上 下
40 / 191
第一章 シマシマな日常

ヒューン

しおりを挟む
 コケトリマルバッタに案内されたシーマ十四世殿下一行は、井戸の水位が下がった原因となる沼……

「あれは、二十日前のことでした……」

 もとい、スライムの考古学者、ポバール・ボウラック博士のもとにたどり着いていた。
 五人が耳を傾けると、ポバールは円らな目を伏せてプルプルと震えだした。

「文献を調べていたところ、この辺りに古代の『超・魔導機☆』が眠っているという仮説にたどり着きました。それで、本格的な発掘調査の申請書を出す前に、下見に来ることにしたんですよ」

 ポバールの言葉に、モロコシが首を傾げて尻尾の先をクニャリとと曲げた。

「ちょう・まどうき?」
 
「それは、一体何なんだい?」

 続いてはつ江も首を傾げると、ポバールはプルンと震えた。

「それが、文献にも『とにかく、もの凄く凄いもの!』としか、書かれていなかったので、私も正体は良く分からないのですよ……」

 悲しげな声で答えると、蘭子が苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。

「なんと言いますか、随分とふんわりとした文献なんですね」

「まあ……魔界の古い文献は、どうでも良い所を大げさに書いて、大事なところを省略して書いてあるのが多いからな……」

 シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら相槌を打つと、ポバールは再びプルンと震えた。

「はい。なので、私も『超・魔導機☆』というのが何なのか是非知りたくて、ときめく気持ちをこらえながら下見に来ていたのです。しかし、私がここにたどり着いたときには、すでに誰かが掘り返してしまっていたようで、深い穴が開いていました」

 ポバールの言葉に、シーマがピクリとヒゲを動かした。そして、眉間にしわを寄せると、フカフカの手を口元に当てて尻尾の先をクニャリと曲げた。

「おかしいな……ここ最近、この辺りの発掘許可の申請は出てなかったはずだけど……」

 シーマの言葉に、ポバールは顔と思われる部分をクニャリと曲げた。

「はい。確かに、学会の活動記録にも、この辺りを調査したというものはありませんでした。なので、一体どういうことなのかと思い、身を乗り出して穴を覗き込んだのですが……」

「バランスを崩して、落っこっちまった訳でございやすね?」

 チョロが尋ねると、ポバールは目を伏せてプルンと震えた。

「……はい、恥ずかしながら。何とか這い上がろうとしたのですが、昔から運動が得意というわけではないので、上手くいかずに途方に暮れてしまいました。そうしているうちに、体がどんどん乾きだして……これはまずい、と思って、地中の水分を体に集める魔術を使いました」

 ポバールがそう言うと、はつ江が、ほうほう、と呟きながら頷いた。

「ぼうらくさんは、魔法が使えるんだねぇ」

 はつ江は感心した表情を浮かべたが、ポバールは顔と思われる部分をプルプルと横に振った。

「いえ、確かに使えることは使えるのですが……あまり得意ではないのですよ。なので、今回も十分な水分を集めたところで、魔術を止めることが出来ず……」

「地中の水分を集めすぎて体が膨張してしまった、と言うことですね?」

 蘭子が困惑した表情で問いかけると、ポバールは顔と思われる部分をクニャリと曲げた。

「はい、その通りなんです。それで、顔が地面にまで届いたのでなんとか這い出そうとしたのですが、体の中身が薄まりすぎて上手く動かすことが出来ずに、こうして沼になってしまっていたのです」

 そう言うと、ポバールは深いため息を吐いた。ポバールの説明を受けて、モロコシが耳をペタンと伏せて、シーマの袖を引っ張った。

「殿下、ポバール先生をここから出してあげられない?」

 モロコシが首を傾げて尋ねると、シーマは、うーん、と唸りながら腕を組んだ。

「竜巻の魔術で吸い上げたり、穴の底の土を盛り上げて押し出すことは出来るかもしれないけど……体が薄まってるときは、下手に衝撃を与えて核が傷ついちゃうと命に関わるしな……」

「あとの方法と言やぁ……核を水面まで浮かび上がらせていただいて、バケツか何かで核と周りの部分を掬いあげる、っつーところでございやすかね?」

 シーマの言葉に続いて、チョロが首を傾げながら提案すると、ポバールは深いため息を吐いた。

「一番手っ取り早いのが、トカゲさんの言った方法でしょうね……ただ、一回その方法で救助されたことがあるのですが、もの凄くいたいんですよね、あれ」

 ポバールはそう言うと、眉間にしわを寄せてブルブルと身震いをした。

「そ、そうだったんですか……あれ?森山様、どうしましたか?」

 気の毒そうな表情を浮かべていた蘭子だったが、はつ江が腕を組んで梅干しを急に口にしたときのような表情を浮かべていたことに気づき、キョトンとしながら首を傾げた。

「蘭子ちゃんや、確か、はーげんちーさんは、血を砂糖醤油に変えちまうことができるんだったよね?」

「はい。局長は液体の性質を変えることが得意な……あ!」

 蘭子は言葉を途中で止め、目を見開いた。蘭子の様子を見て、シーマが耳と尻尾を立てて、目を見開いた。

「そうか!なら、ハーゲンティ局長に連絡して、ボウラック博士の体の成分を元に戻してもらえれば……」

「はい!この状況を打破できるかもしれません!早速、局長に連絡を……」

 蘭子がいそいそとポケットから通信用の手鏡を取り出そうとした、まさにその時。

「その必要はないわ!」

 上空から、優雅な声が響き渡った。
 六人が空を見上げると、翼を持った人影が、ヒューンと風を切りながら地面に近づいてきた。一同が唖然としていると、翼をもった人影は翼をふわりと広げ、優雅な仕草で着地した。
 その姿は、頭にバッタのラバーマスク、体には灰色の作業着、背中には白い大きな翼というものだった。

「正義の使者、バッタ仮面ウイング!推して参りますわ!」

 ハーゲンティ……もとい、バッタ仮面ウイングはそう言い放つと、両手を天高く掲げ左足を上げたポーズを決めた。
 そんな、バッタ仮面ウイングの登場により……

「え!?あ、あの……局ちょ……え!?」
 
 蘭子はおろおろとした表情で戸惑い、

「バッタ……仮面……?」

 ポバールはプルプル震えながら困惑し、

「わぁ!カッコイイ!」
「スゲー!かっけぇ!!」

 モロコシとチョロは目を輝かせて喜び

「あれまあよ!凄いねぇ!」

 はつ江はカラカラと笑い、

「えーと……」

 シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
 バッタ仮面ウイングが一同の様子を見て、うふふ、という笑い声を漏らしていると、シーマが脱力しきった表情でトコトコと近づいた。

「あのー……少し、よろしいでしょうか?」

 シーマが話しかけると、バッタ仮面ウイングは、うふふ、と笑いながら首を傾げた。

「あら?どうしたのですか?少年」

 ハーゲンティ……もとい、バッタ仮面ウイングが白々しい口調で尋ねると、シーマは小さくため息を吐いた。

「……ちょっと、こっちに来て下さい」

「承知いたしましたわ」

 バッタ仮面ウイングはそう答えると、シーマと共に一同から離れた場所に移動した。そして、二人はしゃがみ込むとヒソヒソ話を始めた。

「ハーゲンティ局長……何なさってるんですか……?」

「あら?私は魔界水道局局長ハーゲンティではなく、バッタ仮面ウイングですわよ?」

「いえ……今、そういうのいいですから……ともかく、何をしにいらしたのですか?」

「うふふ。少し前に、友人のバッタ仮面から連絡がありましたの。殿下達が大変そうだから、筋肉痛でろくに動けない自分の代わりに、手助けをして欲しいって」

「あのバカ兄貴め……ともかく、今の状況なんですが……」

「ええ、それも伺いましたわ。ここは、私に任せて下さい」

「ありがとうございます……でも、本当に何なんですか、その格好は?」

「あら?あまり、好ましい格好ではなかったのですか?」

 バッタ仮面ウイングが問い返すと、シーマは一同の方にチラリと目を向けた。シーマの目には、目を輝かせながらバッタ仮面ウイングを見つめる、モロコシとチョロの姿が映った。

「……少なくとも、モロコシとチョロには大好評です」

「うふふ。なら、このまま話を合わせてくださいませ」

「……尽力します」

 会話が終わると、二人は同時に立ち上がり一同のもとに帰っていった。

「皆様、お待たせいたしました。本日は、ボウラック博士の体が薄まってしまって困っていらっしゃるようなので、お手伝いに参りましたわ」

 バッタ仮面ウイングがそう言うと、チョロが目を輝かせながらバッタ仮面ウイングを見つめた。

「すげぇ!バッタ仮面ウイングの姐さんは、何でも知ってるんでございやすね!」

「すごーい!」

「す、すごーい」

 チョロの言葉に、モロコシは耳と尻尾をピンと立て相槌を打ち、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら、相槌をうった。
 バッタ仮面ウイングは、うふふ、と笑い声をもらすと、ポバールに顔を向けた。

「ボウラック博士、ただ今体の濃度を調整いたしますので、お体に触れてもよろしいですか?」

「あ、はい。どうぞ」

 ポバールが困惑した表情を浮かべながらも顔のあたりをクニャリと曲げると、バッタ仮面ウイングはポバールの体にそっと触れた。そして、仮面の奥で何かゴニョゴニョと呟いた。すると、手が触れた部分から薄い灰色だった体色が濃くなっていき、数秒のうちにボウラックの体は艶のある鉛色に変わっていった。

「……よし。こんなものかしらね。併せて、水分吸収の魔術も解いておきましたわ」

 バッタ仮面ウイングがそう言って手を放すと、ボウラックは目を輝かせながら、おお、と呟いた。

「まことにありがとうございます!これで、大きな衝撃にも耐えられる程度の強度がもどりました!」

 プルプルと震えながらポバールが喜んでいると、はつ江がニッコリと微笑んだ。

「ぼうらく先生!よかっただぁね!」

 はつ江の言葉に、ポバールは元気よく、はい、と返事をした。バッタ仮面ウイングは二人の様子をみて、うふふ、と笑い声を漏らすと、今度はシーマに顔を向けた。

「それでは、シーマ殿下」

「な、なーに?バッタ仮面ウイングさん!」

 シーマが裏返った声で呼びかけに応えると、うふふ、と笑いながら首を傾げた。

「少し、お手伝いいただけますか?」

「う、うん!分かったー!」

 シーマが白々しい口調で返事をすると、モロコシとチョロが目を輝かせながら手を握りしめた。

「殿下!頑張ってね!」

「殿下!頑張ってくだせぇ!」

「局……長……?いえ、でも、局長はこの時間、会議のはずですし……でも、あんな魔術を使えるのは、局長くらいしか……でも……」

 赤い空の下には、モロコシとチョロの期待に満ちた声と、相変わらず戸惑ったままの蘭子の呟きが響いた。
 かくして、ポバールの救出作業は最終段階を迎えるのであった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...