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そうすれば
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今日も月見野様とお話ができました……のは良かったのですが、烏ノ森マネージャーのご機嫌がよろしくなかったためか、また叱られてしまいました。慣れてはいますが、寝不足の体には少し堪えます。
そんなことを考えていると、烏ノ森マネージャーが仏頂面で執務室に戻って来ました。これは、かなり危険ですね……なるべく刺激しないようにしないといけません。
「烏ノ森マネージャー、ちょっと良いですか?」
こちらの心配をよそに、垂野君が愛想笑いを浮かべながら、烏ノ森マネージャーの席に近づいていきました。気に入られているから多少のことならば大丈夫だとは思いますが、一歩間違えば執務室全体にトバッチリが来るので控えて欲しいです。
「何かしら?垂野君」
「この間の件ですけどー、僕一人に任せていただけますかー?」
烏ノ森マネージャーは煩わしそうにしていますが、垂野君は気にせず媚びるような口調で話しかけています。そんな風にしなくても、一番のお気に入りなのだから大丈夫でしょうに。
でも、意外にも烏ノ森マネージャーは深い溜息を吐いて、煩わしそうに髪をかき上げています。
「……前にも言ったと思うけど、あなた一人では荷が勝ちすぎているわよ。自分の特性をはき違えないことね。それに前回も、結局は失敗だったじゃない」
またしても意外に、烏ノ森マネージャーは否定的な意見をおっしゃっています。でも、垂野君て何かプロジェクトを失敗していましたっけ?そう言えば、夏頃はやけに外出が多かった気もしますが……
「あれは!あのとき組んでたおっさんが役立たずだっただけです!全部僕が担当してれば……」
「黙りなさい!」
垂野君の声を遮るように、烏ノ森マネージャーの叱責の声が執務室に響きました。
あまりの迫力に、垂野君のみならず周囲の人たちが全員緊張した表情で二人の方に注目しています。烏ノ森マネージャーは咳払いを一つすると、またしても深い溜息を吐きました。
「……ともかく、この件については追って指示を出しますから、くれぐれも一人で差し出がましいことをしないようにね」
「……かしこまりました」
垂野君は悔しそうな表情を浮かべてうつむいています。お気に入りの子ですらこの調子なのですから、今日は本当にご機嫌が斜めみたいですね。
そんなことを考えながら二人をぼんやりと眺めていると、不意に烏ノ森マネージャーと目が合ってしまいました。これは、非常に、まずい事態です。
「一条さん?」
……案の定、声をかけられてしましました。
「……はい、何でしょうか?」
「さっき、体調悪そうにしてたわよね?いつまで残っているの!業務に支障がでるくらいなら、今日は早く帰りなさい!」
……何か因縁をつけられると思っていたら、予想外に優しい言葉をいただいてしまいました。ただし、口調と言い回しは厳しくはありますが。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて今日はお先に失礼させていただきます」
烏ノ森マネージャーは、お疲れ様、と呟いて深い溜息を吐きました。月初からの激務でふらふらはしているため、烏ノ森マネージャーの気が変わらない内に失礼してしまいましょう。
1週間ぶりに定時で会社を後にすると、外はすっかり暗くなっていました。そのせいなのか、疲労感がより一層増した気がします。今日は外で軽い食事を済ませて、家に帰ったらゆっくりしましょう。ちょうど駅前に、軽食もとれるカフェもあることですしね。
高架下にあるチェーン店のカフェに入り、サンドイッチとアイスティーを注文して席に着きました。少し野菜不足な気がしますから、お休み中はちゃんとしたお料理をしないといけませんね。
でも、忙しさが一段落すると気持ちに余裕がでるためなのか、一人の食事が少しだけ淋しく感じます。
昨日のお昼みたいな幸運は望めないとしても、誰かと一緒に食事ができればいいのでしょうが……
「あれ?一条さん?」
心地よい低音の声が耳に届き咄嗟に振り返ると、スコーンとアイスコーヒーが乗ったトレイを持った月見野様が驚いた表情をして立っていらっしゃいました。どうしましょう、まさか2日続けて会社以外でお目にかかれるなんて!心臓がどうにかなってしまいそうです!
「お世話に、なって、おります!」
「こちらこそ、お世話になっております」
途切れ途切れになりながらもなんとか挨拶をすると、月見野様は優しく微笑みながら軽く会釈をしてくださいました。
「すみません。店内が混んでいるので、お邪魔じゃなかったら隣の席、よろしいですか?」
「は、はい!喜んで!」
居酒屋か何かのような返事をしてしまいましたが、月見野様は特に気にする様子もなく、それじゃあ、とおっしゃりながら私の右隣の席に腰をかけました。でも、何をお話しすれば良いのでしょうか?何か失礼なことを申し上げてしまわないように気をつけないといけません……
「お仕事の方は落ち着きましたか?」
混乱しながらアイスティーを飲んでいると、月見野様が心配そうに声をかけてくださいました。
「……はい。月初の業務は、今日、落ち着いたので……」
急に声をかけられたため、むせかえりそうになってしまいながらも、なんとか答えることができました。
「それは良かったです」
「ただ、今日は私の手際が悪かったせいで、月見野様にまでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
機嫌が悪い烏ノ森マネージャーとの打ち合わせという神経がすり減るお仕事でいらっしゃったのに、打ち合わせ前に余計な負担をかけてしまったと思うと……丑の刻詣りというのは自分自身にも効くのでしょうか?
「いえいえ。体調も悪いようでしたので、お気になさらずに。それに、叱られるのは慣れてますからね」
くだらない自問をしていると、月見野様はそうおっしゃってコーヒーを一口飲んでからスコーンを召し上がりました。そう言えば、昨日のお昼にもそんなことをおっしゃっていたような……
「えーと?どうされましたか?」
昨日のことを思い出して眉を顰めてしまっていたらしく、スコーンを飲み込んだ月見野様に不安そうな表情で首を傾げられてしまいました。
「申し訳ございません。やはり、月見野様が叱られるというのが、あまり想像できなくて……」
「そんなことありませんよ。部下にはよく叱られていますから」
……月見野様がお優しいばかりに、その方は増長なさっているのではないのでしょうか?もしそうだとしたら、決して許されることではありませんね?
「一条さん?」
「ええと、そのよく月見野様をお叱りになっているという、部下の方は何とおっしゃるのでしょうか?」
「日神という者ですが……何故、そのような質問を?」
月見野様は困惑した表情を浮かべてらっしゃいますが、正直に申し上げるわけにもまいりませんね。ここは、話のつじつまを合わせなければ……
「あ、はい。月見野様でさえ叱られてしまうのでしたら、弊社にいらしたときに気をつけて対応をしないと、ご迷惑をおかけしてしまうかな、と思いましたので……」
我ながら苦しい言訳だとは思いますが、月見野様は納得なさったらしく、大丈夫ですよ、と笑いながら答えました。
「一条さんのご対応でしたら全く問題ありませんよ」
「あ、ありがとうございます……でも、今日も烏ノ森に叱られたばかりですし……」
自分で言った謙遜の言葉に、気分が重くなってしまいました。何をしても叱られてばかりなので、きっと休み明けには今日言葉通り早く帰ったことについて、色々と言ってくるのに違いありませんよね……
「……烏ノ森マネージャーのことは、あまり深刻に悩まない方が良いですよ。最近の彼女は、ずっとあんな感じですから」
月見野様はそう言うと、どこか淋しげに微笑みました。
最近の、ということは、最近じゃない烏ノ森マネージャーのこともご存知なのでしょうか?
ご年齢も近いようですし、どのようなご関係だったのでしょう?
とても気になりますが、私ごときが月見野様の私生活に踏み入るような質問をしてしまうわけにもいきませんし……
「一条さん?どうされましたか?」
悩んでいると、月見野様は再び心配そうな表情で首を傾げました。いけません、なんとか話題を変えないと。
「あ、えーと……月見野様はお休みの日は何をなさっていらっしゃるのですか?」
……私のバカ。
思いっきり、私生活に踏み込む質問になってしまったではないですか……
「そうですね、お客様とゴルフに行ったりもしますが、特に予定の無い日はランニングとかをしてますね」
唐突に繰り出された質問にも関わらず、月見野様はご気分を害した様子もなく笑顔で答えてくださいました。
なんと寛大な方なのでしょうか!
「そうだったのですか」
「はい。この歳になると、運動不足が大病の元になったりしますからね。ただ、無茶はしすぎないように気をつけていますよ。今日部下が怪我をしたばかりなので、私まで怪我をしたらまた部下に叱られてしまいますから」
……部下の方がお怪我をなさったということは、昨日のお詣りは無駄ではなかったようですね。
良かった。
「そうだ。もしよろしければ、一条さんもご一緒にいかがですか?良い気分転換になりますよ」
「え!?」
突然の言葉に、思わず大きな声を出してしまいました。
月見野様と休日にお会いできる!?
「なんて、急にスキンヘッドのおじさんに言われたら困りま……」
「是非!ご一緒させてください!!」
ご謙遜なさる言葉にかぶせるように返事をすると、月見野様は目を見開かれてから笑顔になりました。
「では、明日は予定があるので、明後日の午前中でよろしいでしょうか?」
「はい!ありがとうございます!!たとえ臓腑を引き裂かれて血反吐を吐こうとも、絶対に参りますので!!」
「そ……そこまでは、しなくて良いですよ……」
それから、明後日の集合時間と集合場所を決めて、軽い世間話をしてから月見野様とお別れして家に着きました。
まさか、月見野様と一緒に休日を過ごせるなんて!お口に合うか分かりませんが、お弁当を作っていった方が良いでしょうか?でも、流石に差し出がましい気も……考えすぎて眠れなくなってしまう前に、早くベッドに入ってしまわなくては。でも、その前に今日のお詣りに行かないといけませんね。たしか、名刺ファイルは鞄に入れていたはず……あ、ありました。
名刺ファイルを捲ると、探していた名刺はすぐに見つかりました。
株式会社おみせやさん
営業部第三課 課長
日神 正義
間違いなくこの方ですね。変わった名字だったのと、この方がいらっしゃると烏ノ森マネージャーのご機嫌が良くなっていたので、なんとなく覚えてはいました。まさか、月見野様に日常的にご迷惑をおかけしていた方だったなんて……なら、昨日の方より少しだけ痛い目に遭っていただきましょう。そうすれば、月見野様につっかかる余裕もなくなるでしょうからね。
高下駄を鳴らしながら、細い月と星が輝く夜空の下を上機嫌に歩いているうちに神社に到着しました。念のため辺りを確認してみても、昨夜私が打ち付けた藁人形以外は見当たりません。やはり、ここの神社は穴場みたいですね。これならば、心置きなく釘がうてます。
腰の辺りに狙いを定めて名刺と藁人形に釘を打ち込むと、確かな手応えを感じました。
これなら、きっと大丈夫ですね。
さて、今日のお詣りも終わったので、早く帰らなくては。
明日は早起きして、スポーツウェアを探し出さないといけませんからね。
ああ!楽しみで仕方がありません!
早く、明後日になりますように……
そんなことを考えていると、烏ノ森マネージャーが仏頂面で執務室に戻って来ました。これは、かなり危険ですね……なるべく刺激しないようにしないといけません。
「烏ノ森マネージャー、ちょっと良いですか?」
こちらの心配をよそに、垂野君が愛想笑いを浮かべながら、烏ノ森マネージャーの席に近づいていきました。気に入られているから多少のことならば大丈夫だとは思いますが、一歩間違えば執務室全体にトバッチリが来るので控えて欲しいです。
「何かしら?垂野君」
「この間の件ですけどー、僕一人に任せていただけますかー?」
烏ノ森マネージャーは煩わしそうにしていますが、垂野君は気にせず媚びるような口調で話しかけています。そんな風にしなくても、一番のお気に入りなのだから大丈夫でしょうに。
でも、意外にも烏ノ森マネージャーは深い溜息を吐いて、煩わしそうに髪をかき上げています。
「……前にも言ったと思うけど、あなた一人では荷が勝ちすぎているわよ。自分の特性をはき違えないことね。それに前回も、結局は失敗だったじゃない」
またしても意外に、烏ノ森マネージャーは否定的な意見をおっしゃっています。でも、垂野君て何かプロジェクトを失敗していましたっけ?そう言えば、夏頃はやけに外出が多かった気もしますが……
「あれは!あのとき組んでたおっさんが役立たずだっただけです!全部僕が担当してれば……」
「黙りなさい!」
垂野君の声を遮るように、烏ノ森マネージャーの叱責の声が執務室に響きました。
あまりの迫力に、垂野君のみならず周囲の人たちが全員緊張した表情で二人の方に注目しています。烏ノ森マネージャーは咳払いを一つすると、またしても深い溜息を吐きました。
「……ともかく、この件については追って指示を出しますから、くれぐれも一人で差し出がましいことをしないようにね」
「……かしこまりました」
垂野君は悔しそうな表情を浮かべてうつむいています。お気に入りの子ですらこの調子なのですから、今日は本当にご機嫌が斜めみたいですね。
そんなことを考えながら二人をぼんやりと眺めていると、不意に烏ノ森マネージャーと目が合ってしまいました。これは、非常に、まずい事態です。
「一条さん?」
……案の定、声をかけられてしましました。
「……はい、何でしょうか?」
「さっき、体調悪そうにしてたわよね?いつまで残っているの!業務に支障がでるくらいなら、今日は早く帰りなさい!」
……何か因縁をつけられると思っていたら、予想外に優しい言葉をいただいてしまいました。ただし、口調と言い回しは厳しくはありますが。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて今日はお先に失礼させていただきます」
烏ノ森マネージャーは、お疲れ様、と呟いて深い溜息を吐きました。月初からの激務でふらふらはしているため、烏ノ森マネージャーの気が変わらない内に失礼してしまいましょう。
1週間ぶりに定時で会社を後にすると、外はすっかり暗くなっていました。そのせいなのか、疲労感がより一層増した気がします。今日は外で軽い食事を済ませて、家に帰ったらゆっくりしましょう。ちょうど駅前に、軽食もとれるカフェもあることですしね。
高架下にあるチェーン店のカフェに入り、サンドイッチとアイスティーを注文して席に着きました。少し野菜不足な気がしますから、お休み中はちゃんとしたお料理をしないといけませんね。
でも、忙しさが一段落すると気持ちに余裕がでるためなのか、一人の食事が少しだけ淋しく感じます。
昨日のお昼みたいな幸運は望めないとしても、誰かと一緒に食事ができればいいのでしょうが……
「あれ?一条さん?」
心地よい低音の声が耳に届き咄嗟に振り返ると、スコーンとアイスコーヒーが乗ったトレイを持った月見野様が驚いた表情をして立っていらっしゃいました。どうしましょう、まさか2日続けて会社以外でお目にかかれるなんて!心臓がどうにかなってしまいそうです!
「お世話に、なって、おります!」
「こちらこそ、お世話になっております」
途切れ途切れになりながらもなんとか挨拶をすると、月見野様は優しく微笑みながら軽く会釈をしてくださいました。
「すみません。店内が混んでいるので、お邪魔じゃなかったら隣の席、よろしいですか?」
「は、はい!喜んで!」
居酒屋か何かのような返事をしてしまいましたが、月見野様は特に気にする様子もなく、それじゃあ、とおっしゃりながら私の右隣の席に腰をかけました。でも、何をお話しすれば良いのでしょうか?何か失礼なことを申し上げてしまわないように気をつけないといけません……
「お仕事の方は落ち着きましたか?」
混乱しながらアイスティーを飲んでいると、月見野様が心配そうに声をかけてくださいました。
「……はい。月初の業務は、今日、落ち着いたので……」
急に声をかけられたため、むせかえりそうになってしまいながらも、なんとか答えることができました。
「それは良かったです」
「ただ、今日は私の手際が悪かったせいで、月見野様にまでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
機嫌が悪い烏ノ森マネージャーとの打ち合わせという神経がすり減るお仕事でいらっしゃったのに、打ち合わせ前に余計な負担をかけてしまったと思うと……丑の刻詣りというのは自分自身にも効くのでしょうか?
「いえいえ。体調も悪いようでしたので、お気になさらずに。それに、叱られるのは慣れてますからね」
くだらない自問をしていると、月見野様はそうおっしゃってコーヒーを一口飲んでからスコーンを召し上がりました。そう言えば、昨日のお昼にもそんなことをおっしゃっていたような……
「えーと?どうされましたか?」
昨日のことを思い出して眉を顰めてしまっていたらしく、スコーンを飲み込んだ月見野様に不安そうな表情で首を傾げられてしまいました。
「申し訳ございません。やはり、月見野様が叱られるというのが、あまり想像できなくて……」
「そんなことありませんよ。部下にはよく叱られていますから」
……月見野様がお優しいばかりに、その方は増長なさっているのではないのでしょうか?もしそうだとしたら、決して許されることではありませんね?
「一条さん?」
「ええと、そのよく月見野様をお叱りになっているという、部下の方は何とおっしゃるのでしょうか?」
「日神という者ですが……何故、そのような質問を?」
月見野様は困惑した表情を浮かべてらっしゃいますが、正直に申し上げるわけにもまいりませんね。ここは、話のつじつまを合わせなければ……
「あ、はい。月見野様でさえ叱られてしまうのでしたら、弊社にいらしたときに気をつけて対応をしないと、ご迷惑をおかけしてしまうかな、と思いましたので……」
我ながら苦しい言訳だとは思いますが、月見野様は納得なさったらしく、大丈夫ですよ、と笑いながら答えました。
「一条さんのご対応でしたら全く問題ありませんよ」
「あ、ありがとうございます……でも、今日も烏ノ森に叱られたばかりですし……」
自分で言った謙遜の言葉に、気分が重くなってしまいました。何をしても叱られてばかりなので、きっと休み明けには今日言葉通り早く帰ったことについて、色々と言ってくるのに違いありませんよね……
「……烏ノ森マネージャーのことは、あまり深刻に悩まない方が良いですよ。最近の彼女は、ずっとあんな感じですから」
月見野様はそう言うと、どこか淋しげに微笑みました。
最近の、ということは、最近じゃない烏ノ森マネージャーのこともご存知なのでしょうか?
ご年齢も近いようですし、どのようなご関係だったのでしょう?
とても気になりますが、私ごときが月見野様の私生活に踏み入るような質問をしてしまうわけにもいきませんし……
「一条さん?どうされましたか?」
悩んでいると、月見野様は再び心配そうな表情で首を傾げました。いけません、なんとか話題を変えないと。
「あ、えーと……月見野様はお休みの日は何をなさっていらっしゃるのですか?」
……私のバカ。
思いっきり、私生活に踏み込む質問になってしまったではないですか……
「そうですね、お客様とゴルフに行ったりもしますが、特に予定の無い日はランニングとかをしてますね」
唐突に繰り出された質問にも関わらず、月見野様はご気分を害した様子もなく笑顔で答えてくださいました。
なんと寛大な方なのでしょうか!
「そうだったのですか」
「はい。この歳になると、運動不足が大病の元になったりしますからね。ただ、無茶はしすぎないように気をつけていますよ。今日部下が怪我をしたばかりなので、私まで怪我をしたらまた部下に叱られてしまいますから」
……部下の方がお怪我をなさったということは、昨日のお詣りは無駄ではなかったようですね。
良かった。
「そうだ。もしよろしければ、一条さんもご一緒にいかがですか?良い気分転換になりますよ」
「え!?」
突然の言葉に、思わず大きな声を出してしまいました。
月見野様と休日にお会いできる!?
「なんて、急にスキンヘッドのおじさんに言われたら困りま……」
「是非!ご一緒させてください!!」
ご謙遜なさる言葉にかぶせるように返事をすると、月見野様は目を見開かれてから笑顔になりました。
「では、明日は予定があるので、明後日の午前中でよろしいでしょうか?」
「はい!ありがとうございます!!たとえ臓腑を引き裂かれて血反吐を吐こうとも、絶対に参りますので!!」
「そ……そこまでは、しなくて良いですよ……」
それから、明後日の集合時間と集合場所を決めて、軽い世間話をしてから月見野様とお別れして家に着きました。
まさか、月見野様と一緒に休日を過ごせるなんて!お口に合うか分かりませんが、お弁当を作っていった方が良いでしょうか?でも、流石に差し出がましい気も……考えすぎて眠れなくなってしまう前に、早くベッドに入ってしまわなくては。でも、その前に今日のお詣りに行かないといけませんね。たしか、名刺ファイルは鞄に入れていたはず……あ、ありました。
名刺ファイルを捲ると、探していた名刺はすぐに見つかりました。
株式会社おみせやさん
営業部第三課 課長
日神 正義
間違いなくこの方ですね。変わった名字だったのと、この方がいらっしゃると烏ノ森マネージャーのご機嫌が良くなっていたので、なんとなく覚えてはいました。まさか、月見野様に日常的にご迷惑をおかけしていた方だったなんて……なら、昨日の方より少しだけ痛い目に遭っていただきましょう。そうすれば、月見野様につっかかる余裕もなくなるでしょうからね。
高下駄を鳴らしながら、細い月と星が輝く夜空の下を上機嫌に歩いているうちに神社に到着しました。念のため辺りを確認してみても、昨夜私が打ち付けた藁人形以外は見当たりません。やはり、ここの神社は穴場みたいですね。これならば、心置きなく釘がうてます。
腰の辺りに狙いを定めて名刺と藁人形に釘を打ち込むと、確かな手応えを感じました。
これなら、きっと大丈夫ですね。
さて、今日のお詣りも終わったので、早く帰らなくては。
明日は早起きして、スポーツウェアを探し出さないといけませんからね。
ああ!楽しみで仕方がありません!
早く、明後日になりますように……
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