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第一章 シマシマな日常
ポフッ
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魔界ルンルン通り商店街の人目につかない路地裏にて。
シーマ一四世殿下一行の目を盗み、フードを目深に被ったローブの一味が、ウェネトに接触していた。
灰色ローブから「超・魔導機・改」の入力端末を受け取ると、ウェネトは、ふん、と鼻を鳴らした。それから、耳をピンと立てると、入力端末をしげしげと見つめた。
「本当に、これに向かって願い事を言うだけで良いの?」
ウェネトが訝しげな表情で問いかけると、黒ローブと灰色ローブは同時に頷いた。
「はい、どんな願いでも叶いますよ!」
「ただし、一回だけな」
黒ローブと灰色ローブの説明に、ウェネトは苦々しい表情を浮かべた。
「一回だけ、ね」
ウェネトは灰色ローブの言葉を繰り返すと、入力端末を強く握りしめた。
「そう、一回だ。だから、願い事は慎重に決めるんだな」
灰色ローブが念を押すと、ウェネトはゴクリと喉を鳴らした。
「たとえば、音楽会そのものをめちゃくちゃにする、なんて願いだって叶うんですよ!」
黒ローブがそう言い放つと、ウェネトは目を見開いて耳をピンと立てた。そして、ダンッと足を踏みならすと、黒ローブをキッと睨みつけた。
「ちょっと! ふざけたことを言わないでよ!」
ウェネトが怒りの表情を浮かべて詰め寄ると、黒ローブはビクッと身を震わせた。
「い、嫌だなぁ、ただの冗談じゃないですか」
「冗談でも言って良いことと悪いことがあるでしょ!? アンタ、この音楽会がどんなに大切なものか、分からないの!?」
言い訳をする黒ローブに、ウェネトは更に詰め寄った。黒ローブは、タジタジとしながら灰色ローブに視線を送った。すると、灰色ローブは深くため息を吐き、ウェネトの頭をポフッとなでた。
「連れが軽率な発言をしてしまい、すまなかった。でも、俺たちはこっちに来てまだ日が浅いから、分からないことが多いんだ」
灰色ローブが説明すると、黒ローブがしきりにコクコクと首を縦に振った。
ウェネトは二人の顔を交互に見てから、ふん、と鼻を鳴らした。
「なら、教えてあげる。アンタたち、トビウオの夜は知ってるわよね?」
ウェネトが問いかけると、灰色ローブがコクリと頷いた。
「どこかの世界で寿命を迎えた魂が、トビウオによって魔界に運ばれてくるという現象だな?」
灰色ローブの言葉に、今度はウェネトがコクリと頷いた。
すると、不意に黒ローブがヘラヘラとした笑いを浮かべた。
「そのトビウオの夜に乗じてお祭り騒ぎしよう、というのが今回の音楽会ですよね?」
その言葉を聞いたウェネトは、黒ローブをキッと睨みつけた。その目付きの険しさに、黒ローブは再びビクッと身を震わせる。すると、灰色ローブが深いため息をついて、黒ローブの頭を小突いた。
「お前は少し黙ってろ。すまない、話を続けてくれ」
灰色ローブが謝罪すると、ウェネトは小さくため息を吐いた。
「……灰色の言うとおり、トビウオは沢山の魂を運んでくるわ。それと、魔界で亡くなった者の魂を別の世界に運んでいくの」
「まあ、そうしないと、魔界は死人の魂だらけになるもんな」
灰色ローブが相槌を打つと、ウェネトはコクリと頷いた。
「ただ、世界を旅する魂は、穏やかな最期を迎えた者ばかりじゃないのよ。まあ、この魔界は、魔王陛下のおかげで長い間平和だし霊魂庁もしっかり仕事をしてるから、嘆き悲しんだり、怒り狂ったりしたままっていう魂は、ほぼないけどね」
ウェネトがそう言うと、黒ローブが不服そうに口を尖らせた。
「へー、隙あらば、魔界の自慢を挟んでいくスタイルですなんですね」
軽口を叩く黒ローブを、ウェネトはギロリと睨みつけた。黒ローブが怯えた表情を浮かべると、灰色ローブが深いため息を吐いた。それから、灰色ローブは、黒ローブの頭上に拳を振り下ろした。
「お前は一々口を挟むな!」
拳をくらった黒ローブは、頭をさすりながら、はーい、と返事した。ウェネトは二人のやり取りをあきれ顔で眺め、深いため息を吐いた。
「……ともかく、魂の中には、生前の悲しみや怒りにとらわれてしまっている者もいるのよ。だから、そう言った魂のために歌うのが、歌姫レディ・バステトの役目なの」
ウェネトの説明に、灰色ローブが、ほう、と声を漏らした。
「……つまり、死者の魂を鎮めるために歌うのか?」
灰色ローブの言葉に、ウェネトは、ええ、と言いながら頷いた。
「そうね。だから、魔界にやって来る魂には歓迎の歌を、魔界から出て行く魂には旅を祝福する歌を贈るの。それと、今回から……」
ウェネトは不意に言葉を止めた。それから、目を伏せて、フルフルと首を横に振った。
「……いえ、なんでもないわ。ともかく、今回の音楽会が重要だということは、分かってもらえたかしら?」
ウェネトが問いかけると、灰色ローブはコクリと頷いた。
「……ああ、事情は大体分かった」
「つまり、音楽会に何かあったら、主催者である魔王の信用はがた落ちってことだ……ねっ!?」
再び軽口を叩いた黒ローブだったが、灰色ローブの鉄拳が頭に振り下ろされて言葉を止めた。
「一々、口を挟むなと言ったろ! それと、この音楽会を邪魔するようなことは、俺が許さん」
灰色ローブがそう言い放つと、黒ローブは不服そうな表情で口を開こうとした。しかし、灰色ローブにギロリと睨まれ、口をつぐんだ。ウェネトは二人の様子を見て、小さくため息を吐いた。
「そうね、音楽会にケチをつけるようなことは、やめてちょうだい。あと、バステトとマロを傷つけるようなポスターも、これ以上貼らないで」
ウェネトの言葉を受けて、黒ローブが首を傾げた。
「え? 君は今の歌姫たちを憎んでるんじゃないの?」
「別に、私の方が歌姫に相応しいって言ってるだけで、あの二人を憎んでるなんて言った覚えはないわよ。それに……いえ、なんでもないわ。ともかく、絶対に音楽会を邪魔することだけはしないでちょうだい!」
ウェネトが不機嫌そうに言い放つと、ローブの二人組は釈然としないといった表情を浮かべながらも頷いた。
一方その頃、「おしゃれ泥棒・ウェロックス」の店内では、手鏡を手にしたシーマが尻尾の先をピコピコと動かしていた。
「つまり、ミミは『超・魔導機☆』を使って、博物館まで移動したってことなんだな……」
「みみ!」
シーマの呟きに、ミミはコクコクと頷きながら返事をした。ミミの返事を聞いた魔王は、口元に指を当てて、ふぅむ、と呟いた。
「すると、向こうは、『超・魔導機☆』を制御しつつあるのか……」
魔王がこぼした言葉を受けて、はつ江がキョトンとした表情で首を傾げた。
「向こうってのは、あの頭巾を被った子たちのことかね?」
はつ江が問いかけると、魔王はギクリとした表情を浮かべた。
「ま、まあ、そんなところだ」
目を泳がせながら答える魔王を見て、シーマは怪訝そうな表情を浮かべて尻尾の先をクニャリと曲げた。
「兄貴、あいつらが何なのか知ってるのか?」
「さ、さあ、お兄ちゃんは、何も知らないぞー」
シーマの質問に、魔王は目を泳がせながら棒読みで答えた。そんな魔王をシーマは、ジトッとした目付きで見つめる。そして、シーマだけでなく、他の五人も手鏡に映る魔王の顔をジッと覗き込んだ。
魔王はそのまま、しばらく目を泳がせていた。しかし、視線に耐えきれなくなったのか、目を伏せてため息を吐いた。
「あー……まあ、端的にいうと、不満分子だな」
魔王が答えると、シーマとはつ江がキョトンとした表情で首を傾げた。
「不満分子? そんなヤツらが、魔界にいるのか?」
「ヤギさんは優しい王様なのに、不満を持ってる子なんているのかい?」
シーマとはつ江に続いて、バステト、マロ、バービー、ミミも首を傾げた。
「熱砂の国でも、陛下に不満を持つ者がいるなんて、聞いたことありませんわよ?」
「はい、陛下のおかげで砂漠地帯でも、全ての民が安全な飲み水を安定して手に入れることができますし」
「魔王さまって、人見知りってだけで、別に悪い王様じゃないじゃん」
「みーみー」
四人がフォローを入れると、魔王はほんの少し頬を赤らめた。しかし、すぐに咳払いをすると、気まずそうな表情を浮かべた。
「そう言ってもらえるのは、とても嬉しいんだが……その、なんというか、不満分子というのは、私に対してだけではなく、魔界全体に不満を持っているようでだな……」
魔王は言葉尻を濁しながら、はつ江に視線を送った。魔王の視線に気づいたはつ江は、再びキョトンとした表情を浮かべた。
「私はヤギさんに、不満なんてもってないだぁよ」
はつ江がそう言うと、シーマが耳を反らして尻尾をパシパシと縦に振った。
「兄貴、冗談でも行って良いことと、悪いことがあるだろ?」
シーマが怒りを込めた声で問い詰めると、魔王は慌てて首を横に振った。
「いや、すまない、はつ江が不満分子じゃないことは重々知っている! ただな……」
魔王はそこで言葉を止め、深いため息を吐いた。
「不満分子というのは、はつ江がいた世界から、魔界に迷い込んでしまった者たちなんだ」
魔王が答えると、シーマは目を丸くした。
「え……そんな、ヤツらがいたのか?」
驚くシーマとは対照的に、はつ江は動じることなく、ほうほう、と声を漏らしながら頷いた。
「ほうほう、そうだったのかい」
納得したと言う表情を浮かべていたはつ江だったが、はたと、何かに気づいたような表情を浮かべた。
「でも、その子らは、なんでヤギさんやこっちの世界に不満があるのかね? みんな良い子たちばかりなのにねぇ」
はつ江がキョトンとしながらそう言うと、他の六人は照れくさそうに目を反らした。
「あー……はつ江を呼んだときに、説明をかなり省いたところがあるから、少し説明しようか」
気を取り直した魔王が提案すると、はつ江はニッコリと微笑んだ。
「そうかい! それは、ありがとうね!」
微笑むはつ江に向かって、魔王も穏やかに微笑んで、気にするな、と口にした。
かくして、シーマ一四世殿下一行は、人間界から魔界への転移について、今更ながら説明を受けることになったのだった。
シーマ一四世殿下一行の目を盗み、フードを目深に被ったローブの一味が、ウェネトに接触していた。
灰色ローブから「超・魔導機・改」の入力端末を受け取ると、ウェネトは、ふん、と鼻を鳴らした。それから、耳をピンと立てると、入力端末をしげしげと見つめた。
「本当に、これに向かって願い事を言うだけで良いの?」
ウェネトが訝しげな表情で問いかけると、黒ローブと灰色ローブは同時に頷いた。
「はい、どんな願いでも叶いますよ!」
「ただし、一回だけな」
黒ローブと灰色ローブの説明に、ウェネトは苦々しい表情を浮かべた。
「一回だけ、ね」
ウェネトは灰色ローブの言葉を繰り返すと、入力端末を強く握りしめた。
「そう、一回だ。だから、願い事は慎重に決めるんだな」
灰色ローブが念を押すと、ウェネトはゴクリと喉を鳴らした。
「たとえば、音楽会そのものをめちゃくちゃにする、なんて願いだって叶うんですよ!」
黒ローブがそう言い放つと、ウェネトは目を見開いて耳をピンと立てた。そして、ダンッと足を踏みならすと、黒ローブをキッと睨みつけた。
「ちょっと! ふざけたことを言わないでよ!」
ウェネトが怒りの表情を浮かべて詰め寄ると、黒ローブはビクッと身を震わせた。
「い、嫌だなぁ、ただの冗談じゃないですか」
「冗談でも言って良いことと悪いことがあるでしょ!? アンタ、この音楽会がどんなに大切なものか、分からないの!?」
言い訳をする黒ローブに、ウェネトは更に詰め寄った。黒ローブは、タジタジとしながら灰色ローブに視線を送った。すると、灰色ローブは深くため息を吐き、ウェネトの頭をポフッとなでた。
「連れが軽率な発言をしてしまい、すまなかった。でも、俺たちはこっちに来てまだ日が浅いから、分からないことが多いんだ」
灰色ローブが説明すると、黒ローブがしきりにコクコクと首を縦に振った。
ウェネトは二人の顔を交互に見てから、ふん、と鼻を鳴らした。
「なら、教えてあげる。アンタたち、トビウオの夜は知ってるわよね?」
ウェネトが問いかけると、灰色ローブがコクリと頷いた。
「どこかの世界で寿命を迎えた魂が、トビウオによって魔界に運ばれてくるという現象だな?」
灰色ローブの言葉に、今度はウェネトがコクリと頷いた。
すると、不意に黒ローブがヘラヘラとした笑いを浮かべた。
「そのトビウオの夜に乗じてお祭り騒ぎしよう、というのが今回の音楽会ですよね?」
その言葉を聞いたウェネトは、黒ローブをキッと睨みつけた。その目付きの険しさに、黒ローブは再びビクッと身を震わせる。すると、灰色ローブが深いため息をついて、黒ローブの頭を小突いた。
「お前は少し黙ってろ。すまない、話を続けてくれ」
灰色ローブが謝罪すると、ウェネトは小さくため息を吐いた。
「……灰色の言うとおり、トビウオは沢山の魂を運んでくるわ。それと、魔界で亡くなった者の魂を別の世界に運んでいくの」
「まあ、そうしないと、魔界は死人の魂だらけになるもんな」
灰色ローブが相槌を打つと、ウェネトはコクリと頷いた。
「ただ、世界を旅する魂は、穏やかな最期を迎えた者ばかりじゃないのよ。まあ、この魔界は、魔王陛下のおかげで長い間平和だし霊魂庁もしっかり仕事をしてるから、嘆き悲しんだり、怒り狂ったりしたままっていう魂は、ほぼないけどね」
ウェネトがそう言うと、黒ローブが不服そうに口を尖らせた。
「へー、隙あらば、魔界の自慢を挟んでいくスタイルですなんですね」
軽口を叩く黒ローブを、ウェネトはギロリと睨みつけた。黒ローブが怯えた表情を浮かべると、灰色ローブが深いため息を吐いた。それから、灰色ローブは、黒ローブの頭上に拳を振り下ろした。
「お前は一々口を挟むな!」
拳をくらった黒ローブは、頭をさすりながら、はーい、と返事した。ウェネトは二人のやり取りをあきれ顔で眺め、深いため息を吐いた。
「……ともかく、魂の中には、生前の悲しみや怒りにとらわれてしまっている者もいるのよ。だから、そう言った魂のために歌うのが、歌姫レディ・バステトの役目なの」
ウェネトの説明に、灰色ローブが、ほう、と声を漏らした。
「……つまり、死者の魂を鎮めるために歌うのか?」
灰色ローブの言葉に、ウェネトは、ええ、と言いながら頷いた。
「そうね。だから、魔界にやって来る魂には歓迎の歌を、魔界から出て行く魂には旅を祝福する歌を贈るの。それと、今回から……」
ウェネトは不意に言葉を止めた。それから、目を伏せて、フルフルと首を横に振った。
「……いえ、なんでもないわ。ともかく、今回の音楽会が重要だということは、分かってもらえたかしら?」
ウェネトが問いかけると、灰色ローブはコクリと頷いた。
「……ああ、事情は大体分かった」
「つまり、音楽会に何かあったら、主催者である魔王の信用はがた落ちってことだ……ねっ!?」
再び軽口を叩いた黒ローブだったが、灰色ローブの鉄拳が頭に振り下ろされて言葉を止めた。
「一々、口を挟むなと言ったろ! それと、この音楽会を邪魔するようなことは、俺が許さん」
灰色ローブがそう言い放つと、黒ローブは不服そうな表情で口を開こうとした。しかし、灰色ローブにギロリと睨まれ、口をつぐんだ。ウェネトは二人の様子を見て、小さくため息を吐いた。
「そうね、音楽会にケチをつけるようなことは、やめてちょうだい。あと、バステトとマロを傷つけるようなポスターも、これ以上貼らないで」
ウェネトの言葉を受けて、黒ローブが首を傾げた。
「え? 君は今の歌姫たちを憎んでるんじゃないの?」
「別に、私の方が歌姫に相応しいって言ってるだけで、あの二人を憎んでるなんて言った覚えはないわよ。それに……いえ、なんでもないわ。ともかく、絶対に音楽会を邪魔することだけはしないでちょうだい!」
ウェネトが不機嫌そうに言い放つと、ローブの二人組は釈然としないといった表情を浮かべながらも頷いた。
一方その頃、「おしゃれ泥棒・ウェロックス」の店内では、手鏡を手にしたシーマが尻尾の先をピコピコと動かしていた。
「つまり、ミミは『超・魔導機☆』を使って、博物館まで移動したってことなんだな……」
「みみ!」
シーマの呟きに、ミミはコクコクと頷きながら返事をした。ミミの返事を聞いた魔王は、口元に指を当てて、ふぅむ、と呟いた。
「すると、向こうは、『超・魔導機☆』を制御しつつあるのか……」
魔王がこぼした言葉を受けて、はつ江がキョトンとした表情で首を傾げた。
「向こうってのは、あの頭巾を被った子たちのことかね?」
はつ江が問いかけると、魔王はギクリとした表情を浮かべた。
「ま、まあ、そんなところだ」
目を泳がせながら答える魔王を見て、シーマは怪訝そうな表情を浮かべて尻尾の先をクニャリと曲げた。
「兄貴、あいつらが何なのか知ってるのか?」
「さ、さあ、お兄ちゃんは、何も知らないぞー」
シーマの質問に、魔王は目を泳がせながら棒読みで答えた。そんな魔王をシーマは、ジトッとした目付きで見つめる。そして、シーマだけでなく、他の五人も手鏡に映る魔王の顔をジッと覗き込んだ。
魔王はそのまま、しばらく目を泳がせていた。しかし、視線に耐えきれなくなったのか、目を伏せてため息を吐いた。
「あー……まあ、端的にいうと、不満分子だな」
魔王が答えると、シーマとはつ江がキョトンとした表情で首を傾げた。
「不満分子? そんなヤツらが、魔界にいるのか?」
「ヤギさんは優しい王様なのに、不満を持ってる子なんているのかい?」
シーマとはつ江に続いて、バステト、マロ、バービー、ミミも首を傾げた。
「熱砂の国でも、陛下に不満を持つ者がいるなんて、聞いたことありませんわよ?」
「はい、陛下のおかげで砂漠地帯でも、全ての民が安全な飲み水を安定して手に入れることができますし」
「魔王さまって、人見知りってだけで、別に悪い王様じゃないじゃん」
「みーみー」
四人がフォローを入れると、魔王はほんの少し頬を赤らめた。しかし、すぐに咳払いをすると、気まずそうな表情を浮かべた。
「そう言ってもらえるのは、とても嬉しいんだが……その、なんというか、不満分子というのは、私に対してだけではなく、魔界全体に不満を持っているようでだな……」
魔王は言葉尻を濁しながら、はつ江に視線を送った。魔王の視線に気づいたはつ江は、再びキョトンとした表情を浮かべた。
「私はヤギさんに、不満なんてもってないだぁよ」
はつ江がそう言うと、シーマが耳を反らして尻尾をパシパシと縦に振った。
「兄貴、冗談でも行って良いことと、悪いことがあるだろ?」
シーマが怒りを込めた声で問い詰めると、魔王は慌てて首を横に振った。
「いや、すまない、はつ江が不満分子じゃないことは重々知っている! ただな……」
魔王はそこで言葉を止め、深いため息を吐いた。
「不満分子というのは、はつ江がいた世界から、魔界に迷い込んでしまった者たちなんだ」
魔王が答えると、シーマは目を丸くした。
「え……そんな、ヤツらがいたのか?」
驚くシーマとは対照的に、はつ江は動じることなく、ほうほう、と声を漏らしながら頷いた。
「ほうほう、そうだったのかい」
納得したと言う表情を浮かべていたはつ江だったが、はたと、何かに気づいたような表情を浮かべた。
「でも、その子らは、なんでヤギさんやこっちの世界に不満があるのかね? みんな良い子たちばかりなのにねぇ」
はつ江がキョトンとしながらそう言うと、他の六人は照れくさそうに目を反らした。
「あー……はつ江を呼んだときに、説明をかなり省いたところがあるから、少し説明しようか」
気を取り直した魔王が提案すると、はつ江はニッコリと微笑んだ。
「そうかい! それは、ありがとうね!」
微笑むはつ江に向かって、魔王も穏やかに微笑んで、気にするな、と口にした。
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