上 下
29 / 40

思い出しました

しおりを挟む
 イザコザする応接室を抜け出して、ミカエラと二人で自室に移動した。

「それじゃあ、座ってて。飲み物は紅茶で良い?」

「うん! ありがとう! なにか、手伝うことはある?」

「ううん、ゆっくりしてて。さすがに、お客様に手伝わせるわけにはいかないから」

「ちぇー。せっかく良い感じの雰囲気になるシロップを、一服盛るチャンスだったのに」

「ミカエラ……、全年齢対象の世界観で、あんまりきわどいことしないで……」

「ふふふ、やだなーサキってば、冗談だよ冗談!」

 なんだか目が本気だった気がするけど……、深く追求するのはやめておこうか。

「それじゃあ、紅茶淹れてくるから……、あ、その間に盗聴器とかカメラとかは仕込まないでよ?」

「……」

「なぜ、黙り込むの?」

「あはははは、冗談だって、冗談!」

 やっぱり目が本気だった気がするけど……。

「ほら、いまさら盗聴器なんてしかけなくても、人形に監視機能がついてるんだし!」

「ああ、まあそうか……」

 たしかに、ミカエラの言う通りか。その気になれば、部屋の隅に立ってる人形でこっちの動きを全部監視できるだし。

「じゃあ、ちょっと行ってくるから、ミカエラはゆっくりしてて」

「うん! ありがとう!」

 返事をしながら、ミカはニコリと笑った。
 本当に、笑顔がミカに似てるな。急な襲来にあっても、監視機能つきの人形を送られてもなんだかんだで許してるのは、ミカの面影があるせいなんだろうな。そうなると、私もそこそこにクレイジーでサイコなんだろうか……。

「サキ? どうしたの?」

「あ、いや、なんでもないよ!」

「ふーん、そう」

 幸いなことに、ミカエラは深く追求しないでくれた。
 いつまでも失恋相手の面影を重ねるのは、ダメって分かってるんだけどね……。
 
 それから、キッチンに移動して、前にヒスイから教わった方法で紅茶を淹れてるわけだけど……、さっきのミカエラの笑顔が、頭から離れない。
 もともと光の聖女のヴィジュアルがミカに似ていたせいだとは思うけど、なんだかそれだけじゃない気がするんだよね……。なんか、こう、この世界に来てはじめて会った、っていう感じがしないっていうか……。

 ……そういえば、ミカとはじめて会ったときも、どこかで会ったような気がしてたっけ。


 なにか、それと関係があるんじゃ――


「そっか! じゃあ、決着は明日つけよう!」

「うん! そうしよう!」


 ――そうだ。

 小学生の頃、一度だけ公園で遊んだことがあるあの子。
 あのとき、名前と連絡先とかを聞いてなかったから、それ以降会えなかったけど……、ミカはあの子に似てたんだ。

 えーと、ミカはあの公園での話なんてしたことなかったから……、きっとあの子とは別人だ。
 ミカエラは……、話を聞くと親友に恋してたわけだから、悲しいけどミカとは別人だ。
 なら、ミカエラが似てるのは、ミカじゃなくて……。

 そんなことを考えてるうちに、蒸らし時間をはかる砂時計の砂が全部落ちた。
 なんだか、我ながらさっきの予想が当たってる気がするから、本人に確かめてみよう。

 紅茶を持って部屋に戻ると、ミカエラはソファーに座って脚をパタパタさせていた。

「あ、サキ! お帰り……とうっ!」

「わ!? だ、だから、紅茶を持ってるときは、危ないから抱きついてこないで!」

「はーい! 分かったー!」

 相変わらず返事の元気はいいけど……、本当に分かってくれたのかな?
 まあ、その件は、置いておこうか、本題じゃないし……。

「サキ、ミミズクがガトリングガンくらったような顔して、紅茶を並べてるけど、どうしたの?」

「多分、そんな顔はしてないと思うけど……、ミカエラって元の世界のことは、けっこう覚えてるんだよね?」

「うん! 名前以外は、割とね!」

「じゃあさ……、小学校高学年くらいのときに、誰かと公園でバドミントンしたこと覚えてない?」

「公園で……、バドミントン……」

「うん。噴水のある、ちょっと大きめの公園」

「噴水……、ああ! あのとき!」

 ミカエラはそう言いながら、胸の辺りで手を叩いた。ということは、思い出してくれたみたいだ……。

「その相手が、多分私だと思うんだ」

「そうだ……、そういえば、あのときサキって名乗ってたね。じゃあ……、本当にごめん!」

「な、なんでいきなり謝るの!?」

「だって、また遊ぶっていったのに、約束守れなかったから……」

「そんなの気にしなくていいよ。私だって、名前も連絡先も聞かないまま帰っちゃったし」

「そうか……、でも懐かしいなぁ」

「本当だね、また君に会えるなんて、思っても見なかったから……」

「……うん! そうだね!」

 ……あれ?
 なんか、今返事に間があったような……。

「ふっふっふ。サキのおかげで昔のこと思い出せたから、今度会うときには全てを思い出してるかもしれないぜ……」

「それなら、あのとき聞きそびれてた名前が、ようやく聞けるんだね」

「うん! でも、どうしようね……、斉藤=ゴンザレス=花子十二世とかそういう名前だったら……」

「ま、まあ……、さすがにそんなキラキラというかドキュンドキュンしてない思うけど……、どんな名前だとしても、ミカエラとはずっと友達だよ!」

「……うん! ありがとう!」

 ……なんか、また返事に間があった気がする。あれかな、ずっと友達止まりなのは不服なのかな……。でも、まだミカのことを吹っ切れてないし……。

「よーし! そうと決まれば、今からあのときの約束をはたすぞー!」

「あのときの約束って……、バドミントンの決着?」

「うん!」

 ミカエラは満面の笑みで頷いた。たしかに、最近はバドミントンで遊ぶこともなかったし、すごく楽しそうなんだけど……。

「お互いの勢力のトップが割と重要な会談してるときに、のん気にバドミントンしてていいのかなぁ……」

「大丈夫だって、サキ! ほら、なにか言われたら、究極魔法の練習の一環です、って答えればいいんだから!」

「まあ……、ランニングとかドミノが訓練になるくらいだから、その話でも信じてもらえそうか……」

「そうそう! だから、善は急げ! 遊べそうな中庭に向けてしゅっぱーつ!」

「わっ!? ちょっ、ちょっと待って!」

 危ないからいきなり腕を引っ張らないでとか、なんで中庭までの道のりを知ってるのとか、そもそもシャトルとラケットをまだ用意してないよとか、言いたいことは色々とあるけど――

「わーい! サキとバドミントンー!」

 ――ミカエラが本当に楽しそうにしてるから、細かいことは気にしないことにしよう。
しおりを挟む

処理中です...