上 下
27 / 191
第一章 シマシマな日常

ドッキリ

しおりを挟む
 スポンジゴーレムを撃破したシーマ14世殿下一行は、魔王城地下迷宮の最下層で、宝物庫の扉を前に頭を抱えていた。

「うーん、いつもなら宝物庫を護るものを倒せば、扉が開くはずなんだけどな……」

 シーマが扉にかけられた閂に手をかけながら、尻尾の先をピコピコと動かして首を捻った。先ほどからシーマが手に力を込めて動かそうとしているが、閂はピクリとも動かない。

「まだ、なにか仕掛けがあるのかねぇ?」

 シーマの隣で、はつ江も首を傾げた。すると、二人の背後から魔王が近づき、閂に描かれた魔法陣を覗き込んだ。そして、ふぅむ、と呟くと腕を組んだ。

「シーマ、はつ江、魔法陣をよく見るんだ」

「さっきから、見てるだろ……あ、あれ?」

 魔王の言葉にシーマはムッとした表情を浮かべたが、魔法陣の変化に気がつくとアーモンド型の大きな目を見開いた。その隣で、はつ江も大袈裟に驚いた表情を浮かべる。

「あれまぁよ!右半分だけ色が変わってるねぇ!」

 はつ江がそう言うと、魔王は腕を組んだままコクリと頷いた。

「ああ。宝物庫を護るものを倒すと、色が変わるみたいだな」

「じゃあ、色が変わってるのが半分だけってことは……」

 シーマが肉球に冷や汗をかいて息を飲み込むと、背後からボフンという音が響いた。

「うわぁ!?」

 突然背後から響いた音に、シーマはドッキリとして尻尾の毛を逆立てながら跳び上がった。

「み、みんなー!!大変!大変!!!」

「い、一大事なのでござる!!」

 少し離れた場所で待機していたモロコシと五郎左衛門が、緊迫した声でシーマ、はつ江、魔王に声をかけた。三人が振り返ると、スポンジゴーレムの姿は消えていた。
 
 その代わりに現れたものは、橙色に燃えさかる炎の巨人だった。背丈は天井につくほどの高さがあり、足下は白い煙で覆われている。

「あれまぁよ!!」

「ファイアゴーレムか……これは、厄介なものが出てきたな」

 はつ江は目を丸くして驚き、魔王は冷や汗をかいて息を飲んだ。そしてシーマは……

「ひ……火だ……」

 目を見開いて黒目を大きくしながら、床にうずくまってしまった。

「シマちゃんや!大丈夫かね!?」

 尻尾を体に巻き付けて、浅い呼吸をしながらカタカタと震えるシーマに、はつ江が慌てながら声をかけた。そして、背中をさすって落ち着かせようとするが、シーマは相変わらず浅い呼吸をしながら震えている。

「……火、怖い………」

 魔王も困惑した表情を浮かべて、怯えるシーマを見つめていたが、意を決した表情を浮かべるとファイアゴーレムに顔を向けた。そして、鋭い目つきで睨みつけると、指をパチリと鳴らす。

「……消えろ」

 魔王の言葉と同時に、ファイアゴーレムの頭上に魔法陣が浮かび上がり、大量の水が降り注いだ。しかし、ファイアゴーレムは消えること無く、橙色に輝きながらゆらゆらと揺れている。

「駄目か……」

 魔王が苦々しい口調で呟くと、シーマを心配したモロコシと五郎左衛門が三人のもとにたどり着いた。

「殿下ー、しっかりしてー」

「シーマ殿下、まずは呼吸を整えるでござる!」

 泣き出しそうな表情のモロコシと、心配そうな表情の五郎左衛門が背中をさすったが、シーマの震えは止まらない。はつ江は、そんなシーマの顔をじっと見つめてから、背中をさする手を止めた。

「モロコシちゃんや、ちょっといいかね?」

「え?うん、どうしたの、はつ江おばあちゃん?」

 不意に声をかけられたモロコシは、困惑した表情で首を傾げる。
 はつ江は、モロコシの頭をポフポフと撫でると、ニッコリと笑いかけた。
 
「ちょっと、割となんにでも書けるペンを貸してもらえるかね?」

「う、うん。はい、どーぞ」
 
 モロコシのフカフカとした手からペンを受け取ると、はつ江は、ありがとう、と言って再びモロコシの頭を撫でた。そして、ペンを握りしめると、凜々しい表情を浮かべてファイアゴーレムの方へトコトコと駆け出した。

「!?はつ江、危ないから戻るんだ!」

 魔王が慌てて声をかけると、はつ江は脚を止めてくるりと振り返った。

「なぁに、ちょっと熱いくらいなら、大丈夫だぁよ!それよりも、シマちゃんを落ち着かせてやっておくれ!」

 そして、カラカラと笑いながらそう言った。しかし、はつ江の背後では、ファイアゴーレムが腕を大きく振り上げている。

「はつ江殿!?危ないでござる!!」

 咄嗟に五郎左衛門が、四方手裏剣をファイアゴーレムに向かって投げつけた。手裏剣はファイアゴーレムの腕を貫通すると、天井に突き刺さる。それでも、ファイアゴーレムは腕の動きを止めること無く、はつ江に向かって腕を振り下ろした。

「はつ江おばあちゃん!!」

 モロコシが悲鳴のような声で名前を叫ぶ。
 その時、俄に部屋の中に突風が吹き起こった。
 ファイアゴーレムは風を受けて、体をのけぞられながら腕をバタバタと動かした。しかし、風の勢いが強く、その腕がはつ江に届くことは無い。
 一同が呆気にとられていると、いつの間にかシーマが立ち上がり、ファイアゴーレムの方向に両手を突き出していた。肉球のついたフカフカの白い手の前には、黄色く輝く魔法陣が浮かび上がっている。突風は、その魔法陣から繰り出されていた。

「は……つ江、大丈夫か!?」

 シーマが呼吸を乱しながらも声をかけると、はつ江はニッコリと微笑んだ。

「シマちゃんのおかげで、助かっただぁよ!それに……」

 そう言うと、はつ江はメイド服の裾をひらりと翻して、ファイアゴーレムの方を向いた。
 ファイアゴーレムの足下を覆っていた煙は風で吹き飛ばされ、橙色に輝く台座が現れていた。そして、そこには赤い文字で、動け!、と記されている。
 はつ江は再びシーマ達の方を向くと、カラカラを笑った。

「おまじないの言葉も見つかっただぁよ!」

「よ……し。じゃあ、ボクが風を送り続けるから、今のうちに!」

「はいよ!」

 シーマの言葉に、はつ江は手を挙げて元気よく返事をした。そして、風にあおられてジタバタするファイアゴーレムに向かって、タッタッタと小走りに駆け寄った。はつ江は台座にたどり着くと、身をかがめながら、割となんにでも書けるペン、のフタを外した。

「きゅっきゅっきゅー」

 そして、歌うようにそう言いながら、動け!、という文字を二重線で消して、止まれ!、と書き記した。途端に、台座は橙色の輝きを失った。
 そこに残ったのは、風にたなびく、巨大な人の形をした半透明の布だった。腕の辺りには、手裏剣によってできた穴がぽっかりと空いている。

「……火、じゃなかったのか……」

 シーマはホッとした表情を浮かべてそう呟くと、脱力しながら風の魔法を止めた。

「そういえば、食事処の看板で、こういう仕掛けの物を見たことがあるでござるよ」
 
 五郎左衛門が胸をなで下ろしながらそう言うと、モロコシがピョコピョコと飛び跳ねながら喜んだ。

「はつ江おばあちゃんが無事でよかったー!」

「うむ。無事でなによりだ」

 魔王もホッとした表情でそう言うと、コクリと頷いた。そうしているうちに、はつ江がトコトコと四人のもとへ戻ってきた。
 はつ江はシーマの前で身をかがめると、ニッコリと笑いながらシーマの頭を撫でた。

「シマちゃんのおかげで、郷 れむさんを止めることができたぁよ。ありがとうね」

「はつえ、ちょっとゴーレムのイントネーションが違う気がするぞ……」

 往年の男性アイドルのようなゴーレムのイントネーションに、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。しかし、すぐに咳払いをすると、ふいっと顔を背けた。

「べ、別に、従業員が危ない目にあっているのに混乱したままだと、魔王一派の沽券にかかわると思っただけなんだからな!」

 そっぽを向いたシーマだったが、シマシマの尻尾はピンと立っている。
 
「ともかく、シーマ殿下もはつ江殿も無事でなによりでござるよ!時に、魔王陛下……」

 ニッコリと笑って尻尾を振っていた五郎左衛門だったが、不意に尻尾の動きを止め、キョトンとした表情で魔王の顔を見上げた。

「……何故、泣いていらっしゃるのでござるか?」

 五郎左衛門の問いかけに、魔王は黒いハンカチで目元を押さえながら答えた。

「ああ……あんなに火を怖がっていたシーマが……勇敢に立ち上がって、はつ江をサポートしたのかと思うと……感慨深くて……」

「大袈裟だなぁ、兄貴は……」

 シーマは照れくさそうにそう言うと、フカフカの頬をポリポリと掻いた。その側で、不意にモロコシがキョトンとした表情を浮かべて首を傾げた。

「ねぇ、殿下。どうして、火が怖いの?」

 その問いかけに、シーマはビクリとしてからモロコシの顔を覗き込んだ。

「だって、火は熱いんだぞ!?火傷しちゃうかもしれないんだぞ!?それに、下手すると街がみんな燃えちゃうんだぞ!!」

「で、殿下、分かったから落ち着いて!」

 興奮気味にくってかかるシーマにモロコシがたじろいでいると、はつ江がピクリと眉を動かした。はつ江再びシーマの頭に手を置くと、優しく微笑んだ。

「大丈夫だぁよ、シマちゃん。きっと、もうそんな事にはならないから。ね、ヤギさん?」

 はつ江はシーマの頭をそっと撫でると、魔王に向かって振り返り、首を傾げた。声をかけられた魔王は、ハンカチをポケットにしまうと、コクリと頷いた。

「うむ。魔界中の建物には、消火用の魔導機を配布している。それに、もしも火災が起きたとしても、消防隊員が転移魔法ですぐに駆けつける仕組みを作っているからな」

 はつ江の優しい声と、魔王の落ち着いた声に、シーマも落ち着きを取り戻して、気まずそうな表情を浮かべながらペコリと頭をさげた。

「……そうだな。モロコシ、取り乱して悪かった」

「ううん、大丈夫だよー!」

 シーマとモロコシをみて、五郎左衛門は、うんうん、と頷きながら腕を組んだ。

「拙者が勤めている博物館も、火災対策はバッチリでござるよ!それに、街で大規模な火災が起こったら、博物館の建物が、二足歩行する巨大な消火用魔導機に変身すると聞いたことがあるでござる!」

 誇らしげな五郎左衛門の言葉に、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。

「五郎左衛門、それは只の噂話なんじゃ……」

「いや、本当のことだぞ。数年前の大改装で、館長から申請があったから、承認した覚えがある」

 魔王がそう言うと、シーマは更に脱力した。

「……うん。火災対策をするのは、大事だな。でも、もっと、他に方法があったような気がする……」

 魔王城地下迷宮の最下層には、釈然としないシーマの声が響いた。
 ともあれ、一行はついに最後の試練を突破したのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...