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第一章 シマシマな日常

ザクッ

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 時間はちょっとだけさかのぼり、シーマ十四世殿下が街の出入り口に向かって走っていた頃。ウェネトはトボトボとした足取りで、森の中を歩いていた。
 
「私、そんなつもりじゃなかったのに……」

 独り言をこぼすウェネトの目は、いまにも涙があふれそうになっていた。泣き出しそうなウェネトのもとに、二人分の足音が近づいてくる。

「……誰よ?」

 ウェネトが涙を拭いて振り返ると、黒ローブと灰色ローブの二人組が立っていた。

「やあ! 様子を見に来たよ、真の歌姫さん」

「願いは叶ったのか?」

 二人が声をかけると、ウェネトは眉間にシワを寄せて、足をダンっと踏みならした。

「願いは叶ったのか、じゃないわよ! アンタたちのせいで、バステトの声が出なくなっちゃったじゃない!」

 ウェネトが激昂すると、ローブの二人組は困惑した表情を浮かべた。

「え? えーと、僕たち、別になにもしてないけど……どうしたの?」

「一体、何があったと言うんだ?」

 二人の問いかけに、ウェネトはやや落ち着きを取り戻した様子で、ふん、と鼻を鳴らした。

「アンタたちに貸してもらったコレに、歌姫にして欲しい、って言ったら、バステトの声が出なくなっちゃったのよ!」

 ウェネトはそう言いながら、「超・魔導機・改」の入力端末を二人に見せつけた。すると、灰色ローブが困惑した表情を浮かべながら、そうか、と声を漏らした。

「たしかに、今の改造の仕方なら、そういうことが起こっても、おかしくないか……」

 灰色ローブの言葉を受けて、ウェネトは再び足を踏みならした。

「ちょっと、どういうことなの!? しかも、さっきの願い事をなかったことにして、って言ったのに、アメが出てくるばっかりなんだけど!」

 声を張り上げるウェネトの姿を見て、黒ローブが頭を掻いた。

「えーとね、ウサちゃん。『超・魔導機・改』なんだけど……改造の結果、人を傷つける可能性が少ない願い事は、叶いにくくなってるみたいなんだ」

 黒ローブがバツの悪そうな表情を浮かべて答えると、ウェネトは目を見開いた。

「そんな……」

 ウェネトはそう呟くと、俯いて手を握りしめた。

「バステトが、二度と歌えなくなっちゃったら、どうしよう……」

 そして、カタカタと震えながら、ポロポロと涙をこぼし始めた。
 ウェネトの姿を見た二人組は、困惑した表情を浮かべて、ほぼ同時に深いため息を吐いた。 

「うーん、僕たちとしては、音楽会が失敗して魔王の評価が下がるのは、願ったり叶ったりなんだけど……ちょっと、可哀想になってきちゃったね……」

「別に、俺たちが腹を立てているのは魔王に対してであって、他の住民たちに恨みはないからな……それに、俺個人としては、明日の音楽会というのは成功して欲しいところではあるし……」

 二人組がそろって頭を抱えた。
 まさにそのとき!

 森の奥から、ガサガサと音を立てながら、何かがものすごい早さで近づいて来た。

 予想外の事態に、泣いていたウェネトも顔を上げ、音のする方に目を向けた。

「え? な、なに……きゃぁぁぁぁぁ!?」

 音を立てていたものの正体を目にしたウェネトは、目を見開いて悲鳴を上げた。

 そこにいたものは、巨大なムカデだった。

 ムカデは黒く長い体の半分を持ち上げながら、赤い頭についた光の宿らない黒一色の複眼で三人を見つめた。
 そして、ガチガチと顎肢がくしを鳴らしながら、橙色をしたその他の脚もガシャガシャと動かした。

「うわぁぁ!? む、ムカデだぁ!? ど、ど、どうしよう!?」

 臨戦態勢の巨大ムカデを前に、黒ローブは慌てふためいた。

「落ち着け! 気持ち悪いが、巨大な蟲というだけだろ!」

 灰色ローブは黒ローブを一喝すると、巨大なムカデを睨みつけた。それから、灰色ローブは胸の辺りに手を構えて、ブツブツと呪文を口にした。呪文が進むにつれ、灰色ローブの手が青白い炎に包まれていく。

「……炎よ! 焼き尽くせ!」

 灰色ローブはかけ声と共に、青白い炎を巨大なムカデに放った。
 しかし、その炎はムカデに触れるか触れないかの距離で、プシュッと音を立てて消えてしまった。

「なん……だと……?」

 灰色ローブがテンプレートな驚き方をしていると、ウェネトがダンッと足を鳴らした。

「なに驚いてるのよ!? トビズイッカンムカデに魔法が効かないなんて、常識でしょ!? こういうのがいるから、魔獣よけの魔導機をもってたのに、なんで……」

 ウェネトはそう言いながら、服のポケットをガサガサと探った。すると、ポケットからは、目の形をした灰色のキーホルダーが発見された。ウェネトは、そのキーホルダーを見て、愕然とした。

「魔獣よけ魔導機の魔力が……切れてる……」

「うそ!? 僕たち、剣術とか弓術とかは使えないから……あ、あのムカデに食べられちゃうの!?」

 ウェネトが落胆すると、黒ローブが再び慌てふためいた。
 青ざめる三人をよそに、トビズイッカンムカデは、顎肢をガチガチと鳴らしながら、身を低くした。

「まずい! 飛びかかるつもりだ! お前らは、先に逃げろ!」

 その言葉と共に、灰色ローブが両手を広げて、他の二人とトビズイッカンムカデの間に割って入った。

「ちょっと!? なに無茶なことしてるのよ!?」

「そうだよ!! 一人で格好つけてないで、一緒に逃げようよ!!」

 灰色ローブに対して、ウェネトと黒ローブは抗議の声を上げた。まさにそのとき!


「全員、その場に伏せてください!」


 どこからか、誰かの叫び声が聞こえた。三人はその声にけおされて、言うとおり頭を抑えながら、地面に伏せた。


「うにゃー!!!」


 三人が地に伏せると、どこか緊張感に欠けるかけ声と共に、ザクッと言う音が森の中に響いた。
 それから、ドサリ、と何かが倒れる音が聞こえ、三人は恐る恐る立ち上がった。すると、そこには縦に真っ二つになったトビズイッカンムカデと、刀を手にしたマロの姿があった。マロは三人に顔を向けると、安心したように微笑んだ。

「良かった、間に合ったみたいですね、ウェネトさん」

 マロはそう言いながら、刀を鞘に戻した。

「あ……ありがとう、マロ」

 ウェネトは戸惑いながらも、マロに向かってペコリと頭を下げた。

「助かったよ猫ちゃん! ありがとー!」

「……恩に着る」

 ウェネトに続き、黒フードと灰色フードもマロに対して、お礼の言葉を口にした。すると、マロは苦笑を浮かべながら、軽く会釈した。

「いえいえ、無事なら何よりです」

 マロがそう言うと、一同のもとにトコトコという足音が近づいて来た。

「おーい! マロさん! ウェネトさんは見つかったかー!?」

「マロちゃんやー! ゑねとちゃんはいたかねー!?」

 足音と共に、シーマとはつ江の声も一同のもとに近づいて来る。

「はーい! 全員ご無事でしたよー!」

 マロは口元に手を当てながら、声を張り上げて返事をした。

「え、全員っていうのは……」

「他に誰かいるのかねぇ……」

 それから、訝しげな声と共に、シーマとはつ江が現れた。シーマとはつ江は、ウェネトの他に黒ローブと灰色ローブがいることを見つけると、目を見開いた。

「あ! お前たちは!!」

「あれまぁよ! ルンルン商店街にいた頭巾の子たちだぁね!」

 二人の姿を見て、ローブの二人組は、失敗した、と言いたげな表情を浮かべた。

「おい、逃げるから転移魔法を使え!」

「えー!? 無理だよー今日はもう一回使って疲れてるんだから、君が使ってよ!」

「俺だって、さっき炎の魔法を使ったから、疲れてるんだ……うわっ!?」

「わぁっ!?」

 二人組がイザコザしていると、頭上から光の檻が降ってきた。二人組は、戸惑いながらもシーマに顔を向けた。すると、シーマは腕を組みながら、ふん、と鼻を鳴らした。そして、耳を後ろに反らしながら、ギロリとした目付きを二人組に向けた。

「君たちまで見つかったのは、幸いだった。色々と聞かせてもらいたいことがあるから……」
「頭巾ちゃんたち、あの、なんとかなんとか、っていうのを、どうにかできないかい?」

 二人組に対してすごむシーマの声を遮るように、はつ江があいまいな質問を口にした。

「えーと、なんとかなんとか、っていうのは、何のこと?」

「それと、どうこうっていうのは、何をどうすれば良いんだ……?」

 ローブの二人組が戸惑っていると、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らした。

「あー、えーと、ボクの方から詳しく説明するから、ちょっと待ってくれ。あと、はつ江、折角すごみを出してたのに、水を差さないでくれよ……」

「わはははは! 悪かっただぁよ!」

 森の中には、シーマの力ない声と、はつ江のカラカラとした笑い声が響いた。
 かくして、かなりショッキングな魔獣が登場しながらも、シーマ殿下一行は無事にウェネトとその他二人を見つけたのだった。
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