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社交場

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   一条さんと、葉河瀨部長を二人きりにするために、全国でんでん虫を愛でる会のバーベキューに参加した訳だけど……

「はじめまして。全国でんでん虫を愛でる会、代表の嘉木かぎ 裕二ゆうじです。うちの吉田がいつもお世話になっております」
  
 ……この方、確か情報技術サービス大手の会長さんだよね。
 他にも、経済紙で時折顔を見かけるような面々が勢揃いしている。噂には聞いていたけど、本当に錚々そうそうたるメンバーだね。本当は名刺交換をしておきたいところだけど、流石に今日は持ってきていないから諦めよう。

「はじめまして。株式会社おみせやさんの月見野 和順です。こちらこそ、吉田がお世話になっております。本日は、突然お邪魔してしまい、申し訳ございません」

 挨拶を返し頭を下げると、嘉木代表は朗らかな表情で笑っていた。

「はははは、気にしないでください。この団体も年々会員が少なくなってきているので、飛び入りは大歓迎ですよ」

 どうやら、急な来客でご気分を害してはいないようで良かった。

「ところで、月見野さん……」

 ……そう安心していると、嘉木代表の目つきが鋭くなった。やっぱり、流石に飛び入り参加したのはまずかったかな。
 でも、こうでもしないと、一条さんと葉河瀨部長を二人きりにするのは難しそうだったからね……

「はい、何でしょうか?」

 できる限り動揺していることを悟られないように笑顔で問いかけると、嘉木代表は鋭い目つきのまま息を小さく吸い込んだ。

「でんでん虫の殻は、右巻きと左巻き、どちらがお好きですか?」

 ……うん。カタツムリ団体の催し物に参加するなら、こういう質問も当然来るよね。
 急な参加を咎められた方が対処のしようがあった気がするけど、弱音を吐いても始まらないか。

「申し訳ございません。不勉強なもので、カタツムリに右巻きと左巻きがいることは存じ上げておりませんでした」

 変に知ったかぶるのは得策ではないと思い、正直に告げて頭を下げた。それに、この回答ならば、この団体に勧誘されることはないよね……
 
「いえいえいえ!お気になさらないでください!当団体に加入していただければ、すぐに見分けることができるようになりますから!」

 ……我ながら、考えが甘かったみたいだ。嘉木代表は、無邪気に目を輝かせながらこちらを見つめている。
 

「そ、そうですね、少し考えておこうかと思います……」

「是非ともよろしくお願いします!よろしければ、本日は入会の申込用紙も用意しておりますよ!」

 言葉を濁して回答を保留にしておこうかと思ったけど、嘉木代表はこちらの目をまっすぐ見て、少しも視線を外そうとしない。
 確かに、入会すればこのメンバーと繋がりができるから、仕事にも色々とプラスになるかもしれない。でも、そんな打算で入会してしまうのは、申し訳ないよね……

「嘉木代表!強引に勧誘なさっては、駄目ですよ!」

 対応に悩んでいると、パタパタと足音を立てながら吉田がやってきた。手には、ペットボトルのお茶が二つ握られている。吉田の声を聞くと、嘉木代表はハッとした表情を浮かべてから、バツが悪そうに頭を掻いた。
 
「そうだな、吉田。月見野さん、申し訳ございませんでした」

 そう言って、嘉木代表は深々と頭を下げた。

「いえいえ、お気になさらずに。お誘いいただけただけでも、光栄ですから」

 そう伝えると、嘉木代表はゆっくりと頭を上げて、苦笑いを浮かべた。ひとまず、吉田のおかげで助かったかな。
 でも、ついさっき吉田も一条さんに対して、そこそこ強引な勧誘をしていたような気もするけど……

「そう言っていただけると、ありがたいです。しかし、昨今は新規加入者が減っていましてね、つい我を忘れて勧誘することが、多くなってしまって」

 嘉木代表は苦笑しながら頭を掻き、吉田から差し出されたペットボトルのお茶を受け取った。

「そうですね。どこも、人手不足が問題になっていますからね」
 
 こちらも吉田からお茶を受け取って相槌を打つと、嘉木代表は深く頷いてため息を吐いた。

「副業の方の事業も、案件は山ほどあるのですが、人手不足のため結局受注できないために売上が伸び悩む、といった状況が続いていますからね」

 業界でもトップクラスの企業が、人手不足といううちと似たような悩みを抱えていると感慨深い。ただ、それよりも、あの規模の企業を副業と言い切ってしまうことへの驚きの方が大きいけど。
 ひょっとして、吉田もこっちの団体が本業で、うちの仕事のことを副業と考えているのかな?
 一度聞いてみたいような、聞くのが怖いような……

「あ、でも真木花さんのところの技術者サービスとかは、ここ数年でどんどん売上を伸ばしているみたいですけどね」

 部下の本心について心配していると、嘉木代表の言葉によって現実に引き戻された。
 
「まあ、あそこは何というか、ここ数年で色々と変わったみたいですからね」

 そう、京子が管理職に就いた、ここ数年で。
 本来なら、喜ばしいことのはずなんだけど……

「……まあ、同業者ということで噂は耳にしますが、あそこは色々とあるみたいですから」

 嘉木代表はそう言うと、気まずそうな表情で頭を掻いた。

 真木花株式会社の技術者サービス部門、表向きは情報技術者の派遣や構内請負を主としている部門だ。
 でも、実際のところ、所属している技術者は情報技術に関する人たちだけではない。
 京子が管理職に就いてから伸びた売上というのは、おそらく情報技術以外の技術者の分なのだろう。
 何せ、彼女もその技術者の一人なのだから。 

「まあ、あくまで噂ですからね。急成長しているから、ただのやっかみだったのでしょう。そんなことよりも、今日は折角いらしたのですから、楽しんでいってくださいね」

 嘉木代表は苦笑すると、話題を変えてお茶を一口飲んだ。
 真木花と京子については、明日から長い時間考えることになるだろうし、今日はお言葉に甘えてバーベキューを楽しむことにしよう。

「ところで吉田、食材の方は無事に手配できたのかな?」

「はい!お肉も野菜も魚介もバッチリです!」

 嘉木代表が笑顔で問いかけると、吉田も笑顔で元気良く返事をした。会話の内容から、至って普通な内容のバーベキューのようだね。会が会だけに、カタツムリを捕獲して食べる、ということになるんじゃないかと少し不安があったけど、心配のしすぎだったみたいだ。

「あと、ご依頼いただいていた鍾乳石も必要分購入できました!」

 ……ただし、当初の心配を軽く上回る言葉が出てきてしまった。
 えーと、鍾乳石ってあれだよね、洞窟ににょきにょき生えている石……調理に使うのかな?でも、食材の話題で出てきてるよね……
 
「そうかそうか。ありがとうな、吉田。代金は会費から落としておいてくれ」

「かしこまりました!」

 悩むこちらをよそに、嘉木代表と吉田は普通に会話を続けている。岩塩なら、調味料として使うだろうけど、鍾乳石は調味料になるのかな?

「月見野部長?怪訝な表情をなさっていらっしゃいますが、どうされましたか?」

 予想外の言葉に頭を悩ませていると、吉田がキョトンとした表情で首を傾げた。

「えーと……鍾乳石を食べるの?」
 
 恐る恐る聞いてみると、吉田はニッコリと笑って頷いた。

「はい!食べますよ!カルシウムの補給に丁度良いので!」

 えーと、世の中にはもっとカルシウムの補給に適した食材があったはずだけどな。乳製品とか、小松菜とか煮干しとか……

「色々と試してはみたのですが、鍾乳石でカルシウムを補給すると、心なしか殻の強度や色が良くなる気がしましてね」

 カルシウムの補給に適した食材に思いを巡らせていると、嘉木代表が穏やかな笑みで説明してくれた。殻ということは、カタツムリの餌のことだったんだね。

「そうだったんですね。と言うことは、今日は皆さんカタツムリを連れていらっしゃったんですか?」

 見当違いな混乱をしていたことを隠して尋ねると、嘉木代表と吉田がほぼ同時に笑顔で頷いた。

「はい。野外での会合の日には、全員が自分の子達を連れてきていますよ」

「あちらに見えるコンテナに放して、外の空気を楽しませています!」

 吉田はそう言うと、周囲に人だかりのできたプラスティック製のコンテナを指さした。50リットルくらいはあるサイズだけど、どのくらいの数のカタツムリがいるのかな……?

「月見野さん、よろしければご覧になりませんか?今日は、うちのジゼルとコッペリアも連れてきているんですよ」

 嘉木代表は、笑顔でそう提案した。うん、急に参加させていただいてるんだから、この位のお誘いならば無下に断るのは良くないよね。

「そうなんですか。それでは、是非、拝見させていただきますね」

「良かったですね、月見野部長!代表のところの子達はリンゴマイマイなので、なかなかお目にかかれないんですよー」

 嘉木代表の提案にのると、吉田が幸せそうな表情でそう言った。リンゴマイマイって、エスカルゴ料理に使う種類だよね……確かに、生きている姿を見られるのは貴重な体験かもしれない。

「そうだね。じゃあ、早速見に行こうかな」

「はい!是非、是非!」

 パタパタと走り出す吉田の後を追って、コンテナの前までやってきた。
 そして、貴重な体験ができるかもしれない、という考えが楽観的過ぎたことを思い知った。
 コンテナの中には野菜と鍾乳石が敷き詰められ、その上に大小様々なカタツムリが無数にへばりついている。
 うん、カタツムリは別に苦手ではなかったけど、この光景は素人にはちょっと刺激的過ぎるかな。何というか、カタツムリが苦手な人が見たら、卒倒するかもしれないね。
 これは、一条さんを連れてこなくて正解だったよ。

「月見野部長、あちらの鍾乳石を食べている二匹が、ジゼルとコッペリアですよ!色白で可愛いですよね」

 吉田はこちらの動揺に気づくことなく、幸せそうな表情で若干色の薄い二匹のカタツムリを指さした。確かに、言われて見ると他のカタツムリより、殻が巻き貝っぽくて体が色白で特徴的かな。でも、この光景の中でそれを見抜くには、修行が足りないみたいだ。

「そ、そうだね。じゃ、じゃあ、あまりジロジロみるのも失礼だから、見学はこれくらいに……」

「いえいえ、この子達は人に懐いていますから、もう少し見ていても大丈夫ですよ」

 ……カタツムリに、懐く懐かないがあるのかな?

「そうだ、よろしければお手にとってみませんか?カタツムリの粘液には、美容効果もあるらしいで……」

「あ、うん大丈夫だから!僕のことは気にしないで?」

 咄嗟に拒否したけど、吉田は気にすることなく笑顔で言葉を続けた。

「大丈夫ですよ、月見野部長!この子達は、全員寄生虫チェックをして、手に乗せても問題無いことを確認していますから!」

「うん、そう言う問題じゃないかな」

 一条さんと葉河瀨部長を二人きりにすることには成功したのに、何かを大失敗した気がするのは、何故なんだろうね……
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