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第二章 フカフカな日々

しっかりな一日・その七

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 シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」の力を借り、絵美里の説得に成功ししていた。

「さて、それでは生徒さんのところへ、挨拶回りに向かいましょうか。ボクが転移魔術で、案内しますんで」

 シーマがそう声をかけると、絵美里はコクリとうなずいた。

「ありがとうございます。では、名簿を持ってくるので少々お待ちください」

 絵美里がそう言って立ち上がると、はつ江がキョトンとした表情で首をかしげた。

「そういやよう、今日は週の頭だから、この時間は学校に行ってる子が多いんじゃないかい?」

「えっと、大丈夫ですよ、はつ江さん。ここの生徒は、ほとんどがお仕事を引退したご年配の方なので」

「ほうほう、そうだったのかい」

 絵美里が答えると、はつ江はこくこくとうなずいた。そんな二人のやり取りを見て、シーマもコクリとうなずいた。

「ああ。魔界だと、音楽を趣味にするのは、どちらかというと年配の方が多いんだ」

「ほうほう、そうなのかい。私んところだと、小っちゃい子の習いごとに人気なんだぁよ」

「へー、そうだったのか」

 はつ江とシーマがそんな話をしていると、絵美里がニコリと微笑んだ。

「私たちがいた世界では、音楽は情操教育にいいと言われていますからね。あ、でも、ここにも、二人ほど子供の生徒さんがいるんですよ」

「ほうほう、そうなんだね!」

「子供が、二人……?」

 ニッコリと相槌をうつはつ江とは対照的に、シーマはいぶかしげな表情を浮かべて尻尾の先をクニャリと曲げた。

「えっと、はい……。今日はちょうどレッスンの日なので、二人とも十四時くらいにはここに来ると思いますが……、どうかなさいましたか? 殿下」

 絵美里が問い返すと、シーマは片耳をパタパタさせながらフカフカの頬を掻いた。

「あ、えーと……、その二人の子供っていうのは、どこのお子さんなんですか?」

「えーと……、リンゴ屋さんのところのモロコシ君と、お洋服屋さんのところのミミちゃんです」

 絵美里の案の定な答えを聞いて――

「あれまぁよ! そうだったのかい!」

 はつ江は目を見開いて驚き――

「ああ、やっぱりか……」

 ――シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。

「え、えっと……、殿下たちのお友だち、だったのですか?」

「友人というか、世話の焼ける弟分と妹分とい……」

「三人とも、とっても仲良しさんなんだぁよ!」

 言葉をかぶせるようにはつ江が説明すると、シーマは腕を組んで尻尾をパシパシと縦に振った。

「もう! はつ江は、ボクの話をさえぎるなよ!」

「わはははは! 悪かっただぁよ!」

「もう……、本当に分かってるのかな……」

 二人のやり取りを見て、絵美里はふわりと微笑んだ。

「ふふふ、二人がお友だちだったのならよかったです。では、生徒たちの名簿を持ってきますね」

「あ、はい、お願いします」

「お願いするだぁよ!」

 二人の返事を受けて、絵美里はコクリとうなずいて客間をでた。それから程なくして、生徒たちの住所が書かれた名簿を手にして戻ってきた。

「こちらが、生徒たちの名簿です」

「ほうほう、沢山の生徒さんがいるんだねぇ」

「たしかに、けっこうな件数がありますね……」

「え、えーと、かなりの負担をかけてしまい、ますよ、ね?」

 絵美里がおずおずと問いかけると、シーマはハッとした表情を浮かべて名簿から顔を上げた。それから、耳をピンと立てて首をブンブンと横に振った。

「いえいえいえ、これくらいなら、余裕でこなせますよ! な、はつ江!」

「シマちゃんがそう言うなら、大丈夫だぁよ! それに、疲れたら休み休み行けばいいんだからさ!」

 シーマとはつ江がフォローをすると、絵美里は安心したように微笑んだ。

「ありがとう、ごさいます……」

「いえいえ、お気になさらずに。さて、と」

 シーマはそう言うと、椅子からピョインととびおりた。

「では、そろそろ出発しましょうか!」

「分かっただぁよ!」

「かしこまりました」

 シーマの号令を皮切りに、生徒さん宅への挨拶回りが開始することとなった。

 
 それから三人は、シーマのドアの魔術を使って、ゴブリンや、リザードマンや、オークなど様々な種族の生徒たちの家を訪れていった。

 その結果――

「絵美里先生、帰ってしまうんですね……、淋しいけど、向こうでもお元気で……、あと、これお土産です」

「絵美里先生、帰っちまうのか!? 今までありがとうな……、よっし! これは俺からの餞別だ!」

「絵美里先生、今まで本当にありがとうございました。こちら、つまらないものですが……」

 ――という具合に、魔界でしか手に入らない様々な品を受け取ることになった。

 餞別の品ははつ江のポシェットにしまっていたが、挨拶回りを終えて絵美里の家に戻る頃には、両手で抱えきれないくらいの量になっていた。
 テーブルの上に置いた餞別の品を見て、シーマは、へえ、と声を漏らした。

「けっこうな量になったな……」

「これも、絵美里さんがいい先生だったからだぁね!」

「ああ、きっとそうだな!」

 シーマとはつ江がそんな話をすると、絵美里は恥ずかしそうに目を反らした。

「い、いえ……、皆さんが親切だっただけで……、私なんてそんな……」

 絵美里の様子を見ると、はつ江はニッコリと笑った。

「そんな、謙遜することねぇだあよ! ……あ」

 はつ江は不意に、キョトンとした表情を浮かべた。すると、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げた。

「はつ江、どうしたんだ?」

「えーとよう、私んところだと、外国からお土産を持って帰るときに、生の果物がダメだったりとか色々あるんだけどよぅ、こっちから帰るときは大丈夫なのかい?」

「ああ、そのことなら、問題ないぞ!」

 はつ江が訪ねると、シーマは得意げな表情で、ふふんと鼻を鳴らした。

「実は、『よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)』で餞別の品の画像を読み取れば、持って帰っちゃダメなものがあるかどうか、完璧に判断してくれるんだ!」

「あれまぁよ! それは、すごいだぁね!」

「そんな便利な機能が、あるんですね……」

 まるで通販番組のような反応をする二人を見て、シーマは耳と尻尾をピンと立ててうなずいた。

「ああ、そうなんだ! じゃあ、さっそくその機能を使ってみるから……、はつ江! 『よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)』を取り出してくれ!」

「分かっただぁよ! ニコニコよいこボード、ニコニコよいこボード……、あっただぁよ! ……ん?」

 微妙に名称を間違いつつもポシェットから『よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)』を取り出したはつ江だったが、画面を見た途端、キョトンとした表情で首をかしげた。

「はつ江、どうしたんだ?」

「なにか、あったのですか?」

 シーマと絵美里が問いかけると、はつ江はうーんと唸りながら画面を見つめた。

「どうも、明君が映ってるみたいなんだけど、なんか元気がなさそうでよぅ……」

 はつ江はそう言いながら、シーマと絵美里に画面を向けた。

 画面の中には、顔面蒼白になった明が映っていた。
 そして――

「……姫子が、いなくなったんだ」

 ――不穏すぎる一言を言い放った。

「え……、えぇ!?」

「あれまぁよ!?」

「姫子さんが……い、なく……、なった?」

 部屋の中には、三人の驚く声が響いた。
 
 かくして、魔界じゃないところがなんだかイザコザとしたことになりながらも、しっかりとした一日は続いていくのだった。
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