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第一章 シマシマな日常

ビクッ

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  シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんと魔王は、謁見の間にて歌姫の来訪を待っていた。

「大丈夫。初対面の人だけど、きっと怖くない、怖くない、怖くない……」

 玉座に腰掛けた魔王は、自分に言い聞かせるようにブツブツと繰り返し呟いた。その様子を見たシーマは、ヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら、小さくため息を吐いた。

「兄貴、とりあえず深呼吸でもして、少し落ち着いてくれ。側にいるこっちまで、不安になってくるから」

 シーマが宥めるように声をかけると、はつ江もニコリと微笑みながら魔王に声をかけた。

「ヤギさんや、不安なら手のひらに『人』って三回書いてから、飲み込むといいだぁよ」

 二人の言葉を受けて、魔王は不安げな表情のまま、そうだな、と呟いた。

「ひとまず、シーマの言うように深呼吸してから、はつ江が提案してくれたおまじないをしてみよう」

 魔王はそう言うと、手を前から上にあげてのびのびと、深呼吸をした。そして、左手の人差し指で、右の手のひらに「人」と三回かきしるし、それを飲み込む仕草をした。

「うん。少し、緊張が解けた……ような気がする」

 魔王の言葉を聞いて、シーマはホッとした表情を浮かべて、そうか、と相槌を打った。はつ江もニッコリと笑って、コクコクと頷いた。

「ヤギさんが落ち着いてくれて、よかっただぁよ!」

「そうだな。遠路はるばる熱砂の国から来てくれるのに、魔王が顔すら出さなかったり、妙なお面をつけて現れたり、なんてことになったら、失礼極まりないからな」

 はつ江に続いて、シーマが辛辣な言葉を口にしながら魔王に視線を送った。すると、魔王はギクリとした表情を浮かべた。そして、シーマから視線を反らすと、わざとらしく口笛を吹いた。

「な、なにを言うんだー。お兄ちゃんがバッタ仮面で対応してしまおうなんて、考えてるわけないじゃないかー」

 魔王が白々しくそう言うと、シーマは耳を後ろに反らして、尻尾を縦に大きく振った。

「あからさまに図星を指された反応をするなよ!この、バカ兄貴!」

 シーマが尻尾をブンブンと振りながら叱責すると、魔王はシュンとした表情を浮かべて肩をすぼめた。

「だって……」

「だって、じゃない!魔界を統べる者なんだから、もっとちゃんとしてくれよ!」

 シーマが尻尾をパシパシと振りながら抗議すると、魔王は不服そうな表情で、はーい、と返事をした。はつ江は二人のやり取りをニコニコとした笑顔で眺めていたが、不意にハッとした表情を浮かべた。

「そういやよ、二人とも。歌姫さん達も、シマちゃんの『どこへでもドア』みたいな魔法でこっちに来るのかい?」

 はつ江がキョトンとした表情で尋ねると、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。

「はつ江、ボクの転移魔術に、きわどい名前を勝手につけないでくれ……まあ、それはともかく、多分そうじゃなくて空路と陸路で来るんじゃないかな?」

 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げながらそう言うと、魔王コクリと頷いた。

「多分、シーマの言うとおりだろうな。転移魔術は魔術の中でも、かなり神経を使う類だから、扱うのが苦手という者の方が多いんだ。使えはしたけど三日くらい寝込んだ、なんて例もあるみたいだからな」

 魔王が説明すると、今度はシーマがコクコクと頷いた。

「そうそう。だから、音楽会で歌うっていう大役があるなら、消耗の激しい転移魔術は使わないと思うぞ」

 魔王の説明にシーマが続くと、はつ江は、ほうほう、と声を漏らした。そして、ニッコリと笑顔を浮かべると、シーマのフカフカの頭を優しくなでた。

「そんなに大変な魔法なのに、お出かけのときはいつも使ってくれて、ありがとうね」

 はつ江がお礼を言うと、シーマは耳と尻尾をピンと立ててそっぽを向いた。

「ふ、ふん!別にボクくらいの実力者なら、転移魔術くらい大したことないんだからな!それに、そんなことより、はつ江が転んでケガしちゃった方が、大変そうだと思っただけなんだからな!」

 シーマが分かりやすく照れ隠しをすると、はつ江と魔王はニッコリと微笑んだ。
 シーマの行動により、謁見の間に和やかな空気が訪れた。
 まさにそのとき!


「ごめんくださーい」


 壁につけられた百合の形をした拡声器から、呼び鈴の音とともに女性の声が響いた。途端に、魔王はビクッと身を震わせて、引きつった表情を浮かべた。
 魔王の反応を見たシーマは、尻尾の先をピコピコと動かしながら小さくため息を吐いた。

「兄貴、ひとまずボクとはつ江で玄関に迎えにいくから、その間に落ち着いてくれ」

「またさっきみたいに、深呼吸しておまじないをすれば大丈夫だぁよ!」

 シーマとはつ江に宥められた魔王は、呼吸を落ち着かせながらコクリと頷いた。

「ありがとう、二人とも。では、歌姫達を迎えにいってくれ」

「ああ、了解だ!」

「まかせるだぁよ!」

 シーマとはつ江は元気よく返事をすると、玄関に向かってトコトコと歩き出した。
 
 玄関に辿り着いた二人は、力を合わせて重い扉を開いた。そこには……

 ベージュ色の毛並み

 灰色の尖った耳

 アーモンド型の大きな青い目

 顔の中央には耳と同じ毛色の模様……

 そんな、シャム猫によく似た模様のずんぐりとした体型の猫が、白いワンピース姿で立っていた。
 その隣には……

 茶トラ模様の毛並み

 飾り毛のついた大きな耳

 ボタンのように丸い緑色の目

 口元には白い毛並み……

 そんな、モロコシによく似た背の高い茶トラの猫が、深緑色の着流し姿で立っていた。

 二人はシーマとはつ江を見ると、うやうやしくお辞儀をした。

「初めてお目にかかります。熱砂の国から参りました、当代レディ・バステトでございます」

 ずんぐりとした猫がハスキーボイスで名乗ると、背の高い茶トラがもう一度ペコリと頭を下げた。

「はじめましてー。僕はレディ・バステトの付き人兼護衛をしてる、マロです」

 背の高い茶トラも名乗り終えると、はつ江はニッコリと笑ってからペコリと頭を下げた。

「はじめまして!バスケットちゃんと、マロちゃんだね!私は森山はつ江だぁよ!よろしくね!」

 名前を微妙に間違えつつもはつ江が元気よく挨拶すると、バステトとマロは苦笑いを浮かべた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「うん。よろしくね、森山さん」

 三人が挨拶をし合う中、シーマはキョトンとした表情でバステトの姿を眺めていた。シーマの視線に気づいたバステトは、ニコリと微笑みながら首を軽く傾げた。

「あら?殿下、いかがなさいました?」

 バステトに問いかけられ、シーマはハッとした表情を浮かべた。そして、慌てて顔を洗う仕草をすると、バステトに苦笑を向けた。

「失礼しました。その……『熱砂の国の歌姫レディ・バステト』の名は、黒い毛並みのケットシー族が継ぐものだと聞いていたので」

 シーマがそう言うと、バステトも苦笑を浮かべた。

「ええ。たしかに、黒猫以外がバステトを襲名するのは、珍しいことですね。でも、前例も数例ありますし、バステトの名に恥じない歌を披露する自信はありますよ?」

 バステトがウインクをしながらそう言うと、シーマはニッコリと微笑んだ。

「それは、心強いです。明日の音楽会が、今から楽しみですね」

 はつ江とマロはそんな二人のやり取りを、ニコニコと微笑みながら眺めていた。しかし、はつ江が不意にキョトンとした表情を浮かべた。

「ところで、マロちゃんや。バスケットちゃんが歌姫さんなら、マロちゃんはお歌の伴奏をするのかい?」

 はつ江が尋ねると、マロは尻尾の先をピコピコと動かしながらコクリと頷いた。

「ええ。今日はその予定です。ただ、本当は僕じゃ……」

「マロ!余計なことを言うんじゃないわよ!」

 そのとき、バステトが大きな声でマロの言葉を遮った。バステトの声に驚いたマロは尻尾の毛を逆立て、ペタンと耳を伏せた。それから、シュンとした表情を浮かべて、バステトに向かってペコリと頭を下げた。

「失礼しました。レディ」

 バステトは深々と頭を下げるマロを一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らしながら腕を組んだ。

「まったく、気をつけてちょうだい!」

 バステトが憤慨していると、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げた。

「あの、なにかトラブルが起こったのですか?」

 怪訝そうな表情を浮かべるシーマに続いて、はつ江もキョトンとした表情で

「なんなら、シマちゃんと私でお手伝いしようかね?」

 シーマとはつ江に声をかけられて、バステトはハッとした表情を浮かべた。そして、すぐさま苦笑いを浮かべると、胸の辺りで手をパタパタと横に振った。

「いえいえ、殿下達のお手をわずらわせるほどのことではございません。ね、マロ?」

 バステトは睨みつけるように、マロに視線を送った。すると、マロは淋しげな表情でコクリと頷いた。

「はい、そう……ですね。もう、かたはついている話ですから……」

 二人のやり取りを見たシーマとはつ江は、怪訝そうな表情のまま同時に首を傾げた。バステトは二人の反応を受けて、再び苦笑を浮かべた。

「よくある話ですが、事情は後ほどお話しいたしますわ。それよりも、殿下、陛下にもご挨拶をと考えているのですが?」

 バステトが軽く首を傾げると、シーマはハッとした表情を浮かべた。

「あ、失礼しました!どうぞこちらに!」

 シーマはそう言うと、バステトとマロに向かって城の中へ招き入れる手振りをした。バステトとマロはペコリと頭を下げると、魔王城へと足を進めた。

 それから一同は、曲がりくねった長い廊下をトコトコと進み、謁見の間へ辿り着いたが……


「ふははははは!勇者どもよ、よくぞここまで辿り着いた!敵とは言え、褒めてつかわそう!さあ、どこからでもかかってくるがよい!」


 ……いつになく魔王らしいセリフを吐く魔王の姿を目の当たりにし、盛大に面食らっていた。
 シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らすと、深いため息を吐いた。そして、トボトボとした足取りで、仁王立ちをしながら高笑いをあげる魔王へ近づいていった。それから、シーマは耳を反らし、眉間にしわを寄せて、無言で魔王の目をジッと見つめた。しばらく高笑いを続けていた魔王だったが、シーマの無言の圧力に耐えかね、笑い声のボリュームを徐々に落としていった。
 魔王が完全に黙り込むと、シーマは聞こえよがしに深いため息を吐いた。

「えーと……その……すまなかった……」

 魔王が自分から謝ると、シーマは再びため息を吐き、尻尾をブンブンと横に振った。

「まあ、なんか、色々と言いたいことはあるけど、一言にまとめるぞ」

 シーマはそう言うと、深く息を吸い込んだ。

「一体なんのつもりだ!?」

 シーマが大声で叫ぶと、魔王はシュンとした表情を浮かべて顔を背けた。

「だって……このくらい突き抜けてた方が、お客さんも俺も緊張しないかな、と思ったから……」

「緊張どころか、混乱しちゃってるだろ!この、バカ兄貴!」

 シーマと魔王のやり取りを見て、はつ江はカラカラと笑い声をあげた。

「わはははは!ヤギさんが緊張してなくて、よかっただぁよ!」

 はつ江がそう言うと、バステトは尻尾の先をクニャリと曲げて怪訝そうな表情を浮かべた。

「森山さん?多分、緊張していない、ということではないと思いますよ?」

 バステトの言葉に、マロも尻尾の先をピコピコと動かしながらコクコクと頷いた。

「むしろ、緊張が極まっちゃった結果の行動にも見えますね……」

 謁見の間には、マロの怪訝そうな声が響いた。
 かくして、魔王が突き抜けながらも、なにやら事情がありそうな歌姫様ご一行が、魔王城に辿り着いたのだった。
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