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心残り

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 風が吹き渡る草原のなか、リツはヒナギクを呆然と見つめていた。

「どう? しらべ様に心あたりはないかな? なんだよ」

 傾きはじめた日を受け湾曲した刃がキラリと輝く。

 はるかな過去か未来のことを知っている。そう言われても思いあたる節はない。

「……」

 そう信じたかった。



  ……最期くらいは、真名で。


 

 しかし、血に塗れた薄い唇は鮮明に脳裏に浮かぶ。そんなさまは見たこともないし、想像したくもないはずなのに。

「ヒナギクが見たかんじだと、ずっと未来のことを知っているように思えるんだよ」

「なぜ、そんなふうに思うのですから?」

「んー、ヒナギクは魂を刈り取ってお片付けするものだからね、魂についてはすっごく色々知ってるんだよ。だから、少し集中して見ればその魂がどんな状態かはわかるんだよ」

 さも当然といった声を受け背筋に冷たいものが走る。

「しらべ様はなんというか、すっごく心残りがあったから、すっごく未来から魂だけが帰ってきたかんじなんだよ」

「そんなことがあり得るのですか?」

「うん。稀なことではあるけど、ない話じゃないんだよ。ただ、帰ってくる道のりで魂がそのことを忘れちゃうことがほとんどなんだよ」

「そう、ですか」

「そうなんだよ。ヒナギクもそこまでちゃんとは分からないけど、しらべ様は今の管理者だから知っておきたいならわかる範囲で教えるんだよ」

「……」

 退治人が明日をも知れない生業だとは分かっている。だからどんなことがあっても、動じずに生き抜く覚悟はしていたはずだ。現に婚約者を失った今も、自分でも驚くほどの速さで気持ちを切り替えて日常を過ごしている。

 それでも。

「……その心残りが何かを知れば、解消することはできるのでしょうか?」

 自然と問いがこぼれでる。

「うーん。ヒナギクは未来が見えるわけじゃなくて、魂がどんな思いをしてきたかが見えるだけだからなんとも言えないけど、解消のためにできることは増えると思うんだよ」

「……なら、教えていただけますか?」

「うん。たぶん、しらべ様にとってそれなりにつらい話だけどいいかな? なんだよ」

「かまいません」

「分かったんだよ。えっとね」

 冷たい風に金色の飾り房が揺れる。
 葉擦れの音と鼓動が聴覚を埋め尽くしていく。



「大切な人が呪いでぐちゃぐちゃになる。それなのに自分はなにもできなかった」



 それでも、幼い声は確と耳に届いた。

 
 大切な人という曖昧な言葉が示すものが都に残してきた妹なのか、それとも。

「それが一番の心残りなんだよ。しらべ様の魂は何度か形を変えてその人を呪いから助けようと……」

「あ、居た居た。おーい、リツー!!」

 緊張感のない声が幼い声を遮る。

 振り返った先で、背の高い茅を掻き分けたセツが笑顔で袖を振っていた。

「……管理者以外の人が来ちゃったから、この話はおしまいにしないといけないけど大丈夫かな? なんだよ」

「……ええ。大丈夫です」

「分かったんだよ。なら、あの人にもご挨拶するんだよ!」

 ヒナギクは高らかに声をあげると、宙を泳ぐように二人の間に移動した。

「こんにちは!! 私はヒナギクなんだよ!!」

「……え? 喋る、鎌?」

 突然現れた鎌に釈然としない表情が向けられる。無理もないだろうと思いながら、リツは脱力を感じつつ頷いた。

「えーと、はい。実はですね」

 事情を説明するうちに、セツの表情からも気が抜けていく。

「……ということで、こちらが私たちが探していた古の武具です」

「……そっか、庭具がかぁ」

「そうなんだよ!!」

 周囲はなんとも言えない気の抜けた空気につつまれた。

 先ほど聞いた心残りなど起こるはずがないと思えるほど。
 
「……リツ、顔色が悪いけどどうかした?」

「……いえ、なんでもありません。歩き回った疲れが少しでただけかと」

「本当に?」

「ええ。それよりも、目的を達成したので皆を集めて神野殿のところに戻らないと」

「ああ、そうだね。ヒナギクもそれでいいかな?」

「もちろんなんだよ!! ただ」

 不意にヒナギクがくるりと回転し、切先を地面に向けた。そこには、あいかわらず薄茶色の小石のようなものが転がっている。

「……この子ことを弔ってあげてほしいんだよ。いいかな?」

「……ええ、もちろんです」

「……ああ、そうだね」

「ありがとう、なんだよ」

 リツはセツとともに雛菊の花を傷つけないよう、小さな塊を土に埋めた。

「ヒナギクは土を掘るのは上手くできないから、ちゃんと埋めてあげられなかったんだよ。でも、これでやっとゆっくり休んでもらえるんだよ」

 葉擦れの音にまぎれ、ヒナギクの声が穏やかに響く。

「とはいっても、この子の魂はもうずぅっと昔にここから居なくなっちゃったんだけどね、なんだよ」

「だとしても、弔いはしてやりたいと思うものだよ。それが大切な相手なら、尚のことね」

 傾いた日が、目を伏せたセツの顔を照らす。



 その顔が首から滑り落ち、月明かりの差す冷たい床に転がる。




「……リツ?」

「……ええ。本当にそうですね」

 リツは酷く鮮明に頭をよぎった映像を掻き消しながら相槌を打った。
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