上 下
134 / 191
第二章 フカフカな日々

しっかりな一日・その六

しおりを挟む
 シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、相変わらず絵美里への説得を続けていた。

「さあ、次は息子さんの様子を見てみましょうか」

 シーマがそう言うと、絵美里はビクッと肩を震わせた。

「やっぱり……、見ないとダメ、ですか?」

 不安げに問い返す絵美里に、シーマは片耳をパタパタと動かしながら、コクリとうなずいた。

「……はい。厳しいことだとは思いますが、一度ハッキリとさせておかないと、次のステップに進めませんから」

「そう、ですよね……」

 絵美里が目を伏せながらうなずくと、はつ江がニッコリと笑った。

「大丈夫だぁよ、絵美里さん! きっと息子さんは、恨んでなんていないから!」

「……そうだと、いいですね」

「そうそう! 旦那さんだってちっとも恨んでなかったじゃないか!」

 はつ江がそう言いながらカラカラと笑うと、絵美里も表情を少しやわらげた。

「そうですね……、なら……、殿下、息子の様子を映していただけますか?」

 絵美里の問いかけに、シーマはニコリと笑ってうなずいた。

「任せてください! それでは……」

 シーマがムニャムニャと呪文を唱えると、「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」に映る景色が変化した。そして、カフェの片隅で向かい合ってテーブルつく一組の男女が映し出された。
 一方はふんわりとした栗色の髪を緩い三つ編みで束ねた、白いワンピース姿の女性。もう一方は赤褐色の髪をして、丸い眼鏡をかけたスーツ姿の男性だった。男性の右目には、白い眼帯がつけられていた。

 男性の姿が映し出された途端、絵美里は表情を強張らせた。

あきら……」

 絵美里がそう呟くと、はつ江がコクコクとうなずいた。

「ほうほう、随分と大きな息子さんなんだねぇ」

「そういえば、長い間こっちにいたって話だったな……」

 はつ江とシーマが呟くと、絵美里がコクリとうなずいた。

「はい、向こうから逃げ出してきたときは、まだ子供だったのですが……、映っているのは、あの子にまちがいありません」

 絵美里は強張った表情のまま答えて、食い入るように画面を見つめた。

 画面の中では、女性が不安げな表情で首をかしげていた。

「あの、明さん……、お父様との顔合わせは、いつ頃になりますか?」

「そうですね……、姫子ひめこの仕事が落ち着いて、義眼のメンテナンスが終わってからだと……、来週末くらいですかね」

「そうですか……」

 明の答えに、姫子と呼ばれた女性は不安げな表情のまま、テーブルに視線を落とした。すると、明は穏やかな微笑みを浮かべた。

「緊張してますか?」

「はい……、私なんかが伴侶になるなんて、許していただけるか不安で……」

「はははは、気にしなくても平気ですよ。父は……、まあ変人の部類には入りますが、子供の結婚相手に理不尽に文句をつけるような人間ではありませんから」

 画面の中のやり取りを見て、はつ江が、ほうほう、と声を漏らしながら、コクコクとうなずいた。

「息子さんたちは、今度ご結婚するみたいだぁね」

「ああ、それはめでたいな」

「本当だぁね」

 はつ江とシーマがそう言ってうなずき合うと、絵美里の表情がまた少しやわらいだ。

「ええ……。あの子と共に生きてくれる方ができたなんて……、本当によかった……」

 絵美里の表情を見て、二人は穏やかに微笑んだ。

 そうこうしていると、画面の中では明が大きく伸びをした。

「まあ、そんなに緊張するなら、いっそのこと今日これからサッと行って帰ってくるのも、いいかもしれませんね」

 明の言葉に、姫子が目を見開いて、ワタワタと手を動かした。

「そ、そんな、きゅ、急すぎますよ!」

「あはははは! 冗談ですよ。まあ、俺の方も、できれば義眼が届いてからの方が、助かるんで」

「そう、なんですか」

 画面の中の二人の話題に、絵美里の表情が再び強張った。

「ええ。義眼をつけていないときのほうが、見えすぎるので」

「えーと……、その、例の発作で、ですか?」

「ええ、そうですね」

 二人の会話を聞いて、はつ江がキョトンとした表情で首をかしげた。

「見えすぎる?」

 はつ江が呟くと、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて、画面の中を覗き込んだ。

「えーと……、あ、この人、欠けた視力を無意識のうちに魔力で補ってるみたいだ。でも、自分で制御はできてないみだいだなぁ……」

 シーマが呟くと、絵美里はうつむいて肩を震わせた。

「私のせいで……、あの子にそんな業を背負わせてしまうなんて……」

 絵美里の言葉に、シーマは全身の毛を逆立てて跳びはねた。

「ち、違うんです、絵美里さん! 別に、貴女のことを責めているんじゃなくて……」

「いえ……、でも、全ての原因は私にありますから……」

「あー、その、えーと……」

 絵美里が気を落としシーマがワタワタしていると、はつ江がキョトンとした表情で画面を指さした。

「二人とも、まだ明君たちのお話は、終わってないだぁよ?」

「そ、そうだな、はつ江!」

「ええ……、そう、ですね……」

 はつ江にうながされて、二人は再び画面に目を戻した。
 
 画面の中では、明が穏やかに微笑んでいた。

「まあ、この目については、色々とありましたが……、今では感謝していますよ。だって、この目のおかげで、姫子と出会えて、救い出す手伝いができたんですから」

「そ、そのせつは、本当にご迷惑をおかけいたしました!」

「いえいえ、お気になさらずに。ただ……、俺の目がこうなったせいで母を苦しめてしまったことは、いまだに罪悪感を感じていますが……」

「明さん……」

「……ははは! そこは『罪悪感を感じる』だと、二重表現になるってツッコんでくださいよ」

「きゅ、急に茶化さないでください!」

「ははは、すみません。それにしても、本当は母にも姫子を紹介して、俺にも一緒に生きてくれる人ができたと伝えて、安心させたいんですけどね……」

「そうですよね……」

 画面を見つめながら、絵美里は唇を震わせた。

「明……、違うの……、貴方が罪悪感を抱くことなんて、ないの……」

 絵美里の言葉を受けて、シーマが穏やかに微笑んで尻尾の先をクニャリと曲げた。

「絵美里さん、その言葉は画面越しでは伝わりませんよ?」

 シーマに続いて、はつ江も穏やかに微笑みながら首をかしげた。

「息子さんは、絵美里さんを恨んでるように見えたかい?」

 二人に声をかけられ、絵美里はうつむいて目を泳がせた。
 それからしばらくして、手を握りしめながら、真剣な表情を浮かべて顔を上げた。

「……戻らなくてはいけませんね。あの子のところへ」

 絵美里の決意を聞いて、シーマとはつ江はニッコリと笑った。

「ええ、ボクもそれがいいと思いますよ」

「創さんも明君も姫子ちゃんも、すっごく喜ぶだぁよ!」

「そうだと、いいですね……」

 絵美里もかすかに微笑みながら、二人にそう返した。

 一方、画面の中では――

「……ん? あ、姫子すみません、電話がかかってきたみたいですが、出てもいいですか?」

「あ、どうぞ、お気になさらずに」

「ありがとうございます。はい、葉河瀨です……、ああ、なんだ父さんか。……うん、まあ、そうですね……、え……? ……ああ、うん、分かりました……、ではこれで」

「えーと、お父様から、ですか?」

「……はい。なんでも、母の件で話があるから、今日の午後にでも二人で顔を出せと……」

「お母様の件……?」

「ええ……。今まで、父から母の話題が出ることなんて、なかったんですが……」

 ――またしても、なんだか不穏な会話が繰り広げられていた。

 かくして、シーマ殿下とはつ江ばあさんのあずかり知らぬところでイザコザが発生しそうになりながらも、絵美里が元の世界に戻る準備が始まるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

処理中です...