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決戦の場
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作戦開始を目前にして日神君、葉河瀨部長、早川君がイザコザしてしまった。ひとまず、イザコザはおさまったみたいだけど……一体、何の話でもりあがっていたんだろう?
疑問に思っていると、早川君が僕の視線に気づいたのか、こちらに顔を向けた。
「ああ、えっと、俺たちが子供の頃に、かなり流行ってたアニメで葉河瀨部長の仮面に似たロボットが出てくるのがありまして……」
「ロボット……ああ!あの、大人にも人気が出たアニメだね!」
「月見野部長、早川、あれはロボットじゃありません」
「月見野さん、早川、あれは機械ではなく人造人間です」
早川君の説明に納得していると、日神君と葉河瀨部長の声が遮った。え、あれってロボットじゃなかったんだ……
「え!?あれって、ロボットじゃなかったんすか!?」
「月見野部長はともかくとして、お前はリアルアイムで何を見ていたんだ?」
「まあ、生物か、と聞かれたら、また検討の余地がありそうだが……」
驚いていると、早川君と日神君と葉河瀨君が再び件のアニメについて話を始めた。何か、この話題、すごく長くなりそうな気がする……
不安に思っていると、廊下からパタパタとした足音が聞こえて来た。そして、勢いよく障子が開き、吉田と三輪さんが姿を現した。良かった、これで話が変な方向にイザコザすることはなさそうだね。
「みなさん!嘉木会長に手配していただいたお迎えの車が到着しました!」
吉田が元気良くそう言うと、三輪さんがコクリと頷いた。
「準備が出来ているなら、すぐに出発できますが、大丈夫ですか?」
「あ、うん、僕は大丈夫だけど皆は?」
三輪さんの問いかけを受けて三人に問いかけると、三人は同時にコクリと頷いた。その様子を見て、吉田と三輪さんは微笑みを浮かべた。
「分かりました。では、みなさん玄関までお越しください!」
吉田はそう言うと、パタパタと足音を立てて玄関へ向かっていった。
「じゃあ、僕たちも行こうか」
声をかけると、葉河瀨部長、日神君、早川君は再び同時に頷いた。それから、葉河瀨部長、日神君の順に部屋から出ていき、続いて早川君も部屋から出ようとした。
「あ、早川さん」
そのとき、不意に三輪さんが早川君に声をかけた。すると、早川君は足を止めて、三輪さんに目を合わせた。
「ん?どうした、摩耶」
早川君が問いかけると、三輪さんは軽く目を伏せた。
「あ、えっと……ちゃんと、無事に帰ってきてくださいね」
それから、不安げな表情で早川君を見上げて、そう言った。すると、早川君はニコリと笑って、三輪さんの頭を撫でた。
「ああ、安心しろ!ちゃんと、一条さんもつれて、皆で無事に帰ってくるから!」
「……絶対ですよ!」
早川君の言葉に安心したのか、三輪さんも笑顔を浮かべた。うん、二人のやり取りを見ていると、なんだか勇気づけられるね。
「ひゅーひゅー、ご両人、お熱いねー」
「葉河瀨!茶化さないでやってくれ!」
ほっこりしていると、廊下の奥から葉河瀨部長の抑揚のない声と、それを咎める日神君の声が耳に入った。すると、早川君と三輪さんはハッとした表情を浮かべて、顔を赤らめた。
「と、と言うことだから、あんまり心配すんな!じゃあ、行きましょうか月見野部長!」
「そ、そうですね!引き留めてしまってすみません、早川さんも月見野部長もいってらっしゃい!」
「あ、う、うん!頑張ってくるよ!」
二人につられて、何故か僕まで照れくさくなりながらも、部屋を出て玄関に向かった。
玄関に到着すると、葉河瀨部長と日神君が沓をはいているところだった。
「みなさん、気を付けていってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませであります!」
僕も草鞋をはいていると、後ろから鷹揚な声と、元気の良い声が聞こえてきた。振り返ると、そこには火打ち石をうちならす、たまよさんと繭子ちゃんの姿があった。
「ああ、二人とも。行ってくる」
たまよさんと繭子ちゃんに向かって、日神君が穏やかな声で返事をした。なんだか、心温まるやり取りだね。思わずなごんでいると、葉河瀨部長と早川君が日神君を見つめていることに気がついた。日神君もその視線に気づき、二人に顔を向けた。
「お前ら、どうしたんだ?」
日神君が尋ねると、葉河瀨部長と早川君は軽く目を反らした。そして……
「あ、いや、その、何だ……」
「えーとっすね……昨日のやり取りを見てると、ひょっとして、いってらっしゃいのちゅう、とかそういう話になるのかなー、と思いまして……」
二人が言いづらそうに答えると、日神君の顔が徐々に赤くなっていく。
「お、お前ら、何を言って……」
「大丈夫ですよー、くーるびゅーてぃーな部長さんとのお稽古の前に、ちゃんとしましたから」
焦る日神君の言葉を遮るように、たまよさんが鷹揚な声で答えた。途端に、日神君の顔がますます赤くなっていく。うん、たしかに、こうはっきりと言われると、恥ずかしいかもしれないね。
「うん、まあ、あれだ、口づけをすると寿命が延びるという研究もあるらしいし、良いんじゃないか?」
「そ、そうっすよ!仲が良いことは素晴らしいことだと思うっすよ!」
葉河瀨部長と早川君がフォローを入れると、日神君は力なく、放っておいてくれ、と呟いた。それから軽く咳払いをすると、たまよさんと繭子ちゃんに向かって穏やかに微笑んだ。
「……必ず、帰って来るから」
「はい、待っています」
「義理兄上、どうかご武運を」
日神君の言葉に、たまよさんは穏やかに微笑み、繭子ちゃんは凜々しい表情を浮かべながら返事をした。二人の表情を見ると、改めて気が引き締まる思いだ。
それから、全員で玄関を後にし、嘉木会長が用意してくれたという黒塗りの高級車に乗り込んで、決戦の場まで辿り着いたんだけど……
「おい、早川……大丈夫なのか?」
「す、すんません、リムジンてはじめて乗りましたが、外の景色が見えないとどうもダメみたいで……」
……車酔いをしてしまった早川君を、日神君が心配そうな表情を浮かべながら見つめる、というなんとも先行きの不安な状況に陥ってしまっている。うん、嘉木代表は、みんな特殊な格好でしかも武器を持ってるという状況に気を遣ってリムジンを手配してくれたみたいだけど、それが仇になっちゃったみたいだね……
「早川君、耳の後ろにあるツボを押すと車酔いが少し早くおさまるみたいだけど、押してあげようか?」
「あ、ご心配おかけしてしまいすみません!今、自分でやるので大丈夫っす!」
早川君はそう言うと、目を瞑りながら耳の後ろを押し始めた。たしかに、上司がツボ押しをするっていうのも、気まずいか……それとも、僕だと力が強すぎて怖い、って思われてしまったのかな……
「……まあ、犬は車酔いしやすいみたいだからな」
心の中でほんのりと拗ねていると、日神君が冷笑を浮かべながら早川君をからかった。すると、早川君は目を開けて、ムッとした表情を日神君に向けた。
「こんなときに、からかわないでください!」
「そうだぞ、日神。犬だけじゃなくて、猫だって車酔いするんだから、一概に犬と決めつけるのはどうかと思うぞ」
反論する早川君に向かって、葉河瀨部長がなんとも言い難いフォローを入れた。
「葉河瀨部長も、よく分からないフォローをしないでください!」
当然、早川君は葉河瀨部長に向かっても、抗議の声を上げる。その様子を見て、日神君が、ふ、と声を漏らして笑った。
「反論する元気があるなら、大丈夫そうだな」
「……そうっすね」
早川君は呟くようにそう言うと、日神君に向かって軽く頭を下げた。どうやら、イザコザで車酔いを吹き飛ばす手助けをしてたみたいだね。日神君たちらしいというか何というか……
「……でも、まだちょっと気分が悪いのは、車酔いのせいだけじゃないっすよね」
部下たちなりの信頼関係に感心していると、早川君が目の前の廃倉庫を指さしながら見つめた。
早川君の言葉通り、まだ中に入ってすらいないというのに、胸を締め付けるような感覚と鳥肌が止まらない。この中に、京子と一条さんが待っているのか……
「……うん。たしかに、ちょっとだけ緊張するね」
「ちょっとだけ、とは、随分と頼もしいですね」
強がってみると、日神君が苦笑を浮かべながらそう言った。
「ほら、こういうのは気持ちで負けるとあまりよくないか……」
「待ちくたびれましたよ、おっさん達」
日神君の言葉に答えていると、不機嫌そうな声が辺りに響いた。声の方向に顔を向けると、倉庫の陰から垂野君が姿を現し、こちらに向かってきていた。
「あ、遅れちゃってゴメンね」
「……ふん。分かってるなら、さっさと勤めを果たしてきてください」
垂野君は相変わらず不機嫌そうに、僕の言葉に応えた。まあ、トラブル続きの取引先の社員だし、僕たちにあまりいい思いを持っていないのは分かるけど……
「こら、垂野!いくら大好きな烏ノ森マネージャーが心配だからって、月見野部長に八つ当たりしちゃダメじゃないか!」
複雑な思いでいると、早川君がなんとも突拍子もない言葉で垂野君を叱りつけた。そして……
「な、なんでそこで烏ノ森マネージャーの名前が出てくるんですか!?」
「え?あ、いや、この間盲腸で倒れてたときに、うわごとで、烏ノ森マネージャーすみません、って言ってたから、てっきり、烏ノ森マネージャーのことが好きなのかと……」
「ちーがーいーまーす!年の差がどれだけあると思ってるんですか!?」
……抗議する垂野君に向かって、早川君がキョトンとしながら問い返し、再び垂野君が激昂しながら抗議する、というなんともイザコザとした状況になってしまった。
「違うぞ、早川。コイツは一条さんに上から目線で好意を寄せていたのに、大勢の前でフラれた可哀想なやつだ」
そこに日神君が、更に垂野君を煽るようなことを口にし……
「ああ。あのときの一条さんは、一切の迷いなく、心底嫌悪していたな」
当然、葉河瀨君もフォローを入れることなく、抑揚のない声で便乗し……
「黙れ!おっさんども!」
……垂野君は地団駄を踏みながら、日神君と葉河瀨部長を怒鳴りつけた。うん、今はこんなところでイザコザしている場合じゃないと思うんだけど……
困惑しながら見つめていると、垂野君は僕の視線に気づいたようで、こちらを見てから小さく咳払いをした。
「……ともかく、少しの間だけ結界に穴を開けますから、さっさと中に入ってください」
「うん。分かったよ。大変な役をしてくれて、ありがとうね、垂野君」
お礼を言うと、垂野君は意外そうに目を見開いた。それからすぐに目を伏せると、倉庫の方を向いて軽く頭を下げた。
「……いえ、別に」
垂野君は僕に背を向けたまま、小さな声でそう呟いた。どうやら、お礼を言われることになれてないみたいだね。結界を張る技術もすごいと思うんだけどな……
そんな感心をしていると、胸を締め付けられるような感覚が強まった。倉庫の方に顔を向けると、入り口の辺りが陽炎が立ったように歪んでいた。これが、結界の穴ということなんだろうね。
「ほら、さっさと行ってください」
「別に、言われなくてもそうさせてもらう」
不機嫌そうな垂野君に、葉河瀨部長がぶっきらぼうな声を返しながら足を進めた。垂野君は軽く舌打ちをすると、通り過ぎる葉河瀨部長から、わざとらしく顔を反らした。
「……もう、お前らに頼るしかないんだから、次こそ失敗するなよ」
そして、聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言った。
「……無論、そのつもりだ」
葉河瀨部長も同じくらいの大きさの声で、垂野君に言葉を返した。態度はどうであれ、頼りにされているのはたしかみたいだね。よし、気を引き締めないと。
それから、葉河瀨部長を先頭に、全員で倉庫の中に入った。足を踏み入れた途端、頭痛と吐き気が襲ってくる。京子も一条さんも、こんな中に一晩中いたのか……
「葉河瀨……さん……?」
二人の身を案じながら辺りを見渡していると、廃材の陰から一条さんの声が聞こえてきた。
「一条さん!?」
咄嗟に葉河瀨部長が声を上げ、日神君と早川君が身構える。僕も緊張しながら声の方向を見つめると、一条さんがゆっくりと姿を現した。
朱色をした摺箔の着物
色白の肌
どこか不安げな大きな目
緩やかなウエーブをした栗色の髪
見慣れない着物を着ているけれど、その姿は一条さんに間違いなかった。違うのは、虹彩はくすんだ金色に染まり、額には虹彩と同じ色をした一対の角が生えていることだけだった。
「良かった……!来てくださったんですね!」
それでも、葉河瀨部長を見つけて嬉しそうな表情を浮かべているのだから、まだ一条さんの意識が残って……
「……誰ですか?貴女は」
……いるんだと、思ったんだけどね。
でも、僕の予想に反して、葉河瀨部長は心底怪訝そうな声を出しながら、大きく首を傾げた。
「日神課長、あの人が一条さんなんすよね?」
「あ、いや、見た目は少し変わってしまっているが、そのはずだけれども……?」
当然、日神君と早川君も混乱した表情を浮かべ……
「……え?あ、あの、葉河瀨、さん?」
それどころか、一条さんまで混乱した表情で動きを止めてしまった。
えーと、なんだか双方の出鼻がくじかれちゃったかんじがするね……
疑問に思っていると、早川君が僕の視線に気づいたのか、こちらに顔を向けた。
「ああ、えっと、俺たちが子供の頃に、かなり流行ってたアニメで葉河瀨部長の仮面に似たロボットが出てくるのがありまして……」
「ロボット……ああ!あの、大人にも人気が出たアニメだね!」
「月見野部長、早川、あれはロボットじゃありません」
「月見野さん、早川、あれは機械ではなく人造人間です」
早川君の説明に納得していると、日神君と葉河瀨部長の声が遮った。え、あれってロボットじゃなかったんだ……
「え!?あれって、ロボットじゃなかったんすか!?」
「月見野部長はともかくとして、お前はリアルアイムで何を見ていたんだ?」
「まあ、生物か、と聞かれたら、また検討の余地がありそうだが……」
驚いていると、早川君と日神君と葉河瀨君が再び件のアニメについて話を始めた。何か、この話題、すごく長くなりそうな気がする……
不安に思っていると、廊下からパタパタとした足音が聞こえて来た。そして、勢いよく障子が開き、吉田と三輪さんが姿を現した。良かった、これで話が変な方向にイザコザすることはなさそうだね。
「みなさん!嘉木会長に手配していただいたお迎えの車が到着しました!」
吉田が元気良くそう言うと、三輪さんがコクリと頷いた。
「準備が出来ているなら、すぐに出発できますが、大丈夫ですか?」
「あ、うん、僕は大丈夫だけど皆は?」
三輪さんの問いかけを受けて三人に問いかけると、三人は同時にコクリと頷いた。その様子を見て、吉田と三輪さんは微笑みを浮かべた。
「分かりました。では、みなさん玄関までお越しください!」
吉田はそう言うと、パタパタと足音を立てて玄関へ向かっていった。
「じゃあ、僕たちも行こうか」
声をかけると、葉河瀨部長、日神君、早川君は再び同時に頷いた。それから、葉河瀨部長、日神君の順に部屋から出ていき、続いて早川君も部屋から出ようとした。
「あ、早川さん」
そのとき、不意に三輪さんが早川君に声をかけた。すると、早川君は足を止めて、三輪さんに目を合わせた。
「ん?どうした、摩耶」
早川君が問いかけると、三輪さんは軽く目を伏せた。
「あ、えっと……ちゃんと、無事に帰ってきてくださいね」
それから、不安げな表情で早川君を見上げて、そう言った。すると、早川君はニコリと笑って、三輪さんの頭を撫でた。
「ああ、安心しろ!ちゃんと、一条さんもつれて、皆で無事に帰ってくるから!」
「……絶対ですよ!」
早川君の言葉に安心したのか、三輪さんも笑顔を浮かべた。うん、二人のやり取りを見ていると、なんだか勇気づけられるね。
「ひゅーひゅー、ご両人、お熱いねー」
「葉河瀨!茶化さないでやってくれ!」
ほっこりしていると、廊下の奥から葉河瀨部長の抑揚のない声と、それを咎める日神君の声が耳に入った。すると、早川君と三輪さんはハッとした表情を浮かべて、顔を赤らめた。
「と、と言うことだから、あんまり心配すんな!じゃあ、行きましょうか月見野部長!」
「そ、そうですね!引き留めてしまってすみません、早川さんも月見野部長もいってらっしゃい!」
「あ、う、うん!頑張ってくるよ!」
二人につられて、何故か僕まで照れくさくなりながらも、部屋を出て玄関に向かった。
玄関に到着すると、葉河瀨部長と日神君が沓をはいているところだった。
「みなさん、気を付けていってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませであります!」
僕も草鞋をはいていると、後ろから鷹揚な声と、元気の良い声が聞こえてきた。振り返ると、そこには火打ち石をうちならす、たまよさんと繭子ちゃんの姿があった。
「ああ、二人とも。行ってくる」
たまよさんと繭子ちゃんに向かって、日神君が穏やかな声で返事をした。なんだか、心温まるやり取りだね。思わずなごんでいると、葉河瀨部長と早川君が日神君を見つめていることに気がついた。日神君もその視線に気づき、二人に顔を向けた。
「お前ら、どうしたんだ?」
日神君が尋ねると、葉河瀨部長と早川君は軽く目を反らした。そして……
「あ、いや、その、何だ……」
「えーとっすね……昨日のやり取りを見てると、ひょっとして、いってらっしゃいのちゅう、とかそういう話になるのかなー、と思いまして……」
二人が言いづらそうに答えると、日神君の顔が徐々に赤くなっていく。
「お、お前ら、何を言って……」
「大丈夫ですよー、くーるびゅーてぃーな部長さんとのお稽古の前に、ちゃんとしましたから」
焦る日神君の言葉を遮るように、たまよさんが鷹揚な声で答えた。途端に、日神君の顔がますます赤くなっていく。うん、たしかに、こうはっきりと言われると、恥ずかしいかもしれないね。
「うん、まあ、あれだ、口づけをすると寿命が延びるという研究もあるらしいし、良いんじゃないか?」
「そ、そうっすよ!仲が良いことは素晴らしいことだと思うっすよ!」
葉河瀨部長と早川君がフォローを入れると、日神君は力なく、放っておいてくれ、と呟いた。それから軽く咳払いをすると、たまよさんと繭子ちゃんに向かって穏やかに微笑んだ。
「……必ず、帰って来るから」
「はい、待っています」
「義理兄上、どうかご武運を」
日神君の言葉に、たまよさんは穏やかに微笑み、繭子ちゃんは凜々しい表情を浮かべながら返事をした。二人の表情を見ると、改めて気が引き締まる思いだ。
それから、全員で玄関を後にし、嘉木会長が用意してくれたという黒塗りの高級車に乗り込んで、決戦の場まで辿り着いたんだけど……
「おい、早川……大丈夫なのか?」
「す、すんません、リムジンてはじめて乗りましたが、外の景色が見えないとどうもダメみたいで……」
……車酔いをしてしまった早川君を、日神君が心配そうな表情を浮かべながら見つめる、というなんとも先行きの不安な状況に陥ってしまっている。うん、嘉木代表は、みんな特殊な格好でしかも武器を持ってるという状況に気を遣ってリムジンを手配してくれたみたいだけど、それが仇になっちゃったみたいだね……
「早川君、耳の後ろにあるツボを押すと車酔いが少し早くおさまるみたいだけど、押してあげようか?」
「あ、ご心配おかけしてしまいすみません!今、自分でやるので大丈夫っす!」
早川君はそう言うと、目を瞑りながら耳の後ろを押し始めた。たしかに、上司がツボ押しをするっていうのも、気まずいか……それとも、僕だと力が強すぎて怖い、って思われてしまったのかな……
「……まあ、犬は車酔いしやすいみたいだからな」
心の中でほんのりと拗ねていると、日神君が冷笑を浮かべながら早川君をからかった。すると、早川君は目を開けて、ムッとした表情を日神君に向けた。
「こんなときに、からかわないでください!」
「そうだぞ、日神。犬だけじゃなくて、猫だって車酔いするんだから、一概に犬と決めつけるのはどうかと思うぞ」
反論する早川君に向かって、葉河瀨部長がなんとも言い難いフォローを入れた。
「葉河瀨部長も、よく分からないフォローをしないでください!」
当然、早川君は葉河瀨部長に向かっても、抗議の声を上げる。その様子を見て、日神君が、ふ、と声を漏らして笑った。
「反論する元気があるなら、大丈夫そうだな」
「……そうっすね」
早川君は呟くようにそう言うと、日神君に向かって軽く頭を下げた。どうやら、イザコザで車酔いを吹き飛ばす手助けをしてたみたいだね。日神君たちらしいというか何というか……
「……でも、まだちょっと気分が悪いのは、車酔いのせいだけじゃないっすよね」
部下たちなりの信頼関係に感心していると、早川君が目の前の廃倉庫を指さしながら見つめた。
早川君の言葉通り、まだ中に入ってすらいないというのに、胸を締め付けるような感覚と鳥肌が止まらない。この中に、京子と一条さんが待っているのか……
「……うん。たしかに、ちょっとだけ緊張するね」
「ちょっとだけ、とは、随分と頼もしいですね」
強がってみると、日神君が苦笑を浮かべながらそう言った。
「ほら、こういうのは気持ちで負けるとあまりよくないか……」
「待ちくたびれましたよ、おっさん達」
日神君の言葉に答えていると、不機嫌そうな声が辺りに響いた。声の方向に顔を向けると、倉庫の陰から垂野君が姿を現し、こちらに向かってきていた。
「あ、遅れちゃってゴメンね」
「……ふん。分かってるなら、さっさと勤めを果たしてきてください」
垂野君は相変わらず不機嫌そうに、僕の言葉に応えた。まあ、トラブル続きの取引先の社員だし、僕たちにあまりいい思いを持っていないのは分かるけど……
「こら、垂野!いくら大好きな烏ノ森マネージャーが心配だからって、月見野部長に八つ当たりしちゃダメじゃないか!」
複雑な思いでいると、早川君がなんとも突拍子もない言葉で垂野君を叱りつけた。そして……
「な、なんでそこで烏ノ森マネージャーの名前が出てくるんですか!?」
「え?あ、いや、この間盲腸で倒れてたときに、うわごとで、烏ノ森マネージャーすみません、って言ってたから、てっきり、烏ノ森マネージャーのことが好きなのかと……」
「ちーがーいーまーす!年の差がどれだけあると思ってるんですか!?」
……抗議する垂野君に向かって、早川君がキョトンとしながら問い返し、再び垂野君が激昂しながら抗議する、というなんともイザコザとした状況になってしまった。
「違うぞ、早川。コイツは一条さんに上から目線で好意を寄せていたのに、大勢の前でフラれた可哀想なやつだ」
そこに日神君が、更に垂野君を煽るようなことを口にし……
「ああ。あのときの一条さんは、一切の迷いなく、心底嫌悪していたな」
当然、葉河瀨君もフォローを入れることなく、抑揚のない声で便乗し……
「黙れ!おっさんども!」
……垂野君は地団駄を踏みながら、日神君と葉河瀨部長を怒鳴りつけた。うん、今はこんなところでイザコザしている場合じゃないと思うんだけど……
困惑しながら見つめていると、垂野君は僕の視線に気づいたようで、こちらを見てから小さく咳払いをした。
「……ともかく、少しの間だけ結界に穴を開けますから、さっさと中に入ってください」
「うん。分かったよ。大変な役をしてくれて、ありがとうね、垂野君」
お礼を言うと、垂野君は意外そうに目を見開いた。それからすぐに目を伏せると、倉庫の方を向いて軽く頭を下げた。
「……いえ、別に」
垂野君は僕に背を向けたまま、小さな声でそう呟いた。どうやら、お礼を言われることになれてないみたいだね。結界を張る技術もすごいと思うんだけどな……
そんな感心をしていると、胸を締め付けられるような感覚が強まった。倉庫の方に顔を向けると、入り口の辺りが陽炎が立ったように歪んでいた。これが、結界の穴ということなんだろうね。
「ほら、さっさと行ってください」
「別に、言われなくてもそうさせてもらう」
不機嫌そうな垂野君に、葉河瀨部長がぶっきらぼうな声を返しながら足を進めた。垂野君は軽く舌打ちをすると、通り過ぎる葉河瀨部長から、わざとらしく顔を反らした。
「……もう、お前らに頼るしかないんだから、次こそ失敗するなよ」
そして、聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言った。
「……無論、そのつもりだ」
葉河瀨部長も同じくらいの大きさの声で、垂野君に言葉を返した。態度はどうであれ、頼りにされているのはたしかみたいだね。よし、気を引き締めないと。
それから、葉河瀨部長を先頭に、全員で倉庫の中に入った。足を踏み入れた途端、頭痛と吐き気が襲ってくる。京子も一条さんも、こんな中に一晩中いたのか……
「葉河瀨……さん……?」
二人の身を案じながら辺りを見渡していると、廃材の陰から一条さんの声が聞こえてきた。
「一条さん!?」
咄嗟に葉河瀨部長が声を上げ、日神君と早川君が身構える。僕も緊張しながら声の方向を見つめると、一条さんがゆっくりと姿を現した。
朱色をした摺箔の着物
色白の肌
どこか不安げな大きな目
緩やかなウエーブをした栗色の髪
見慣れない着物を着ているけれど、その姿は一条さんに間違いなかった。違うのは、虹彩はくすんだ金色に染まり、額には虹彩と同じ色をした一対の角が生えていることだけだった。
「良かった……!来てくださったんですね!」
それでも、葉河瀨部長を見つけて嬉しそうな表情を浮かべているのだから、まだ一条さんの意識が残って……
「……誰ですか?貴女は」
……いるんだと、思ったんだけどね。
でも、僕の予想に反して、葉河瀨部長は心底怪訝そうな声を出しながら、大きく首を傾げた。
「日神課長、あの人が一条さんなんすよね?」
「あ、いや、見た目は少し変わってしまっているが、そのはずだけれども……?」
当然、日神君と早川君も混乱した表情を浮かべ……
「……え?あ、あの、葉河瀨、さん?」
それどころか、一条さんまで混乱した表情で動きを止めてしまった。
えーと、なんだか双方の出鼻がくじかれちゃったかんじがするね……
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