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目が覚めれば

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  気がつくと、暗い場所に寝そべっていました。
 ここはどこなのでしょうか?
 先ほどまで、会社の受付にいたはずなのですが……
 ゆっくりと起き上がると、両脇に灯のついた燭台が並んだ石畳の道が目に入りました。
 辺りを見渡しても、そこ以外は真っ暗で何も見えません。
 この道を進め、ということなのでしょうか?
 でも、この道、なんだかとても嫌な空気を感じますし……
 他の道が無いかもう一度辺りを見渡しましたが、やはり真っ暗で何も見えません。

 ……仕方ありませんね。
 きっと、夢を見ているだけでしょうし、この道を進むことにしましょう。

 ビクビクしながら道を進むと、先の方に何かが落ちているのが気がつきました。
 近づいて拾い上げると、それは小さな藁人形でした。所々藁がほつれて、とても不格好な人形です。
 でも、どこかで見たことがあるような気が……
 そんなことを考えていると、道の左脇がにわかに明るくなりました。
 ぼんやりと眺めていると、白い着物を着た子供の姿が現れました。
 子供は、正座をした状態で真剣に何かを作っています。

 ああ、そうだ。これは、私が最初に作った藁人形でしたね。
 小学校へ上がったことを機に、練習も兼ねて始めて簡単なお詣りをしたんでしたっけ。
 たしか、どこかの悪い人を酷い目に遭わせるため、と両親から言われいた気がします。
 お詣りの後に、すぐに効果が現れたので、両親だけでなく親戚全員から驚かれたような……
 稀代の才能だ、とか。
 先祖の再来だ、とか。
 当時はよく分かりませんでしたが、我が家の中だと何か秀でていたようです。
 たしか、そのときでしたね。
 私情で呪いを使うな、とか、七夜続けてお詣りをするな、と言われたのは。 
 
 そんなことを思い出しているうちに、子供の頃の私の姿は消えてしまいました。
 しばらく待っていましたが、それ以上何かが起こる様子はありません。
 ひとまず、先に進むとしましょう。

 もうしばらく進むと、再び道に何かが落ちていました。
 近づいて拾い上げると、それはくの字に曲がった五寸釘でした。
 
 ……ああ。この釘は何なのか、すぐに見当がつきます。

 それなのに、道の脇が再び明るくなっていきました。

 映し出されたのは、中学校の制服姿で談笑する私と友人でした。
 幼い頃から、技術者の多い地域出身ということで、周りからは避けられることが多かったです。
 それでも、あからさまな無視をされたり、陰口や嫌がらせをされたりしなかったのは幸いでしたが……
 そんな中、唯一私と仲良くしてくれたのが、この友人でした。
 陸上部のエースで、名門大学にスポーツ推薦で合格するような子でした。
 ……多分、それがどこかの親御さんの気に障ってしまったのでしょう。
 この日家に帰ると、友人を酷い目に遭わせる、という依頼が待っていました。
 家族には、何とか依頼をキャンセルできないかと懇願しましたが、私情を挟むな、と叱られましたっけ……
 何とか、お詣りには向かいましたが、手元が狂って釘が曲がってしまったんですよね……
 翌日、友人は急に陸上を続けられなくなるような大怪我をして、学校にも来なくなってしまいました。
 
 あまり思い出したくない思い出に俯いていると、辺りは再び蝋燭の灯だけになりました。
 
 ……先に進みましょう。

 またしばらく歩くうちに、今度は木槌が落ちているのが目に入りました。
 拾い上げると、すぐに何の木槌か見当がつきました。
 
 そして、再び道の脇が明るくなります。

 映し出されたのは、スーツに身を包んだ私でした。
 その向かいには、黒い服を身に纏った烏ノ森マネージャーが座っています。
 友人に対する一件から、地元や嫌に居心地の悪さを感じ、高校卒業後は地元を離れて都内に進学しました。
 家から許可が出たのは短期大学のみでしたが……
 卒業したら、すぐに地元に戻り家業を継げ、という話でしたからね……
 それでも、都内に残りたいと抵抗し続けたところ、母からため息まじりで妥協案が提案されました。
 
 どうしてもと言うなら真木花に入れ、と。

 真木花といえば、技術者の家に生まれた人間の中ではそこそこ有名な企業でした。
 都内の技術者を取り仕切る最大手、と言うことで。
 
 イチかバチか面接を受け、名前と出身地と持っている技術を話すと、面接官がざわつきましたっけ……
 その後、すぐに役員面接に進み、内定通知が来て、そのことを家族に連絡しました。
 それで、お祝いとして貰ったのが、この木槌でしたね。
 良いものだから、今後の仕事に使え、と。

 そんなことを思い出していると、道の脇に現れた烏ノ森マネージャーが口を開きました。

「一条さん、でしたっけ?」

「は、はい。本日こちらに配属になりました、一条姫子と申します」

 ……そうそう。
 研修と試用期間が終わって、本社に戻って早々に烏ノ森マネージャーから呼び出されたんでしたよね……
 
「突然で悪いのだけど、管理スタッフの人員が足りないから、当面はそちらの業務を手伝ってもらうわね」

「……え?でも、技術者としての採用だったはずですが……」

 私がそう尋ねると、烏ノ森マネージャーは深いため息を吐きました。

「研修と試用期間の内容を見て、技術者としては不適切と判断したからです」

「そう……ですか……」

 たしかに、情報技術系の研修での内容は散々でしたが……
 試用期間中に行った技術者としての仕事は先輩からも、良い評価をいただいていたと思っていたんですけどね……
 烏ノ森マネージャーは、それ以上は何も説明せずに、暗闇の中に消えていきました。
 うな垂れている私の姿も、徐々に見えなくなっていきます。

 その後は、本社で待機している技術者から、落ちこぼれ、だの、技術者としてやっていけないのによく会社に残れるなだの、ひそひそと陰口を叩かれる日々が続きましたね……
 それでも、管理スタッフの先輩だった三輪先輩が、そう言った人たちに言い返してくれたり、励ましてくれたりしてくれているうちに、あからさまな陰口は無くなりましたが。
 ただ、その三輪先輩も一年と少し前に、烏ノ森マネージャーと口論をして、退職してしまいましたが……

 そんなことを思い出していると、辺りは再び蝋燭の灯だけになりました。

 ……進まなくては、いけないみたいですね。
 
 その後、道の上で見つけたのは、歯の欠けた櫛でした。
 今年の初夏頃、お詣りの道具を点検していたときに、壊れてしまったのを見つけたんですよね。
 でも、もうお詣りをする機会もそれほどないでしょうから、買いなおすかどうか悩んでいるうちに、そのまま眠ってしまって……

 そんなことを思い出していると、また道の脇が明るくなっていきました。

 そして、会社までの道のりを走る私の姿が映し出されました。
 ……そう、寝坊して市街地を全力で走ることになったんですよね。
 そして……

「きゃっ!?」
「うわぁっ!?」

 ……映像の中の私が、灰色のスーツを着た男性にぶつかりました。
 私が尻餅をついて動けずにいると、男性は眉間に皺をよせてこちらに歩み寄ってきます。

「どこ見て歩いてんだ!?」

「も、申し訳ございません……」

 謝る私に対して、男性は表情を更に険しくしながら詰め寄っていきます。
 それから、スーツが汚れたから弁償しろ、だの、怪我をしたから治療費を出せ、だのとまくし立てました。
 このとき、結構な数の通行人がいたはずですが、男性の剣幕に押されて助けてくれる人はいなかったんですよね…… 

「失礼ですが、その位にしては如何ですか?」

 ……ただ、一人、この方を除いては。
 暗闇の中に現れたのは、ベージュ色のスーツを着た逞しい体つきの男性……月見野様でした。

「このお嬢さんも、わざとぶつかったわけではないでしょう?それに、失礼ですがスーツが汚れているようにも、怪我をしているようにも見えませんよ?」

「あぁ!?急に出てきて何を……!?」

 灰色のスーツを着た男性は月見野様の方に振り返ると、目を見開いて言葉を失った様子でした。

「あれ……?君はたしか……」

 月見野様の言葉が終わる前に、灰色のスーツを着た男性は暗闇の奥へと逃げ去っていきました。
 月見野様は倒れている私に振り返ると、にこりと微笑んで手を差し伸べました。

「災難でしたね、お嬢さん。さ、立てますか?」

「あ……はい……ありがとうございます」

 私が手を取ると、辺りはまた段々と暗くなっていきました。
 そう、このときに始めて月見野様にお会いしたんでしたね……
 その後、月見野様が弊社に向かっているという話を伺って、ご案内したんでした。
 出社後に、烏ノ森マネージャーからは、遅刻について烈火のごとく叱られてしまいましたっけ。
 それでも、あのとき月見野様が助けて下さらなければ、烏ノ森マネージャーに叱られるどころの話では済まなかったんですよね……

 感慨に耽っていると、辺りはまた蝋燭の灯だけになっていました。
 
 ……先に、進まなくては。

 それにしても、なんでこんな夢を見ているのでしょうか……?
 
 まるで、走馬灯でも見ているような……

 ……ひょっとして、吉田さんを事故に遭わせてしまった報いで、このまま死んでしまうのでしょうか?

 でも、それならばせめて、今日のお詣りを完遂させてから……


 そう思っていると、遠くに一段と明るくなっている場所が見えました。
 駆け寄ってみると、そこには蝋燭が並んだ台がありました。
 台の中央には、蝋燭の刺さった金輪が置かれ、金輪の内側には丸い鏡が置かれています。
 
 これは、鏡を覗き込めということなのでしょうか?
 でも、鏡からは、何かとてつもなく嫌な気配がします……

 他に何か無いのかと、辺りを見渡しました。
 でも、台の他は何も見当たらず、先ほどのように何か映像が浮かび上がる様子もありません。
 これは、鏡を覗き込むしかないようですね……

 意を決して鏡を覗き込むと、写っていたのは私の顔でした。

 でも

 虹彩の色はくすんだ金色に染まり

 瞳孔は縦長に変わり

 額には虹彩と同じ色をした一対の小さな突起物……

 あまりの形相の変化に、顔を覆ってうずくまってしまいました。
 指の先に、何か硬いものが当たる感触がします。
 額にも、チクチクとした痛みを感じます。

 恐る恐る顔から手を放して目を開いてみると……

 いつもより骨張った指には、くすんだ金色をした鋭く長い爪が生えていました。
 驚愕していると、耳元に微かな気配を感じました。




 でも、これが私の望んだことでしょう?
 


 これは、私の声?
 戸惑っているうちにも、爪はより一層長く鋭く変化していきます。
 
 これは、夢ですよね?
 夢から覚めれば、元に戻っているんですよね?

 混乱していると、再び耳元に気配を感じました。

 
 こうなって、今まで嫌な思いをさせられてきた奴らを八つ裂きにしたいのでしょう?


 いえ……そんなこと……


「ち……違いますっ!」
「うわぁっ!?」

 声を振り絞って叫ぶと、側から驚いた様子の男性の声が聞こえました。
 声の方を向くと、目を見開いた葉河瀨さんが胸元を抑えて立っていました。
 葉河瀨さんは深呼吸をすると、苦笑を浮かべながら首を軽くかしげました。 
 
「……良かった。目が覚めたみたいですね」

 葉河瀨さんの言葉を受けて、辺りを見渡してみると、白いカーテンに囲まれた明るい部屋に横になっていました。
 恐る恐る手に目を向けると、いつも通りの指にいつも通りの爪が生えています。
 ただ、腕には点滴の針が刺さり、辺りにはほんのりと消毒液の香りが漂っています……ここは、病院なのでしょうか?
 状況が飲み込めずに黙り込んでいると、葉河瀨さんの表情に段々と不安の色が浮かんでいきました。
 いけません、ひとまず葉河瀨さんを安心させないと……

「あ……はい……目は覚め……たみたいです」

 途切れながらも返事をすると、葉河瀨さんは薄く微笑みました。

「良かった……」

 そして、再びそう言うと近くにあった椅子に腰掛けました。
 ひとまず、嫌な夢から覚めたようですが……
 夢を見ているうちに、一体何が起こっていたのか聞いてみないといけませんね……
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