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第三章 仔猫殿下と、はつ江ばあさん

仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その四

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 魔王が反乱分子の本拠地へ向かっているころ、シーマ十四世殿下はというと……

「みー……、みみー!」

「お、ミミ。上手くひっくり返せたじゃないか!」

「本当だ! ミミちゃん、上手だねー!」

「みみみー!」

 ……モロコシ宅のリビングで、とてもなごやかに、リンゴのホットケーキを作っていた。
 ちなみに、使っているホットプレートは、魔王が開発した「お子様でも安心、間違って鉄板に手が触れそうになったり、ひっくり返って床に落ちたりすると防御魔法が発動する、くっつきにくい魔導ホットプレート」だ。
 なので、子供たちだけで使っても、安心なのだ。
 交代で綺麗にひっくり返したホットケーキが並ぶホットプレートを見て、シーマはコクリとうなずいた。

「これだけあれば、はつ江へのお土産には十分だな!」

「うん! はつ江おばあちゃん、お腹いっぱいになるね!」

「みみみー!」

 三人がそう言い合っていると、リビングに向かってトットットッと足音が近づいてきた。一同が顔をむけると、バスケットを抱えたモロコシの母親、白猫のユキが姿を現わした。

「殿下、お土産を入れる用のバスケットをお持ちしました」

「ああ、ありがとうユキさん」

 うやうやしく手渡されたバスケットを受け取ると、シーマはキョトンとした顔で尻尾の先をくにゃりと曲げた。

「あれ? このバスケット、中に何か入ってますか?」

「はい。はつ江さんには、いつもモロコシがお世話になっていましたので、お礼にアップルパイを。といっても、自宅用なので、ちょっと焦げてしまっていますが」

「え! そんな、おやつをいただいてしまうわけには……」

 恐縮するシーマに向かって、ユキはニコリと微笑んだ。

「どうか、お気になさらないでください、殿下。アップルパイはまた焼けば、いいのですから」

 ユキの言葉に、モロコシとミミもニッコリと笑った。

「うん! はつ江おばあちゃんにも、食べさせてあげたい!」

「みみみみー!」

 そんな二人を見て、シーマを尻尾の先をピコピコと動かして、頬を緩めた。

「そうか……、みんな、ありがとう」

「いえいえ」

「どーいたしましてー!」

「みみみみみみみみー!」

 そんなこんなで、リビングは甘い香りとほっこりとした空気に包まれた。


 その後、シーマたちは粗熱の取れたホットケーキをバスケットに詰め、扉の魔術を使って魔王城へ向かうことになった。
 玄関先に降り立つと、モロコシがウキウキした顔で尻尾をピンと立てた。

「はつ江おばあちゃん、喜んでくれるかな!?」

 モロコシにつづき、ミミもビー玉のような金色の目をキラキラと輝かせて、短い尻尾をピコッと立てた。

「みー、みみみみー!?」

 二人の言葉を受けて、シーマも尻尾を立ててニコリと笑った。

「ああ。きっと、喜んでくれるよ。じゃあ、さっそく渡しに行こう」

「うん!」

「みみー!」

 三人が、ルンルンとした気分で、城の中に入ろうとした。

 まさにそのそき!

「ちょっと待ってくれるかしら?」

 三人の背後から、女性の声が聞こえてきた。

「え、はい、何かご用で……っ!?」

 シーマはゆっくりと振り返ると、動きを止めて尻尾の毛を毛羽立たせた。

 視線の先には、フードの付いた緑色のローブを着た背の低い女性が立っていた。

「あれ、お客さん、かな?」

「みみみ?」

 モロコシとミミがキョトンとした表情で首を傾げると、目深にフードを被った緑ローブはニヤリと笑った。

「ええ。シーマ十四世殿下に用があって、私たちの村に来てほしいのよ……、無理矢理にでもね」

 緑ローブはそう言うと、三人にジットリとした視線を送った。三人は、思わず全身の毛を逆立てた。

「たしか、シマシマの猫だって聞いたけど……、どちらが殿下なのかしら?」

 問いかけられたシーマは、耳を伏せて鼻にシワを寄せた。

 そして……

「シーマなら、ボク……」
「ぼくがシーマ殿下だよ!」
「わっ!?」

 ……答えようとしたところを、思いっきりモロコシに邪魔をされ、ピョインと跳びはねて驚いた。

「モ、モロコシ、一体なんのつもりだ!?」

「ぼくはモロコシじゃなくて、殿下だよ! ふふん!」

 モロコシが胸を張って鼻を鳴らすと、シーマは尻尾を縦に大きくバンと振った。

「今はふざけてる場合じゃないだろ!? っていうか、ボクってものまねにすると、そんな感じなのか!?」

「ふざけてなんか、いないぞ! あと、けっこう『ふふんっ!』って、言ってる気がするぞ!」

「そうか……、じゃなくて! ともかく、そのクオリティが低いものまねをやめろ!」

「えー!? 別にクオリティは低くないでしょ? 殿……、じゃなくて、えーと……、ハマグリ」

「誰だよハマグリっていうのは!?」

 イザコザし始めた二人を見て、ミミがコクリとうなずいて、胸の辺りで手をポンと打った。

「みみー! みみみみみみ……、みみん!」

 胸を張って鼻を鳴らすミミを見て、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らした。

「話がややこしくなるから、ミミも参加しないでくれ……、あと、本当にボクってそんな感じか?」

「み!」

 勢いよくうなずくミミを見て、シーマは力なく、そうか、と呟いた。
 そんな面々を見て、緑ローブは足を踏み鳴らした。

「ちょっと! 私を放っておいて、イザコザしないでくれるかしら!?」

「ああ、悪かった」

「おねーさん、ごめんね。ふふん!」

「みみんみ。みみん!」

「だから二人とも、そのモノマネはやめてくれ……」

 玄関前には、シーマの力ない呟きが響いた。

 かくして、仔猫殿下と自称仔猫殿下たちのもとに、ちょっと雲行きが怪しい状況がおとずれたのだった。
 

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