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第二章 フカフカな日々

どうしたのかな?

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 大人たちがなにやら不穏な話をしているころ、シーマ十四世殿下一行は「お手伝い三番勝負」の舞台となる中庭にやってきていた。

「これが、お手伝いをしてほしいことなんだけど……」

 シーマはそう言うと、フカフカの手で中庭の一角にある日当たりの良い場所を指さした。その場所には、細かい棘の生えた銀色の茎に、ギザギザとした銀色の葉とフサフサとした白い花をつけた草が生い茂っていた。生い茂った草を見て、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。

「こっちに来たときに徒野さんから、中庭には危ない草が生えちゃってるから掃除はしないでください、って言われたけど、あれが危ない草なんだねぇ」

 はつ江が感心したようにそう言うと、シーマはコクリと頷いた。

「ああ。あれは、ギンイロトゲアザミっていう草なんだ。葉っぱも硬いし、茎には細かい棘がびっしり生えてるし、地中に力強く根を張るし、ちょっとやそっとの除草剤や火炎魔術じゃびくともしないしで、すごく厄介なんだよ」

 シーマが片耳をパタパタ動かしながら説明すると、五郎左衛門、モロコシ、ミミがコクリと頷いた。

「拙宅の周りにもたまに生えてしまうのでござるが、むしるときは専用の頭巾、装束、手袋、足袋を装備して取りかからないと、あちこち切り傷と棘だらけになってしまうのでござるよ」

「家のりんご畑に生えちゃったこともあるけど、お父さんもお母さんもゴーレムみたいな格好で草むしりしてたよ」

「みーみー」

 三人が補足説明すると、続いて忠一と忠二がはつ江の肩の上で尻尾をちょこちょこと動かした。

「チョロ小っちゃいころ、親方にプレゼントしようとして素手で掴んで怪我したことあるー!」
「チョロおっちょこちょいぃ!」

 忠一忠二の言葉に、はつ江は、ほうほう、と声を漏らした。

「チョロちゃん大変だったんだねぇ」

 はつ江がシミジミとした声で呟くと、シーマが全身の毛を逆立ててブルリと身震いをした。

「ああ、ギンイロトゲアザミを素手で掴むなんて、想像しただけでも恐ろしいよ……」

 シーマはそう言うと、コホンと咳払いをした。

「ともかく、ちょっと前に風に運ばれて種が入り込んじゃったみたいなんだ」

 シーマはそう言うと、ヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら深いため息を吐いた。

「気づいたときにはこの有様だったんだけど……兄貴とリッチーは、忙しいから制御魔術でこれ以上増えないようにしておいて後で草むしりする、って言って放置してるんだよ」

 シーマはそこで言葉を止めると、耳を後ろに反らして尻尾をパシパシと振った。

「それならボクが草むしりするって提案したのに、二人とも、危ないから子供が触ったらダメ、って声を揃えて言うんだよ」

 シーマが不服そうにそう言うと、モロコシがコクコクと頷いた。

「ぼくもお手伝いしようとしたら、お母さんに、モロコシは危ないから来ちゃダメ、って言われちゃったよー」

 シーマとモロコシの言葉を受けて、はつ江もコクコクと頷いた。

「そうかい、そうかい、そんなに危ない草なんだぁね。そんなら、べべちゃんとカトちゃんにお手伝いしてもらうのも、悪いかねぇ」

 はつ江がそう呟くと、五郎左衛門が抱えた虫かごの中でカトリーヌがたじろぐように翅をパサリと動かした。

「う、うむ……刀自の言うとおり、麻呂にはそのお手伝いは難しいかもしれぬ……期待に添えず、面目ないでおじゃる」

 カトリーヌが申し訳なさそうにそう言うと、はつ江はニコリと微笑んだ。

「気にすることねぇだよ、カトちゃん。みんな、得意なことと苦手なことがあるんだから」

「そうだな。元はと言えばボクたちが放っておいたのが悪いんだから、そんなに気にしないでくれ」

 はつ江に続いて、シーマもフォローの言葉を口にした。すると、カトリーヌは、すまぬ、と口にして、虫かごの中でピョンと跳びはねた。
 一方、ヴィヴィアンは心なしか得意げな表情を浮かべて、翅をバサリと動かした。

「殿下、それならば、アタクシにお任せくださいですわ!」

 ヴィヴィアンが自信に満ちあふれた声をかけると、シーマは腕を組んで尻尾の先をクニャリと曲げた。

「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、ヴィヴィアンも無理することはないんだぞ?」

 シーマが問いかけると、ヴィヴィアンは地面に伏せるように脚を曲げた。

「無理だなんてとんでもございませんわ! 見ていてくださいませ……とう!」

 そして、ヴィヴィアンはギンイロトゲアザミに向かって、勢いよく飛び込んでいった。

「あれまぁよ! べべちゃん、危ないよ!」
「ヴィヴィアン危なーい!」
「ヴィヴィアン危なぁい!」

 はつ江と忠一忠二は、心配そうにヴィヴィアンへ声をかけた。しかし、ヴィヴィアンは棘や鋭い葉をものともせずに、ギンイロトゲアザミの茂る中に飛び降りた。その様子をみたモロコシは、パチパチと拍手を送った。

「わー! ヴィヴィアンさんすごーい!」

 モロコシがのほほんとした声でそう言うと、シーマが焦った表情をモロコシに向けた。

「モ、モロコシ! そんな、のんきなこと言って、ヴィヴィアンは大丈夫なのか!?」

「あんなに大量のギンイロトゲアザミの中に飛び込んだら、一大事なのでござるよ!」

「みー! みみみー!」

 シーマに続いて五郎左衛門、ミミもモロコシに詰め寄った。すると、モロコシは耳を伏せて尻尾の先をピコピコと動かした。

「み、みんな落ち着いて! ヴィヴィアンさんなら、大丈夫だから!」

 モロコシがそう言うと、ギンイロトゲアザミの茂みの中で、ヴィヴィアンがピョンと跳びはねた。

「モロコシ様の言うとおりですわ! アタクシなら、このとおり全くもって問題ありませんわ!」

 ヴィヴィアンの言葉を聞いて、はつ江は、ほう、と声を漏らした。

「べべちゃんは、身体が丈夫なんだねぇ」
「ヴィヴィアンすごーい!」
「ヴィヴィアンつよぉい!」

 はつ江と忠一忠二が感心したようにそう言うと、モロコシがコクリと頷いた。

「うん! ムラサキダンダラオオイナゴさんは、直翅目の中でも外殻の硬度と靱性がとっても高いから、ギンイロトゲアザミの中でもへっちゃらなんだよ!」

 モロコシが説明すると、一同は声を合わせて、へぇ、と呟いた。そんな中、ヴィヴィアンはギンイロトゲアザミの茎にかじりつくと、首を器用に動かして引き抜いた。

「うむむ……あやつも、なかなかやるでおじゃるな……」

「やっぱ、ムラサキダンダラオオイナゴは凄まじいぜ……」

 ヴィヴィアンの姿を見たカトリーヌとミズタマは、翅をパサリと動かしながら、称賛の声を漏らした。一同が感心しながら見守る中、ヴィヴィアンはギンイロトゲアザミを次々と根こそぎにしていった。

 中庭に生えたギンイロトゲアザミを全て引き抜くと、ヴィヴィアンは翅をパサリと動かした。それから、ピョインと跳ね上がると、一同に顔を向けた。

「皆様! お手伝いはこれにて完了いたしましたわ!」

 ヴィヴィアンが意気揚々と声をかけると、一同はパチパチと拍手を送った。

「助かったよ、ヴィヴィアン。ありがとうな」

「べべちゃんや、ありがとうね」

 シーマとはつ江が声をかけると、ヴィヴィアンは首をカクカクと動かした。

「とんでもございませんわ! 先日お世話になったことを思えば、これくらいなんてことございません!」

 ヴィヴィアンはそう言うと、翅をパサリと動かした。

「然れば今回の勝負は、ヴィヴィアン殿の勝利、ということでよいでござるな?」

 五郎左衛門が問いかけると、一同は同時にコクリと頷いた。一同の反応を受けて、五郎左衛門は、ふむ、と口にしてコクリと頷いた。それから、手にしていた虫かごの中を覗き込んだ。

「カトリーヌ殿も、それでよいでござるか?」

「ふむ、悔しいでおじゃるが、今回は完敗でおじゃる。でも、次は負けないでおじゃるよ!」

 カトリーヌが意気込みながらピョインと跳びはねると、ヴィヴィアンもピョンと軽く跳びはねた。

「望むところですわ! 次も正々堂々と勝負ですわよ!」

 二人のやり取りを見て、はつ江はニコニコと笑いながら、コクコクと頷いた。しかし、耳の辺りにくすぐったさを感じ、首を動かして両肩の様子を確認した。すると、忠一と忠二がせわしなく首と尻尾を動かしていた。

「忠一ちゃん、忠二ちゃん、どうしたんだい?」

 はつ江がキョトンとした表情で尋ねると、忠一と忠二は動きを止めた。

「親方、お城の中に行くって言ってたのに見当たらなーい!」
「親方にも、ヴィヴィアンの活躍みせたぁい!」

「ほうほう、そうだねぇ、せっかくべべちゃんが頑張ってるんだから、クロさんにも見せてあげたいねぇ」

 忠一と忠二の言葉に、はつ江はコクコクと頷きながら同意した。すると、シーマが首を傾げながら腕を組み、尻尾の先をクニャリと曲げた。

「兄貴に挨拶にいくって言ってたけど、それにしては遅いかもしれない。一体、どうしたのかな?」

「クロさん、迷子になっちゃったのかな?」

「みみーみ?」

 モロコシとミミもシーマの真似をして、腕を組みながら首を傾げた。

「モロコシ殿、ミミ殿、魔王陛下もいらっしゃるので、迷子ではないと思うのでござるよ……」

 五郎左衛門が力なくツッコミを入れると、今度ははつ江がキョトンとした表情で首を傾げた。

「そんじゃあ、ヤギさんも一緒に迷子になっちまったのかねぇ?」
「魔王さまも迷子ー?」
「魔王さまも迷子ぉ?」

「はつ江も忠一も忠二も、さすがに現役魔王が城の中で迷子になることはない……と思うぞ……」

 はつ江と忠一忠二の言葉に、今度はシーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らして、力なくツッコミを入れた。

 こうして、魔王と親方の迷子疑惑が発生しながらも、直翅目乙女たちによる「お手伝い三番勝負」の一番目に決着がついたのだった。
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