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第二章 フカフカな日々
しっかりな一日・その三
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シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、絵美里の住む家の客間に通されていた。
「こんなものしかなくて、すみません……」
絵美里が紅茶を出しながら伏し目がちにそう言うと、はつ江はニッコリと笑った。
「そんなことねぇだぁよ! すっごく美味しそうなお茶、ありがとうね!」
はつ江の言葉に続いて、シーマもコクリとうなずいた。
「本当に、丁寧に淹れた香りのする紅茶ですね。ありがとうございます」
「いえ、そんな……」
絵美里が深々と頭を下げ、それから、おどおどと頭を上げた。
「あ、あの……、それで、本日のご用件というのは……?」
「ああ、はい。先ほど申し上げたとおり、ビフロン長官からの依頼なんですが……」
「ということは……、やっぱり、元の世界に帰れ、ということ、なんですね?」
絵美里がおずおずと聞き返すと、シーマはバツが悪そうな表情を浮かべて、尻尾の先をピコピコと動かした。
「ええ、まあ、そんなところです。やはり、魂だけでこちらの世界に留まるのは色々とまずいから、ということなので……」
「そう、ですよね……」
絵美里は落胆しながらそう言うと、崩れるように席に座った。
「やはり、このままだと、ご迷惑をかけっぱなしになりますものね……」
「あ、いえ、迷惑と言うことではなくてですね……」
「いいえ、いいのです。勝手にこちらの世界にお邪魔して、長年居座ってしまっているのは事実ですから……」
「あー、えーと……」
伏し目がちに言葉を続ける絵美里に対して、シーマは返答に詰まりながら片耳をパタパタ動かした。はつ江はそんな二人を交互に見て、コクリとうなずいた。
そして――
「はーい! ちょっと聞きてぇことがあるだぁよ!」
――元気よく、背筋をピンと伸ばして挙手をした。
「え、えーと……」
そんなはつ江に、絵美里はワタワタし……。
「はつ江、ちょっと空気を読んでくれよ」
シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「わはははは! 悪かっただぁよ!」
「まあ、いいけど……、いったいどうしたんだ?」
シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて首をかしげると、はつ江も首をかしげた。
「この間のおおれるさんは、ちょっと透けてたけど、絵美里さんはなんで透けてないんだい?」
「あ、えーと……、私は陛下とビフロン長官のご好意で、ここに来た当時の姿を模した人形を作っていただいて……、そこに魂を結びつけているので……」
絵美里がおずおずと説明すると、はつ江はコクコクとうなずいた。
「絵美里さんの身体は、お人形さんだったんだね」
「あ、はい。このとおり、です」
絵美里はそう言いながら、テーブルに手を置いた。その手は、指や手首の関節が球体になっていた。
「ほうほう、本当だねぇ」
「はい。もっと、元の身体に近い形にもできたそうですが……、『魂が人形になじみすぎて、変に固定されてしまってはいけないから』、とのことで」
絵美里が事情を説明すると、シーマがコクリとうなずいた。
「ああ。絵美里さんの言うとおり、元の世界に身体が残ってるのに人形に魂が固定されちゃうと、いざ帰るときに厄介なことになるからな」
「ほうほう。たしかに、絵美里さんが二人になっちゃったら、周りの人たちはビックリしちゃうかもしれないねぇ」
はつ江がシーマの説明にコクコクうなずいていると、絵美里は深いため息を吐いた。
「元の世界、ですか……」
「えーと……、やっぱり帰りたくないんですか?」
シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて尋ねると、絵美里はワタワタと首を振った。
「あ、い、いいえ! 陛下とビフロン長官からも常々そううかがっていたので、帰らないといけないとは思うのですが……」
「なにか、事情があるのかね?」
「もしも事情があるなら、可能な限り対応しますよ?」
はつ江とシーマが続けて尋ねると、絵美里はキョロキョロと目を泳がせた。それから、しばらくして、深くため息を吐くと、膝の上で手をギュッと握りしめて二人を見つめた。
「では……、帰るにあたり、二つほどお願いがあるのですが……」
「ええ、できる限り協力しますので、教えてください」
「私もお手伝いするだぁよ!」
「ありがとう、ございます……、まず、一つ目なんですが……、音楽教室の生徒や親御さんたちに、お別れのあいさつをきちんとしたいんです」
「分かりました。じゃあ、ボクの転移魔術で、生徒さんのお宅に案内しますよ」
「シマちゃんのどこへでもドアみたいな魔法が、大活躍するだぁね!」
はつ江が相の手を入れると、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「はつ江……、だからその色々とギリギリな名称は、やめてくれ……」
「わはははは! 分かっただぁよ」
はつ江がカラカラと笑い出すと、シーマは片耳をパタパタと動かし、コホンと咳払いした。
「失礼しました。ともかく、その件はボクの魔術でお手伝いするということでいいですね?」
「あ、はい。ありがとうございます。それで、その、もう一つのお願いなのですが……」
絵美里はそこで言葉を止めると、再び手をギュッと握りしめた。
「私が帰ってきたことを……、家族には絶対に知られないようにしてください」
「……え、家族に知られないように?」
「どうして、そんなことを言うんだい?」
シーマとはつ江が問い返すと、絵美里は手を握りしめたまま目を伏せた。
「みんな、絶対に……、私のことを恨んでいますから……」
シーマとはつ江が困惑した表情を浮かべる中、客間には絵美里の悲しげな声が響いた。
かくして、本日も仔猫殿下とはつ江ばあさんの元には、そこそこの難題が訪れたのだった。
「こんなものしかなくて、すみません……」
絵美里が紅茶を出しながら伏し目がちにそう言うと、はつ江はニッコリと笑った。
「そんなことねぇだぁよ! すっごく美味しそうなお茶、ありがとうね!」
はつ江の言葉に続いて、シーマもコクリとうなずいた。
「本当に、丁寧に淹れた香りのする紅茶ですね。ありがとうございます」
「いえ、そんな……」
絵美里が深々と頭を下げ、それから、おどおどと頭を上げた。
「あ、あの……、それで、本日のご用件というのは……?」
「ああ、はい。先ほど申し上げたとおり、ビフロン長官からの依頼なんですが……」
「ということは……、やっぱり、元の世界に帰れ、ということ、なんですね?」
絵美里がおずおずと聞き返すと、シーマはバツが悪そうな表情を浮かべて、尻尾の先をピコピコと動かした。
「ええ、まあ、そんなところです。やはり、魂だけでこちらの世界に留まるのは色々とまずいから、ということなので……」
「そう、ですよね……」
絵美里は落胆しながらそう言うと、崩れるように席に座った。
「やはり、このままだと、ご迷惑をかけっぱなしになりますものね……」
「あ、いえ、迷惑と言うことではなくてですね……」
「いいえ、いいのです。勝手にこちらの世界にお邪魔して、長年居座ってしまっているのは事実ですから……」
「あー、えーと……」
伏し目がちに言葉を続ける絵美里に対して、シーマは返答に詰まりながら片耳をパタパタ動かした。はつ江はそんな二人を交互に見て、コクリとうなずいた。
そして――
「はーい! ちょっと聞きてぇことがあるだぁよ!」
――元気よく、背筋をピンと伸ばして挙手をした。
「え、えーと……」
そんなはつ江に、絵美里はワタワタし……。
「はつ江、ちょっと空気を読んでくれよ」
シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「わはははは! 悪かっただぁよ!」
「まあ、いいけど……、いったいどうしたんだ?」
シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて首をかしげると、はつ江も首をかしげた。
「この間のおおれるさんは、ちょっと透けてたけど、絵美里さんはなんで透けてないんだい?」
「あ、えーと……、私は陛下とビフロン長官のご好意で、ここに来た当時の姿を模した人形を作っていただいて……、そこに魂を結びつけているので……」
絵美里がおずおずと説明すると、はつ江はコクコクとうなずいた。
「絵美里さんの身体は、お人形さんだったんだね」
「あ、はい。このとおり、です」
絵美里はそう言いながら、テーブルに手を置いた。その手は、指や手首の関節が球体になっていた。
「ほうほう、本当だねぇ」
「はい。もっと、元の身体に近い形にもできたそうですが……、『魂が人形になじみすぎて、変に固定されてしまってはいけないから』、とのことで」
絵美里が事情を説明すると、シーマがコクリとうなずいた。
「ああ。絵美里さんの言うとおり、元の世界に身体が残ってるのに人形に魂が固定されちゃうと、いざ帰るときに厄介なことになるからな」
「ほうほう。たしかに、絵美里さんが二人になっちゃったら、周りの人たちはビックリしちゃうかもしれないねぇ」
はつ江がシーマの説明にコクコクうなずいていると、絵美里は深いため息を吐いた。
「元の世界、ですか……」
「えーと……、やっぱり帰りたくないんですか?」
シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて尋ねると、絵美里はワタワタと首を振った。
「あ、い、いいえ! 陛下とビフロン長官からも常々そううかがっていたので、帰らないといけないとは思うのですが……」
「なにか、事情があるのかね?」
「もしも事情があるなら、可能な限り対応しますよ?」
はつ江とシーマが続けて尋ねると、絵美里はキョロキョロと目を泳がせた。それから、しばらくして、深くため息を吐くと、膝の上で手をギュッと握りしめて二人を見つめた。
「では……、帰るにあたり、二つほどお願いがあるのですが……」
「ええ、できる限り協力しますので、教えてください」
「私もお手伝いするだぁよ!」
「ありがとう、ございます……、まず、一つ目なんですが……、音楽教室の生徒や親御さんたちに、お別れのあいさつをきちんとしたいんです」
「分かりました。じゃあ、ボクの転移魔術で、生徒さんのお宅に案内しますよ」
「シマちゃんのどこへでもドアみたいな魔法が、大活躍するだぁね!」
はつ江が相の手を入れると、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「はつ江……、だからその色々とギリギリな名称は、やめてくれ……」
「わはははは! 分かっただぁよ」
はつ江がカラカラと笑い出すと、シーマは片耳をパタパタと動かし、コホンと咳払いした。
「失礼しました。ともかく、その件はボクの魔術でお手伝いするということでいいですね?」
「あ、はい。ありがとうございます。それで、その、もう一つのお願いなのですが……」
絵美里はそこで言葉を止めると、再び手をギュッと握りしめた。
「私が帰ってきたことを……、家族には絶対に知られないようにしてください」
「……え、家族に知られないように?」
「どうして、そんなことを言うんだい?」
シーマとはつ江が問い返すと、絵美里は手を握りしめたまま目を伏せた。
「みんな、絶対に……、私のことを恨んでいますから……」
シーマとはつ江が困惑した表情を浮かべる中、客間には絵美里の悲しげな声が響いた。
かくして、本日も仔猫殿下とはつ江ばあさんの元には、そこそこの難題が訪れたのだった。
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