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第一章 シマシマな日常
ジャーン
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空は赤く染まり、大地には血の大河が広がり、黒々とした樹海からは絶えず奇怪な叫び声が響いている。
ここは魔界。
魔の者達が住まう禁断の地。
その一角には峨々たる岩山が聳え、頂には白亜の城が築かれている。
その城の中では……
「もう嫌だ。今日は筋肉痛が酷いから仕事しない」
……黒地に白い猫の模様が描かれたパジャマを着た青年が、ダイニングテーブルに突っ伏していた。
赤銅色の長い髪と側頭部から生えた堅牢な角が特徴的な青年、彼こそが魔の者達を統べる王だ。
「兄貴、昨日の一件はボクにも責任があるからあまり強く言えないけど……頼むから、体力を使わない仕事はしてくれ」
魔王の隣で、サバトラ模様の仔猫が耳を反らして眉間にしわを寄せながら、小さくため息を吐いた。
艶のある毛並みと、ピンとした大きな耳と、アーモンド型の大きな空色の目と、ピンク色の小さな鼻と、フカフカな白い手と、その他諸々の筆舌に尽くしがたい魅力が凝縮された彼は、シーマ14世殿下。魔王の弟にして、補佐役を務める、魔王城のキューティーマジカル仔猫ちゃんだ。
「うーん……各所からの申請書類のチェックと承認ならそこまで体力は使わないけど、あれはあれで気力を使うからな……」
「気力は筋肉痛に関係ないだろ!」
弱音を吐く魔王に対してシーマが尻尾を縦に大きく振って憤慨していると、二人の元にパタパタとした足音とガラガラという音が近づいてきた。
「ヤギさんや、筋肉痛が酷いのかい?」
朝食の乗ったワゴンカートを押しながら現れたのは、パーマを掛けた短い白髪頭をしたクラシカルなメイド服姿の老女だった。
笑いじわと円らな瞳がチャーミングな彼女の名は、森山はつ江。シーマの世話役として人間界から召喚された、米寿ながら元気いっぱいハツラツなばあさんだ。
はつ江の問いかけに、魔王は首を微かに動かして頷いた。
「ああ、全く動けないほどではないが……できる限り動きたくない……」
魔王が愁いを帯びた表情で答えると、はつ江は、ほうほう、と頷きながら、ダイニングテーブルに豆腐と大根の味噌汁、小松菜のお浸し、きんぴらゴボウ、魚の干物、卵焼き、白飯を並べていった。
「ところでヤギさんや、私がこっちに来たときに膝を治してくれた魔法は使えないのかね?」
朝食を並べ終えたはつ江が首を傾げると、魔王はゆっくりとした動きで口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いた。
「使えなくはないが、何しろ全身の筋繊維が断裂している状態だし……完全に治そうとすると、地味に魔力を大量に使うからな……」
「まあ、筋肉痛は自然に治るものだし、緊急時以外はわざわざ回復魔法を使わないかな」
魔王の説明にシーマが言葉を続けると、はつ江は再び感心したように、ほうほう、と呟いた。
「じゃあ、今日はあんまり無理しない方がいいかねぇ」
はつ江が言葉を掛けると、魔王は非常にゆっくりとした動きで頷いた。
「ああ、今日は湿布薬でも貼って、安静にしていることにする」
「……仕事はしろよ」
すかさずシーマに釘を刺された魔王は、シュンとした表情を浮かべて、はぁい、と力なく返事をした。そんな二人を見て、はつ江はカラカラと笑った。
「それじゃ、朝ご飯を食べて元気を出さなきゃね」
はつ江がそう言いながら席に着くと、シーマと魔王は同時にコクリと頷いた。そして、ほぼ同じ動作で胸の前で手を合わせた。
「いただきまーす!」
「いただきます」
「どうぞどうぞ、召し上がれ!」
しばらく三人は黙々と朝食を食べていたが、不意にはつ江が卵焼きを切る箸を止めて、シーマを見つめた。
「シマちゃんや、今日はおめかししてるけど、学校で発表会でもあるのかね?」
はつ江に声を掛けられたシーマは、飲んでいた味噌汁の椀を置いて首を傾げた。
「いや、別に普通の格好だと思うんだけど?」
「でもほれ、首のところに、随分とハイカラなリボンがついてるだぁよ」
キョトンとした表情のシーマに向かって、はつ江は自分の喉元を軽く叩いて見せた。
今日のシーマは、襟元にフリルのあしらわれたシャツ、首元にビロード製の黒いリボンタイ、サスペンダー付きの黒いバミューダパンツという格好をしている。
シーマは自分の首元に目を向けると、ああ、と呟いて、リボンタイを手に取った。
「今日はボクも仕事の日だからな。ノータイでも大丈夫なところもあるけど、念のためつけているんだ」
シーマが説明すると、はつ江は目を丸くして驚いた。
「あれまぁよ!シマちゃんはお仕事してるのかい!?」
「なんだよ、そんなに驚くことないじゃないか……」
シーマが耳を軽く反らして尻尾をゆらゆらと左右に揺らしていると、隣で魔王が魚の骨を箸で器用に取り除きながら口を開いた。
「ああ。シーマは我が弟ながら優秀でな……もっと幼い頃から私とリッチーで魔術やその他科目を教えていたら、いつの間にか高等教育程度の内容は習得していた」
そして、一口分の身を口にすると、パジャマの胸ポケットから懐紙を取り出して口元を軽く拭って言葉を続けた。
「だから、もう学校に行く必要ないから兄貴の仕事を手伝う、と言って聞かなくてな……実際、助かってはいるんだが、集団生活をしていない分、他の人とのコミュニケーションが上手くとれるか心配なところではあるんだ」
心配そうな口調の魔王の言葉を受けて、シーマは鼻の下をプクーと膨らませて尻尾を縦にパシパシと振った。
「人見知りで引きこもり体質の兄貴にだけは、言われたくない」
シーマがピシャリと言い放つと、魔王は再びシュンとした表情を浮かべた。二人のやり取りを見て、はつ江はニッコリとした笑顔を浮かべた。
「ほうほう、そうだったのかい。でも、お手伝いを進んでするなんて、シマちゃんはお兄ちゃん思いの良い子だねぇ」
はつ江が声を掛けると、シーマはふいっとそっぽを向いた。
「べ、別にふがいない兄貴一人に任せていて、世の中が乱れちゃったら大変だと思っただけなんだからな!」
そう言うシーマだったが、耳と尻尾はピンと立てている。その様子を見て、魔王はこの上ないくらい穏やかな表情を浮かべた。はつ江もニコニコとしながら二人の様子を見守っていたが、はたと、何かに気づいた表情を浮かべた。
「ところでシマちゃんや、学校に行ってないなら、モロコシちゃんとはどこで知り合ったんだい?」
はつ江に尋ねられたシーマは、そっぽを向けていた顔を正面にもどして驚いたギクリとした表情を浮かべた。そして、バツの悪そうな表情で頬を掻きながら、尻尾の先をゆらゆらと動かして口を開いた。
「あー……この話をするとむくれるから、モロコシの前では言わないで欲しいんだけど……」
気まずそうな声で前置きをしてから、シーマは言葉を続ける。
「……森林生態系多様性基礎調査の手伝いで森を見て回っていたら、木に実ってた」
「あれまぁよ!?」
「なん……だと……!?」
衝撃の事実を耳にして、はつ江だけでなく、魔王も目を見開いて驚いた。大袈裟に驚く二人を見て、シーマはコホンと咳払いをすると、話を続けた。
「あー……正確に言うと、木の枝に引っかかってたんだ。たしか、コウボクコトビシマバッタだっけかな……ともかく、そんな感じの名前をした珍しいバッタと遊んでたら、いつの間にか引っかかってたらしい」
「ほうほう、それをシマちゃんが助けてあげたんだね?」
はつ江が問いかけると、シーマは、ああ、と返事をしながらコクリと頷いた。
「なんというか、モロコシ君らしいエピソードだな」
うんうんと頷く魔王に向かって、シーマは力なく、そうだな、と呟いた。
シーマの仕事についてや、モロコシとの出会いについての会話を交えながら、三人はつつがなく朝食を食べ終えた。
「なあなあ、はつ江」
はつ江が朝食で使用した食器類を洗っていると、シーマがメイド服の裾を引きながら声を掛けた。
「ほいほい、どうしたんだい?シマちゃん」
蛇口から流れる水を止めてはつ江が振り返ると、シーマは尻尾の先をピコピコと動かしてもじもじとしながら首を傾げた。
「もし良かったら、今日の仕事の見学をしに来ないか?こっちの世界の説明にもなるだろうし……」
シーマが提案すると、はつ江は少し考えてからニッコリと笑顔を浮かべた。
「分かっただぁよ!そんなら、一緒にいってみようかね!」
元気の良い返事を受けて、シーマは耳と尻尾をピンと立てて喜んだ。
「そうか!じゃあ、早速……」
「各所からの依頼を選らんで、受注手続きをしないとな」
シーマの言葉を遮るように、いつの間にか黒尽くめの服に着替えた魔王が、背後から声を掛けた。いきなり声を掛けられたシーマは、毛を逆立てながらピョンと跳ね上がって驚いた。
「い、いきなり声を掛けるなっていつも言ってるだろ!このバカ兄貴!」
シーマが耳を反らしながら尻尾を縦に大きく振って抗議すると、魔王はシュンとした表情を浮かべて肩をおとした。
「すまない……」
「もー!今度から気を付けろよ!で、何の用なんだ兄貴?」
シーマが腕を組んで尻尾をパシパシと縦に振りながら問いかけると、魔王は不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ、シーマよ、喜ぶが良い。ついに、あれが完成した」
「……あれ?」
シーマが怪訝な表情を浮かべて尻尾をゆらゆらと動かすと、魔王はコクリと頷いてから指をパチリとならした。その途端、魔王の目の前に猫耳の付いた長方形の板が現れる。
魔王は板を手に取ると、シーマの目の前に板をさしだした。
「じゃーん」
抑揚のない声でそう言う魔王だったが、シーマはキョトンとした表情のまま固まってしまっている。
三人の元には、気まずい沈黙が訪れた。
「ヤギさんや、それは一体なんなんだい?」
沈黙を打ち破ったのは、首を傾げたはつ江の言葉だった。魔王は気まずそうに咳払いをすると、二人によく見えるように板を持ち上げた。
「あー、これはだな……今まで、シーマへの依頼は書類でやり取りしていたんだが、結構な量になってしまっていたんだ。なので、これをこうすると……」
そう言って、魔王は板の表面を指で軽く叩いた。すると、板は光を放ち、表面には、依頼主、依頼内容、緊急度、希望する期限が記された一覧表が映し出された。
「……こんな感じで、依頼の一覧表が表示される。この一覧表から依頼を選んで、受注する、と書かれたところを軽く叩くと、依頼主に受注完了の連絡が行くようになっている」
シーマとはつ江は、感心した様子でうんうんと頷きながら魔王の説明に聞き入った。
「依頼主から、完了の報告をもらうと、その依頼はこの一覧表には表示されなくなる。依頼の書類を取り込む方法とか完了した依頼の確認方法とかは、今日の夜にでも教えるから、まずは受注するところから使ってみると良い」
魔王がそう言いながら板を取り出すと、シーマは耳と尻尾をピンと立て、目を細めてニッコリと笑った。
「兄貴!ありがとう!これで、仕事がはかどるよ!」
「良かっただぁね、シマちゃん」
はつ江もニコニコとしながら、喜ぶシーマの頭をフカフカと撫でた。魔王は二人の様子を見て、満足げな表情で頷いてから、凜々しい表情を浮かべた。
「さぁ、シーマよ。この、『よい子のニコニコお手伝いボード』を存分に使いこなすと良い!」
「……」
「……」
魔王が高らかに製品名を言い放つと、再び一同の元に気まずい沈黙が訪れた。
静まり返ってしまった魔王城のキッチンだったが、シーマが気まずそうに頬を掻きながら尻尾を左右に揺らし、あー、と呟いた。
「……兄貴、いつも思うんだけど……ネーミングセンスを少しだけでも、磨いた方が良いんじゃないか……?」
「……そうか」
キッチンには、魔王兄弟の淋しそうな呟きが響いた。
かくして、シーマ殿下とはつ江ばあさんの平日が、幕を開けたのだった。
ここは魔界。
魔の者達が住まう禁断の地。
その一角には峨々たる岩山が聳え、頂には白亜の城が築かれている。
その城の中では……
「もう嫌だ。今日は筋肉痛が酷いから仕事しない」
……黒地に白い猫の模様が描かれたパジャマを着た青年が、ダイニングテーブルに突っ伏していた。
赤銅色の長い髪と側頭部から生えた堅牢な角が特徴的な青年、彼こそが魔の者達を統べる王だ。
「兄貴、昨日の一件はボクにも責任があるからあまり強く言えないけど……頼むから、体力を使わない仕事はしてくれ」
魔王の隣で、サバトラ模様の仔猫が耳を反らして眉間にしわを寄せながら、小さくため息を吐いた。
艶のある毛並みと、ピンとした大きな耳と、アーモンド型の大きな空色の目と、ピンク色の小さな鼻と、フカフカな白い手と、その他諸々の筆舌に尽くしがたい魅力が凝縮された彼は、シーマ14世殿下。魔王の弟にして、補佐役を務める、魔王城のキューティーマジカル仔猫ちゃんだ。
「うーん……各所からの申請書類のチェックと承認ならそこまで体力は使わないけど、あれはあれで気力を使うからな……」
「気力は筋肉痛に関係ないだろ!」
弱音を吐く魔王に対してシーマが尻尾を縦に大きく振って憤慨していると、二人の元にパタパタとした足音とガラガラという音が近づいてきた。
「ヤギさんや、筋肉痛が酷いのかい?」
朝食の乗ったワゴンカートを押しながら現れたのは、パーマを掛けた短い白髪頭をしたクラシカルなメイド服姿の老女だった。
笑いじわと円らな瞳がチャーミングな彼女の名は、森山はつ江。シーマの世話役として人間界から召喚された、米寿ながら元気いっぱいハツラツなばあさんだ。
はつ江の問いかけに、魔王は首を微かに動かして頷いた。
「ああ、全く動けないほどではないが……できる限り動きたくない……」
魔王が愁いを帯びた表情で答えると、はつ江は、ほうほう、と頷きながら、ダイニングテーブルに豆腐と大根の味噌汁、小松菜のお浸し、きんぴらゴボウ、魚の干物、卵焼き、白飯を並べていった。
「ところでヤギさんや、私がこっちに来たときに膝を治してくれた魔法は使えないのかね?」
朝食を並べ終えたはつ江が首を傾げると、魔王はゆっくりとした動きで口元に手を当てて、ふぅむ、と呟いた。
「使えなくはないが、何しろ全身の筋繊維が断裂している状態だし……完全に治そうとすると、地味に魔力を大量に使うからな……」
「まあ、筋肉痛は自然に治るものだし、緊急時以外はわざわざ回復魔法を使わないかな」
魔王の説明にシーマが言葉を続けると、はつ江は再び感心したように、ほうほう、と呟いた。
「じゃあ、今日はあんまり無理しない方がいいかねぇ」
はつ江が言葉を掛けると、魔王は非常にゆっくりとした動きで頷いた。
「ああ、今日は湿布薬でも貼って、安静にしていることにする」
「……仕事はしろよ」
すかさずシーマに釘を刺された魔王は、シュンとした表情を浮かべて、はぁい、と力なく返事をした。そんな二人を見て、はつ江はカラカラと笑った。
「それじゃ、朝ご飯を食べて元気を出さなきゃね」
はつ江がそう言いながら席に着くと、シーマと魔王は同時にコクリと頷いた。そして、ほぼ同じ動作で胸の前で手を合わせた。
「いただきまーす!」
「いただきます」
「どうぞどうぞ、召し上がれ!」
しばらく三人は黙々と朝食を食べていたが、不意にはつ江が卵焼きを切る箸を止めて、シーマを見つめた。
「シマちゃんや、今日はおめかししてるけど、学校で発表会でもあるのかね?」
はつ江に声を掛けられたシーマは、飲んでいた味噌汁の椀を置いて首を傾げた。
「いや、別に普通の格好だと思うんだけど?」
「でもほれ、首のところに、随分とハイカラなリボンがついてるだぁよ」
キョトンとした表情のシーマに向かって、はつ江は自分の喉元を軽く叩いて見せた。
今日のシーマは、襟元にフリルのあしらわれたシャツ、首元にビロード製の黒いリボンタイ、サスペンダー付きの黒いバミューダパンツという格好をしている。
シーマは自分の首元に目を向けると、ああ、と呟いて、リボンタイを手に取った。
「今日はボクも仕事の日だからな。ノータイでも大丈夫なところもあるけど、念のためつけているんだ」
シーマが説明すると、はつ江は目を丸くして驚いた。
「あれまぁよ!シマちゃんはお仕事してるのかい!?」
「なんだよ、そんなに驚くことないじゃないか……」
シーマが耳を軽く反らして尻尾をゆらゆらと左右に揺らしていると、隣で魔王が魚の骨を箸で器用に取り除きながら口を開いた。
「ああ。シーマは我が弟ながら優秀でな……もっと幼い頃から私とリッチーで魔術やその他科目を教えていたら、いつの間にか高等教育程度の内容は習得していた」
そして、一口分の身を口にすると、パジャマの胸ポケットから懐紙を取り出して口元を軽く拭って言葉を続けた。
「だから、もう学校に行く必要ないから兄貴の仕事を手伝う、と言って聞かなくてな……実際、助かってはいるんだが、集団生活をしていない分、他の人とのコミュニケーションが上手くとれるか心配なところではあるんだ」
心配そうな口調の魔王の言葉を受けて、シーマは鼻の下をプクーと膨らませて尻尾を縦にパシパシと振った。
「人見知りで引きこもり体質の兄貴にだけは、言われたくない」
シーマがピシャリと言い放つと、魔王は再びシュンとした表情を浮かべた。二人のやり取りを見て、はつ江はニッコリとした笑顔を浮かべた。
「ほうほう、そうだったのかい。でも、お手伝いを進んでするなんて、シマちゃんはお兄ちゃん思いの良い子だねぇ」
はつ江が声を掛けると、シーマはふいっとそっぽを向いた。
「べ、別にふがいない兄貴一人に任せていて、世の中が乱れちゃったら大変だと思っただけなんだからな!」
そう言うシーマだったが、耳と尻尾はピンと立てている。その様子を見て、魔王はこの上ないくらい穏やかな表情を浮かべた。はつ江もニコニコとしながら二人の様子を見守っていたが、はたと、何かに気づいた表情を浮かべた。
「ところでシマちゃんや、学校に行ってないなら、モロコシちゃんとはどこで知り合ったんだい?」
はつ江に尋ねられたシーマは、そっぽを向けていた顔を正面にもどして驚いたギクリとした表情を浮かべた。そして、バツの悪そうな表情で頬を掻きながら、尻尾の先をゆらゆらと動かして口を開いた。
「あー……この話をするとむくれるから、モロコシの前では言わないで欲しいんだけど……」
気まずそうな声で前置きをしてから、シーマは言葉を続ける。
「……森林生態系多様性基礎調査の手伝いで森を見て回っていたら、木に実ってた」
「あれまぁよ!?」
「なん……だと……!?」
衝撃の事実を耳にして、はつ江だけでなく、魔王も目を見開いて驚いた。大袈裟に驚く二人を見て、シーマはコホンと咳払いをすると、話を続けた。
「あー……正確に言うと、木の枝に引っかかってたんだ。たしか、コウボクコトビシマバッタだっけかな……ともかく、そんな感じの名前をした珍しいバッタと遊んでたら、いつの間にか引っかかってたらしい」
「ほうほう、それをシマちゃんが助けてあげたんだね?」
はつ江が問いかけると、シーマは、ああ、と返事をしながらコクリと頷いた。
「なんというか、モロコシ君らしいエピソードだな」
うんうんと頷く魔王に向かって、シーマは力なく、そうだな、と呟いた。
シーマの仕事についてや、モロコシとの出会いについての会話を交えながら、三人はつつがなく朝食を食べ終えた。
「なあなあ、はつ江」
はつ江が朝食で使用した食器類を洗っていると、シーマがメイド服の裾を引きながら声を掛けた。
「ほいほい、どうしたんだい?シマちゃん」
蛇口から流れる水を止めてはつ江が振り返ると、シーマは尻尾の先をピコピコと動かしてもじもじとしながら首を傾げた。
「もし良かったら、今日の仕事の見学をしに来ないか?こっちの世界の説明にもなるだろうし……」
シーマが提案すると、はつ江は少し考えてからニッコリと笑顔を浮かべた。
「分かっただぁよ!そんなら、一緒にいってみようかね!」
元気の良い返事を受けて、シーマは耳と尻尾をピンと立てて喜んだ。
「そうか!じゃあ、早速……」
「各所からの依頼を選らんで、受注手続きをしないとな」
シーマの言葉を遮るように、いつの間にか黒尽くめの服に着替えた魔王が、背後から声を掛けた。いきなり声を掛けられたシーマは、毛を逆立てながらピョンと跳ね上がって驚いた。
「い、いきなり声を掛けるなっていつも言ってるだろ!このバカ兄貴!」
シーマが耳を反らしながら尻尾を縦に大きく振って抗議すると、魔王はシュンとした表情を浮かべて肩をおとした。
「すまない……」
「もー!今度から気を付けろよ!で、何の用なんだ兄貴?」
シーマが腕を組んで尻尾をパシパシと縦に振りながら問いかけると、魔王は不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ、シーマよ、喜ぶが良い。ついに、あれが完成した」
「……あれ?」
シーマが怪訝な表情を浮かべて尻尾をゆらゆらと動かすと、魔王はコクリと頷いてから指をパチリとならした。その途端、魔王の目の前に猫耳の付いた長方形の板が現れる。
魔王は板を手に取ると、シーマの目の前に板をさしだした。
「じゃーん」
抑揚のない声でそう言う魔王だったが、シーマはキョトンとした表情のまま固まってしまっている。
三人の元には、気まずい沈黙が訪れた。
「ヤギさんや、それは一体なんなんだい?」
沈黙を打ち破ったのは、首を傾げたはつ江の言葉だった。魔王は気まずそうに咳払いをすると、二人によく見えるように板を持ち上げた。
「あー、これはだな……今まで、シーマへの依頼は書類でやり取りしていたんだが、結構な量になってしまっていたんだ。なので、これをこうすると……」
そう言って、魔王は板の表面を指で軽く叩いた。すると、板は光を放ち、表面には、依頼主、依頼内容、緊急度、希望する期限が記された一覧表が映し出された。
「……こんな感じで、依頼の一覧表が表示される。この一覧表から依頼を選んで、受注する、と書かれたところを軽く叩くと、依頼主に受注完了の連絡が行くようになっている」
シーマとはつ江は、感心した様子でうんうんと頷きながら魔王の説明に聞き入った。
「依頼主から、完了の報告をもらうと、その依頼はこの一覧表には表示されなくなる。依頼の書類を取り込む方法とか完了した依頼の確認方法とかは、今日の夜にでも教えるから、まずは受注するところから使ってみると良い」
魔王がそう言いながら板を取り出すと、シーマは耳と尻尾をピンと立て、目を細めてニッコリと笑った。
「兄貴!ありがとう!これで、仕事がはかどるよ!」
「良かっただぁね、シマちゃん」
はつ江もニコニコとしながら、喜ぶシーマの頭をフカフカと撫でた。魔王は二人の様子を見て、満足げな表情で頷いてから、凜々しい表情を浮かべた。
「さぁ、シーマよ。この、『よい子のニコニコお手伝いボード』を存分に使いこなすと良い!」
「……」
「……」
魔王が高らかに製品名を言い放つと、再び一同の元に気まずい沈黙が訪れた。
静まり返ってしまった魔王城のキッチンだったが、シーマが気まずそうに頬を掻きながら尻尾を左右に揺らし、あー、と呟いた。
「……兄貴、いつも思うんだけど……ネーミングセンスを少しだけでも、磨いた方が良いんじゃないか……?」
「……そうか」
キッチンには、魔王兄弟の淋しそうな呟きが響いた。
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
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