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第一章 シマシマな日常

コクリ

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 博物館の手伝いにやってきたシーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、柴犬の五郎左衛門とともに通常展示の警備にあたっていた。
 パステルカラーの絵に囲まれていた展示室の中、入り口付近にはつ江、出口付近にシーマ、五郎左衛門は室内を歩き回って警備を行っている。
 開館直後はまばらだった客足も次第に増えていき、親子連れでにぎわい始めた。そんな中、尖った耳と鼻をした子供が、目を輝かせながらハリネズミが描かれた一枚の絵を指さした。

「ママー!見て!ハリのスケさん!ハリのスケさん!」

 楽しそうに大声で子供が叫ぶと、尖った耳と鼻をした母親が焦った表情を浮かべた。

「こ、こら!ゴブ彦!大声出しちゃだめでしょ!」

 母親は咄嗟に子供を叱りつけた。しかし、絵本の登場人物達に囲まれてはしゃぐ子供に、母親の声は届いていないようだった。母親がはしゃぎ止まない子供にオロオロしていると、展示室の中を巡回してしていた五郎左衛門がトコトコと近づいた。五郎左衛門に気づいた母親は、はしゃぐ子供を取り押さえて頭を下げた。

「すみません!今、静かにさせますので!」

 母親が何度も頭を下げていると、五郎左衛門は円らな黒い目を細めてニコリと笑った。

「大丈夫でござるよ、ご婦人。大好きな物の前だと、子供がはしゃいでしまうのは当然でござる」

 五郎左衛門はそう言うと、膝を屈めて子供の顔を覗き込んだ。

「少年よ、ハリのスケ殿は好きでござるか?」

 五郎左衛門が首を傾げて尋ねると、子供は目を輝かせながら大きく頷いた。

「うん!大好き!」

 子供が答えると、五郎左衛門は再び目を細めてニッコリと笑った。

「それは良かったでござる!でも、ハリのスケ殿は耳が良いゆえ、大きな声を出すとビックリしてしまうでござる。なので、しー、っでござるよ」

 五郎左衛門はそう言うと、人差し指を口元に当てた。すると、子供は凜々しい表情を浮かべて、コクリと頷いた。

「うん!わかった!」

 子供が小声で答えると、五郎左衛門はタシタシとその頭をなでた。

「うむ!少年は良い子でござるな」

 五郎左衛門がそう言うと、母親は微笑みを浮かべてから深々と頭を下げた。そして、子供の手を引くとゆっくりと歩きだした。五郎左衛門は二人の後ろ姿をにこやかに見送った。

「こら!」

 しかし、安心したのもつかの間、今度は入り口付近から、焦った女性の声が響いた。
 一同が目を向けると、一つ目の子供が壁に飾られた絵を触ろうと手を伸ばし、その母親が襟首を掴んでそれを止めていた。

「なんでこんなことするの!」

 母親は子供を壁から引き離し、両肩を掴んで問い詰めるように声を上げた。すると、子供は、うー、と呟いて、目に涙を浮かべた。その様子を見たはつ江は椅子から立ち上がり、トコトコと二人に近づいた。

「す、すみません!」

 はつ江に気づいた母親は、必死にペコペコと頭を下げた。すると、はつ江はニッコリと笑った。

「この位の歳の子は、何でも触りたがるからねぇ。でも、お母さんがちゃんと止めてくれたから、大丈夫だぁよ」

 はつ江はそう言うと背伸びをして、母親の頭をポフポフとなでた。そして、よっこいしょ、と呟いて膝を屈める。

「坊や、博物館に飽きちまったのかい?」

 はつ江が優しく問いかけると、子供は目に涙をためたままコクリと頷いた。そうしていると、五郎左衛門がパタパタと足音を立てながら三人に近づいた。

「しからば、うってつけの場所があるでござるよ」

 五郎左衛門はそう言うと、制帽をひょいっと外した。そして、頭の上に載せた館内マップを手に取ると、親子の前に差し出した。

「二階のこの場所は、『みんなで遊ぼう!フカフカプール』という体験型の展示があるゆえ、お子さんも楽しめるはずでござるよ」
 
 五郎左衛門が館内マップを指さしながら説明すると、子供は涙を拭って目を輝かせた。

「スタッフも、お子さんの対応に慣れた者がそろっているでござる。それに、ちょっとした休憩スペースも併設されているゆえ、お母様が一息つくのにはもってこいでござる」

 そう言うと、五郎左衛門はニッコリと笑った。すると、母親も軽く目を拭ってから、ありがとうございます、と深々と頭を下げた。

「じゃあ、行ってみようか?」

 母親が微笑んで問いかけると、子供もニッコリと笑って頷いた。そして、二人は手を繋いで展示室を出て行った。
 二人の姿を見送ると、はつ江は五郎左衛門に向かってニッコリと微笑んだ。

「ゴロちゃんは、しっかりしてるねぇ」

 はつ江はそう言うと、五郎左衛門の頬を両手でワシワシとなでた。五郎左衛門は目を細めてくるんと巻いた尻尾を振っていたが、不意に我に返るとコホンと咳払いをした。

「失礼いたしましたでござる。博物館に足を運んでくれた親御さんや子供達には、良い思い出を作っていってほしいのでござるよ」

 五郎左衛門がそう言ってニコリと笑うと、はつ江も微笑みながら、うんうん、と頷いた。
 一方そのころ、シーマはというと……

「殿下ー!肉球プニプニさせてください!」
「ぼくもー!」
「わたちもー!」

 ……お子様達に囲まれて、モッテモテとなっていた。

「こ、こら!殿下に対して失礼でしょ!」
「ダメでしょ!」
「ま、まことに申し訳ございません!殿下!」

 親御さん達が焦っていると、シーマは片耳をパタパタと動かしながら苦笑を浮かべた。

「いえ。構いませんよ。でも、あんまり乱暴にしないでくれよ?」

 シーマはそう言って、ピンク色の肉球がついたフカフカの手を子供達に向かって差し出した。すると、子供達は声をそろえて、はーい、と返事をし……

「あ……あの……私もよろしいでしょうか?」
「私も……」
「ワシも……」

 ……親御さん達も、気まずそうな表情を浮かべて、おずおずと挙手をした。

「えーと……か、構いませんよ」

 親御さん達に気圧されて、シーマは軽く耳を伏せながら引きつり気味の笑顔で返事をした。シーマが親御さん達にもモッテモテになっている様子を見て、はつ江と五郎左衛門は微笑みを浮かべながら、うんうん、と頷いた。
 
 そうこうしているうちに、時刻は正午となった。
 食事時になったためか、展示室の中はシーマ、はつ江、五郎左衛門の三人だけとなっていた。
 シーマは辺りをキョロキョロと見渡して人の気配がないのを確認すると、五郎左衛門のもとに駆け寄った。

「五郎左衛門、そろそろお昼ご飯の時間だけど、休憩は交代制だっけ?」

 シーマが声を掛けると、五郎左衛門はコクリと頷いた。

「おっしゃる通りでござる!この時間帯であれば一人でも問題ないゆえ、はつ江殿とご一緒に休憩をおとりなってくだされ」

 五郎左衛門がシーマの質問に答えていると、はつ江がトコトコと二人に近づいた。

「じゃあ、お言葉に甘えて先にご飯にしようかねぇ、シマちゃん」

「ああ。そうだな、はつ江……ん?」

 はつ江の提案に頷いて昼食に向かおうとしたシーマだったが、不意に何かに気づいた表情を浮かべた。そして、尻尾の先をクニャリと曲げて、展示室の入り口に顔を向けた。はつ江と五郎左衛門も続いて顔を向けると、いつの間にか入り口に小さな人影が立っていた。

 尖った三角形の耳。

 ビー玉のように丸い金色の目。

 薄茶と黒と白の毛並み。

 丸く短い尻尾。

「あれまぁよ!可愛い三毛ちゃんだね」

 はつ江の言葉通り、そこに居たのはピンクのワンピースを着た三毛の仔猫だった。三毛猫は三人に近づくと、耳を伏せて目に涙を浮かべた。

「みー……」

 三毛猫が悲しげに呟くと、五郎左衛門が慌てながら膝を屈めた。そして、三毛猫の顔を覗き込むと、首を傾げた。

「お嬢ちゃん、迷子でござるか?」

「みー」

「どこから来たのでござるか?」

「みー」

「お名前は何というのでござるか?」

「みー……」

 五郎左衛門が問いかけても、三毛猫はポロポロと涙を落として、みー、と呟くばかりだった。すると、五郎左衛門は耳を伏せて困惑した表情を浮かべた。

「うーむ……これは、困ってしまったでござる」

 某童謡よろしく五郎左衛門がオロオロとしていると、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。

「五郎左衛門って……結構、律儀だよな。ともかく」

 シーマはそう言うと、コホンと咳払いをした。そして、腕を組むと尻尾の先をクニャリと曲げた。

「この子、まだ喋れないみたいだな。ひとまず、迷子センターに連れて行って親御さんを探してもらわないと」

 シーマがそう言うと、三毛猫は目を見開いてヒゲをピンと立てた。そして、キョロキョロと辺りを見渡すと、ピョンピョンと跳びはねた。

「みー!みー!」

「わっ!?ど、どうしたんだよ急に?」

「どこか痛くなってしまったのでござるか?」

 急に跳びはねだした三毛猫にシーマと五郎左衛門が慌てていると、はつ江がゆっくりとしゃがみ込んだ。そして、三毛猫の耳の後ろを優しくなでた。

「ほうほう」

 はつ江が微笑みながら優しく声を掛けると、三毛猫は短い尻尾をピンと立てた。

「みー、みー」

「それで、それで?」

「みー!みみー!」

「あれまぁよ!そうなのかい!」

 三毛猫が、みー、と言う度に、はつ江はコクコクと頷きながら相槌を打った。その様子を見たシーマと五郎左衛門は、耳をピンと立てて目を見開いた。

「はつ江!?その子の言葉が分かるのか!?」

「何と言っているのでござるか!?」

 二人が驚きながら尋ねると、はつ江は顔を向けてニッコリと笑った。

「サッパリ分からねぇだぁよ!」

 そして、元気良くそう答えた。

「……」
「……」
「……」
「……」

 一同のもとには、気まずい沈黙が訪れた。

「みぃー!!!」

 沈黙を打ち破ったのは、耳を反らして尻尾をピコッと縦に振る三毛猫の叫びだった。

「今のは、何を言おうとしたか分かったでござる……」

「奇遇だな、五郎左衛門……ボクもだよ……」

 五郎左衛門とシーマが脱力していると、はつ江は苦笑いを浮かべながら白髪頭をポリポリと掻いた。

「わはははは、悪かっただぁよ」
 
 はつ江はそう言うと、プリプリと怒る三毛猫の頭をそっとなでた。
 
「でも、なんか事情があるみたいだから、ひとまずナベさん達に相談するかね」

「そうだな。それが、良さそうだ」

「そうでござるな」

 はつ江の言葉に、シーマと五郎左衛門はコクリと頷いた。

「みー」

 三毛猫も尻尾をピコピコと動かしながら、コクコクと頷いた。

 かくして、シーマ十四世殿下一行は、迷子な仔猫ちゃんの対応をすることになったのだった。 
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