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第三章 仔猫殿下と、はつ江ばあさん

仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その十九

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 はつ江ばあさん一行は、ヴィヴィアンに運ばれて、反乱分子の本拠地の屋上に辿り着いたのだった。

「チョロちゃん、一人で大丈夫だったかねぇ」

「うん、ちょっと心配だよね……」

「みみぃ……」

「ご無事だといいのですが……」

 はつ江、モロコシ、ミミ、蘭子は十字路に残ったチョロのことを心配した。すると、ヴィヴィアンが首をカクカクと動かした。

「ご心配には及びませんわ! チョロさんはアタクシたちバッタ屋さんきっての猛者ですもの! 負けたりなんてしませんわ!」

 得意げなヴィヴィアンに続いて、ミズタマもミミの頭の上で、ピョインと飛び跳ねた。

「たしかに、あのカナヘビのねーちゃんが、そう簡単に負けるとは思えねーよ」

「そうだと、いいのですが……」

 ミズタマの言葉に、蘭子は不安げに目を伏せた。すると、ヴィヴィアンが前翅をバサリと動かした。

「そうに決まってますわ! それに、今はチョロさんのことばかり気にしている場合ではありませんわよ!」

「……え?」

 ヴィヴィアンの言葉に、蘭子は首を傾げた。

 まさにそのとき!

「おい! お前ら何者だ!?」

「何しにここにきた!?」

「答えによっては、無事には返せないぞ!」

 屋内に通じる扉から、色とりどりのローブたちが、ワラワラと飛び出してきた。

「え、えーと……」

「こんにちは! 私たちゃ水道屋さんだよ!」

「水道管の点検にきましたー!」

「みみぃ!」

 戸惑う蘭子に代わって、はつ江、モロコシ、ミミがにこやかに答えた。すると、ローブたちは一斉に顔をしかめた。

「こんな屋上からやってくる水道局員がいるか!」

「私は本当に水道局員なんですけどね……、ともかく、建物のなかに用があるので、通していただけますか?」

 蘭子は小さくため息をつきながら、顔を上げてローブたちに問いかけた。
 すると、ローブたちの中央にいた藤色のローブが、不敵な笑みを浮かべた。

「できるわけないだろ? どうしてもっていうなら力尽くで通りな!」

 藤色ローブがそういうと、ローブたちは一斉にブツブツと呪文を唱え始めた。その様子を見て、蘭子はワタワタと首を動かした。

「いけません! たとえ素人の攻撃魔法とはいえ、こんなに大人数で撃たれたら……」

「……っ誰が素人だ! ちょうどいい、お前から痛い目に合わせてやる!」

 藤色ローブは怒りに任せ、蘭子に向かって雷の魔法を撃とうとした……

「雷よ来た……」

「そうはさせないでおじゃるよ!」

 ……まさにそのとき!

「くらうでおじゃる! ふんぬぉりゃぁ!」

 あたりに雅なのか武闘派なのか、判断しづらい掛け声が響き……

「なに……、いっ!?」

 藤色ローブが突然、涙目になりながら口元をおさえ……

「ぎっ!?」
「うっ!?」
「つぅぅぅ!?」

 色とりどりのローブたちも、口元を押さえながらうずくまり……

「ほーっほほほほ! 見たでおじゃるか! 麻呂の華麗なる技を!」

 ……虹色の後翅をきらめかせながら、鮮やかな緋色のウスベニクジャクバッタ、カトリーヌが飛来した。

「唇をカッピカピに乾燥させてやったから、しばらくは呪文など唱えられまい!」

 カトリーヌが勝ち誇ると、ヴィヴィアンとミズタマがピョインと飛び跳ねた。

「カトリーヌさん、鮮やかなご活躍でしたわ!」

「さっすが、カトリーヌだぜ!」

 直翅目たちに続き、はつ江、モロコシ、ミミもニコリと笑った。

「カトちゃんや、危ないところを助けてくれてありがとうね!」

「ありがとう、カトリーヌさん!」

「みみみみー!」

 賞賛とお礼を受けて、カトリーヌは照れ臭そうに首をカクカクと動かした。

「ほほほほ! このくらい、麻呂にかかれば大したことないのでおじゃるよ!」

 一同が和やかな空気に包まれるなか、蘭子は一人、目を白黒させていた。

「で、で、伝説のウスベニクジャクバッタ!? え、千年に一度しか、姿を現さない、はず、ですよね?」

 蘭子が驚いていると、カトリーヌはヴィヴィアンの頭に舞い降り、ピョインと飛び跳ねた。

「これ、河童よ! 麻呂の美しさに目を奪われるのは仕方ないでおじゃるが、今はそれどころではないでおじゃるよ!」

「……え?」

「あやつを見るでおじゃる!」

 カトリーヌにうながされ、蘭子はローブたちの方へ顔をむけた。

 そこには……

「っぅぅぅ!」

 ……涙目になって片手で口元をおさえながらも、拳を振り上げて走り寄ってくる藤色ローブの姿があった。

「い、いけません!」

 蘭子は咄嗟に腰を落とした姿勢で、藤色ローブにはしりよると……

「ふんっ!」

「っ!?」

 藤色ローブの肘と膝裏を掴んで腰を落とし……

「せやぁっ!」

「!!??」

 ……立ち上がると同時に藤色ローブを肩に担ぎ上げ、そまま投げ飛ばした。


 決まり手は、撞木反り、だった。


 そんな蘭子の活躍を受け……

「お見事! さすが蘭子ちゃん! 魔界の大横綱だぁね!」

 はつ江はパチパチと拍手を送り……

「蘭子さんつよーい!」
「みみーみ!」

 モロコシとミミはピョコピョコと飛び跳ね……

「ほう。見事な撞木反りでおじゃったな」

「ええ、アタクシも一度、お手合わせをお願いしたいですわね」

「ムラサキダンダラオオイナゴと河童の組み手とか……、ものすげー迫力だろうな……」

 直翅目トリオは感心し……

「!」
「!!」
「!!?」

 ……色とりどりのローブたちは、涙目を見開いて無言で驚いた。

「そ、そんな、皆さま、私なんかよくて十両がいいところですよ……」

 屋上には、照れ臭そうな蘭子の謙遜の声が響いた。

 かくして、百三十五話ぶりくらいに大技が繰り出されながらも、はつ江ばあさんたちは窮地を脱したのだった。
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