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第一章 シマシマな日常

ニコッ

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 ローブの二人組も加わったシーマ十四世殿下一行は、手巻き寿司の準備にいそしんでいた。
 準備が終わったころ、魔王が疲れた表情を浮かべて、キッチンへとやってきた。はつ江は、魔王の姿を目にすると、ニッコリと微笑んだ。

「ヤギさんや、お疲れ様。お薬づくりは順調かね?」

 はつ江が問いかけると、魔王も薄く微笑んで頷いた。

「ああ、今一段落したところだから、明日の夕方までにはギリギリ間に合いそうだ」

「ほうほう、それはよかっただぁよ!」

 魔王とはつ江のやり取りを受けて、キッチンにいた一同はホッとした表情を浮かべた。

「そんじゃあ、丁度ご飯もできたから、ヤギさんもちょっと休憩するといいだぁよ」

「ああ、そうさせてもらおう」

 魔王ははつ江の提案にコクリと頷くと、食卓へ足を進めた。
 それから一同は、談笑しながら手巻き寿司を囲んだ。

「熱砂の国ではね、ナツメヤシが入ったお菓子が人気なのよ!」

「そうですね。この辺りだとあまり一般的ではないようですが、美味しくて栄養も満点なんですよ」

「……」

「ほうほう、そうなのかい!」

「へー、そうなんだ。そういえば、僕たちがこっちに来る前って、どんなお菓子が流行ってたっけ?」

「どうだったかな……たしか、女子社員がやたらとカラフルな菓子を買って、写真を撮ってたのは覚えているが……」

「ああ! あれだぁね! ほら、あの、なんとかなんとかバエっていう!」

「え!? はつ江、ハエが流行ってたのか!?」

「シーマ、お兄ちゃんの推測だが、多分ハエが流行ってたのではないと思うぞ……」

 そんな他愛もない話題で盛り上がりながら、夕食の時間はなごやかに過ぎていった。

 手巻き寿司を食べ終わると、一同は声を合わせて、ごちそうさま、と口にした。

「それじゃあ、私は洗い物をしてるから、バスちゃんたちは先にお風呂に入っておいで」

 はつ江は運搬用のワゴンに食器を載せながら、バステトたちに声をかけた。すると、バステト、マロ、ウェネトは席を立ちペコリと頭を下げた。

「ありがとう、ございますはつ江さん。それで、お言葉に甘えさせていただきます」

「ありがとう、おばあちゃん! じゃあ、ミーティングが終わったら、お風呂に入るわね!」

「……」

 マロ、ウェネトの言葉に続き、バステトが再び深々と頭を下げた。はつ江は三人の返事を聞くと、ニッコリと微笑んで、コクコクと頷いた。

「それでは、失礼いたします」

「おばあちゃん、また後でね!」

「……!」

 こうして、バステト、マロ、ウェネトはキッチンを後にした。三人の姿を見送ると、魔王が、うーん、と声を漏らしながら伸びをした。

「私はまだ作業が残っているから、このまま実験室に向かうとするか」

 魔王がそう言うと、シーマが尻尾の先をピコピコと動かした。

「兄貴、今回のはかなり手がかかる作業なんだろ? 何ならはつ江の手伝いが終わったら、そっちを手伝わないこともないぞ?」

 シーマがソッポを向きながらそう言うと、魔王は感極まった表情を浮かべた。

「そうか……にーちゃんにーちゃんと言いながら俺の後ろついて歩いていたシーマも、助手を買って出てくれるほど成長したのか……」

「な、何を泣いてるんだよ、この、バカ兄貴!」

 魔王が感涙にむせぶと、シーマが照れくさそうな表情を浮かべ尻尾の先をピコピコと動かした。そんな二人の様子を見て、はつ江はニッコリと微笑んだ。

「シマちゃんはお兄ちゃん思いの良い子だぁね」

 はつ江はそう言うと、シーマの頭をポフポフとなでた。

「私の方は一人でも大丈夫だから、ヤギさんのお手伝いにいっておあげ」

「……はつ江がそう言ってくれるなら、兄貴の手伝いにいってくる。でも、大変そうだったらすぐに呼ぶんだぞ!」

 シーマの言葉を受けて、はつ江はニッコリと笑った。

「それは頼もしいだぁよ! じゃあ、何かあったら頼らせてもらおうかねぇ」

 はつ江の言葉に、シーマは満足げに微笑んだ。

「ああ! いつでも、このボクを頼るといい! じゃあ、兄貴、さっさと移動してキリキリ働くぞ!」

 シーマはそう言うと、ふん、と鼻を鳴らし、椅子からピョインと飛び降りた。そして、目を輝かせながらキッチンを出ていった。すると、魔王がガタッと音を立てながら椅子から立ち上がった。

「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ、シーマ!」

 そして、魔王は慌てた表情を浮かべて、シーマの後を足早に追っていった。はつ江はその姿を楽しげに見送った。それからはつ江は、ローブの二人に顔を向け、ニッコリと微笑んだ。

「さてと、じゃあ頭巾ちゃんたちも、お風呂に入ってゆっくりするといいだぁよ」

 はつ江が声をかけると、ローブの二人組はキョトンとした表情を浮かべた。それから、二人組は顔を合わせ、どちらともなくバツが悪そうに頬を掻いた。

「あー、えーと、おばあちゃん」

 黒ローブが気まずそうに声をかけると、はつ江はキョトンとした表情で首を傾げた。

「ほいほい、どうしたのかね?」

「洗い物は僕たちがするから、おばあちゃんは先にお風呂に入ってきたら?」

 黒ローブが提案すると、灰色ローブがコクリと頷いた。

「ああ。今日は外出したり、大人数向けの食事を支度したりでつかれているだろう? 俺たちはまだ大丈夫だから」

 二人の言葉を受けて、はつ江は目を見開いた。それから、ニッコリと笑うと少し背伸びをして、黒ローブと灰色ローブの肩をポンポンとなでた。

「二人とも、ありがとうねぇ。それじゃあ、お言葉に甘えて、お先にお風呂をいただいてくるだぁよ」

 はつ江が嬉しそうにそう言うと、ローブの二人組も穏やかに微笑んだ。

「うん! こっちは僕たちに任せて!」

「ゆっくり、してきてくれ!」

 二人の言葉を受けて、はつ江は笑顔でコクコクと頷いた。

「頭巾ちゃんたちは、とっても優しい子だぁね!」

 はつ江の言葉に、ローブの二人組は照れくさそうに頬を掻いた。
 こうして、はつ江もキッチンを後にし、大浴場へと向かっていった。キッチンに残ったローブの二人組は、ワゴンを流し台まで運び、食器洗いに取りかかった。
 それから、しばらくの間、ローブの二人組は黙々と食器や調理器具を洗っていた。

「……ねぇ」

 不意に、黒ローブが灰色ローブに声をかけた。

「……なんだ?」

「今日のご飯、美味しかったし、楽しかったよね……」

 灰色ローブが問い返すと、黒ローブはポツリとそう呟いた。

「ああ。手巻き寿司なんて、本当に子供のころ以来だが……楽しかったな」

 灰色ローブは昔を懐かしむように、黒ローブの言葉に同意した。

「そうだよね。僕も、何だか子供のころを思い出しちゃったよ」

「そうだな」

 二人はそこで会話を止めると、再び黙々と食器や調理器具を洗い始めた。

「……なあ」
 
 それからまたしばらくして、今度は灰色ローブから黒ローブに声をかけた。

「……なぁに?」

「お前は、元の世界に、その……家族はいるのか?」

 灰色ローブが気まずそうに問いかけると、黒ローブはコクリと頷いた。

「うん。でも、学生のころから一人暮らししてたし、実家から離れた所で就職したから、最近はあんまり会ってないな……」

「俺も、似たような状況だ。最近は数えるくらいしか会っていないから、俺が今ここにいることも、知らないんだろうな……」

 二人はまたそこで会話を止め、黙々と食器を洗った。

「……僕たち、こっちに来てから、どのくらい経つんだっけ?」

 そしてまた、黒ローブが灰色ローブに声をかけた。

「……時間の流れが同じなのかは分からないが、半年は経っているはずだ」

「半年か……それだけの間まったく連絡なしだと、実家の家族も心配してるのかな……?」

「俺の場合は、そのくらい連絡をしないことも結構あったが……今回は、借りているマンションの管理会社から、家賃の未払いが続いているうえに連絡がとれない、と言われているかもしれないからな」

「あー、たしかに。僕のところも、家賃滞納と行方不明ってことで、実家に連絡がいってるかも……」

 二人は一端会話を止めると、ほぼ同時に深いため息を吐いた。

「心配してるどころの話じゃないかもね……」

「まったくだな……」

 二人はそう言うと、再び同時に深いため息を吐いた。

「魔王から戦力外だって言われたときは、こっちで一から頑張ってやり直そうかな、って考えてたんだ。けどさ、何というか、気分を悪くさせるつもりはないいんだけど……」

 黒ローブが言葉をにごすと、灰色ローブがコクリと頷いた。

「ああ、言いたいことは分かるし、多分、俺も同じ意見だ」

 灰色ローブはそう言うと、ニコッと笑顔を浮かべた。それにつられて、黒ローブも苦笑いを浮かべた。

「うん。やっぱり、君も、僕たちが一から頑張らなきゃいけない場所はここじゃない、って思ったんだね?」

「ああ。その通りだ。だから、魔王の調薬作業が終わったら、元の世界に戻れないか相談させてもらおう」

「うん! そうだね!」

 灰色ローブの言葉に、黒ローブは元気良く返事をした。しかし、すぐにハッとした表情を浮かべると、気まずそうに肩をすぼめた。

「でも、きっとその前に、リーダーたちのこと話さないとダメだよね……」

「……まあ、そうだろうな。何も説明しないまま帰る、なんて虫のいい話は、できないだろう」

「だよねー……」

 二人はそう言うと、またしても同時に深いため息を吐いた。

「リーダーたちも、ここは僕たちの場所じゃないって気づけるのかな?」

「……まだ、なんとも言えない。俺としては、是非気がついて前を見て進んで欲しいし、それができるヤツだと思っているがな」

「うん、同感! リーダーも、悪いヤツじゃないもんね!」

 二人はそう言い合うと、同時にコクリと頷いた。
 こうして、ローブの二人組が前向きになりながら、魔王城の夜は更けていくのであった。
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