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第三章 仔猫殿下と、はつ江ばあさん

仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その十四

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 ワチャワチャしながらも着実に進んでいたはつ江ばあさん一行だったが、ついに旧カワウソ村が見える場所までたどりついていた。

「さぁ、みなさま! これから、高高度降下低高度開傘ヘイロウジャンプで、奇襲をかけますわよ!」

 ヴィヴィアンが意気揚々と、はつ江、モロコシ、ミミがキョトンとした表情を浮かべた。

「へいろうじゃんぷ?」

「ヴィヴィアンさん、それってどんなジャンプなの?」

「みみぃ?」

 首をかしげる三人とは対照的に、緑ローブとミズタマの顔からは、血(および血リンパ)の気が一気にひいていった。

「え……、それって、あれでしょ……? 高いところから急降下して、わりと低いところでパラシュート開くっていう……」

「おいおい、ヴィヴィアン……正気か? こっちは、高齢者と仔猫と乙女ゲームマニアと、か弱いミズタマシロカネクイバッタなんだぜ? 耐えられるわけないだろ……」

 二人の弱気な発言を受け、ヴィヴィアンはカチカチと顎を鳴らした。

「なにを気弱なことをおっしゃっていますの!? はつ江様もモロコシ様も、先日の砂糖石奪還作戦で、経験済みでしてよ!」

 ヴィヴィアンの言葉に、はつ江とモロコシはコクコクとうなずいた。

「へいろうじゃんぷってのは、ゴロちゃんの家に行ったときの、あれのことかい。あれは、ビューンってなって楽しかったねぇ」

「うん! すっごく楽しかったね! でも、ミミちゃんは大丈夫かな?」

「み! みみみみ!」

「そっか! 大丈夫なんだね!」


「私は大丈夫じゃないわよ!」
「俺は大丈夫じゃねぇよ!」


 ばあさんと仔猫ちゃんズに、バッタとローブずは猛烈な勢いで抗議した。すると、ヴィヴィアンの背に乗ったチョロが、コホンと咳払いをした。

「あー、ヴィヴィアン。奇襲も悪かねぇけどよ、今回は緑川のお嬢と合流しなきゃいけねぇからよ」

「ああ、そうでしたわね、チョロさん」

 チョロの言葉に、ヴィヴィアンはいったん燃える闘魂を落ち着かせた。そのやりとりを受け、ミズタマと緑ローブはホッと胸を撫で下ろし……



「だから、緑川のお嬢んところまで、急降下すっぞ!」

「かしこまりましたわ!」

「だから、急降下から離れなさいよ!」
「だから、急降下から離れろよ!」


 ……たのも束の間、すぐにまた猛烈に抗議することになった。

 しかし、バッタ屋さん一同がそんなデリケートな抗議を受け入れるはずもなく……

「あ、ヴィヴィアン! 緑川のお嬢が見えてきたぜ!」

「お任せください! みなさま、行きますわよ!」

「分かっただぁよ、べべちゃん!」

「ヴィヴィアンさん、お願い!」

「みみみみ!」


「ちょ、ちょっとまぁぁぁあぁ!?」
「待てよおぉぉぉぉおぉぉ!?」

 
 ……緑ローブと水玉の悲鳴とともに、一同は急降下していった。

 一方そのころ、地上ではというと。

「えーと……、そろそろ集合時間になるはずですが……」

 旧カワウソ村へ続く道にできたバリケードの前で、大きな紙袋を抱えた蘭子が腕時計を何度も確認していた。

「皆さんの姿が見えませんし、ひょっとして、時間を間違え……」

 蘭子は、時間を間違えたのでしょうか、とつぶやこうとした。

 まさに、そのとき!


「ぁぁぁあぁ!?」
「おぉぉぉぉおぉぉ!?」


 悲鳴とともに、ムラサキダンダラオオイナゴが、はるか上空から急接近してきた。


「え? いったい、なに……!? きゃぁぁっ!?」

 当然蘭子も悲鳴をあげ……

「いょぉ! 緑川のお嬢! ご機嫌麗しゅう!」

 チョロは風を受けながらも、ニコニコと笑いながら、ブンブン手をふり……

「みなさま、そろそろ地上ですわよ! ふんっ!」

 ヴィヴィアンは気合い十分な掛け声とともに翅を広げ……

「ほうほう、べべちゃんの翅は、やっぱり落下傘みたいだねぇ」

 はつ江は感心しながら、コクコクとうなずき……

「ヴィヴィアンさん! 今日もすっごく楽しかったよ!」
「みー! みみみみみみー!」

 モロコシとミミは、耳と尻尾をピンと立てて、目をキラキラさせながら喜び……

「もう……、本当ムリ……、バッタ、怖すぎ……」

 緑ローブは、血の気のひいた顔でグッタリとしながら声を漏らし……

「ヴィヴィアンはバッタじゃなくてイナゴだが……、その意見には、おおむね同意する……、ぜ……」

 ……ミズタマも血リンパの気のひいた顔で、ゲンナリとつぶやいた。

 そんな愉快な一同の登場に蘭子は困惑しながらも、なんとか状況を理解しようとおずおずと挙手をした。

「あの……、皆さん、この状況はいったい……?」

「そいつぁ、アッシの方から説明いたしやすぜ!」

 チョロはそう言うと、カクカクシカジカと事情を説明した。蘭子はそれをふんふんとうなずきながら、懸命に聞いた。

「……っつーことなんで、ございやすよ」

「なるほど、事情は把握いたしました。殿下と森山様には、つい先日もお世話になったばかりですし、私も全力で強力いたします!」

「ありがとうね! 蘭子ちゃん!」

 はつ江が目を輝かせると、蘭子はニコリと微笑んだ。

「いえいえ、お気になさらずに。では、早速ですが皆さんには……」

 蘭子はそう言うと、抱えていた紙袋を地面に置き、中身をゴソゴソとあさった。

 そして……

「……こちらの、魔界水道局の制服に着替えていただきます! もちろん、みなさんにぴったりのサイズを取りそろえておりますよ!」

 ……自分の着ているものと同じ作業着を取り出した。

 そんな作業着を見て……

「ほうほう、とってもしっかりしてて、丈夫そうなお洋服だねぇ」

 はつ江は全体の造りをほめ……

「わー! 本物の水道局員さんの制服を着られるんだね!」
「みっみー!」

 モロコシとミミは、本物の仕事着が着られることに目を輝かせて喜び……

「バッタ屋さんユニフォーム以外の制服を着るなんて、感慨深ぇでございやすねぇ」
「アタクシも、この外殻以外にも装備を身に纏うなんて、はじめての経験ですわ」

 チョロとヴィヴィアンは珍しい体験に、シミジミと新鮮さを感じ……
 
「たっぱのあるヴィヴィアンはともかく、俺は着る必要ねぇ……、よな?」
「え……、私も必要ない……、よね? 一応、ここ、本拠地だし……」

 ……ミズタマと緑ローブは、作業着に着替える必要があるかどうかで、頭を抱えた。

 かくして、はつ江ばあさん率いる、仔猫殿下救出隊はいよいよ氾濫分子の本拠地へ潜入するのだった。
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