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第二章 あやかしの長

兄弟のイザコザ

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「おい、姉ちゃん! 大丈夫か!?」

「はい、大丈夫です……」

「とても大丈夫には見えねぇぞ!?」

 金枝さんが、不安げにこちらを覗き込む。

 この方が知ってはいけないことなら、玉葉様も対応するようになんて言わない、はず。それなら、ちゃんとしないと。

「いえ、ちょっと、立ちくらみがしただけなので……」

「なにぃ!? そいつは大変だ! 早いとこ玉葉のヤツに診せねぇと!」

「え……、きゃっ!?」

 突然、身体が浮きあがり、金枝さんの肩に担がれてしまった。見かけによらず、力持ちなんだなぁ……、なんてことを気にしている場合じゃなくて。

「あ、あの、玉葉様は、いま留守にしていて……」

「暴れ箒! 玉葉のヤツは家ん中にいるよな!?」

「いないって言ってたけど、ほんとは居る! お庭の見えるお部屋!」

「よし! 分かった!」

 言いつけられことは、ちゃんと守りたかったのに……。

「うぅ……」

「苦しそうだな、でも安心しな! すぐに連れてってやるから!」

「うん! 早く連れてってあげて!」

 暴れ箒さんに見送られながら、ものすごい速さで玄関を上がり、廊下を駆け……

「玉葉! 大変だ! 嫁さんが具合悪くなっちまったぞ!」

「……」

 ……ものすごく苦々しい表情をした玉葉の居る部屋に、たどり着いてしまった。

 簡単な言いつけも守れなかったんだから、苦々しい顔にもなるよね……。

「玉葉様、申し訳ありませ……、え?」

 またしても、体がフワリと中に浮いた。

 それから……

「……僕の明に、勝手に触らないでもらえるかな?」

  バンッ

「うわっ!?」

 金枝さんが、庭に吹き飛ばされ……

「……これはまた、面倒なことになるな」

「あー……、ねー……」

 文車さんと、化け襷さんが、深くため息をつき……

「よしよし、明。乱暴に運ばれて、怖かったね」

 玉葉様が、中に浮かんだ私を受け止めて、頭を撫で……

「痛ぇな! 何しやがんだ!? この、ウスラトンカチ!」

 ……頭に落ち葉をつけた金枝さんが、怒りながら庭から上がってきた。

 なんだか、どう考えても、収集がつかないかんじになってるよね……。

「まったく、居留守を使ったくらいで、明を人質にとって押しかけてくるなんて」

「あの、玉葉様、そうでは、なくて、ですね……」

「そうだぞ! オレは嫁さんが具合悪そうにしてたから、運んでやっただけだ!」

「……え、そうなの?」

 金色の目が見開かれた。

「あ、はい。でも、大したことでは……」

「大変じゃないか!! 金枝、なんでその事を早く言わない!?」

「オメーが問答無用で吹っ飛ばしたからだろ!! なんで、毎回毎回遊びにくると、必ず一回は吹っ飛ばすんだよ!?」

「ふん。そっちが毎回毎回、吹き飛ばされてもしょうがない事をするからだろう? この間なんて、傷薬を蓼酢に入れ替えてくれて……」

「う……、三百年くらい前のお茶目なイタズラを、いつまでも蒸し返すなよ! 大体オメーだって……」

 お二人の間で、イザコザが本格的になってしまった。本当に、どうしよう……。

「あー、玉葉様。明の体調が悪いのであれば、まずはそちらを優先したほうがいいと思います」

「そうだねー。この間のねー、怪我がねー、ぶり返してたらねー、大変だよー?」

「……それも、そうだね」

「おう! 全くその通りだな!」

 文車さんと、化け襷さんが助け舟を出してくれたおかげで、イザコザはなんとか収まってくれた。でも、心配のしすぎで、体調が悪くなったなんて知られたら、呆れられてしまうかも。

「明? この間の怪我が、また痛くなっちゃったのかな?」

 形の良い眉が、不安げに潜められた。

 ……玉葉様を不安にさせたままにするわけにはいかない、か。

「えっと、じつは……」

 事情を説明すると、玉葉様は脱力しながら私を降ろして、苦笑を浮かべた。

「ふふっ、そうか。これは、余計な心配をさせてしまったようだね」

「いえ、その、私が勝手に勘違いしただけ、ですから……」

「わははは! 安心しろ、姉ちゃん! オレはお茶目なイタズラは好きだが、コイツが本気で隠そうとすることをばらしたりはしねーから! ま、隠す必要なんてないとは、思うけどな!」

 カラカラとした笑い声に、金色の目が鋭い視線を向ける。

「お前は黙っていろ」

「えー、酷えこと言うなぁ。第一、めおとなら、いくら隠してたってそのうちバレんだろ?」

「うるさい。明かすにしても、色々と準備が要るんだよ」

「まぁた、そんなこと言って。この間やったどっちがあやかしの総大将に相応しいかの勝負も、準備に時間使いすぎて、すんでのところで時間切れなってただろ?」

「だ、ま、れ。大体あの件については、勝手に勝負を持ちかけてきたうえに途中で飽きて、最終日に『あれ、なんの話だっけ?』とか言い出すやつに、とやかく言われたくないね」

「わはは! そうだった、そうだった!」

「なにが、そうだった、だ。癪だったけれど、せっかく、長の仕事から解放されて、隠居できる好機だと思ったのに。大体、お前は本当に昔から……」

「あー、あー、あー! なーにーもーきーこーえーなーいー!」

「コラ! 耳を塞ぐな!」

 ……なにやら、また、イザコザが巻き起こってしまった。お屋敷がグンニャリする類のイザコザじゃなさそうだけど、放っておいても平気、なのかな?

「明、とりあえず、金枝様が来るといつもこんな感じだから、あんまり気にすんな。それよりも、茶と茶菓子を用意するから、ちょっと手伝ってくれ」

「そうだねー、僕もねー、お手伝いねー、するからねー、台所にねー、行こうかー」

「あ、はい。分かりました」

 文車さんと化け襷がそう言うなら、お屋敷がグンニャリすることはないんだろう。

 色々と気にかかることはあるけれど、今はお茶の準備に専念しなきゃ。
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