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第二章 呪われた上司

答えと一抹の不安

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「ジク、おーい、ジク」

「う、ん……?」

 名前を呼ぶ声と髪を撫でられる感触でジクは目を覚ました。顔を上げると、頭まで包帯を巻いた寝巻き姿のセツがベッドの上で上体を起こしている。

「そんな格好で寝ていると、身体が痛くなるぞ」

 包帯の隙間から覗く薄灰色の目と薄い唇が苦笑を浮かべた。包帯の下の様子は分からないが、間違いなく生きていることは分かる。

「私はそろそろ起きるから、寝るなら交代……」

「セツ!」

「うわっ!?」

 勢いよくベッドに飛び込みながら抱きつくと、華奢な身体がベッドに倒れ込んだ。

「こらこら、まだ回復したばかりなんだからそんなにがっつくなよ」

「ごめん……、でもすごく心配だったから……」

「ふふ、それは悪かった。でもこのくらいなら大丈夫だよ、ほぼ液体の状態からでも復活できるから。まったく退治人にとって便利なことこの上ないな、この呪いは」

 包帯の隙間から自嘲的な笑みが溢れ、抱きしめる力が自然と強まった。病室の中に、微かに骨の軋む音が響く。

「痛た。こらジク、だからまだ回復したばかりなんだって」

「あ、ごめんなさい」

 慌てて腕を放すと、包帯の巻かれた手がそっとそっと頬に触れた。

「よしよし、ジクは優しいいい子だな。でも、この調子だと願いを叶えてもらうのは無理そうか」

「……」

 ジクは頬をなでる手に自分の手を重ねた。

「ジク?」

「多分、今すぐには、無理。でも、退治人として、独り立ち、できるくらいになったら、そのときは」

 震える声を律するように深呼吸をして、金泥色の目で薄灰色の目を見つめる。

「セツの願いを必ず叶えるから」

「……そうか」

「だから、そのときまでは傍にいて……、僕だけを愛して」

 縋るように頬に触れた手を握る。すると、包帯の隙間から寂しげな微笑みが返された。

「まあ曖昧な部分もあるが、上々な答えか。ジクのことなら、そう時間はかからないだろうし」

「……うん。早く、一人前に、なれるように、頑張る」

 言いたくない言葉が、途切れ途切れにこぼれていく。

 本当はずっと傍にいてほしい。独り立ちなんてしたくない。それでも、立ち止まっていればその分だけ包帯の下の顔は苦痛に歪むことになる。
 昨晩と同じように自分以外のものの手で。

「じゃあ、楽しみにしてるよ。さて」

 妖艶な笑みを覗かせながら、セツが握られた手を頬から離し眼前に差し出した。

「そっちが望みを叶えてくれるなら、こっちも望みを叶えてやらないとな。まずは、一晩中一緒にいてくれたご褒美だ」

「えっと、身体は大丈夫なの?」

「ああ。傷は体の中も外も全部塞がっているよ。だから包帯を解いてくれないか?」

「あ、うん」

 ジクは促されるまま手首についた留め具を外し、何重にも巻かれた包帯を解いていく。露わになった血まみれのガーゼから甘美な香りが立ち込め、思わず喉が鳴る。

「ふふ、指くらいなら今すぐ食べてくれてもかまわないぞ?」

「……いらない」

「そうか? 私を独占したいなら左手の薬指とか食べておけば、色々と牽制になるんじゃないか?」

「そう言うのいいから。ガーゼも外すよ」

「はいはい」

 張りついたガーゼを外すと、白い手にはやはり黒い蛇の紋様が刻まれていた。

「あの神体かなり私のことを気に入っていたから、万が一とか思ったのにな」

 残念そうな言葉に昨夜の惨状が思い出され、胃の辺りが熱くなる。しかし、それが愛しい者を陵辱された怒りのためなのか、獲物を横取りされた憤りのためなのかは分からない。

「やっぱり、栄養源だとか苗床としての執着だとだめみたいだ。それだって一種の愛着だろうに。なあ、ジクもそう思わないか?」

「知らない。顔の包帯外すから、少し黙ってて」

「分かった、分かった」

 やや乱暴に顔に巻かれた包帯を解き、血にまみれたガーゼをはぎ取る。うっすらと血で汚れた顔には、どこか安堵するような笑みが浮かんでいた。

「傷、本当にもう塞がってるね」

「ああ。まあ、放っておいても一晩くらいで治るんだけどな。ロカは結構心配性だから」

「……そう」

「……っ♡」

 頬を舐め上げると、血と果実と薬がでたらめに混じった味が口中に広がった。ただし、今までとくらべて違和感があった。

「少し、薬っぽい……?」

「薬? ああ、まだ少し神体用の毒が残っているかもしれないな。でも今回のはあの神体と同種のあやかしにしか効かないから、安心していいぞ」

「分かった」

「たしか念の為に解毒剤も作ってあって、どこに置いたっけかな……ああ、そうだ。私に管理を任せるとろくなことにならないからって、ロカに没収されたんだった」

「ロカ本部長に?」

「ああ、アイツはしっかりしてるから。下手に私が持っているより、没収されて正解だったかもな」

「そう……」

「とりあえず、あとでもらいに行くといい。あ、でも私も顔を出さないとか。ロカもなんだかんだで毎回必要以上に心配するし」 

「……そう」

 苦笑した顔がどこか愛おしそうに他の名前を連呼する。それが、無性に癪に障った。

「これが済んだら、一緒にロカの部屋に……」

「セツ」

「……んむ♡!?」

 やや強引に口を塞ぎながら、華奢な身体に跨る。薄灰色の目は軽く見開かれたが、口内をなでるように舐めるとすぐに快感に蕩けていった。

「んっ♡、ふっ♡」

 甘い吐息に煽られながら舌を擦り合わせるたびに、組み敷いた身体が軽く跳ねる。甘美な香りと味が口の中を満たす待ちわびた感覚に、身体中の血が湧き立っていく。毒のせい舌先に軽い痺れを感じたが、それすら心地よい刺激になった。

「……ぷは♡」

 唇を離すと、セツはへらりと笑んだ。

「随分といきなりだな」

「だって、セツがロカ本部長のことばかり話すから」

「はは、なんだヤキモチか? ジクもなかなか可愛いところあるじゃないか」

「子供扱いしないで」

「っ♡!?」

 寝巻きをはだけさせて胸の突起のあたりを軽く押し込めば、組み敷いた身体がまた軽く跳ねた。

「っジク」

 薄灰色の目はなじるような視線を送ってくるが、頬は薄く紅潮している。その表情に嗜虐心が燻っていく。

「やっぱりここ、好きなんだね。昨日も無理やり弄らされてたのに、すごく気持ちよさそうだったし」

「っしかたないだろ……っあ♡」

 厚く巻かれた包帯の上でカリカリと爪を立てながら指を動かす。その微かな振動に、もどかしそうに腰が揺れる。

「くっぅ♡、ジク♡、もっ♡」

「もう、どうしたの?」

「っあ♡、ちょくせつさわっ……ぃっ♡」

 抉るように指を動かすと、組み敷いた身体が弓形にのけぞった。晒された白い喉に齧り付きたい欲求を抑えながら、ジクは赤く染まった耳に顔を寄せた。

「直接、触ってほしい?」

「っ♡」

 銀色の髪を振り乱しながら、セツが何度もうなずく。その姿に、自然と口の端が上がっていった。

「なら僕としてるときに、二度と他の名前なんて呼ばないで」

「わかっ……たから♡、はやく……っぅ♡」

「約束、だからね」

「ああ……んむ♡」

 薄い唇を甘噛みしてから胸元の包帯を食いちぎる。そこには他の部分同様に、血にまみれたガーゼが張り付いていた。

「じゃあ、これ剥がして可愛がってあげる……ん?」

「い゛っ♡!?」

「これ、他のところよりしっかり張りついてるかも」

「あ゛♡、や゛だ♡」

 ガーゼを剥がそうとするたび、手首に細い指が食い込む。

「嫌なの? でも剥がさないと、ちゃんと触ってあげられないよ」

「でも♡、い゛だぃ……♡」

「そっか。痛いのは嫌だよね」

「ん♡」

 額に唇を落とすと、見下ろす顔に安堵の色が浮かんだ。手首を掴む力も次第に緩んでいく。ジクの顔にも自然と笑みが浮かぶ。


「でも、セツは痛いのでも気持ちよくなれるもんね」

「え……、あ゛ぁあぁ゛ぁあ゛♡♡♡!?」


 両胸のガーゼを一気に引き剥がされ、セツが全身をガクガクと震わせた。

「ぃ゛だ……っ♡」

「ふふ、痛かったよね。待ってて、今優しくしてあげるから」

「ひぅっ♡!?」

 右の乳首を口に含んで舌で転がし、反対側は指の腹で優しくなでる。その度に身体の震えは激しくなった。

「いま゛♡、さわ゛らなっ……っぅ♡」

「ん。なんで? 触ってほしかったんでしょ?」

「も゛いきそだか、ぁ゛♡♡」

「うん、好きなだけイっていいよ。痛かった分、たくさん気持ちよくなって。んむ」

「っひ♡」

 乳首を再び口に含むと、腰が跳ね悲鳴のような嬌声が漏れる。

「でも、ぃけな゛っ♡♡」

「ん。あれ、セツって乳首でイけたよね? それとも、優しくされるだけじゃたりない?」

「そっじゃな゛くて……っえ♡、ほうたいがっく♡♡♡」

「包帯?」

 振り返りはだけた裾に目をやると、包帯に戒められた性器が露わになっていた。

「ああ、これじゃあイけないか」

「ぅあ♡♡」

 軽く握り込んだ手の中で芯を持った塊が苦しげに震える。

「ジク……♡、もう……♡」

 潤んだ薄灰色の目が、熱の解放を求めて縋りつくような視線を送ってくる。この痴態を見られる者はもう他にいない。そんな思いが気分をさらに高揚させた。

「イかせてほしいんだね」

「……っああ♡、た……のむ……♡」

「ふーん。そう」

「っ♡!?」

 ジクは体勢を変え、包帯の巻かれた脚を押し広げながら間に割って入った。それから、性器の先端に指を這わせ滲み出た先走りを掬い取る。そのまま包帯越しに揉み込むように愛撫すると、解放を求めるセツの呼吸がどんどん浅くなっていった。

「ジク♡、っもげんかいだから♡、てぇとめ……っぁジ、ク♡」

 愛しい者が銀色の髪を振り乱し自分の名前を呼ぶ。その媚びた声が堪らなく心地よく、ずっと聞いていたくなる。それでも、痴態を前に平然としているのも、そろそろ限界だった。

「たのむ、からぁ♡」

「……じゃあ、そろそろかな」

「ひぐっ♡!?」

 突き立てた先走りまみれの指が後孔にすんなり飲み込まれ、中の襞に吸いつかれる。

「はは、いま挿れたらすごく気持ちよさそう」

「や゛め゛♡、いま゛そっちはや゛♡、ぁ゛♡」

「嫌って言うわりには締めつけてくるし、ここも触ってほしくてコリコリになってるよ?」

「お゛っ♡!?」

 指の腹で前立腺を押し込むと、包帯で戒められた性器を震わせて腰が大きく跳ねた。

「や゛め゛♡、ださせえ゛♡」

「大丈夫。僕がイくときに一緒に出させてあげるから」

「くっぅ♡!?」

 指を一気に引き抜き、すぐに取り出した性器の先端を押し当てる。さほど体重をかけずとも、熱い塊は奥へ奥へと飲み込まれていく。

「っあ♡、あ♡、あ♡、あ♡」

「っく。ほら、セツ。奥まで入ったよ。気持ちいい?」

「っきもちっけど♡、も、つら……っうぅ♡、イきた……ぃ゛♡♡、ジク♡♡」

 中を淫らに蠢かせ端正な顔を快楽に歪ませて懇願する姿が、愛おしさと同時に嗜虐心をひどく煽った。

 このまま身体も心も快楽でグチャグチャにして、最後はその甘美な血肉を思う存分貪りたい。

「ふふ、ダメだよ。セツは僕だけのものなんだから。いいって言うまで、ちゃんとお利口に待ってなきゃ……?」

 気がつけば、自分でも戸惑うくらい残忍さを帯びた声がこぼれていた。

「ぇ? ジ、ク……っ!?」

 不意に見下ろした顔から血の気が引いていった。目はうつろになり、呼吸は過度に浅くなり、身体が小刻みに震えだす。それが快楽だけによるものではないのは明白だった。 

「う……、あ……」

「……セツ? セツ、大丈夫?」

「っ……あ?」

 不安になり頬を撫でると、薄灰色の目はすぐに生気を取り戻した。途端に端正な顔にへらりとした笑みが浮かび、体の震えが止まった。

「ああ、すまない♡、気持ちよすぎて意識が飛んでいたみたいだ♡」

「……そう」

 しらじらしい言葉を聞き流しながら、ジクは包帯の巻かれた性器に手を伸ばした。まだ硬さも熱も失われていない。

「これ外すから、一緒にイこう」

「ああ♡、分かった♡、ありがとう♡」

 包帯を解くと、鈴口から先走りが溢れ竿の部分がどくどくと脈打った。同時に、後孔の中がキツく収縮し最奥まで埋め尽くす塊を締め上げる。

「くっ、動かす、よ」

「っああぁあぁあ♡♡♡!」

 まとわりつく襞を掻き分けながら、何度も何度も最奥を穿つ。

「っは、も、出すよ」

「ああ♡、わたしも♡、も、イくっ……ぅぅうぅっ♡♡♡♡」

「くっ」

 二人はほぼ同時に絶頂を迎えて精液を吐き出した。



 ※※※

 行為が終わると、ジクはセツを抱き抱えるようにして眠ってしまった。

「……シャワーを浴びたいところだが、離してもらえそうにないな」

 部屋の中に力ない呟きが響く。

「セ、ツ……」

「……」

 どこか幼さの残る苦しげな声に呼ばれ、セツの胸に罪悪感が込み上げた。


 おそらく、この子はロカほどは割り切った立ち回りをできない。
 望みを叶えられても叶えられなくても、致命的な傷を負ってしまうだろう。
 それでも、苦痛から解放されるにはこの機を逃すわけにはいかない。
 だからといって。


 飽きるほど回数繰り返してきたはずの逡巡が、飽きもせずに頭の中で繰り広げられる。

「どこにも、いかないで」

「……そう言われてもなぁ」

 哀切な寝言に深い溜息がこぼれた。ひとまず、どんな形であれ自分が離れたあとのフォローをロカに頼まないといけない。そう思った途端、行為の最中にも感じた凄まじい悪寒が走った。


「だって、セツは僕だけのものなんだから」

「!?」

 耳に届いたのはジクの声のはずだ。
 それなのに、別の声がハッキリと重なる。

 気の遠くなるような昔に嫌というほど聞いた、自分から全てを奪って呪いだけを与えた、あのあやかしの声が。

「……」

「う……ん……」

 恐る恐る顔を上げると、ジクの寝顔が目に入った。あどけなさは残っているが、間違いなく青年の顔だ。少年の姿をしていたあのあやかしとは違う。それに、あれは呪いを受けながらも確実に塵に返した。

 ただ、その瞬間に、何か気になることを言われたことだけは覚えている。


「あはははは! これでセツは愛してくれる人に殺されないかぎり死ねないよ! だから、…の……また………る………利…に………っ……ね! あはははは!」


 内容を思い出そうとすると、いつも最後の部分にノイズがかかった。

「……いや、怖がることもないか。どうせ近いうちに、ようやく死ねるわけだし」

 自嘲気味に呟いて、セツはジクの胸に顔を埋めて目を閉じた。途端に猛烈な睡魔に襲われて、意識が遠くなっていく。

 それでも、一抹の不安が消えることはなかった。
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