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第一章 シマシマな日常

ガラッ

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 ローブの二人組が決意を新たにしている頃、魔王城大浴場(女湯)では、はつ江がのんびりと湯に浸かっていた。

「ふふんふふんふんふーん♪」

 モザイクタイルが敷き詰められた浴室には、はつ江が上機嫌に歌う鼻歌が響く。そんななか、浴場のガラス戸がガラッと音を立てて開いた。はつ江が顔を向けると、そこにはタオルを巻いたバステトとウェネトの姿があった。

「おばあちゃん、私たちもご一緒していい!?」

 ウェネトが尋ねると、はつ江はニッコリと笑った。

「大丈夫だぁよ!」

 はつ江が元気よく返事をすると、バステトとウェネトはニコリと微笑んだ。

「ありがとう! 殿下から魔王城のお風呂には温泉が引かれてるって聞いたから、楽しみにしてたの!」

「……」

 喜ぶウェネトの隣で、バステトは深々と頭を下げた。二人の様子を見て、はつ江は再びニッコリと微笑んだ。

「一日の疲れが吹っ飛んじまうくらいいいお湯だから、身体を洗ったらゆっくり温まるといいだぁよ!」

「うん!」

 はつ江の言葉に、ウェネトは元気よく返事をし、バステトもコクリと頷いた。それからバステトとウェネトは洗い場で身体を洗い、ペショッとした姿になりながら湯船にむかった。二人は湯船に浸かると、深くため息を吐いた。

「いいお湯だね」

 ウェネトがそう言うと、バステトもコクコクと頷いた。

「そうだねぇ。この温泉は、膝とか腰が痛いのにもきくみたいだから、いつも助かってるだぁよ」

 はつ江がシミジミとそう言うと、ウェネトが淋しげな表情を浮かべてうつむいた。

「バステトの声にも、きいてくれるといいんだけど……」

 ウェネトが呟くと、バステトは苦笑を浮かべて片耳をパタパタと動かした。そして、しょげた表情を浮かべるウェネトの頭をポフポフとなでた。はつ江はその様子を見て、カラカラと笑いながら二人の頭をポフポフとなでた。

「わはははは! お風呂で温まってって、ヤギさんが作ってくれる薬を飲めば、きっとすぐに治るから安心するだぁよ!」

「……うん! おばあちゃんの言う通りよね!」

 はつ江とウェネトに励まされ、バステトは照れくさそうに微笑み、ペコリと頭を下げた。その姿を見たはつ江は、うんうん、と声を漏らしながら頷いた。

「そんじゃあ、私は温まったから、先に上がるだぁよ! 二人はゆっくり温まっていくといいだぁよ!」

 はつ江はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった。

「うん! ありがとう、おばあちゃん……あれ?」

 返事をしたウェネトだったが、はつ江の脚に目を向けると不安げな表情を浮かべた。

「おばあちゃん、その脚、どうしたの? 痛くない?」

 ウェネトは心配そうな声でそう言いながら、はつ江の右スネを指さした。


 ウェネトが指さした先には、白くひきつった大きな傷痕があった。


 ウェネトの言葉に、はつ江は浴槽からあがろうとしていた脚を止めた。はつ江の様子を見たバステトは、咄嗟にウェネトの頭をパシッとかるくはたく。

「いたっ!? 何するのよバステト!?」

 不服そうに尋ねるウェネトに対して、バステトが、黙りなさい、と言いたげにギロリとした視線を送る。その視線を受け、ウェネトは自分の質問が、無神経だったかもしれないと気がついた。そして、しまったと言いたげな表情を浮かべ、オロオロとした目をバステトに向けた。バステトは深くため息を吐くと、ウェネトの後頭部に手を添え、はつ江に対して頭を下げさせた。そして、自分も深々と頭を下げた。
 そんな、二人の姿を見て、はつ江は苦笑を浮かべた。

「バスちゃんもゑねとちゃんも、そんなに気にしなくても大丈夫だぁよ」

 はつ江がフォローの言葉を口にすると、バステトとウェネトは耳を伏せてシュンとした表情を浮かべた。

「で、でも……」

「……」

 バステトとウェネトがしょげた表情を浮かべていると、はつ江は、よっこいしょ、と言いながら再び湯船に浸かった。そして、二人の頭をポフポフとなでながら、ニッコリと笑った。

「これはね、火傷の痕だぁよ」

「火傷の痕? 痛くないの?」

 ウェネトが心配そうに尋ねると、はつ江はカラカラと笑い出した。

「わはははは! もう、うーんと昔にできたもんだから、ちっとも痛くねぇだぁよ! ただ、雨の日はちょっと、ムズムズするかねぇ」

「よかった! もう、痛くないのね!」

 ウェネトが安心して喜ぶと、はつ江はニッコリと微笑みながらウェネトの頭をポフポフとなでた。そんな二人のやり取りに、バステトはハラハラとした表情を向けた。その表情に気づいたはつ江は、バステトの頭もポフポフとなでた。

「心配してくれてありがとうね。長生きしてると色々あるもんだけど、今は毎日が幸せだから大丈夫だぁよ」

 はつ江が微笑みながらそう言うと、バステトも安心したように微笑んだ。二人が落ち着いたのを確認すると、はつ江は満足げに、コクコクと頷いた。

「そんじゃあ、私はこれで上がるだぁよ。二人は、ゆっくり温まっていきな」

「うん!」

「……!」

 はつ江が優しく声をかけると、ウェネトとバステトは笑顔でコクリと頷いた。こうして、はつ江は改めて浴室を後にした。
 浴室から出ると、はつ江は脱衣所で寝間着に着替え、ドライヤーで頭を乾かした。それから、脱衣所を後にし、自分の部屋にむかおうと廊下に出た。すると、そこに着替えとタオルとアヒルのおもちゃを抱えたシーマがやってきた。シーマははつ江に気づくと、尻尾をピンと立てた。

「あ、はつ江! もう、お風呂あがったのか?」

 シーマが問いかけると、はつ江はニッコリと微笑んだ。そして、膝を屈めてシーマの頬をフカフカとなでた。すると、シーマは目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らした。

「そうだぁよ。シマちゃんは、これからかい?」

 はつ江が問いかけると、シーマはハッとした表情を浮かべ、喉を鳴らすのを止めた。それから、コホンと咳払いをして、尻尾の先をピコピコと動かした。

「ああ! 兄貴から、後は一人でもなんとかなる、って言われたから、先に入ることにしたんだ!」

「そうかいそうかい! じゃあ、ゆっくり温まっておいで」

 はつ江はそう言うと、シーマの頭をポフポフとなでた。シーマは再び目を細めて、喉をゴロゴロと鳴らした。しかし、すぐにハッとした表情を浮かべ、再びコホンと咳払いをした。

「ああ、そうするよ。はつ江も湯冷めしないうちに、暖かくして寝るんだぞ!」

 シーマが凜々しい表情を浮かべてそう言うと、はつ江はカラカラと笑い出した。

「わははは! 心配してくれて、ありがとうね! シマちゃんも、湯冷めには気を付けるだぁよ!」

 はつ江が元気よく答えると、シーマはニッコリと笑った。

「ああ! じゃあ、お休み」

 シーマは耳と尻尾をピンと立ててそう言うと、トコトコと魔王城大浴場(男湯)に入っていった。シーマの後ろ姿を見て、はつ江はいつになく穏やかに微笑んだ。

「こうしてしまちゃんが元気に暮らしているところを見てられるんだから、私はとっても幸せだぁよ」

 はつ江は誰に聞かせるわけでもなく、とても優しい声でそう呟いた。そして、いつになく、しんみりとした表情を浮かべた。

 その後、しばらく間を置いてから、はつ江は、うーん、と声を漏らしながら背伸びをした。そして、いつものように元気のよい笑顔を浮かべた。

「ふーふーふんふんふーんふふふーん♪」

 それから、はつ江は浴室で歌っていた鼻歌の続きを歌い出し、自分の部屋にむかってトコトコと歩き出した。
 ちなみに、全くの余談だが、はつ江の鼻歌を聴き、ローブの二人組はますます元の世界に帰りたいとう思いを強めていた。
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