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第一章 シマシマな日常

ジタバタ

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 赤い空の下の、石造りの壁に囲まれた街。
 そこから少し離れた馬車道を二人の人影が息を切らしながら走っている。

「それで、状況はどうなってるのよ!?」

 一人は手提げ金庫を持ち、硬そうな漆黒の毛並みと、目尻の上がった半月形をした金色の目と、右の先端に細い切れ込みが入った厚い大きな耳と、口元からこぼれる鋭い牙と、毛羽立った短い尻尾がダンディーな黒猫のマダム・クロ。

「へい!今他の奴らがなんとか取り押さえていやすが、逃げ出されるのも時間の問題かと!」

 もう一人は、滑らかな焦げ茶色のウロコと、鼻の先から目頭までは黒く目尻から首筋までは白い線状の模様と、黒い円らな目と、指先が丸みをおびた細い指と、腰からスラリと伸びた長い尻尾がコケティッシュなカナヘビのチョロだった。

 二人は、本日の市の目玉として連れて来たムラサキダンダラオオイナゴが暴れだした、という場所に急いでいた。

「おーい!ボクにも手伝わせてくれ!」

 その後ろから、ツヤがあるけれどもフカフカの毛並みと、大きな薄い三角の耳と、アーモンド形の青い大きな目と、小さな体のわりに大きなフカフカの白い手と、シマシマの長い尻尾がプリティーなシーマ14世殿下が、耳を伏せながら急いで追いかけて来た。
 シーマが追いつくと、クロは黒目を大きくして、真っ赤な口を開けた。

「殿下!?ごめんなさいね、ウチの若い衆がスットコドッコイなばっかりに、お手数をおかけしちゃって」

 スットコドッコイという古風な罵り言葉に、チョロが悲しそうな顔をして、すみやせん、と小さな声で呟いた。シーマはチョロとクロの顔を交互に見てから、気まずそうに視線を空に向けた。

「あー。でも、ちゃんとチームで働いているだけでも、すごく立派なことだと思うぞ。どこかのバカ兄貴にも、見習って欲しいくらいだ」

 シーマにフォローされて、チョロは目を輝かせた。

「殿下……身に余るお言葉でございやす!こうなれば御礼にアッシの尻尾を!」

「殿下が困るようなことをするんじゃないわよ!」

 走りながら器用に尻尾を切り離そうとするチョロを、クロが叱りつけた。肩を落として尻尾を切り離すのを止めるチョロを横目に、クロが小さくため息を吐く。

「ごめんなさいね殿下。この子は良い子なんだけど、ちょっと短絡的なところがあるから」

 耳をパタパタとさせながら、クロがシーマに苦笑いを向ける。シーマも尻尾の先を軽く動かして、苦笑いを返した。

「それよりもマダム、ムラサキダンダラオオイナゴというのは、アレのことか?」

 シーマがフカフカとした指をさした先には、ホロの破れた荷馬車が横倒しになっていた。そしてその近くに、体高はシーマの身長より少し高く、体長はシーマの身長の2倍半はあり、全身が紫色で、前翅と後脚に黒いダンダラ模様のあるイナゴが、シューシューと言う音を出しながら翅を広げてジタバタしていた。

「とてつもなく威嚇してるじゃないの!?アンタ達、一体何をしたのよ!?」

「すみやせん!ここに来るまでは、大人しく荷馬車に乗っていやしたが、急に暴れだしやした!」

 イナゴは全ての脚に縄が括り付けられて、その縄を杭で地面に固定されてはいるが、杭はイナゴがジタバタするのにあわせて、グラグラと揺れている。

「想像していたよりも、ちょっと大きいな……」

 イナゴの様子にシーマが耳を伏せて尻尾を内側に巻き身構えると、イナゴの陰から、2つの小さい影が現れた。

「親方ー!」

 一つは、赤い目に白い毛並みで長い尻尾をした、クロとそろいの格好をしたハツカネズミ、

「親方ぁ!」

 もう一つは、黒い目に茶色い毛並みで短い尾をした、同じくクロとそろいの格好をしたハツカネズミだった。二人は素早くクロの前に駆け寄る。

忠一ちゅういち忠二ちゅうじ!マダムと呼んでちょうだいといつも言っているでしょ!それで、怪我はない?」

 クロが尻尾を縦に大きく振ってから腕組みをして尋ねると、白いネズミの忠一が尻尾をクネクネと振りながら答えた。

「僕達は平気ー。でも、ウマはビックリして逃げたー」

 その後に、茶色のネズミの忠二が尻尾をピコピコと動かして言葉を続ける。

「イナゴはチョロと兄ちゃんと一緒に繋いだぁ。でも、そろそろ逃げちゃうかもぉ」

 忠二の言葉どおり、グラグラと揺れていた杭は、揺れ幅を段々と広げている。クロは小さくため息を吐いて手提げ金庫を足元に置くと、硬い肉球のついた両手に力を込め、鋭い三日月のような爪を出した。

「手荒なことはしたくなかったけど、仕方ないわね。殿下、アンタ達、ちょっと下がっていなさいな」

 そう言うと、クロは耳を後ろにそらし、首筋から尻尾までの毛を逆立たせた。そして、忠一と忠二がチョロの肩に駆け上がったことを横目で確認すると、ジリジリとイナゴとの距離を詰めていった。
 クロが今にも飛びかかろうとしたその時、イナゴの脚を繋いでいた杭も外れた。しかし、イナゴもクロに向かって飛びかかろうとしたのと同時に、頭上に魔法陣が現れて、取り囲むようにドーム状の光の檻が出来上がった。
 驚いたクロが爪をしまって振り返ると、シーマが耳を伏せて尻尾を内側に巻いたまま、イナゴに向かって両手を伸ばしていた。

「ど、どうだボクに任せればこんなものだ」

 シーマは相変わらず耳を伏せたままで、声も少しひっくり返っているが、必死に得意げな表情を作っている。

「殿下!?大丈夫ですか!?怖くなかったかしら?」

「べ、別に市井の安全を守るのはボクの任務だからな!こ、このくらいなんてことない!」

 クロが慌てて駆け寄ると、シーマはひっくり返ったままの声でそう答えた。クロは目を細めると、硬い肉球のついた手で、シーマの頭をワシワシと撫でた。

「ありがとうございます、殿下。でも」

 クロが視線をイナゴの方に戻すと、相変わらず翅を開いてシューシューと音を立てている。

「もうちょっと落ち着いてくれないと、対処のしようがないのよね。どうしようかしら……」

「そうだな……せめて暴れだした原因が分かれば、バカ兄貴にでも対処方法を聞けるかもしれないんだけど……」

 シーマとクロが顎に手を当てて、耳をパタパタと動かしていると、遠くから元気のいい声が聞こえてきた。

「シマちゃんやー!大丈夫かーい!?」

「殿下ー。お手伝いに来たよー」

 全員が声のする方を向くと、クラシカルなメイド服の裾をはためかせるはつ江と、フカフカの両手で飴の入った袋を大事そうに抱えるモロコシが、急ぎ足で向かって来ていた。

「二人とも!?広場で待ってろと言ったろ!?」

 黒目を大きくして驚くシーマに、はつ江がカラカラと笑いかける。

「シマちゃん一人じゃ心配でよぉ!ところで、これがそのバッタかい?」

「はつ江おばあちゃん、違うよー。あれはイナゴさんだよー。食べるものがちょっと違うの」

「へー、そうなのかい!モロコシちゃんは物知りだねぇ!」

「うん!バッタさんとイナゴさんについてならまかせてー!」

 威嚇を続けるイナゴをものともせずに、はつ江とモロコシが平然と会話を続けていると、シーマが尻尾を大きく縦に振った。

「なんでこの状況でそんなにのん気でいられるんだよ!?何しに来たんだ!?」

「あ、そうだった。殿下、ごめんなさい。ぼくもお手伝いするよ」

 憤慨するシーマにモロコシがペコリと頭を下げた。それを見たクロが耳をパタパタさせながら、心配そうにモロコシの顔を覗き込む。

「モロコシちゃん。気持ちは嬉しいけど、相手はムラサキダンダラオオイナゴなのよ?」

「うん!大丈夫だよー!でも、ちょっと落ち着かせてほしいかな?」

 首を傾げるモロコシに、シーマがため息を吐く。

「その方法が分からなくて、困ってるんだよ」

「うーんとね、ムラサキダンダラオオイナゴさんはプライドが高いから、ビックリしたり怖がったりすると、恥ずかしくなって大人しくなるよ」

 のんびりと答えるモロコシに、チョロが律儀に挙手をして尋ねる。

「しかし、モロコシの坊ちゃん。アイツは、マダムですら捕まえるのに難儀した猛者でございやすぜ?簡単にビックリしやすでしょうか?」

「うーん、大きな音とかは出してみた?」

 首を傾げるモロコシに、忠一と忠二がチョロの両肩から声をそろえて答える。

「やってみたー!」
「でも、ダメだったぁ!」

「そうなんだー……じゃあ、怖がるようなことを言ってみる、とかかな?」

 再び首を傾げるモロコシに向かって、はつ江が笑いかける。

「どれどれ、じゃあ私がやってみようかね!」

 はつ江の提案に、シーマが黒目を大きくして駆け寄り、フカフカとした両手で、シワと血管が目立つ小さな手を掴んだ。

「何を言ってるんだはつ江!?捕まえているとはいえ、かなり気が立っているんだぞ!?危ないことはやめてくれ!」

 尻尾を左右に振りながら見つめるシーマの頭を軽く撫でて、はつ江はニッコリと笑った。

「大丈夫だぁよシマちゃん。気が立っているって言っても、シマちゃんの魔法で、檻の外には出られないようになってるんだろ?」

 シーマは耳を伏せながら目をそらし、でも、と言って口ごもった。はつ江はニッコリとしながら、シーマの頭をポンポンと軽く叩いて言葉を続けた。

「なぁに、若い頃の苦労に比べたら、檻の中のデッカいイナゴくらい、大したこと無いだぁよ!だから、任せておくれ?」

「……くれぐれも無茶するなよ?」

 上目遣いのシーマをワシワシと撫でると、はつ江は檻の前までズンズンと進んでいった。そして、ムラサキダンダラオオイナゴの目の前で立ち止まると、翅を広げシューシューと音を立てしきりに首を動かす様子を、真剣な表情でじっと見つめた。はつ江はしばらくの間そうしていたが、意を決したように息を大きく吸い込んだ。

「これ!良い子にしないと脚と翅をもいで甘辛く煮て食っちまうよ!」

 はつ江が周囲に響き渡るほどの大声でそう言うと同時に、ムラサキダンダラオオイナゴは大きく跳ね上がり、檻の天井に体をぶつけた。ムラサキダンダラオオイナゴは、バランスを崩して胴体から着地すると、そのまま寝そべっていた。しばらくすると、ムラサキダンダラオオイナゴはゆっくりと体を起こして、広げていた翅を閉じた。心なしか、体の紫色が今までよりも赤みをおびているように見える。

「モロコシ、あれは成功したのか?」

 シーマが尻尾を左右に揺らしながら、モロコシの袖を引いて聞くと、モロコシはコクリと頷いた。

「うん。恥ずかしがってるみたいだねー」

 モロコシがのんびりと答えると、絶句していたバッタ屋さんの面々もようやく口を開いた。

「……ムラサキダンダラオオイナゴ相手に、食っちまう、っつー脅し文句を言える方は、初めて見やした」

「アタシもよ……しかも、調理方法が妙に具体的なところが恐ろしいわね……」

「ばーちゃん強ーい!」

「ばぁちゃん怖ぁい!」

 騒然としているバッタ屋さんの面々を尻目に、シーマとモロコシがはつ江に駆け寄った。二人に気がつくと、はつ江はいつもの笑顔に戻って振り返った。

「シマちゃん、モロコシちゃん、こんな感じで良いのかい?」

「あ、ああ。これで大丈夫みたいだ。ところではつ江、ムラサキダンダラオオイナゴを食べるのか?」

「たしかに食用のイナゴさんもいるけど、ムラサキダンダラオオイナゴさんは毒があるから、食べちゃだめだよ?」

 耳を伏せながら聞くシーマと、首を傾げて聞くモロコシに、はつ江はカラカラと笑った。

「さすがに食べないだぁよ!それよりモロコシちゃん、これからどうすれば良いんだい?」

「あ、うん。ムラサキダンダラオオイナゴさんに、暴れた理由を聞いてみるね」

 モロコシの提案に、はつ江は目を丸くして驚いた。

「あれまぁよ!この世界の猫ちゃんはバッタの言葉が分かるのかい!?」

 はつ江の様子に、シーマがフカフカの頬を掻きながら、尻尾を左右に動かして答えた。

「いや、ボクには全く分からないから、多分モロコシの特技なんだろうな」

 ほー、と感心した声を出すはつ江と、不安げな表情のシーマをよそに、モロコシはムラサキダンダラオオイナゴに向かって、首を傾げたり頷いたりを繰り返している。
 その様子をバッタ屋さんの面々と、馬車道の傍の林に隠れた頭巾を被った不穏な人影が心配そうに見つめていた。
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