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酷い★
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乗車率199%というのは、公共の交通機関としてどうなのだろうか……
そんなことを考えながら、今日も混雑路線ランキングワーストワンの地下鉄に揺られている。でも今日は、入り口付近のつり革に掴まることができただけましかな。うん、何事も前向きに考えることが大事だ。
そう考えてみたものの、肉体的に辛いのは変わらない。つり革に掴まれなかった皆さんが、ここぞとばかりに寄りかかってくるし。
払いのけたい衝動には駆られたが、もしも相手がお客様や、その関係者だったりしたら……考え過ぎかもしれないけど、これだけ人が居るとありえない話ではないか。昨日、忘れ物の件で日神にお説教されたばかりだしな。うん、払いのけるのはやめておこう。例え相手がふくよか過ぎるおっさんだったりしても。
しかし、これだけ混んでるとなると、摩耶と同棲するに当たっての新居はこの路線沿線を避けないとまずいよな。俺はまだ慣れているから良いけど、摩耶がこの路線に乗ったりなんかしたら、首だけどこかに出現させて現実逃避しそうだし……案外この混雑具合なら、誰にも気づかれないかもしれないけど。それでも、最愛の人が他の男に密着されるようなことは避けたい。例えば、ふくよか過ぎるおっさんとかに……ダメだ、何とかして気を紛らわさないと重さに耐えられなくなりそうだ。
ひとまず、今日の予定について確認しておこう。一旦出社して、お客様からいただいた製品に関するお問い合わせメールへの回答、今進めている案件について製品開発部に納期の最終確認、お客様の所に訪問して最終的な打ち合わせ……これが上手くいけば、今回の案件はひとまず終息に向かうから頑張らないとな。重圧になど負けない!例えそれが精神的なものであっても、肉体的なものであっても!
……ダメだ。やっぱり気にしないことにするには、今現在背中にかかっている重圧は重過ぎる。周りの方の迷惑にならない程度に、体重をずらすようにしてみよう。
そう思いながら身をよじった瞬間、電車が急ブレーキをかけた。
まずいと思ったが、時すでに遅くバランスを崩した背後の乗客に全体重を掛けられ……ゴキっという鈍い音が耳に響いた。
右肩辺りが激しく痛み、全身から冷や汗が吹き出る。
幸いにも電車はすぐに駅に着き、乗客たちの流れに身を任せて降車して、這うようにホームに立つ柱の側まで移動してうずくまった。
多分、脱臼したな……
何とか動かせる左手で鞄から業務用スマートフォンを取り出し、たどたどしい手つきで会社の番号を呼び出す。始業時間の20分前だけど、この時間ならもう来ている奴はいるはず。
「お電話ありがとうございます。株式会社おみせやさんでございます」
数コールの内に、上司の日神の声が聞こえてきた。
「おは……ようございます……早……川です」
「おはようございます……物凄く辛そうな声をしているけど、どうした?」
スマートフォンから、心配そうな日神の声が聞こえる。
「すみません……ちょっと電車で脱臼したみたいで……」
「脱臼!?おい、大丈夫か!?」
「痛みは……ひどいですが、今日は……お客様と……のうちあわせが……」
痛みをこらえながら途切れ途切れに答えると、そうか、という呟きが電話から聞こえてきた。
『後の業務は俺と吉田に任せて、お前はゆっくり休むといい』
不意に、日神から昔かけられた言葉を思い出した。
最近になって事情があったことが分かったが、長年目標にしていた上司からの戦力外通告のような言葉は、流石に堪えたよな……今回も同じようなことを言われるのだろうけど、しかたな……
「よし。気合いで嵌め直して、出社してこい」
……うん。確かにこのくらいなら、自分で嵌め直せますよ?でも……
「何てこと言うんすか!?」
「大丈夫!お前はやればできる子だ!」
「酷いっすよ……っ!?」
声を荒げて抗議していると、右肩に激痛が走った。
「……冗談はともかく、病院に寄って、間に合いそうならば出社してくれると助かる。お前がいないと、うちの課はかなり厳しくなるからな」
……それなりに、頼りにしてはくれてるのか。
「かしこまりました……打合せには……間に合わせます……」
そう言うと電話から、そうか、という穏やかな声が聞こえた。
日神にも色々と事情があったみたいだけど、結婚してからだいぶ丸くなった気がする。
「……それにお前がいないと、からかう相手が居ないから調子が狂うしな」
……前言撤回。嫌な奴には変わりない。
「ジャスティス・日神のくせに嫌な奴……」
「そのあだ名で呼ぶな!」
「はーい、以後気をつけまーす」
生返事を返して通話を切ると、肩の痛みには慣れてきた。これなら、自分で治せそうだ。
気合を入れてズレた関節を元の位置に戻す。腕を軽く動かすと、まだ少し違和感があるが激痛は無くなった。
よし、これなら今日1日くらい、なんとかできそうだ。
明日は休みで摩耶との新居探しも午後からだし、午前中にでも病院に行って来よう。
そんなことを考えながら、今日も混雑路線ランキングワーストワンの地下鉄に揺られている。でも今日は、入り口付近のつり革に掴まることができただけましかな。うん、何事も前向きに考えることが大事だ。
そう考えてみたものの、肉体的に辛いのは変わらない。つり革に掴まれなかった皆さんが、ここぞとばかりに寄りかかってくるし。
払いのけたい衝動には駆られたが、もしも相手がお客様や、その関係者だったりしたら……考え過ぎかもしれないけど、これだけ人が居るとありえない話ではないか。昨日、忘れ物の件で日神にお説教されたばかりだしな。うん、払いのけるのはやめておこう。例え相手がふくよか過ぎるおっさんだったりしても。
しかし、これだけ混んでるとなると、摩耶と同棲するに当たっての新居はこの路線沿線を避けないとまずいよな。俺はまだ慣れているから良いけど、摩耶がこの路線に乗ったりなんかしたら、首だけどこかに出現させて現実逃避しそうだし……案外この混雑具合なら、誰にも気づかれないかもしれないけど。それでも、最愛の人が他の男に密着されるようなことは避けたい。例えば、ふくよか過ぎるおっさんとかに……ダメだ、何とかして気を紛らわさないと重さに耐えられなくなりそうだ。
ひとまず、今日の予定について確認しておこう。一旦出社して、お客様からいただいた製品に関するお問い合わせメールへの回答、今進めている案件について製品開発部に納期の最終確認、お客様の所に訪問して最終的な打ち合わせ……これが上手くいけば、今回の案件はひとまず終息に向かうから頑張らないとな。重圧になど負けない!例えそれが精神的なものであっても、肉体的なものであっても!
……ダメだ。やっぱり気にしないことにするには、今現在背中にかかっている重圧は重過ぎる。周りの方の迷惑にならない程度に、体重をずらすようにしてみよう。
そう思いながら身をよじった瞬間、電車が急ブレーキをかけた。
まずいと思ったが、時すでに遅くバランスを崩した背後の乗客に全体重を掛けられ……ゴキっという鈍い音が耳に響いた。
右肩辺りが激しく痛み、全身から冷や汗が吹き出る。
幸いにも電車はすぐに駅に着き、乗客たちの流れに身を任せて降車して、這うようにホームに立つ柱の側まで移動してうずくまった。
多分、脱臼したな……
何とか動かせる左手で鞄から業務用スマートフォンを取り出し、たどたどしい手つきで会社の番号を呼び出す。始業時間の20分前だけど、この時間ならもう来ている奴はいるはず。
「お電話ありがとうございます。株式会社おみせやさんでございます」
数コールの内に、上司の日神の声が聞こえてきた。
「おは……ようございます……早……川です」
「おはようございます……物凄く辛そうな声をしているけど、どうした?」
スマートフォンから、心配そうな日神の声が聞こえる。
「すみません……ちょっと電車で脱臼したみたいで……」
「脱臼!?おい、大丈夫か!?」
「痛みは……ひどいですが、今日は……お客様と……のうちあわせが……」
痛みをこらえながら途切れ途切れに答えると、そうか、という呟きが電話から聞こえてきた。
『後の業務は俺と吉田に任せて、お前はゆっくり休むといい』
不意に、日神から昔かけられた言葉を思い出した。
最近になって事情があったことが分かったが、長年目標にしていた上司からの戦力外通告のような言葉は、流石に堪えたよな……今回も同じようなことを言われるのだろうけど、しかたな……
「よし。気合いで嵌め直して、出社してこい」
……うん。確かにこのくらいなら、自分で嵌め直せますよ?でも……
「何てこと言うんすか!?」
「大丈夫!お前はやればできる子だ!」
「酷いっすよ……っ!?」
声を荒げて抗議していると、右肩に激痛が走った。
「……冗談はともかく、病院に寄って、間に合いそうならば出社してくれると助かる。お前がいないと、うちの課はかなり厳しくなるからな」
……それなりに、頼りにしてはくれてるのか。
「かしこまりました……打合せには……間に合わせます……」
そう言うと電話から、そうか、という穏やかな声が聞こえた。
日神にも色々と事情があったみたいだけど、結婚してからだいぶ丸くなった気がする。
「……それにお前がいないと、からかう相手が居ないから調子が狂うしな」
……前言撤回。嫌な奴には変わりない。
「ジャスティス・日神のくせに嫌な奴……」
「そのあだ名で呼ぶな!」
「はーい、以後気をつけまーす」
生返事を返して通話を切ると、肩の痛みには慣れてきた。これなら、自分で治せそうだ。
気合を入れてズレた関節を元の位置に戻す。腕を軽く動かすと、まだ少し違和感があるが激痛は無くなった。
よし、これなら今日1日くらい、なんとかできそうだ。
明日は休みで摩耶との新居探しも午後からだし、午前中にでも病院に行って来よう。
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