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第二章 フカフカな日々
しっかりな一日・その五
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途中、はつ江が予想外にガックリしつつも、シーマ十四世殿下は、絵美里への説得を続けていた。
「えーと、話の腰が折れちゃいましたが……、やっぱりご家族の元に帰った方がいいと、ボクは思うんですよ」
「私もそう思うだぁよ」
シーマとはつ江がそう言っても、絵美里は目を伏せて首を振った。
「いいえ……、もう、家族に合わせる顔なんて、ありませんから……」
かたくなに家族の元に帰りたがらない絵美里の姿勢に、シーマは腕を組んで片耳をパタパタと動かした。
「うーん……、まあ、たしかに、本人の意志を一番に尊重しないといけないんだけど……」
「息子さんたちが本当に絵美里さんのこと怒ってるかどうか、こっそり見にいければいいんだけどねぇ……」
はつ江がそう呟くと、シーマは耳と尻尾をピンと立てた。
「そうだ! その手があった!」
突如として声を上げたシーマに対して、はつ江と絵美里はキョトンとした表情で首をかしげた。
「シマちゃんや、その手ってのは、一体なんなんだい?」
「ああ、はつ江が言ったとおり、ご家族の様子をこっそりと見てみればいいんだよ!」
「あれまぁよ! そんなことが、できるのかい!?」
はつ江が驚きながら訪ねると、シーマは得意げな表情でうなずいた。
「ああ。ただ、絵美里さんの許可がないといけないんだけど……、どうしますか?」
シーマが問いかけると、絵美里はビクッと肩を震わせた。
「え、えーと……、それは、その……」
絵美里はそんな言葉を口にしながら、キョロキョロと視線を泳がせた。しかし、シーマとはつ江に見つめられて、観念したように小さくため息を吐いた。
「そうですね……、殿下がそうおっしゃるなら……」
「よし! じゃあ、決まりですね! はつ江、ポシェットから『よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)』を出してくれるか?」
「分かっただぁよ! にこにこ良い子ボード、にこにこ良い子ボード……」
はつ江は、微妙に間違った名称を呟きながら、ポシェットの中をゴソゴソと探った。
そして――
「ほい! あっただぁよ!」
――勢いよく、「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」を取り出した。
「ありがとう、はつ江! えーと、それじゃあ……」
シーマは「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」を受け取ると、ムニャムニャと呪文を唱えながら、画面を操作しだした。
「よし、じゃあ、二人ともちょっとこっちに」
シーマに手招きされ、はつ江と絵美里は「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」をのぞきこんだ。画面には、「この魔術で知り得た情報について、第三者に決して口外しません」という文言と、チェックボックスが三つ表示されていた。
「あの、殿下、これは?」
「えーと、異界の様子を覗くこと自体は難しくないんですが……、個人情報保護とかの観点からこのチェックをしないといけないんですよ」
シーマが説明をすると、はつ江がコクコクとうなずいた。
「ほうほう、あれだぁね、テレビで見たことのある、えーと、コンペイトウの天ぷらみたいな」
はつ江の発言に、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「はつ江、多分それは、コンプライアンスだと思うぞ……」
シーマはそこで言葉を止めると、コホンと咳払いをした。
「まあ、そういうことなんで、これから見ることを他言しないと約束できるなら、ここにチェックを入れてください」
「は、はい、わかりました……」
「分かっただぁよ!」
シーマに促され、絵美里はおずおずと、はつ江は元気よく返事をして、画面にチェックを入れた。
「よし、じゃあこれで……」
シーマが操作すると、画面にはビル群を上空から撮影したような映像が映し出された。
「あれまぁよ! にこにこ良い子ぼーどは、テレビになるんだねぇ!」
「こんなに鮮明に写るんですね……」
はつ江と絵美里が感心すると、シーマは得意げな表情で、ふふん、と鼻を鳴らした。
「まあ、ボクにかかればこんなもんだね。さて、絵美里さん、まずはどなたの様子を見てみますか?」
「あ、はい……、では、えーと……、夫の様子を……」
「わかりました。では……」
シーマはムニャムニャと呪文を唱えながら、画面を操作した。すると、画面の端に映っていた建物に焦点が移動し、徐々に拡大されていった。そんな画面を見ながら、はつ江はコクコクとうなずいた。
「ずぅーむ、い……」
「はつ江、頼むからそれ以上は、口に出さないでくれ……」
「……分かっただぁよ!」
某朝の情報番組の決め台詞を言おうとするはつ江を制止しながら、シーマは操作を続けた。すると、画面には山積みの書類とノートパソコンが置かれた机を前に座る、白髪の老紳士が映し出された。
男性の姿が映し出されると、絵美里は身を乗り出して画面をのぞきこんだ。
「創さん……」
「この方が、旦那さんで間違いないみたいですね?」
「はい……。私がこちらに来てからかなり時間がたったので、年齢は重ねていますが……、間違いなく……」
絵美里はそう答えると、食い入るように画面を見つけた。
画面の中では、創が書類に埋もれた写真立てに向かって、穏やかな微笑みを浮かべていた。その写真には、若い頃の創と絵美里、そして幼い男の子が映っていた。
「この様子だと、旦那さんは絵美里さんのことを恨んでなんていないでしょうね」
「そうだぁよ!」
シーマとはつ江の言葉に、絵美里は涙ぐみながらうつむいた。
「そうなの……、かも……、しれませんね」
そんな絵美里の様子を見て、シーマとはつ江はニコリと微笑んだ。
一方画面の中では――
「絵美里……、安心なさい。もうすぐ、全てが元にもどるから……」
――創がなにか微妙に物騒なことを口走っていた。
かくして、若干の暗雲が立ちこめながらも、シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんの説得は続いていくのだった。
「えーと、話の腰が折れちゃいましたが……、やっぱりご家族の元に帰った方がいいと、ボクは思うんですよ」
「私もそう思うだぁよ」
シーマとはつ江がそう言っても、絵美里は目を伏せて首を振った。
「いいえ……、もう、家族に合わせる顔なんて、ありませんから……」
かたくなに家族の元に帰りたがらない絵美里の姿勢に、シーマは腕を組んで片耳をパタパタと動かした。
「うーん……、まあ、たしかに、本人の意志を一番に尊重しないといけないんだけど……」
「息子さんたちが本当に絵美里さんのこと怒ってるかどうか、こっそり見にいければいいんだけどねぇ……」
はつ江がそう呟くと、シーマは耳と尻尾をピンと立てた。
「そうだ! その手があった!」
突如として声を上げたシーマに対して、はつ江と絵美里はキョトンとした表情で首をかしげた。
「シマちゃんや、その手ってのは、一体なんなんだい?」
「ああ、はつ江が言ったとおり、ご家族の様子をこっそりと見てみればいいんだよ!」
「あれまぁよ! そんなことが、できるのかい!?」
はつ江が驚きながら訪ねると、シーマは得意げな表情でうなずいた。
「ああ。ただ、絵美里さんの許可がないといけないんだけど……、どうしますか?」
シーマが問いかけると、絵美里はビクッと肩を震わせた。
「え、えーと……、それは、その……」
絵美里はそんな言葉を口にしながら、キョロキョロと視線を泳がせた。しかし、シーマとはつ江に見つめられて、観念したように小さくため息を吐いた。
「そうですね……、殿下がそうおっしゃるなら……」
「よし! じゃあ、決まりですね! はつ江、ポシェットから『よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)』を出してくれるか?」
「分かっただぁよ! にこにこ良い子ボード、にこにこ良い子ボード……」
はつ江は、微妙に間違った名称を呟きながら、ポシェットの中をゴソゴソと探った。
そして――
「ほい! あっただぁよ!」
――勢いよく、「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」を取り出した。
「ありがとう、はつ江! えーと、それじゃあ……」
シーマは「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」を受け取ると、ムニャムニャと呪文を唱えながら、画面を操作しだした。
「よし、じゃあ、二人ともちょっとこっちに」
シーマに手招きされ、はつ江と絵美里は「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」をのぞきこんだ。画面には、「この魔術で知り得た情報について、第三者に決して口外しません」という文言と、チェックボックスが三つ表示されていた。
「あの、殿下、これは?」
「えーと、異界の様子を覗くこと自体は難しくないんですが……、個人情報保護とかの観点からこのチェックをしないといけないんですよ」
シーマが説明をすると、はつ江がコクコクとうなずいた。
「ほうほう、あれだぁね、テレビで見たことのある、えーと、コンペイトウの天ぷらみたいな」
はつ江の発言に、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「はつ江、多分それは、コンプライアンスだと思うぞ……」
シーマはそこで言葉を止めると、コホンと咳払いをした。
「まあ、そういうことなんで、これから見ることを他言しないと約束できるなら、ここにチェックを入れてください」
「は、はい、わかりました……」
「分かっただぁよ!」
シーマに促され、絵美里はおずおずと、はつ江は元気よく返事をして、画面にチェックを入れた。
「よし、じゃあこれで……」
シーマが操作すると、画面にはビル群を上空から撮影したような映像が映し出された。
「あれまぁよ! にこにこ良い子ぼーどは、テレビになるんだねぇ!」
「こんなに鮮明に写るんですね……」
はつ江と絵美里が感心すると、シーマは得意げな表情で、ふふん、と鼻を鳴らした。
「まあ、ボクにかかればこんなもんだね。さて、絵美里さん、まずはどなたの様子を見てみますか?」
「あ、はい……、では、えーと……、夫の様子を……」
「わかりました。では……」
シーマはムニャムニャと呪文を唱えながら、画面を操作した。すると、画面の端に映っていた建物に焦点が移動し、徐々に拡大されていった。そんな画面を見ながら、はつ江はコクコクとうなずいた。
「ずぅーむ、い……」
「はつ江、頼むからそれ以上は、口に出さないでくれ……」
「……分かっただぁよ!」
某朝の情報番組の決め台詞を言おうとするはつ江を制止しながら、シーマは操作を続けた。すると、画面には山積みの書類とノートパソコンが置かれた机を前に座る、白髪の老紳士が映し出された。
男性の姿が映し出されると、絵美里は身を乗り出して画面をのぞきこんだ。
「創さん……」
「この方が、旦那さんで間違いないみたいですね?」
「はい……。私がこちらに来てからかなり時間がたったので、年齢は重ねていますが……、間違いなく……」
絵美里はそう答えると、食い入るように画面を見つけた。
画面の中では、創が書類に埋もれた写真立てに向かって、穏やかな微笑みを浮かべていた。その写真には、若い頃の創と絵美里、そして幼い男の子が映っていた。
「この様子だと、旦那さんは絵美里さんのことを恨んでなんていないでしょうね」
「そうだぁよ!」
シーマとはつ江の言葉に、絵美里は涙ぐみながらうつむいた。
「そうなの……、かも……、しれませんね」
そんな絵美里の様子を見て、シーマとはつ江はニコリと微笑んだ。
一方画面の中では――
「絵美里……、安心なさい。もうすぐ、全てが元にもどるから……」
――創がなにか微妙に物騒なことを口走っていた。
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