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第三章 仔猫殿下と、はつ江ばあさん

仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その十一

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 はつ江ばあさん率いるシーマ十四世殿下救出隊と、ギャルで恐竜と忍者で柴犬コンビが旧カワウソ村に向かい始めた頃、王立博物館のある街から少し離れた林では……

「先日はそちらの井戸に悪影響を与えてしまい、まことに申し訳ございませんでした」

「ああ、どうも」

 ……レンガ造りの一軒家の玄関で、灰色のスライムが水色の作業服を着たオークに向かって、深々と頭を下げていた。

「こちら、つまらない物ですが、納めていただければ幸いです……」

 そう言って菓子折りを差し出すスライムの名は、ポバール・ボウラック。
 先日、ついウッカリ沼になっていた、魔界屈指の考古学者だ。

「ああ、ありがたくいただこう」

 そう言って菓子折りを受け取るオークの名は、樫村剛太郎。
 先日、妻の遺した井戸を何よりも大切にする、魔界屈指の炭焼き職人だ。

「ただ、井戸も直ったことだし、別に気を遣わなくてもよかったんだがな」

 樫村がそう言いながら頭を掻くと、ポバールはプルプルと震えた。

「そう言うわけにはまいりませんよ。僕が沼になっていたせいで、ご迷惑をおかけしてしまったんですから……」

「別に悪気があったわじゃないなら、そこまで気にすることもないだろ」

「そう言っていただけるのはありがたいのですが……」

 ポバールが再びプルプルと震えると、背後からヒタヒタという足音が近づいてきた。

「あらあら、そんなに怯えなくていいのよ。相手はなんたって、樫村なんだし」

「うん! カシムラだもんねー!」
「うん! カシムラだもんねぇ!」

 現れたのは、ハツカネズミを両肩に乗せ、紫ベストと白いズボン姿をした黒猫だった。

「こんな強面なのに、ハエ一匹たたけないくらい優しい心の持ち主なんだから」

 細い切れ込みが入った耳と、鋭い金色の目をした黒猫の名は、マダム・クロ。
 先先代魔王にして、現在バッタ屋さんの親か……、もとい代表取締役だ。

「カシムラやさしいもんねー!」
「カシムラやさしいもんねぇ!」

 右肩で飛び跳ねるクロと同じ格好をした、語尾が長い音符の白いハツカネズミは忠一。
 左肩で飛び跳ねるクロと同じ格好をした、語尾が小書き文字の茶色いハツカネズミは忠二。
 二人とも、クロとはものすごく長い付き合いの部下だ。

 そんな面々の登場に、樫村は小さくため息を吐いた。

「茶化すな。それに、ハエなんて叩かなくても、たからないように気をつけとくか、追い払うかだけで十分だろ」

「ふふ、いいのよ照れなくたって」

「カシムラ可愛いー!」
「カシムラ可愛いぃ!」

 などと、強面二人とちょこちょこした二人による、和やかな会話が繰り広げられた。

 まさにそのとき!

「え……、え? あ、あの……、あなたは……」

 ポバールが、より一層プルプル震えながら、クロと忠一忠二を凝視した。
 その様子を見た樫村は、軽く首を傾げた。

「ん? なんだ、先生はバッタ屋と知り合いだったのか?」

「知り合いもなにも、この方はゆう……」

「ゆーめーじんだもんね、親方ー!」
「ゆぅめぇじんだもんね、親方ぁ!」

 忠一と忠二がぴょんぴょんと飛び跳ねながら、プルプルするポバールの言葉をさえぎった。すると、クロは耳を後ろに反らして、毛羽だった尻尾をパシリと縦に振った。

「アンタたち! 親方って呼ぶんじゃないわよ! マダムって呼んでちょうだい!」

「分かったー! 親方ー!」
「分かったぁ! 親方ぁ!」

「んもう!」

 三人がお決まりのやりとりをすると、樫村はポリポリと頭をかいた。

「まあ……、このへんで直翅目取り扱ってんのはバッタ屋くらいだから、先生が知らないこともないのか」

「いえそういうわけでは……」

「そうそう、アタシは色々な所に顔が利くからね。今日はそんなツテの一つから、ボウラック先生に伝言をもらってきたのよ」

「へ……? 僕に、伝言?」

 ポバールはキョトンとした表情で、首とおぼしい部分をクニャリと曲げた。すると、クロは目を細めてコクリとうなずいた。

「ええ。ナベリウス君からね。至急で悪いんだけど修理師の実技試験会場に来てほしい、だそうよ」

「実技試験会場? ということは、試験監督のお手伝いですか?」

「ええ、そんなところね。どうしても、貴方じゃないとダメだって話なの」

「僕じゃないと、ダメ……」

 そんな二人の会話を受け、樫村がコクリとうなずいた。

「それなら、早くそっちに行ってやってくれ。俺の方は、特に問題ないから」

「あ、ありがとうございます、樫村さん。えーと、それで優あ……いえ、マダム、会場というのはどちらに?」

「ふふふ、旧カワウソ村よ」

 クロの言葉に、ポバールはプルンと震えた。

「え!? それって『超・魔導機☆』が今ある場所ですよね!?」

「ええ、そうよ。だって、実技試験の内容は、『超・魔導機☆』の修理だもの」

「え、えぇぇぇえぇ!?」

 さらにブルブルと震え出したポバールを見て、樫村は再び頭をポリポリと掻いた。

「なんだか、おとぎ話みたいな内容の試験だな。まあ、監督とはいえ、頑張ってきてくれや、先生」

「あら、樫村。なに他人事みたいに言ってるの? もちろん、アンタも一緒にくるのよ」

「カシムラも一緒ー!」
「カシムラも一緒ぉ!」

 バッタ屋さん一同の言葉を受け、樫村はしばし間を置いてから、コクリとうなずいた。

「……分かった。バッタ屋がそう言うなら。昔っから、世話になってるしな」

 そんな樫村の即答を受け……

「あらぁ、樫村ってば、話が早くて助かるわ!」

 クロは耳と尻尾をピンと立ててよろこび……

「カシムラ、ありがとー!」
「カシムラ、ありがとぉ!」

 忠一と忠二はぴょんぴょんと飛びはね……

「ちょ……、樫村さん……、せめて依頼の内容は、聞きましょうよ……」

 ……ポバールはプルプルと震えながら、力なく声を漏らした。

 かくして、バッタ屋さん野郎Aチームと、考古学者と、炭焼き職人も、旧カワウソ村へ向かうことになったのだった。
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