37 / 41
心残り
しおりを挟む
風が吹き渡る草原のなか、リツはヒナギクを呆然と見つめていた。
「どう? しらべ様に心あたりはないかな? なんだよ」
傾きはじめた日を受け湾曲した刃がキラリと輝く。
はるかな過去か未来のことを知っている。そう言われても思いあたる節はない。
「……」
そう信じたかった。
……最期くらいは、真名で。
しかし、血に塗れた薄い唇は鮮明に脳裏に浮かぶ。そんなさまは見たこともないし、想像したくもないはずなのに。
「ヒナギクが見たかんじだと、ずっと未来のことを知っているように思えるんだよ」
「なぜ、そんなふうに思うのですから?」
「んー、ヒナギクは魂を刈り取ってお片付けするものだからね、魂についてはすっごく色々知ってるんだよ。だから、少し集中して見ればその魂がどんな状態かはわかるんだよ」
さも当然といった声を受け背筋に冷たいものが走る。
「しらべ様はなんというか、すっごく心残りがあったから、すっごく未来から魂だけが帰ってきたかんじなんだよ」
「そんなことがあり得るのですか?」
「うん。稀なことではあるけど、ない話じゃないんだよ。ただ、帰ってくる道のりで魂がそのことを忘れちゃうことがほとんどなんだよ」
「そう、ですか」
「そうなんだよ。ヒナギクもそこまでちゃんとは分からないけど、しらべ様は今の管理者だから知っておきたいならわかる範囲で教えるんだよ」
「……」
退治人が明日をも知れない生業だとは分かっている。だからどんなことがあっても、動じずに生き抜く覚悟はしていたはずだ。現に婚約者を失った今も、自分でも驚くほどの速さで気持ちを切り替えて日常を過ごしている。
それでも。
「……その心残りが何かを知れば、解消することはできるのでしょうか?」
自然と問いがこぼれでる。
「うーん。ヒナギクは未来が見えるわけじゃなくて、魂がどんな思いをしてきたかが見えるだけだからなんとも言えないけど、解消のためにできることは増えると思うんだよ」
「……なら、教えていただけますか?」
「うん。たぶん、しらべ様にとってそれなりにつらい話だけどいいかな? なんだよ」
「かまいません」
「分かったんだよ。えっとね」
冷たい風に金色の飾り房が揺れる。
葉擦れの音と鼓動が聴覚を埋め尽くしていく。
「大切な人が呪いでぐちゃぐちゃになる。それなのに自分はなにもできなかった」
それでも、幼い声は確と耳に届いた。
大切な人という曖昧な言葉が示すものが都に残してきた妹なのか、それとも。
「それが一番の心残りなんだよ。しらべ様の魂は何度か形を変えてその人を呪いから助けようと……」
「あ、居た居た。おーい、リツー!!」
緊張感のない声が幼い声を遮る。
振り返った先で、背の高い茅を掻き分けたセツが笑顔で袖を振っていた。
「……管理者以外の人が来ちゃったから、この話はおしまいにしないといけないけど大丈夫かな? なんだよ」
「……ええ。大丈夫です」
「分かったんだよ。なら、あの人にもご挨拶するんだよ!」
ヒナギクは高らかに声をあげると、宙を泳ぐように二人の間に移動した。
「こんにちは!! 私はヒナギクなんだよ!!」
「……え? 喋る、鎌?」
突然現れた鎌に釈然としない表情が向けられる。無理もないだろうと思いながら、リツは脱力を感じつつ頷いた。
「えーと、はい。実はですね」
事情を説明するうちに、セツの表情からも気が抜けていく。
「……ということで、こちらが私たちが探していた古の武具です」
「……そっか、庭具がかぁ」
「そうなんだよ!!」
周囲はなんとも言えない気の抜けた空気につつまれた。
先ほど聞いた心残りなど起こるはずがないと思えるほど。
「……リツ、顔色が悪いけどどうかした?」
「……いえ、なんでもありません。歩き回った疲れが少しでただけかと」
「本当に?」
「ええ。それよりも、目的を達成したので皆を集めて神野殿のところに戻らないと」
「ああ、そうだね。ヒナギクもそれでいいかな?」
「もちろんなんだよ!! ただ」
不意にヒナギクがくるりと回転し、切先を地面に向けた。そこには、あいかわらず薄茶色の小石のようなものが転がっている。
「……この子ことを弔ってあげてほしいんだよ。いいかな?」
「……ええ、もちろんです」
「……ああ、そうだね」
「ありがとう、なんだよ」
リツはセツとともに雛菊の花を傷つけないよう、小さな塊を土に埋めた。
「ヒナギクは土を掘るのは上手くできないから、ちゃんと埋めてあげられなかったんだよ。でも、これでやっとゆっくり休んでもらえるんだよ」
葉擦れの音にまぎれ、ヒナギクの声が穏やかに響く。
「とはいっても、この子の魂はもうずぅっと昔にここから居なくなっちゃったんだけどね、なんだよ」
「だとしても、弔いはしてやりたいと思うものだよ。それが大切な相手なら、尚のことね」
傾いた日が、目を伏せたセツの顔を照らす。
その顔が首から滑り落ち、月明かりの差す冷たい床に転がる。
「……リツ?」
「……ええ。本当にそうですね」
リツは酷く鮮明に頭をよぎった映像を掻き消しながら相槌を打った。
「どう? しらべ様に心あたりはないかな? なんだよ」
傾きはじめた日を受け湾曲した刃がキラリと輝く。
はるかな過去か未来のことを知っている。そう言われても思いあたる節はない。
「……」
そう信じたかった。
……最期くらいは、真名で。
しかし、血に塗れた薄い唇は鮮明に脳裏に浮かぶ。そんなさまは見たこともないし、想像したくもないはずなのに。
「ヒナギクが見たかんじだと、ずっと未来のことを知っているように思えるんだよ」
「なぜ、そんなふうに思うのですから?」
「んー、ヒナギクは魂を刈り取ってお片付けするものだからね、魂についてはすっごく色々知ってるんだよ。だから、少し集中して見ればその魂がどんな状態かはわかるんだよ」
さも当然といった声を受け背筋に冷たいものが走る。
「しらべ様はなんというか、すっごく心残りがあったから、すっごく未来から魂だけが帰ってきたかんじなんだよ」
「そんなことがあり得るのですか?」
「うん。稀なことではあるけど、ない話じゃないんだよ。ただ、帰ってくる道のりで魂がそのことを忘れちゃうことがほとんどなんだよ」
「そう、ですか」
「そうなんだよ。ヒナギクもそこまでちゃんとは分からないけど、しらべ様は今の管理者だから知っておきたいならわかる範囲で教えるんだよ」
「……」
退治人が明日をも知れない生業だとは分かっている。だからどんなことがあっても、動じずに生き抜く覚悟はしていたはずだ。現に婚約者を失った今も、自分でも驚くほどの速さで気持ちを切り替えて日常を過ごしている。
それでも。
「……その心残りが何かを知れば、解消することはできるのでしょうか?」
自然と問いがこぼれでる。
「うーん。ヒナギクは未来が見えるわけじゃなくて、魂がどんな思いをしてきたかが見えるだけだからなんとも言えないけど、解消のためにできることは増えると思うんだよ」
「……なら、教えていただけますか?」
「うん。たぶん、しらべ様にとってそれなりにつらい話だけどいいかな? なんだよ」
「かまいません」
「分かったんだよ。えっとね」
冷たい風に金色の飾り房が揺れる。
葉擦れの音と鼓動が聴覚を埋め尽くしていく。
「大切な人が呪いでぐちゃぐちゃになる。それなのに自分はなにもできなかった」
それでも、幼い声は確と耳に届いた。
大切な人という曖昧な言葉が示すものが都に残してきた妹なのか、それとも。
「それが一番の心残りなんだよ。しらべ様の魂は何度か形を変えてその人を呪いから助けようと……」
「あ、居た居た。おーい、リツー!!」
緊張感のない声が幼い声を遮る。
振り返った先で、背の高い茅を掻き分けたセツが笑顔で袖を振っていた。
「……管理者以外の人が来ちゃったから、この話はおしまいにしないといけないけど大丈夫かな? なんだよ」
「……ええ。大丈夫です」
「分かったんだよ。なら、あの人にもご挨拶するんだよ!」
ヒナギクは高らかに声をあげると、宙を泳ぐように二人の間に移動した。
「こんにちは!! 私はヒナギクなんだよ!!」
「……え? 喋る、鎌?」
突然現れた鎌に釈然としない表情が向けられる。無理もないだろうと思いながら、リツは脱力を感じつつ頷いた。
「えーと、はい。実はですね」
事情を説明するうちに、セツの表情からも気が抜けていく。
「……ということで、こちらが私たちが探していた古の武具です」
「……そっか、庭具がかぁ」
「そうなんだよ!!」
周囲はなんとも言えない気の抜けた空気につつまれた。
先ほど聞いた心残りなど起こるはずがないと思えるほど。
「……リツ、顔色が悪いけどどうかした?」
「……いえ、なんでもありません。歩き回った疲れが少しでただけかと」
「本当に?」
「ええ。それよりも、目的を達成したので皆を集めて神野殿のところに戻らないと」
「ああ、そうだね。ヒナギクもそれでいいかな?」
「もちろんなんだよ!! ただ」
不意にヒナギクがくるりと回転し、切先を地面に向けた。そこには、あいかわらず薄茶色の小石のようなものが転がっている。
「……この子ことを弔ってあげてほしいんだよ。いいかな?」
「……ええ、もちろんです」
「……ああ、そうだね」
「ありがとう、なんだよ」
リツはセツとともに雛菊の花を傷つけないよう、小さな塊を土に埋めた。
「ヒナギクは土を掘るのは上手くできないから、ちゃんと埋めてあげられなかったんだよ。でも、これでやっとゆっくり休んでもらえるんだよ」
葉擦れの音にまぎれ、ヒナギクの声が穏やかに響く。
「とはいっても、この子の魂はもうずぅっと昔にここから居なくなっちゃったんだけどね、なんだよ」
「だとしても、弔いはしてやりたいと思うものだよ。それが大切な相手なら、尚のことね」
傾いた日が、目を伏せたセツの顔を照らす。
その顔が首から滑り落ち、月明かりの差す冷たい床に転がる。
「……リツ?」
「……ええ。本当にそうですね」
リツは酷く鮮明に頭をよぎった映像を掻き消しながら相槌を打った。
1
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
妹に人生を狂わされた代わりに、ハイスペックな夫が出来ました
コトミ
恋愛
子爵令嬢のソフィアは成人する直前に婚約者に浮気をされ婚約破棄を告げられた。そしてその婚約者を奪ったのはソフィアの妹であるミアだった。ミアや周りの人間に散々に罵倒され、元婚約者にビンタまでされ、何も考えられなくなったソフィアは屋敷から逃げ出した。すぐに追いつかれて屋敷に連れ戻されると覚悟していたソフィアは一人の青年に助けられ、屋敷で一晩を過ごす。その後にその青年と…
殿下が真実の愛に目覚めたと一方的に婚約破棄を告げらて2年後、「なぜ謝りに来ない!?」と怒鳴られました
冬月光輝
恋愛
「なぜ2年もの間、僕のもとに謝りに来なかった!?」
傷心から立ち直り、新たな人生をスタートしようと立ち上がった私に彼はそう告げました。
2年前に一方的に好きな人が出来たと婚約破棄をしてきたのは殿下の方ではないですか。
それをやんわり伝えても彼は引きません。
婚約破棄しても、心が繋がっていたら婚約者同士のはずだとか、本当は愛していたとか、君に構って欲しかったから浮気したとか、今さら面倒なことを仰せになられても困ります。
私は既に新しい縁談を前向きに考えているのですから。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
夫には愛する人がいるそうです。それで私が悪者ですか?
希猫 ゆうみ
恋愛
親の決めた相手と結婚したラヴィニアだったが初夜に残酷な事実を告げられる。
夫ヒューバートには長年愛し合っているローザという人妻がいるとのこと。
「子どもを産み義務を果たせ」
冷酷で身勝手な夫の支配下で泣き暮らすようなラヴィニアではなかった。
なんとかベッドを分け暮らしていたある日のこと、夫の愛人サモンズ伯爵夫人ローザの晩餐会に招かれる。
そこには恐ろしい罠と運命の相手が待ち受けていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる