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最終章 人とあやかし
お見舞いと予想外な世間話
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その後、文車さんは暴れ箒さんにお説教をして、湯殿で温まってから「濡れた着物を洗濯しないといけないから」と言って、着替えて家に帰った。洗濯はこっちですると言ったけれど、手間をかけたら悪い、と取り合ってもらえなかった。
寒くなってきたし、髪の毛が濡れたまま洗濯をして、風邪をひいてしまったら……
「明、文車から文が届いてね、『悪い。風邪をひいちまったから、今日は稽古をつけられない』だって」
……という心配の通りになってしまったことを、玉葉様が教えてくれた。
「えーと、稽古のことは大丈夫なんですが、文車さんの容態は?」
「とりあえず、熱っぽくて体がだるいらしいから、今日は家でゆっくりしてるように、文を飛ばして伝えたよ」
「そう、ですか」
「うん。それで治ると思うけど、一人にしとくのはちょと心配だから、明と一緒に薬を持って看病しに行こうと思ったんだけどさ……、文に今日の仕事が終わるまで、僕が外に出られなくなる術が仕込んであってね」
「そうですか……」
文車さん、抜け目がないなぁ……。
「まったく、困ったものだよ」
「あの、それなら、私が化け襷さんと暴れ箒さんと一緒に、看病にいきましょうか?」
「うーん、あの二人は優秀だけれど、襲撃に対しての護衛としては、ちょっとこころもとないしなぁ……」
玉葉様はそう言うと、腕を組んで考え込んでしまった。
例の逃げ出した退治人さんの件があるから、心配になるのはもっともだ。それでも、いつもお世話になってるんだし、看病はしにいきたい。
ただ、勝手にお屋敷を出て迷惑をかけてしまったことが二度もあるんだし、強く言い出すのもあつかましいのかも……。
「玉葉様! 明! 今日も咬神来た!」
「文車がねー、お休みだからねー、今日はいつもよりねー、ちょっと気を引き締めてねー、欲しいかなー」
「かしこまりました。尽力いたします」
不意に、廊下の方から暴れ箒さんと、化け襷さんと、咬神さんの声が聞こえてきた。途端に、向かい合った顔に苦々しい表情がうかぶ。
「あのムッツリ助平に頼むのは癪だけど、他に方法もなし、か」
「えーと……、ムッツリ?」
というのは、咬神さんのこと、なのかな?
たしかに、難しい顔をしていることが多いけれど、それは言いがかりなんじゃ……?
ガラララッ
「玉葉様、奥方様、失礼いたしま……」
「よし、咬神くん。ちょっと命懸けで、明の盾になってくれるかな」
「……はい?」
扉を開けた途端に突拍子もないことを言われて、黒一色の目に困惑の色が浮かんだ。
「奥方様をお守りすることに、命を懸けるのはやぶさかではありませんが……、一体どのような状況なのでしょうか?」
「ふふっ、君はしのごの言わずに、明を危険から守れば……」
「えーと、すみません、私の方から説明しますね」
言葉を遮ると、玉葉様の顔に拗ねたような表情が浮かんだ。申し訳ないとは思うけれど、イザコザが起きてしまいそうな感じだから仕方ない、よね。
※※※
そんなこんなで、咬神さんに付き添ってもらって、文車さんの家に向かうことになった。
化け襷さんと、暴れ箒さんは、私の代わりに家の家事をすることになったから、道中は二人きりなのだけれど……
「……」
「……」
……なんだか、とても気まずい。
何か世間話をしたほうがいい、のかな?
でも、一体なにを話せば……。
「……ご母堂の骨、見つかりましたよ」
「そうで……、えぇ!?」
予想外すぎる世間話が、始まってしまった。
お母様の骨が、見つかった……?
「驚かせてしまって、すみません。先日、奥方様から、ご母堂はあの村の者たちに殺された、と伺いましたから、蟲たちに命じて村中を探させて見つけました」
「そう、です、か」
「はい。全てではありませんでしたが、見つかった骨は清めてこちらで弔ってあります」
「……」
どこで見つけたか教えてくれないということは、あの夜に言われた通りの場所にあったんだろう。
そんな場所から、ようやく出してもらえたんだ。
「……きっとこれで、母の魂も救われたと、思います」
「そうですね。私も、そうであることを願います」
「本当に、ありがとう、ございました」
「……いえ、奥方様にお礼を言っていただける資格など、私にはありませんよ」
黒一色の目が、どこか遠くに向けられる。
「……以前、あの村と結社の連絡係を勤めていたときに、庄屋殿のところで働くご母堂と知り合いました」
「そう、だったんですか」
「はい。穏やかで優しく、香染色の髪が美しい方でした。あやかしの血が混じった私にも、物怖じせずに接してくれたことをよく覚えています」
「そうですか……」
「ただ、村の者たちから、あまりよい扱いを受けていなかったことは見てとれました。当人はさして気にしていなかったようですが……。だから、約束したんです。いつか結社のなかでそれなりの地位について、この村から連れ出すと」
「……」
「その後私は、遠方での大規模なあやかし退治人駆り出され、それなりの成果を出し、ある程度の地位につくことができました。だかから、彼女を迎えにいったんです」
「……」
「しかし、庄屋殿は顔色を変え、『アイツはもうここにはいない』と口にしました。問い詰めたのですが、何も知らないの一点張りで……、しまいには言いがかりをつけられたと結社に報告され、私はあの村の担当から外されました」
「……」
「……おそらく、あのとき彼女は、貴女を身籠っていたのでしょう。あそこで、私がもっと食い下がっていれば、きっと」
……咬神さんの目は人と違う形をしてる。
きっと、涙は出ないんだろう。
それでも。
「だから、貴女にお礼を言ってもらう資格なんて、私にはないんです」
「……それでも、母は咬神さんに会えて、幸せだったんだと思いますよ」
「……」
「それに、私も色々ありましたけれど、今は幸せですから。だから、どうか泣かないでください」
「……!」
黒一色の目が、軽く見開かれた。
「……ありがとう、ございます」
雲一つない空に、呟くような声が消えていく。
お母様の魂も、この綺麗な空へ昇っていけますように。
寒くなってきたし、髪の毛が濡れたまま洗濯をして、風邪をひいてしまったら……
「明、文車から文が届いてね、『悪い。風邪をひいちまったから、今日は稽古をつけられない』だって」
……という心配の通りになってしまったことを、玉葉様が教えてくれた。
「えーと、稽古のことは大丈夫なんですが、文車さんの容態は?」
「とりあえず、熱っぽくて体がだるいらしいから、今日は家でゆっくりしてるように、文を飛ばして伝えたよ」
「そう、ですか」
「うん。それで治ると思うけど、一人にしとくのはちょと心配だから、明と一緒に薬を持って看病しに行こうと思ったんだけどさ……、文に今日の仕事が終わるまで、僕が外に出られなくなる術が仕込んであってね」
「そうですか……」
文車さん、抜け目がないなぁ……。
「まったく、困ったものだよ」
「あの、それなら、私が化け襷さんと暴れ箒さんと一緒に、看病にいきましょうか?」
「うーん、あの二人は優秀だけれど、襲撃に対しての護衛としては、ちょっとこころもとないしなぁ……」
玉葉様はそう言うと、腕を組んで考え込んでしまった。
例の逃げ出した退治人さんの件があるから、心配になるのはもっともだ。それでも、いつもお世話になってるんだし、看病はしにいきたい。
ただ、勝手にお屋敷を出て迷惑をかけてしまったことが二度もあるんだし、強く言い出すのもあつかましいのかも……。
「玉葉様! 明! 今日も咬神来た!」
「文車がねー、お休みだからねー、今日はいつもよりねー、ちょっと気を引き締めてねー、欲しいかなー」
「かしこまりました。尽力いたします」
不意に、廊下の方から暴れ箒さんと、化け襷さんと、咬神さんの声が聞こえてきた。途端に、向かい合った顔に苦々しい表情がうかぶ。
「あのムッツリ助平に頼むのは癪だけど、他に方法もなし、か」
「えーと……、ムッツリ?」
というのは、咬神さんのこと、なのかな?
たしかに、難しい顔をしていることが多いけれど、それは言いがかりなんじゃ……?
ガラララッ
「玉葉様、奥方様、失礼いたしま……」
「よし、咬神くん。ちょっと命懸けで、明の盾になってくれるかな」
「……はい?」
扉を開けた途端に突拍子もないことを言われて、黒一色の目に困惑の色が浮かんだ。
「奥方様をお守りすることに、命を懸けるのはやぶさかではありませんが……、一体どのような状況なのでしょうか?」
「ふふっ、君はしのごの言わずに、明を危険から守れば……」
「えーと、すみません、私の方から説明しますね」
言葉を遮ると、玉葉様の顔に拗ねたような表情が浮かんだ。申し訳ないとは思うけれど、イザコザが起きてしまいそうな感じだから仕方ない、よね。
※※※
そんなこんなで、咬神さんに付き添ってもらって、文車さんの家に向かうことになった。
化け襷さんと、暴れ箒さんは、私の代わりに家の家事をすることになったから、道中は二人きりなのだけれど……
「……」
「……」
……なんだか、とても気まずい。
何か世間話をしたほうがいい、のかな?
でも、一体なにを話せば……。
「……ご母堂の骨、見つかりましたよ」
「そうで……、えぇ!?」
予想外すぎる世間話が、始まってしまった。
お母様の骨が、見つかった……?
「驚かせてしまって、すみません。先日、奥方様から、ご母堂はあの村の者たちに殺された、と伺いましたから、蟲たちに命じて村中を探させて見つけました」
「そう、です、か」
「はい。全てではありませんでしたが、見つかった骨は清めてこちらで弔ってあります」
「……」
どこで見つけたか教えてくれないということは、あの夜に言われた通りの場所にあったんだろう。
そんな場所から、ようやく出してもらえたんだ。
「……きっとこれで、母の魂も救われたと、思います」
「そうですね。私も、そうであることを願います」
「本当に、ありがとう、ございました」
「……いえ、奥方様にお礼を言っていただける資格など、私にはありませんよ」
黒一色の目が、どこか遠くに向けられる。
「……以前、あの村と結社の連絡係を勤めていたときに、庄屋殿のところで働くご母堂と知り合いました」
「そう、だったんですか」
「はい。穏やかで優しく、香染色の髪が美しい方でした。あやかしの血が混じった私にも、物怖じせずに接してくれたことをよく覚えています」
「そうですか……」
「ただ、村の者たちから、あまりよい扱いを受けていなかったことは見てとれました。当人はさして気にしていなかったようですが……。だから、約束したんです。いつか結社のなかでそれなりの地位について、この村から連れ出すと」
「……」
「その後私は、遠方での大規模なあやかし退治人駆り出され、それなりの成果を出し、ある程度の地位につくことができました。だかから、彼女を迎えにいったんです」
「……」
「しかし、庄屋殿は顔色を変え、『アイツはもうここにはいない』と口にしました。問い詰めたのですが、何も知らないの一点張りで……、しまいには言いがかりをつけられたと結社に報告され、私はあの村の担当から外されました」
「……」
「……おそらく、あのとき彼女は、貴女を身籠っていたのでしょう。あそこで、私がもっと食い下がっていれば、きっと」
……咬神さんの目は人と違う形をしてる。
きっと、涙は出ないんだろう。
それでも。
「だから、貴女にお礼を言ってもらう資格なんて、私にはないんです」
「……それでも、母は咬神さんに会えて、幸せだったんだと思いますよ」
「……」
「それに、私も色々ありましたけれど、今は幸せですから。だから、どうか泣かないでください」
「……!」
黒一色の目が、軽く見開かれた。
「……ありがとう、ございます」
雲一つない空に、呟くような声が消えていく。
お母様の魂も、この綺麗な空へ昇っていけますように。
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