったお香が漂ってきた。少しお薬っぽいけれど、いい香りだなぁ。元気になったら、なんて種類なのか聞いてみようかな。
「……明、か?」
「ひゃっ!?」
突然、耳元から聞こえた声に、思わず飛び上がってしまった。
今のは、文車さんの声だった気がするけれど……、辺りには誰も居ない、よね……?
なら、今のは、一体……?
「ああ、悪い。脅かしちまったな」
今度は、バツの悪そうな声が耳元から聞こえた。
でも、やっぱり姿は見えない。
「えーと、文車、さん? どこに、いらっしゃるんですか?」
「おう、奥の寝間で横になってる」
「では、玉葉様からお薬を預かったので、今からそちらに行きますね」
「それはありがたいんだが、ちょっと待ってくれ。今、防犯用の術使ってて、家の中が迷い道になってるんだ」
「そう、なんですか?」
家の造りを変えてしまうなんて、すごい術だ。
「ああ。下手に進むと迷子なるから、そこに居てくれると助かる」
「分かりました」
「よし、いい子だ。じゃあ、今こっちへの道を作るからな……」
辺りに祝詞の様な声が響き出した途端、今まで壁だった場所が廊下に変わった。
「その廊下をまっすぐ来てくれれば、たどり着くから」
「分かりました」
言われたとおりに廊下に足を踏み入れると、玄関だった場所が壁に変わった。
本当にすごい術だなぁ……。
※※※
それから、同じ景色の続く廊下を進み、振り返っても出発点が見えなくなったところで、壁に襖が現れた。多分、ここが寝間だよね。
「失礼します」
襖を開けると、壁一面が本棚になった部屋の中央で、布団に横たわる文車さんの姿が目に入った。枕元には、着替えと、手ぬぐいと、水の入った盥が置かれてる。
「悪いな明、わざわざ来てもらって」
「いえ、お気になさらずに。あの、お加減のほうは?」
「ああ、さっきまで寝てたから、少しは落ち着いたよ。ただ、汗が酷いから、一度着替えるかな」
「なら、お手伝いします」
「はは、大丈夫だって、その位ならできるから」
文車さんはそう言うと、布団をはいで立ち上が……
「ちょっと、向こうをむいててく……うわっ!?」
「文車さん!?」
……ろうとして、体勢を崩して横転してしまった。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆けよると、はだけた紺色の寝間着の裾から下腹部が見えた。おへその下から脚の間まで、引き攣ったような傷跡が走ってる。これは……。
「……ははっ。見惚れてくれるのは嬉しいが、玉葉様にヤキモチ焼かれたら厄介だから、ほどほどにな?」
「……!? す、すみま、せんっ!?」
苦笑いから慌てて顔を背けると、後ろから頭をワシワシと撫でられた。
「謝らなくても大丈夫だ。まあ、いつだったか玉葉様がぽろっとこぼしたきり、ちゃんと説明してなかったもんな」
背後から衣擦れの音と、手拭いを濡らして絞る音が聞こえてくる。
「……明、玉葉様から、カミサマの作り方とかは、聞いたんだよな?」
「あ、はい。色々なものを水槽のなかで混ぜて作る、っていう……」
「そう、まあ細かいところは省略されているが、大体そんなかんじだ」
声の合間に、手拭いで身体を拭く音が混じる。
「私もな、そんな方法で作られたんだよ」
「そう、なんですか?」
「ああ。作ったのは、件の男神様と女神様じゃないけどな……、よし、もうこっち向いていいぞ」
「あ、はい」
振り返ると、文車さんは白い寝巻きに着替えて、苦笑いを浮かべてた。薄い服だと、身体に凹凸が少ないのが、ハッキリと分かる。
「いずれ説明しようとは思っていたし、今日は仕事にならなそうだから……、少し昔話に付き合ってもらえるか?」
「分かりました」
玉葉様と同じ方法で生まれたのなら、文車さんも神様なのかな……。
門は開いてるけれど、勝手に入っても大丈夫かな?
「……ふむ、この感じは」
咬神さんが足を止めて、辺りを見渡した。
「どうやら、害意を持つものが足を踏み入れるのを防ぐ術が、かけられていますね」
「そうなんですか?」
パッと見たところ、何も無いように思えるけれど。
「はい。少しでも危害を加える気があれば、門を通った瞬間に切り刻まれてしまうでしょうね」
「切り刻まれる……」
なんだか、すごく怖い術だなぁ……。
「しかし、私たちが入る分には、問題ないでしょう。彼女が、見舞いに来た者にまで危害を加えるような術を使うとは、思えませんし」
「そうですよね」
「ええ。では、参りましょうか」
「はい」
二人で門をくぐると風が微かに頬を撫で、玄関の戸が音を立てて開いた。
これなら、お邪魔してもいいって、ことだよね。なら、早くお薬を届けにいかないと。
「それでは、私はここで見張りをしていますので」
「え? 咬神さんは来ないんですか?」
「ええ。女性の看病を医者でもない男が覗くのは、あまりよろしくないですから」
「あ……」
たしかに。
寝汗を拭いたり、着替えを手伝ったりするかもしれないから、私だけの方がいいのかもしれない。
あれ? でも、何か忘れてるような……。
「……奥方様? どうされましたか?」
「あ、いえ。なんでもない、です。見張り、ありがとうございます。いまから、いってきますね」
「はい。行ってらっしゃいませ」
咬神さんに玄関を任せて家の中に上がると、玉葉様のお屋敷とは違ったお香が漂ってきた。少しお薬っぽいけれど、いい香りだなぁ。元気になったら、なんて種類なのか聞いてみようかな。
「……明、か?」
「ひゃっ!?」
突然、耳元から聞こえた声に、思わず飛び上がってしまった。
今のは、文車さんの声だった気がするけれど……、辺りには誰も居ない、よね……?
なら、今のは、一体……?
「ああ、悪い。脅かしちまったな」
今度は、バツの悪そうな声が耳元から聞こえた。
でも、やっぱり姿は見えない。
「えーと、文車、さん? どこに、いらっしゃるんですか?」
「おう、奥の寝間で横になってる」
「では、玉葉様からお薬を預かったので、今からそちらに行きますね」
「それはありがたいんだが、ちょっと待ってくれ。今、防犯用の術使ってて、家の中が迷い道になってるんだ」
「そう、なんですか?」
家の造りを変えてしまうなんて、すごい術だ。
「ああ。下手に進むと迷子なるから、そこに居てくれると助かる」
「分かりました」
「よし、いい子だ。じゃあ、今こっちへの道を作るからな……」
辺りに祝詞の様な声が響き出した途端、今まで壁だった場所が廊下に変わった。
「その廊下をまっすぐ来てくれれば、たどり着くから」
「分かりました」
言われたとおりに廊下に足を踏み入れると、玄関だった場所が壁に変わった。
本当にすごい術だなぁ……。
※※※
それから、同じ景色の続く廊下を進み、振り返っても出発点が見えなくなったところで、壁に襖が現れた。多分、ここが寝間だよね。
「失礼します」
襖を開けると、壁一面が本棚になった部屋の中央で、布団に横たわる文車さんの姿が目に入った。枕元には、着替えと、手ぬぐいと、水の入った盥が置かれてる。
「悪いな明、わざわざ来てもらって」
「いえ、お気になさらずに。あの、お加減のほうは?」
「ああ、さっきまで寝てたから、少しは落ち着いたよ。ただ、汗が酷いから、一度着替えるかな」
「なら、お手伝いします」
「はは、大丈夫だって、その位ならできるから」
文車さんはそう言うと、布団をはいで立ち上が……
「ちょっと、向こうをむいててく……うわっ!?」
「文車さん!?」
……ろうとして、体勢を崩して横転してしまった。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆けよると、はだけた紺色の寝間着の裾から下腹部が見えた。おへその下から脚の間まで、引き攣ったような傷跡が走ってる。これは……。
「……ははっ。見惚れてくれるのは嬉しいが、玉葉様にヤキモチ焼かれたら厄介だから、ほどほどにな?」
「……!? す、すみま、せんっ!?」
苦笑いから慌てて顔を背けると、後ろから頭をワシワシと撫でられた。
「謝らなくても大丈夫だ。まあ、いつだったか玉葉様がぽろっとこぼしたきり、ちゃんと説明してなかったもんな」
背後から衣擦れの音と、手拭いを濡らして絞る音が聞こえてくる。
「……明、玉葉様から、カミサマの作り方とかは、聞いたんだよな?」
「あ、はい。色々なものを水槽のなかで混ぜて作る、っていう……」
「そう、まあ細かいところは省略されているが、大体そんなかんじだ」
声の合間に、手拭いで身体を拭く音が混じる。
「私もな、そんな方法で作られたんだよ」
「そう、なんですか?」
「ああ。作ったのは、件の男神様と女神様じゃないけどな……、よし、もうこっち向いていいぞ」
「あ、はい」
振り返ると、文車さんは白い寝巻きに着替えて、苦笑いを浮かべてた。薄い服だと、身体に凹凸が少ないのが、ハッキリと分かる。
「いずれ説明しようとは思っていたし、今日は仕事にならなそうだから……、少し昔話に付き合ってもらえるか?」
「分かりました」
玉葉様と同じ方法で生まれたのなら、文車さんも神様なのかな……。
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