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第一章 シマシマな日常

ゲホゲホ

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 薄茶トラの仔猫、モロコシが加わり、フカフカ度が上がったシーマ殿下一行は、露店や荷馬車が所狭しと並ぶ石畳の広場を意気揚々と見て回っていた。
 慣れない場所ではぐれては行けないと、シーマがはつ江の手を引いて先頭を進み、モロコシははつ江のスカートの裾を掴んで最後尾となり、一列に並んで進んでいる。
 はつ江が辺りに目を向けると、キラキラと光る透かし彫りの様な形状の宝石や、草花の文様があしらわれた磁気の小瓶や、無造作に広げられた薬草や乾物の束が、次々と目に入った。
 その度に、はつ江は感心したように、ほうほう、と呟いた。そんなはつ江の様子を見て、シーマは得意げにふふん、と鼻を鳴らす。

「どうだ、中々の品ぞろえだろ?」

「そうだねぇ、見たこともないもんが沢山で楽しいだぁよ」

 ニコニコとしながらはつ江が答えると、モロコシがスカートの裾を軽く二度引いて、のんびりとした口調で声をかけた。

「ねえねえ、はつ江おばあちゃんは何か欲しい物はないの?」

「私かい?私はこうしてブラブラ眺めてるだけで、充分だぁよ!」

 はつ江が元気良く答えると、シーマが尻尾をピコピコと振って、コホンと咳払いをした。

「遠慮することはないぞ、慣れない土地で過ごすのだから、必要な物はボクが用意して……」

 そう言い終わる前に、一行の横から、女性の声がかかった。

「飴ー飴細工は要らんかねー。天然の砂糖石で作った、飴細工。今日は一瓶、白銅貨三枚からだよー」

 シーマとモロコシはピタリと足を止め、耳と尻尾をピンと立てて声の方向に顔を向けた。そこでは、紫色のベールを被り、口元を同じ色のベールで隠し、黒いローブを纏ったまつ毛の長い女店主が、生成色のクロスを引いたテーブルに、色とりどりの飴細工が入ったガラス瓶達を並べていた。その中には、バッタを模した淡い萌黄色の飴が入った瓶もある。

「わあ、バッタさんのアメだ!」

 モロコシが黒目を大きくして、ヒゲを露店の方向に向けながらそう言うと、似た表情をしていたシーマはハッと我に返り、顔の毛並みを整える仕草をしてから、咳払いをした。

「モロコシ、今ははつ江の生活必需品を用意するのが先だぞ」

「あ、そうか。そう言う話だったね」

 モロコシがゆっくりと尻尾を降ろすと、シーマは澄まし顔で尻尾の先だけをピコピコと動かした。そんな二人を交互に見てから、はつ江はニッコリと微笑んだ。

「ゲホゲホゲホ、年寄りはどうも喉の調子が悪くてよぉ。飴玉の一つでも舐めたら治るかもしれねぇだぁよ」
 
 余りにも棒読みなはつ江の台詞に、シーマとモロコシは再び尻尾と耳をピンと立てる。そんな二人に向かって、はつ江はウインクをした。

「でも年寄りは胃が小せぇから、一瓶は食べきれなくてよ!二人が買うってんなら、一個だけ分けておくれ!」

 その言葉に、二人は黒目を大きく輝かせて返事をする。

「うん!一個分けてあげるね!」

「ふん、はつ江は仕方無いな。ボクの分も分けてやるから、喉に詰まらせるなよ!」

「おおそうかい!ありがとうね!シマちゃんもモロコシちゃんも、優しいいい子だね!」

 はつ江は大げさに喜んでから、得意げな顔で露店に走って行く二人の後ろ姿を楽しそうに見つめた。

「おねーさん。バッタさんのアメくーだーさい!」

 モロコシが露店のテーブルに白銅貨三枚を握りしめたフカフカの白い手を乗せ、背伸びをしてしながらピョコッと顔を出す。すると、女店主は楽しそうに目を細めた。そして、白銅貨を受け取ると、身を乗り出してモロコシの頭をなでた。

「あらあら、可愛いお客さん、ありがとうね。今包んであげるから、待っててね」

「はーい。ありがとうございまーす」

 女店主は飴細工の瓶を手提げ袋に入れると、嬉しそうに笑うモロコシに手渡した。その後から、シーマがやや遅れて顔を覗かせた。

「店主、ボクはそっちの、お魚の形の物をお願いする」

 澄まし顔をしたシーマが手を伸ばして白銅貨を差し出すと、女店主はそれを受け取り、楽しそうにシーマの頭もなでた後、目を見開いた。

「殿下ではありませんか!? 私としたことが、とんだご無礼を!」

 ペコペコと頭を下げる女店主に、シーマは苦笑いを向ける。

「構わないよ。それよりも、今日の調子はどうかな?」

「はい、お陰様でこのテーブルの上にある物と、調合用の砂糖石が一欠片残っているのみです」

 女店主の言葉に、シーマのヒゲがピクリと動く。

「店主それは本当か!?」

 シーマは興奮気味にテーブルに両手をついて身を乗り出した。すると、女店主は気後れ気味に、ええ、と返事をしてから続けた。

「はい、ほんの小さな物ではあるのですが、品質は保証できる代物ですよ……ところで殿下、後ろにいらっしゃる方はどちら様ですか? 見なくなって久しい魔王城付メイドの服を着ていらっしゃいますが」

 シーマが店主が指差す方に振り返ると、袋から取り出した飴細工の瓶を掲げながら尻尾を立てて嬉しそうにするモロコシと、その頭をニコニコとなでるはつ江の姿があった。

「ああ、昨日からリッチーの代理で城に来てもらっている、使用人だ」

 シーマの言葉に、女店主は目を見開き口元を手で隠して驚いた。

「まあ!あの魔王様がついに人見知りを克服されたのですね!」

 シーマは尻尾を横に大きく振りながら、うーん、と呟いてフカフカの頬を掻いた。

「そこまでは、ちょっと微妙かもしれないが、異界からの客人となると、いつもと少し勝手が違うのかもな」

「まあ、異界からの方でしたか。懐かしいですね。私も昔、飴細工の研究と修行のためにあちらに滞在していたことがありますが、向こうの方々に鼈甲色の飴を頂いたり、口元が見えてしまって恐怖されたり、飛び交う整髪料を掻い潜って修行先のお店に向かったり、楽しい日々でした」

 目を細めて昔を懐かしむ女店主に、シーマは気後れ気味に、そうか、と呟いてからコホンと咳払いをした。

「それよりも店主、実はバカ兄貴から砂糖石があったら買ってくるように、言われているのだけど、見せてもらえないか?」

 シーマの言葉に女店主はハッとして、回想の世界から戻って来た。そして、足元に置かれた革のトランクを開き、中から半透明の小さな平行六面体を取り出して、シーマに見せた。

「こちらです。品質は全く問題ないのですが、先ほど申し上げました通り少々小さいので、魔王様がお求めになっている量に足りるかどうか……」

 自信なさげに言う女店主の言葉に、ふぅむ、と呟いてから、シーマはバミューダパンツのポケットに手を入れた。そして、四角い折りたたみ式の手鏡を取り出した。

「ちょっと待っていてくれ、バカ兄貴に聞いてみよう」

「はい、仰せのままに」

 一礼する女店主を尻目に、シーマは手鏡を開いてムニャムニャと呪文を唱えた。すると、手鏡に映るシーマの姿がグニャリと曲がり、不安げな表情をした魔王の顔が現れる。

「……迷い子か?」

 開口一番にそう言った魔王に、シーマは耳を後ろに反らして、尻尾を大きく縦に振り憤慨した。

「ちーがーう!ボクをなんだと思ってるんだこのバカ兄貴!」

 シーマの悪態に対して安堵のため息を漏らすと、魔王は改めて要件を尋ねた。

「しかして、何用だ。弟よ」

 改まった魔王の態度にシーマは小さなため息を吐いて、尻尾をゆっくりと横に振る。

「今更、威厳のある感じにしなくて良いから。頼まれてた砂糖石を見つけたけど、ちょっと小さめのやつだったんだ。一応、買って帰るか?」

 シーマの問いに、魔王は口元に指を当てて考えた。

「ふむ……そこまで大きな物で無くとも良いのだが……大体どの位の大きさだ?」

 シーマは、そうだなぁ、と呟いて、店主の持つ砂糖石をチラリと見てから、手鏡をフカフカの白い手のひらに向けた。

「大体、ボクの手のひらの肉球位だな」

 そう言ってから、シーマが手鏡を顔に向け直すと、魔王の満面の笑みが映った。しかし、それは一瞬のことで、魔王はすぐにいつもの物憂げな表情に戻っていた。

「そうだな、その位あれば充分だ」

「……今なんで幸せそうな顔した?……まあ、良いや。じゃあ買って帰るけど、他に何か必要な物ある?」

 シーマの問いに、鏡の中の魔王は首を小さく横に振った。

「こちらは大丈夫だ……それよりも、はつ江の様子はどうだ?いきなり魔界に召喚してしまったから、実は怒っていたり、不安になっていたりしないだろうか?」

 不安げな表情の魔王に、うーん、と唸ってからシーマが振り返ると、そこには

「はつ江おばあちゃん、はい、バッタさん一個あげるね」

「あれまぁよ!ありがとうね、モロコシちゃん!」

「どおいたしましてー」

 貰った飴をヒョイと口の中入れて、ニコニコと笑いながらモロコシの顎の下をなでるはつ江の姿があった。モロコシは目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らしている。

「……とりあえず、モロコシをゴロゴロさせてる」

 鼻の下をプクーと膨らませながら、シーマが魔王の心配に答える。

「何を急に拗ねてるんだよ……ともかく、嫌な思いをしていない様ならば別に良い。じゃあ、後は適当に楽しんでこい」

 そう言うや否や、魔王の顔がグニャリと曲がり、鏡に映るのはアーモンド型の大きな目をしたシーマの顔だけになった。

「全く、相変わらず急に通信を切るんだから……。店主、待たせてしまって済まない。その砂糖石を頂こう」

 シーマはそう言って、手鏡を閉じてポケットにしまうと、代わりに金貨を一枚取り出した。

「お代はこれで足りるかな?」

 金貨を差し出すシーマに向かって、女店主は深々と頭を下げてから、それを受け取った。

「はい。充分でございます。それでは、飴細工と併せてお包みいたしますね」

 女店主はテキパキと砂糖石を絹の布で包み、魚の飴細工が入った瓶と併せて手提げ袋に入れると、シーマに手渡した。

「ありがとう。これで、バカ兄貴も喜ぶよ」

「お役に立てたのならば光栄です。それでは、良い一日を」

 シーマは手提げ袋を受け取ると、尻尾を立てて小走りにはつ江とモロコシの元に向かった。

「はつ江ー!ボクの分も特別に分けてやるから喜べ!」

「あれまぁ嬉しいね!シマちゃん、ありがとうね!」

「殿下ー、ぼくのと一個交換しよー」

 和気藹々とする三人の姿を女店主は、微笑ましく見つめていた。
 そんな彼女の他にも、ジッと見つめる頭巾を被った影が一つあったが、三人はそれを知る由もなかった。
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