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第一章 人柱の少女
円い月が照らす道
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「ともかく、明を村には行かせないから」
肩に回された玉葉様の手に、力が込められた。顔には、相変わらず目を見開いた笑みが浮かんでる。
「そこをなんとか……! 後生でございますから……!」
お父様も引き下がらず、畳に額を擦り付けてる。
「あの……、玉葉様。お母様の顔を見にいくだけですので……」
「明のお願いでも、ダメなものはダメ」
「でも……」
お母様が生きているなら、一目だけでも会いたい。
「うーん、どうしても引き下がらない、って顔してるね」
「あ……、その……、すみません……」
「ふふっ、自分の意思を表せるようになったのはいいことだよ。でもね、今回の話は胡散臭すぎるからなぁ……、そうだ、僕も一緒に行っていいなら許可するよ」
「本当ですか!? それなら……」
「それはダメです!」
お父様の大声に、また返事を遮られた。
玉葉様と一緒に行ってはいけない……?
「おや? どうしてかな?」
「その……、村の者たちは、疫病の一件で、貴方様を恐れておりまして……」
「へえ? 勝手に森を荒らして、勝手に疫病にかかった君たちに、薬を用意してあげたのにねぇ」
「も、申しわけございません! 私も、事情は説明しているのですが……」
「まあ、いいよ。他者から必要以上に恐れられるのは、それなりに慣れているから。なら、鳥か何かに化けて、ついていくのなら構わないよね」
鳥に化ける……。
この間みたいに、頭だけフクロウみたいななにかに化けるのかな……。
「その、それだと、万が一村のものが、獲物と間違えて、撃ちでもしたら……」
「心配してもらわなくても、鉄砲や弓矢なんかじゃ死なないから、大丈夫だよ」
「しかしながら……、その……」
お父様が、再びうつむいて黙り込んだ。
ここまで玉葉様を近づけたくないのは、たしかに何か引っかかるけれど……。
「まったく、話にならないね。文車」
ガラガラッ
「はい」
勢いよく障子が開き、不機嫌そうな顔の文車さんが現れた。
「だいたいの要件は聞けたから、そいつ摘み出しといて」
「かしこまりました。ほら、さっさと来い」
「うぐっ!?」
後ろ襟を掴まれたお父様が、引きずられながら部屋を出ていく。
「お願い、します! 後生でございますから!」
「うるせーよ。黙ってこっちにこい」
足音と声がだんだん遠ざかる。
「これで、静かになったね」
玉葉様は満足そうにうなずいてるけれど……。
「……やっぱり、気になる?」
「……はい」
「まあ、無理もないか。ひとまず、あいつの言ってたことが本当かどうかは、すぐに調べさせるから、安心していいよ」
「ありがとう、ございます……」
「いえいえ。さ、僕らも仕事に戻るから、明もあいつのことは忘れて化け襷たちのところに、戻るといいよ」
「はい……」
穏やかな笑顔が、優しく頭を撫でてくれる。
この方に逆らうなんて、したくはない。
それでも……。
※※※
家事をしているうちに日がすっかり暮れて、台所の窓から円いお月様が見える。
お父様、無事に村へ帰れたかな……。
ガララッ
「明! 化け襷!」
不意に勝手口が空いて、暴れ箒さんがやってきた。
「あれー、暴れ箒ー、今日はまだ起きてたのー?」
「うん! えっとね! 朝のおじさん、まだ門の前にいたよ!」
「え……、お父様が……?」
「うん! なんかね、青い顔で『このまま帰るわけには』って、ブツブツ言ってた」
「そう、ですか……」
そんなに、思い詰めてるなら、やっぱりお母様のことは本当なんだ……、なら……。
「……僕はねー、お使いの子のねー、報告をねー、待ったほうがねー、いいとねー、思うんだけどねー」
「う……」
考えてることを先読みしたように、化け襷さんがため息をついた。
「でも……、お母様が生きてるなら……」
「まあねー、親御さんがねー、心配なのはねー、分かるけどねー。勝手にねー、抜け出したらねー、玉葉様からねー、お仕置きされちゃうかもよー?」
「お仕置き、こわい!」
暴れ箒さんが、穂先を逆立ててブルブルと震える。これだけお世話になっておいて勝手をするんだから、折檻を受けるかもしれない……でも。
「……罰は、きちんと受けますから」
「……そこまでねー、言うならねー。暴れ箒ー、ちょっとねー、明にねー、化けられるー?」
「うん! 任せて! えい!」
ボフン
掛け声と一緒に、辺りに白い煙があがる。煙が落ち着くと、私と同じ姿になった暴れ箒さんが現れた。
「どう! 上手く化けられた!?」
「うーん、まあねー、ちょと髪がゴワゴワしてるけどねー、合格点かなー。でもねー、玉葉様にはねー、すぐにバレると思うからねー、早めにねー、行った方がねー、いいよー」
「うん! お母さんによろしくね!」
「お二人とも、ありがとうございます……!」
「いえいえー、あとねー、今日はねー、月夜だけどねー、提灯はねー、ちゃんと持っていくんだよー」
「そうだね! 転んじゃったら、危ないから!」
「はい……!」
これで、お母様に会える。
協力してくれたお二人のためにも、早く行って、無事に帰ってこなきゃ。
化け襷さんを暴れ箒さんに預けて門へ向かうと、話の通りお父様の姿があった。
「どうしたものか……、このままじゃ、私は……」
「あの、お父様……」
「……ん? おお!? 来てくれたのか!」
「はい……、ただ、あまり長居はできないと思いますが……」
「なに、それで構わないさ! さあ、早く行こう!」
「はい」
それから、提灯で足元を照らしながら、お父様の後に続いて歩いた。
いつもは深い森だと思ってたけど、不思議と道に迷うこともなく、森の出口が見えてきた。
もうすぐ、お母様に会える……。
「……しかし、お前が誰かに嫁入りできるとはなぁ。向こうでの暮らしは、楽しかったか?」
「あ……、はい。皆さんには、よくしていただいてるので」
「そうか、それなら本当によかった……」
感慨深そうな声とともに、森を抜ける。
お父様は、ずっと私のことを心配してくれて……
「……せめて、最期だけでも、幸せな思いができて」
……え?
ゴッ
「うぐっ!?」
こめかみから、鈍い音がして、体が吹き飛ばされた。
なんだか、耳のあたりがぬるぬるしてきた。
それに、あたりの景色ががグラグラ揺れてる。
「姿を現したわね! この淫売!」
「本っ当に、育ててやった恩を仇で返してくれて!」
どこかから、お義姉様と、お義母さまの喚き声が聞こえてくる。
「村をバケモノに売りやがって!」
「お前がいつもの腹いせに病を撒かせたんだな!?」
「あの人を返しておくれよ!」
村の人たちの叫び声も、響きはじめた。
頭が割れそうなのに……、なんだかすごく騒がしくて、煩わしいなぁ……。
肩に回された玉葉様の手に、力が込められた。顔には、相変わらず目を見開いた笑みが浮かんでる。
「そこをなんとか……! 後生でございますから……!」
お父様も引き下がらず、畳に額を擦り付けてる。
「あの……、玉葉様。お母様の顔を見にいくだけですので……」
「明のお願いでも、ダメなものはダメ」
「でも……」
お母様が生きているなら、一目だけでも会いたい。
「うーん、どうしても引き下がらない、って顔してるね」
「あ……、その……、すみません……」
「ふふっ、自分の意思を表せるようになったのはいいことだよ。でもね、今回の話は胡散臭すぎるからなぁ……、そうだ、僕も一緒に行っていいなら許可するよ」
「本当ですか!? それなら……」
「それはダメです!」
お父様の大声に、また返事を遮られた。
玉葉様と一緒に行ってはいけない……?
「おや? どうしてかな?」
「その……、村の者たちは、疫病の一件で、貴方様を恐れておりまして……」
「へえ? 勝手に森を荒らして、勝手に疫病にかかった君たちに、薬を用意してあげたのにねぇ」
「も、申しわけございません! 私も、事情は説明しているのですが……」
「まあ、いいよ。他者から必要以上に恐れられるのは、それなりに慣れているから。なら、鳥か何かに化けて、ついていくのなら構わないよね」
鳥に化ける……。
この間みたいに、頭だけフクロウみたいななにかに化けるのかな……。
「その、それだと、万が一村のものが、獲物と間違えて、撃ちでもしたら……」
「心配してもらわなくても、鉄砲や弓矢なんかじゃ死なないから、大丈夫だよ」
「しかしながら……、その……」
お父様が、再びうつむいて黙り込んだ。
ここまで玉葉様を近づけたくないのは、たしかに何か引っかかるけれど……。
「まったく、話にならないね。文車」
ガラガラッ
「はい」
勢いよく障子が開き、不機嫌そうな顔の文車さんが現れた。
「だいたいの要件は聞けたから、そいつ摘み出しといて」
「かしこまりました。ほら、さっさと来い」
「うぐっ!?」
後ろ襟を掴まれたお父様が、引きずられながら部屋を出ていく。
「お願い、します! 後生でございますから!」
「うるせーよ。黙ってこっちにこい」
足音と声がだんだん遠ざかる。
「これで、静かになったね」
玉葉様は満足そうにうなずいてるけれど……。
「……やっぱり、気になる?」
「……はい」
「まあ、無理もないか。ひとまず、あいつの言ってたことが本当かどうかは、すぐに調べさせるから、安心していいよ」
「ありがとう、ございます……」
「いえいえ。さ、僕らも仕事に戻るから、明もあいつのことは忘れて化け襷たちのところに、戻るといいよ」
「はい……」
穏やかな笑顔が、優しく頭を撫でてくれる。
この方に逆らうなんて、したくはない。
それでも……。
※※※
家事をしているうちに日がすっかり暮れて、台所の窓から円いお月様が見える。
お父様、無事に村へ帰れたかな……。
ガララッ
「明! 化け襷!」
不意に勝手口が空いて、暴れ箒さんがやってきた。
「あれー、暴れ箒ー、今日はまだ起きてたのー?」
「うん! えっとね! 朝のおじさん、まだ門の前にいたよ!」
「え……、お父様が……?」
「うん! なんかね、青い顔で『このまま帰るわけには』って、ブツブツ言ってた」
「そう、ですか……」
そんなに、思い詰めてるなら、やっぱりお母様のことは本当なんだ……、なら……。
「……僕はねー、お使いの子のねー、報告をねー、待ったほうがねー、いいとねー、思うんだけどねー」
「う……」
考えてることを先読みしたように、化け襷さんがため息をついた。
「でも……、お母様が生きてるなら……」
「まあねー、親御さんがねー、心配なのはねー、分かるけどねー。勝手にねー、抜け出したらねー、玉葉様からねー、お仕置きされちゃうかもよー?」
「お仕置き、こわい!」
暴れ箒さんが、穂先を逆立ててブルブルと震える。これだけお世話になっておいて勝手をするんだから、折檻を受けるかもしれない……でも。
「……罰は、きちんと受けますから」
「……そこまでねー、言うならねー。暴れ箒ー、ちょっとねー、明にねー、化けられるー?」
「うん! 任せて! えい!」
ボフン
掛け声と一緒に、辺りに白い煙があがる。煙が落ち着くと、私と同じ姿になった暴れ箒さんが現れた。
「どう! 上手く化けられた!?」
「うーん、まあねー、ちょと髪がゴワゴワしてるけどねー、合格点かなー。でもねー、玉葉様にはねー、すぐにバレると思うからねー、早めにねー、行った方がねー、いいよー」
「うん! お母さんによろしくね!」
「お二人とも、ありがとうございます……!」
「いえいえー、あとねー、今日はねー、月夜だけどねー、提灯はねー、ちゃんと持っていくんだよー」
「そうだね! 転んじゃったら、危ないから!」
「はい……!」
これで、お母様に会える。
協力してくれたお二人のためにも、早く行って、無事に帰ってこなきゃ。
化け襷さんを暴れ箒さんに預けて門へ向かうと、話の通りお父様の姿があった。
「どうしたものか……、このままじゃ、私は……」
「あの、お父様……」
「……ん? おお!? 来てくれたのか!」
「はい……、ただ、あまり長居はできないと思いますが……」
「なに、それで構わないさ! さあ、早く行こう!」
「はい」
それから、提灯で足元を照らしながら、お父様の後に続いて歩いた。
いつもは深い森だと思ってたけど、不思議と道に迷うこともなく、森の出口が見えてきた。
もうすぐ、お母様に会える……。
「……しかし、お前が誰かに嫁入りできるとはなぁ。向こうでの暮らしは、楽しかったか?」
「あ……、はい。皆さんには、よくしていただいてるので」
「そうか、それなら本当によかった……」
感慨深そうな声とともに、森を抜ける。
お父様は、ずっと私のことを心配してくれて……
「……せめて、最期だけでも、幸せな思いができて」
……え?
ゴッ
「うぐっ!?」
こめかみから、鈍い音がして、体が吹き飛ばされた。
なんだか、耳のあたりがぬるぬるしてきた。
それに、あたりの景色ががグラグラ揺れてる。
「姿を現したわね! この淫売!」
「本っ当に、育ててやった恩を仇で返してくれて!」
どこかから、お義姉様と、お義母さまの喚き声が聞こえてくる。
「村をバケモノに売りやがって!」
「お前がいつもの腹いせに病を撒かせたんだな!?」
「あの人を返しておくれよ!」
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